趣味の経済学 アマチュアエコノミストのすすめ
企業・市場・法・そして消費者

     アマチュアエコノミスト TANAKA1942b が経済学の神話に挑戦します    好奇心と遊び心いっぱいのアマチュアエコノミスト TANAKA1942b が経済学の神話に挑戦します     If you are not a liberal at age 20, you have no heart. If you are not a conservative at age 40, you have no brain――Winston Churchill   30歳前に社会主義者でない者は、ハートがない。30歳過ぎても社会主義者である者は、頭がない――ウィンストン・チャーチル      アマチュアエコノミスト TANAKA1942b が経済学の神話に挑戦します    日曜エコノミスト TANAKA1942b が経済学の神話に挑戦します    アマチュアエコノミスト TANAKA1942b が経済学の迷信に挑戦します

企業・市場・法・そして消費者
 雪印・日本ハム・スターゼン・全農チキンフーズ ( 2002年9月16日)
 偽装表示の損益計算書 ( 2002年9月23日)
 社会的費用のバランス ( 2002年9月23日)
企業不祥事を考える
 消費者パワーが効かない業界はどうする? ( 2002年10月21日)

趣味の経済学 アマチュアエコノミストのすすめ Index
2%インフレ目標政策失敗への途 量的緩和政策はひびの入った骨董品
(2013年5月8日)
FX、お客が損すりゃ業者は儲かる 仕組みの解明と適切な後始末を (2011年11月1日)

企業・市場・法・そして消費者(前)
雪印・日本ハム・スターゼン・全農チキンフーズ
  昨今企業不祥事がマスコミを賑わしている。食品業界ではBSE(牛海綿状脳症=狂牛病)対策として国が行った国産牛肉買い上げ事業に、輸入牛肉を国産と偽って国に買い取らせた件。鶏肉などの品質表示偽装など。先ずこれらの事実関係を新聞報道を中心に確認し、TANAKA1942b独特の論法で経済学してみよう。
<雪印食品 豪州牛を国産に偽装 狂牛病買い上げ制悪用  詐欺容疑で捜査> 雪印乳業の子会社の大手食肉メーカー「雪印食品」(本社・東京都中央区)の関西ミートセンター(兵庫県伊丹市)が昨年10月、オーストラリアからの輸入牛肉約14トンを国産牛肉の箱に詰め替え、業界団体に買い取らせていたことが1月23日、わかった。雪印食品の吉田升三社長は同日会見し、事実関係を認め、謝罪した。農水省は、狂牛病発生に伴う国の牛肉買い上げ制度を悪用、制度対象外の輸入牛を国産牛に偽装したと見て調査を始めるとともに、全国の他の国産牛についても総点検する。県や県警も、食品衛生法違反(虚偽表示)や詐欺の疑いで調査・捜査を始めた。
 雪印食品や関係者によると、雪印食品は昨年秋、オーストラリアから牛肉を輸入、兵庫県西宮市の冷蔵保管会社「西宮冷蔵」に預けていた。昨年10月31日、雪印食品関西ミートセンターの社員8,9人が保管会社を訪れ、「肉の入れ替え作業をする。立ち入らないでくれ」と断った上で、冷蔵室内で13.8トン分を国産牛肉の箱に詰め替えた。この際、ミートセンター長も立ち会ったという。
 西宮冷蔵は、ミートセンター側の依頼に応じて、国産牛肉としての入庫を示す書類を作っていた。
 雪印食品は11月、この肉を「国産肉」として業界団体「日本ハム・ソーセージ工業協同組合」に買い取るように申請、すでに同組合から雪印食品側に代金約1460万円のうち、約900万円が支払われている。問題の肉は、冷蔵保管会社の冷凍庫で保管されている。
 西宮冷蔵の水谷洋一社長は「昨年10月後半、雪印食品側が、政府の狂牛病に関する援護策がまもなく講じられるので相談に乗ってくれと言ってきた。おかしいと思いながらも、お得意さまなので断れなかった」と話している。
 農水省によると、食肉牛の全頭検査が始まった昨年10月18日以前に処理された国産牛は約1万2626トン。これらの肉は国が約200億円をかけて買い取ったうえで、焼却処分されることが決まった。
 買い上げは、農畜産業振興事業団が日本ハム・ソーセージ工業協同組合など6団体を通じて手続きを行い、同事業団には、買い上げを希望する業者の「申請書」や保管会社の「在庫証明書」が提出されるが、実際にその牛肉が「国産」であるかどうかは、書類の記載をそのまま信用するしかないという。事業団は保管されている牛肉の抽出検査もしているが、購入伝票などは調べていなかった。(2002年1月23日 読売新聞)
<雪印食品4月末解散、本業回復見込めず・損失240億円> 牛肉偽装事件で業績が悪化している雪印食品は2月22日、経営再建を断念し、4月末をめどに解散することを決めた。ハム・ソーセージなど4事業については営業譲渡を模索する。解散に伴う損失額は約240億円を見込む。親会社の雪印乳業も同日、250億円を限度に債務履行を支援すると発表した。事件発覚後わずか1カ月で会社存続を断念、グループ全体の再建策も練り直しを迫られる。
 両社はそれぞれ同日朝に開いた取締役会で雪印食品の再建断念と解散、雪印乳業の金融支援を決定。正午に都内のホテルで雪印食品の岩瀬弘士郎社長らが記者会見し、正式発表した。雪印乳業の岡田晴彦副社長は「(食品卸子会社の)雪印アクセス株の売却も含め、資産売却を検討する」ことを明らかにした。
 解散という私的整理の手法を取らざるを得なかったのは、売上高が事件前の2割以下と激減し「本業が立ち直る見通しがなく、再建を前提にする会社更生法などはそぐわない」(雪印乳業幹部)と判断したため。
 裁判所が関与する法的整理の一つである特別清算も弁済案の決議・可決などで債権者の一定数の同意が必要など調整に手間取り、迅速な再建策につなげられない。
 雪印食品は単体売上高の3割強を占める食肉などの「ミート」事業からの撤退を決めているが、3月中に「ハム・ソーセージ」、ジャムなどの「グロッサリー」、総菜などの「デリカ」、食品素材の「海外商品」の残る4事業を食品メーカーなどに売却、営業譲渡する。約1100人の従業員は事業が売却できない場合は解雇する方針。
 事業売却で段階的に企業規模を縮小、4月末をめどに臨時株主総会を開いて会社の解散を正式決定する。債権者に対する債務は雪印乳業の金融支援を受け、現行の支払い条件で全額を支払うとしている。
 雪印食品は偽装事件発覚直後の1月29日に吉田升三社長が引責辞任。新任の岩瀬社長と6月末で退任が決まった6人の役員が再建計画の策定に着手。当初は売却先との交渉を進め、今月上旬に再建計画を公表するとしてきたが、作業は難航。22日現在も売却交渉はメドが立っていない。(2002年2月22日 日本経済新聞)
<元部長ら5人逮捕 牛肉偽装、2億円を詐取> 雪印食品(4月30日に解散)の偽装牛肉事件で、兵庫、北海道、埼玉各道県警と警視庁の合同捜査本部は5月10日、約2億円の詐欺容疑で元本社ミート営業調達部長、畠山茂容疑者(55)=埼玉県越谷市、懲戒解雇=ら5人を逮捕し、清算法人として存続する同社の本社(東京都中央区)や各容疑者の自宅などを家宅捜索した。5人は容疑を認めているという。
 食品の偽装表示が社会問題化するきっかけとなり、同社を解散に追い込んだ事件は、発覚から約3カ月半で関係者の刑事責任追及に発展した。合同捜査本部は事件の全容解明を急ぐ。
 逮捕者はほかに、元本社デリカハム・ミート事業本部長付部長、広瀬正夫(54)=千葉市▽元本社ミート営業調達部担当課長、杉山静夫(51)=埼玉県杉戸町▽元関西ミートセンター長、菅原哲明(47)=兵庫県三田市▽元関東ミートセンター長、田崎祐輔(56)=千葉県松戸市=の各容疑者(全員懲戒解雇)(5月10日 朝日新聞)
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<BSE買い上げ 日ハム、国産牛に偽装か 輸入の520キロ隠ぺい図り焼却?> BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)対策として国が行った全頭検査前の国産牛肉買い上げ事業に、日本ハム(大阪市、大社啓二(おおこそひろじ)社長)がいったん牛肉の買い上げを申請しながら焼却処分していた問題で、処分した1.3トンのうち約520キロが輸入牛肉だったことが8月6日わかった。同社は、業界団体「日本ハム・ソーセージ工業協同組合」の指示で申請を取り下げ、焼却を行ったとし、その理由を「誤って品質保持期限切れの牛肉が混入したため」と説明していた。農水省では、輸入牛肉の偽装を隠ぺいする目的だった疑いが強いとして、詐欺容疑での刑事告発も視野に、関係者から事情を聞く方針。
 同日夜、記者会見した大社社長によると、問題の輸入牛肉約520キロは、同社の子会社「日本フード」(東京・港区)姫路営業部から昨年11月、国産牛肉として日本ハムに納入された。その直後、日本ハムは同組合に、問題の牛肉を含む業界最多の938トンの買い上げを申請した。しかし、雪印食品による偽装事件の発覚後に実施した自主点検で、うち1.3トンが買い上げ対象外だったことが判明。同組合は7月12日付で、対象外の牛肉の売買契約を解除した。日本ハムは7月19日、この1.3トン全量を焼却したが、問題の輸入牛肉はその中に含まれていた。
 同社は焼却が明らかになった際、「組合の指示で焼却したもので、何かを隠そうとしたわけではない」と説明していた。しかし、8月6日、輸入牛肉の混入について読売新聞の取材を受けたことなどから、急きょ社内調査し、午後11時前から緊急会見、大社社長が輸入肉の混入を認めた上で「大変申し訳ない」と謝罪した。意図的かどうかについては「担当者から状況を確認中」としたが、読売新聞の取材に同社長は、「限りなく意図的ではないかとも思う」と、偽装の可能性を示唆した。
 日本ハムは食肉業界の国内トップ企業で、1949年設立、従業員約3000人。昨年度の売り上げは6448億円。プロ野球の球団などグループ約130社を抱える。
 日本フードは同社の100%子会社で、日本ハムの食肉販売部門として1979年に設立された。日本フードの社長は、日本ハムの東平八郎副社長が兼務し、同社の大社社長も取締役を併任するなど両社はほとんど一体の関係にある。(2002年8月7日 読売新聞)
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<食肉卸2位スターゼンも食肉偽装、牛・豚を高級銘柄に> 大手食肉会社「スターゼン」(本社・東京、旧ゼンチク)の加工工場、佐賀パックセンター(佐賀県基山町)が、卸値の安い乳牛や無菌豚(SPF豚)を混入させるなどした肉を、ブランド銘柄肉と称して、九州ジャスコ(本社・福岡市)の16店などに出荷していたことが2月27日、わかった。朝日新聞社の取材に対し、同社は偽装の事実を認めた。農水省は日本農林規格法(JAS法)違反の疑いが強いとみて2月22日から調査に乗り出していた。
 同社は食肉卸で日本ハムに次ぎ業界2位。雪印食品事件に端を発した一連の肉の偽装が他の大手にも波及したことで、食肉業界全体に大きな打撃を与えそうだ。
 関係者の話などによると、同センターは仕入れた牛や豚のブロック肉をいったん冷蔵庫に保管。小売店の注文に応じて、用途別に切り分けてパック詰めにする際、佐賀産の「白石牛」や鹿児島産の黒豚などの銘柄肉に、安い国産肉を混入させて、高級銘柄品としてスーパーなどに卸していた。安い牛肉や豚肉を丸ごと、ブランド肉と偽った例もあるという。
 2月26日までの農水省の調べに対して、センター側はこうした事実を認めた。同社も偽装の事実を把握していたという。記者会見で同社は、牛については2000年7月〜2001年10月上旬、豚は2000年6月〜2001年12月上旬まで偽装していた、としている。
 朝日新聞社が入手した昨年11月20日〜同12月20日の同センターの単価表(仕入れ価格)によると、肩ロースの場合、1キロ当たりの価格は黒豚が1429円で、安いSPF豚は843円だった。同社関係者は「価格差を利用して、センターの利益を確保するために偽装していた」と話した。朝日新聞記者の取材に対し、同社広報室は2月27日、「社内調査の結果、センター長が『混ぜていた』と認めた」と答えた。また、黒毛和牛や銘柄鶏肉のみつせ鶏などについても調査をしていることを認めた。
 同センターは1998年10月に設立。主にスターゼン関連会社や全農から食肉を仕入れ、加工した食肉を大型小売店などに製品として出荷している。(2002年2月28日 朝日新聞)
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<全農系チキンフーズも偽装鶏肉 “安心”国産に輸入混入> 全国農業協同組合連合会(全農)系の鶏肉加工会社「鹿児島くみあいチキンフーズ」(鹿児島市)が、コープネット事業連合(さいたま市)に納入した鹿児島県産の産直若鶏の中に、タイや中国産鶏肉を少なくとも7トン混ぜていたことが、3月4日明らかになった。偽装はBSE(牛海綿状脳症=狂牛病)騒ぎで、鶏肉の需要が急増し、欠品対策として全農の子会社「全農チキンフーズ」(埼玉県戸田市)の指示で行われたといい、農水省では会社ぐるみの組織的な偽装工作とみて、きょう5日にも、JAS(日本農林規格)法違反容疑で立ち入り検査を実施する。
 問題の商品は、東京、千葉、埼玉など首都圏6生協が加盟する同連合と全農が共同で企画した「無薬飼料飼育産直若鶏」の手羽肉。抗生物質を使わず、非遺伝子組み換えの飼料で飼育するというのが売り物。鹿児島県内の104戸の指定農家が飼育し、鹿児島くみあいチキンフーズの2工場で食肉処理。同連合が組合員の共同購入用に全農チキンフーズから仕入れている。鹿児島くみあいチキンフーズは同県経済連の100%子会社。
 同連合や全農チキンフーズによると、偽装は鹿児島くみあいチキンフーズから「BSEの影響で需要が3割程度増え、原料を調達できない」との連絡を受け、全農チキンフーズ首都圏支店営業部長の指示で行われた。鹿児島くみあいチキンフーズの鹿屋工場(鹿児島県鹿屋市)で、昨年11月から始まり、同月出荷分のうち、約1万5700パック(1パック約400グラム)に、タイと中国産の鶏肉が使われた。
 偽装は12月になっても続けられたといい、12月分の少なくとも2000パックに輸入肉が使われたことがわかっている。同連合によると、無薬飼料飼育若鶏の仕入れ値は、輸入肉に比べ、1キロ・グラムあたり200円程度高いという。
 また、偽装された鶏肉の加工場所が、ふだん同連合向けの鶏肉を加工している川内工場(鹿児島県川内市)と表示されていたこともわかり、厚生労働省は4日、食品衛生法違反の疑いで調査を始めた。 (2002年3月5日 読売新聞)

( 2002年9月16日 TANAKA1942b )

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企業・市場・法・そして消費者(中)
偽装表示の損益計算書
  食肉偽装事件、どのように捉えるか?ルール違反という点で、これは倫理問題となる。ということは、感情の問題でもある。輸入肉を国産肉と偽って業界団体に買い取らせたことは、詐欺行為である。そこで「今後このような詐欺行為を起こさないためにどうしたらいいか?」が問題になるのだが、この設問では答えが分かり切っている。つまり「法律に違反しないこと」当たり前のことだ。この当たり前のルールが守られなかった。どうしたらいいのか?そこで問題の捉え方を少し変えてみる。それは、正義論・倫理観とか「うらやましい・憎らしい」といった「感情」の問題を損得「勘定」の問題に置き換えて考えてみることだ。つまりここでは「食肉偽装事業」の損益計算書を作ってみようという訳だ。主要な勘定科目を選んでみよう。
<雪印食品 豪州牛を国産に偽装 狂牛病買い上げ制悪用  詐欺容疑で捜査>雪印乳業の子会社の大手食肉メーカー「雪印食品」(本社・東京都中央区)の関西ミートセンター(兵庫県伊丹市)が昨年10月、オーストラリアからの輸入牛肉約14トンを国産牛肉の箱に詰め替え、業界団体に買い取らせていたことが1月23日、わかった。
<幹部社員の刑事責任追及>雪印食品(本社・東京)による偽装牛肉事件で、兵庫県警と警視庁、埼玉県警、北海道警の合同捜査本部は、牛海綿状脳症(BSE)対策で国産牛肉を買い取る国の助成制度を悪用し、業界団体から約1億9600万円をだまし取った詐欺容疑で、5月前半にも事件当時の同社幹部社員ら十数人の刑事責任追及に向け本格捜査に入る。
<雪印食品50億円の債務超過>岩瀬社長は事件の影響で今年3月期の損失が約100億円に拡大し、50億円の債務超過に陥る見通しを明らかにした。
<雪印食品4月末解散、本業回復見込めず・損失240億円>牛肉偽装事件で業績が悪化している雪印食品は2月22日、経営再建を断念し、4月末をめどに解散することを決めた。ハム・ソーセージなど4事業については営業譲渡を模索する。解散に伴う損失額は約240億円を見込む。親会社の雪印乳業も同日、250億円を限度に債務履行を支援すると発表した。事件発覚後わずか1カ月で会社存続を断念、グループ全体の再建策も練り直しを迫られる。
<雪印乳業株下落、食品は上場廃止へ>東京証券取引所は2月22日、会社解散を決めた雪印食品(東証2部)の株式を終日売買停止にするとともに、2月23日に上場廃止することを決めた。雪印食品株は23日から整理ポストに割り当てる。
一方、雪印食品の親会社である雪印乳業(同1部)の2月22日の株価は、前日の終値より大幅に下落して始まった。
雪印乳業は、子会社の雪印食品が解散する際に最大で250億円の損失が生じ、同額の金融支援を迫られる。イメージダウンによる業績悪化懸念も強く、株価は取引開始直後から値下がりした。雪印乳業株の午前の終値は前日比15円安の129円だった。
<雪印食品の債務は乳業が支援>雪印食品の金融機関からの借入金など通常の債務は、親会社で、65.6%の株式を保有する雪印乳業の支援を受けて全額を支払う。雪印乳業は食品の解散で生じる損失額について250億円を限度に金融支援する方針だ。
<乳業も人員削減>雪印乳業は事業再編に加え、追加の工場閉鎖などに伴い、乳業本体の社員数は4500人から04年3月末には1500人に減る見通し。
<雪印食品の関東工場閉鎖 多くの社員が失職>雪印食品(東京都中央区)は3月31日、約950人の社員のうち約800人を解雇する。30日には、139人の社員がいる埼玉県春日部市の関東工場が閉鎖した。同工場の社員で再就職先が決まっているのは約1割だけ、不安を抱えたまま多くの社員は失職する。
<乳業の売り上げ3割減>雪印乳業は、牛肉偽装事件による業績悪化で4月に解散する雪印食品に最大250億円の金融支援を実施する。さらに、事件の影響で乳業本体の売り上げは2月が前年同月に比べ約3割減。3月も同程度で推移しており、業績悪化が続いている。
<元部長ら5人逮捕 牛肉偽装、2億円を詐取>雪印食品(4月30日に解散)の偽装牛肉事件で、兵庫、北海道、埼玉各道県警と警視庁の合同捜査本部は5月10日、約2億円の詐欺容疑で元本社ミート営業調達部長、畠山茂容疑者(55)=埼玉県越谷市、懲戒解雇=ら5人を逮捕し、清算法人として存続する同社の本社(東京都中央区)や各容疑者の自宅などを家宅捜索した。5人は容疑を認めているという。
<熊本畜産流通センター、5億円の賠償求め雪印食品を提訴>雪印食品の偽装牛肉事件で、「熊本産」のラベルを北海道産の牛肉に張り替えられ信用を失墜させられたとして、ラベルの発行元の熊本畜産流通センター(熊本県七城町)は14日、同社に5億円の損害賠償を求める訴訟を熊本地裁に起こした。一連の偽装牛肉事件で、損害賠償請求訴訟が起こされたのは全国で初めて。
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<偽装による利益・発覚による損失> 雪印食品が輸入肉を国産肉と偽装し、業界団体から得たのは約1億9600万円。それに対して、偽装が発覚して失った額はいくらだろう?雪印食品解散に伴う損失が240億円。これははっきりしている。その他、乳業本体の売り上げは2月が前年同月に比べ約3割減。3月も同程度で推移しており、業績悪化が続いている。 この損失額をいくらと見積もるか?また株価低迷をどう見積もるか?さらに雪印食品解散に伴う従業員の失業という社会的費用をどのように見積もるか?
 とりあえずはっきりした数字で式を作る。
 (1)偽装による利益=1億9600万円<発覚による損失=240億円   
 (2)偽装による利益<発覚による損失X発覚する確率(2割程度として考える)
 (2)はこうなる 1億9600万円<240億円X0.2  1億9600万円<24億円
 この式の示すところは、偽装工作した方がいいか?しない方がいいか?どちらが会社の利益になるか?その計算式だ。これから分かるように明らかに、「偽装工作は会社の利益に反する」となる。「世間一般の常識ではなく、会社の利益だけしか考えていないから、消費者無視の不正行為をする」という批判は見当はずれ。会社の利益にならないことをしたのだから。そして損得勘定に徹して計算すれば、この計算式は予測できたはずだ。つまり会社の利益だけ考えて、損得勘定に徹していれば、このような会社に不利益となる行為はしなかったろう。
<担当社員の損得勘定>
企業にとって偽装工作は、たとえ発覚する確率が2割程度としても、「やらない方がいい」となる。企業にとって無謀なことでも、社員個人にとってはどうだろう?そこで担当社員の損得勘定を考えてみよう。
 偽装表示が成功した場合の利益=昇進・昇級・ボーナスアップ。
 発覚した場合の損失=懲戒解雇・刑事罰処分
 偽装工作が成功した場合の利益<発覚した場合の損失X発覚する確率(2割程度として考える)
 社員のレベルで考えても、偽装工作の機会費用はあまりにも大きい。
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<日本食品が民事再生法の適用を申請 負債218億円> 牛肉の偽装で国の牛海綿状脳症(BSE)対策事業の助成金1億3660万円を不正受給していた中堅食肉会社、日本食品(福岡市、後山繁仁社長、社員数184人)は3日午前、福岡地裁に民事再生法の適用を申請し、受理された。負債額は約218億円。牛肉の需要低迷が続いていたところに加え、6月末の不正受給発覚後、スーパーなどからの取引停止が相次ぎ、倒産に追い込まれた。
 消費が冷え込む一方で、昨年9月に発生したBSEの後遺症で消費者の牛肉離れが進み、業績が低迷した。昨年末には、主要取引先で、年間20億円の取引があった九州最大手のスーパー、寿屋(熊本市)が倒産。数億円の焦げ付きが発生した。さらに、寿屋が今年2月、134の全店舗の一時閉鎖に踏み切ったことで売り上げが激減した。02年3月期決算(単独ベース)では売上高が前期比20.1%減の193億3452万円と落ち込み、経常損益も2億8800万円の赤字となった。
 6月末にBSE対策の助成金不正受給が発覚し、スーパーなどからの取引停止が相次いで、商品の供給ができないでいた。このため、4日以降、牛肉部門の操業自粛を決めたばかりだった。
 不正受給については、九州農政局が2日、後山社長に営業自粛や事実関係の徹底解明などの実施を求めた。農水省は詐欺の疑いで刑事告発する方針。
 日本食品は63年に設立した食肉、加工食品の製造会社。九州を拠点とし、全国のスーパーや量販店、外食産業に販売していた。ピークの95年3月期には約373億円の売上高を計上し、有数の食肉加工・販売会社に成長した。(2002年7月3日 朝日新聞)
<日本食品の損益計算書>

 偽装表示が成功した場合の利益=1億3660万円
 発覚による損失=約218億円
 1億3660万円<43.6億円(218億円X0.2)
 発覚する確率がたった1%と考えても、その機会費用は2億1800万円。機会費用の方が大きい。
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<日本ハムの損益計算書> 日本ハムの場合、偽装表示が成功した場合の利益がどの程度の金額なのか?新聞記事を探しても出てこない。雪印食品も日本食品もその金額は直ぐ探せる。それに比べて日本ハムはどうだ。会社側の対応のまずさばかり大きく報道されている。本当はどの程度の額なのだろうか?他社の例から推測すると、せいぜい1千万円となる。
 では発覚による損失額はいくらか?これも余り報道されていない。マスコミは「勘定」よりも「感情」を報道する。その方が消費者を捉えるを考えているのだろう。
 2002年9月21日になってやっと次の記事が出た。
<日本ハム10億円赤字 3月期業績予想 不祥事響き下方修正> 牛肉偽装事件を起こした食肉最大手の日本ハム(本社・大阪)は20日、03年3月期の業績予想を下方修正し、連結当期損益が10億円の赤字になる、と発表した。赤字になれば51年の創業以来初めて。不祥事発覚前の5月に発表した当初予想は190億円の黒字だった。一連の不祥事で、連結子会社の牛肉販売自粛や、店頭での製品撤去が広がったことによる売り上げ高減少が響いた。来期は黒字転換する見込み。(2002年9月21日 朝日新聞)
 この記事から、日本ハムの発覚による損失は200億円となる。1000万円の不正利益のために200億円失ったわけだ。発覚する確率がたった 0.1%(1000件の不正行為の内発覚するのが1件)としても、その機会費用は2000万円。「悪いことをした」と非難するより、「バカなことをしたもんだ」と笑う方が合っている。
 日本ハムの大社啓二社長は20日夜の記者会見で、社内で牛肉偽装を起こした原因として、グループ内に「利益追求と売上重視」の体質があったとの認識を示した。その結果「順法意識が希薄になったうえ、社内の閉鎖体質を生み出した」と説明した。(2002年8月20日 朝日新聞)
 大社啓二社長の言っていることは、世間一般の感情に訴える弁明であり、その考えが不正をなくす決定打にはならない。TANAKA1942bの考えはその逆で「利益追求と売上重視の損得勘定が出来なかった」ことが原因、と考える。
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<損益勘定に大きな影響力を持つ消費者パワー> 雪印食品・日本食品・日本ハムの3つのケースについて、偽装表示に係わる損益勘定について計算した。その結果不正工作に因り得られるであろう利益よりも、たとえ発覚する確率がたったの2割程度と考えても、その結果失うかもしれない「機会費用」の方が、ずっと大きいことがわかった。つまり「利益追求と売上重視」の体質があれば、このような採算無視の無謀な工作は行われなかったと言える。このように不正・不法行為が行われないようにするためには、「新しい仕事を始める時は、それが会社にとってどの程度利益を生むか、よく考えなさい」と社員に訴えることになる。大社啓二社長の発言とはまるで反対の主張となる。
 損失額に大きな影響力を持つのが消費者パワー。偽装表示をおこなった者は消費者パワーを理解してなかったのだろう。「消費者=お客様=神様」の恒等式を理解してなかった。家電業界、自動車業界、流通業界ではこの恒等式は常識になっているが、食品業界では常識になっていなかった。なにしろこの業界に近い農業関係では、自給率・自然環境・無農薬などのことに関して、「自分は一般国民より賢くて、善悪・損得の判断ができるが、多くの国民はその能力に欠ける」との思い上がりから、まるで「人民は無知である。党が教育・指導しなればならない」とのテーゼのように消費者を教育(マインド・コントロール)しようとか、説教しようとする教祖・信者・取り巻きも多くいるようだから、消費者パワーを軽視したとしても無理はない。
 竹内直一氏が経済企画庁を辞めて、「日本消費者連盟創立委員会」を結成したのが1969(昭和44)年4月。中内功のダイエーが松下に対抗して、「ブブ」と名付けた自社ブランドのカラーテレビを発売したのが1970(昭和45)年11月(ダイエーは翌1971年3月に大証2部に株式を上場)。こうした先人たちの努力によって日本の社会は消費者主導の経済になっていった。企業業績に大きな影響力を持つ部署の人間は、こうした社会の変化を理解しなければならない。食品業界の社員は狭い業界内の常識ではなく、広く世間一般の常識に従って「利益追求と売上重視」を優先させるべきであった。
 ここでは「アマチュアエコノミストのすすめ」が「経済倫理学のすすめ」のような内容になりました。 なお不正行為の機会費用を扱った「接待汚職の経済学」▲もご参照下さい。

( 2002年9月23日 TANAKA1942b )

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企業・市場・法・そして消費者(後)
社会的費用のバランス
<拝金主義に代わる基準は?> 倫理問題のあるものは、ほとんど感情だけで構成されている「感情問題」そのものであって、このことを無視して倫理学を「理性」の領域に閉じこめようとする立場は間違っているかもしれない。しかし倫理問題を、その成立の根は感情問題にあることを認めながらも、できるだけそれを「感情」のレベルでは処理せず、可能な限り「勘定」の問題として扱ってみようと思う。
 「企業の不正行為」という、衣食足りて礼節を知る人たちが増えた世の中になってもなくならない、やっかいな「倫理問題」も「損得勘定」という経済学の手法で、「感情問題」を「勘定問題」に置き換えることによって、解決への糸口が見出されるのではないだろうか、と考える。
 しかし、この考え方は「物事を、何でもかんでも金勘定に置き換えしまう」「拝金主義だ」との批判を浴びるかも知れない。「全てを金勘定に置き換えるべきだ」とは主張しないが、価値評価を金額で表示すると便利な事は多い。例えば成功報酬=企業内でいい仕事をしたら、給料でそれに報いる。それ以外の方法は、自社製品の現物支給、昇給を伴わない昇格、表彰状と社長のお言葉、新興宗教などの階級社会では上の階級への昇格、国家権力は勲章。これらは「金をかけずに成功報酬を支払おう」とする倹約主義(単なるケチ)と考えられる。 多くの人はこうした場合「拝金主義」を支持するだろう。それに対して権力者は、「拝金主義者」を批判する事によって、金をかけずに権力を誇示しようとする。それに応えて「拝金主義」批判を行う「お調子者」が出る。
<法と正義の社会的費用> 企業の不正行為に対する抑止力としての消費者パワー、これは正義と法を守る社会的費用の軽減に役立っている、と考えられる。法を守るためにはいくら費用がかかってもいい、との原理主義的な考えには賛成出来ない。 法と正義を守るためのコストを考える「法と正義の経済学」も必要なのだ。日本のような豊かな国では考えられないが、発展途上国の中には「法と正義を守るためとはいえ、少ない国家予算からいくらでも捜査費用をかけるという訳にはいかない」国もある。
 食肉偽装表示で分かったことは、企業が不正行為を行うと消費者=お客様=神様から嫌われて、売り上げが落ちる。このため業績が悪化し、それは企業側が予想も出来ないほど巨額になる。今回の件でそれが広く認識されれば、企業の不正行為の抑止力になる。企業の不正行為を防ぐための社会的費用が少なくて済む。行政・司法機関に代わり消費者パワーが企業の順法行動を促進する。
 社会的費用という言葉を使うと、「自動車の社会的費用(宇沢弘文)」が頭に浮かぶ人もいるだろうが、あまり間口を広げると収拾がつかなくなるので、ここでは扱わないことにする。
<利益と不利益の社会的バランス>  民主制度と市場経済とは同じように、熱狂的な崇拝の対象になるような完全無欠な主義などではなく、個人の自由を尊重し、人々が豊になるための「功利的(さし当たってこれよりましな制度は思い付かないので、当面これで行こう、といった程の意味)」な制度と考えるべきだろう。 社会的費用もこうした観点から計算すべきなのだが、問題によっては一方的な評価もまかり通っている。
 農業関係者や食糧自給率・残留農薬・環境破壊・地球温暖化・原子力発電反対などの市民運動家にバランス感覚を失った原理主義者がいるようだ。こうした問題を考えるとき基本となるのは、「許容量とは、利益と不利益とのバランスをはかる社会的な概念である」との考えだ。それは日本学術会議のシンポジウムの席上で、武谷三男氏が提出した次のような概念だ。
「放射能というものは、どんなに微量であっても、人体に悪い影響をあたえる。しかし一方では、これを使うことによって有利なこともあり、また使わざるを得ないということもある。その例としてレントゲン検査を考えれば、それによって何らかの影響はあるかも知れないが、同時に結核を早く発見することもできるというプラスもある。そこで、有害さとひきかえに有利さを得るバランスを考えて、”どこまで有害さを我慢するかの量”が、 許容量というものである。つまり許容量とは、利益と不利益とのバランスをはかる社会的な概念なのである」
 この考え、本来は政府の原子力政策を批判する立場のものであった。つまり市民運動家の理論武装に役立つものであった。しかし現実には「どんなに少なくても危険なので、許容量はゼロにすべきだ」と、利益と不利益を計算すべきなのに、不利益だけしか計算しない主張が多くなって、バランス感覚を失った原理主義者が多くなったようだ。
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<排出権取引の試み> 今まで外部不経済として扱われていた問題を、金銭勘定に置き換えて市場のメカニズムにより、解決への糸口を見出そうとする試み、その1つとして「二酸化炭素排出権取引」がある。
 排出権取引とは、国や企業ごとに割り当てられた二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出許容枠(排出権)を売買する仕組み。削減目標を持つ国だけで取引が可能になる。地球温暖化防止の京都議定書に、温室効果ガスの削減手段の一つとして排出権取引の活用が盛り込まれた。削減が予定通りに実行できなかった場合に外国の排出枠を買い、逆に余った枠を売ることができる。
 日本のように省エネ努力が進み、さらなる温室効果ガスの削減には高いコストがかかる国は、ロシアのような削減余地のある国からCO2の排出枠を買えば、より安いコストで削減目標を達成することができる。
 単純な具体例をあげてみる。世界がA国とB国の2国で構成されているとする。A国における二酸化炭素1単位あたりの削減費用を10とし、B国におけるそれを1とする。この2国が互いに1単位ずつ削減しなければならないとすると、合計11の費用がかかる。ところが、A国が削減せずにB国が2単位削減するなら、費用は合計2ですむ。そこで、たとえば、A国が一単位の許可証をB国から6という価格で購入すれば、A国は自国で削減するのに比べて費用4(10−6=4)得し、B国は費用5(6−1=5)の儲けを得る。つまり「社会的費用」を少なくて済ます工夫の一つと言える。
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<工場騒音と隣接する開業医> 排出権取引を考えると、ロナルド・コースの提起した問題が頭に浮かぶ。経済学とは関係ないように思われる問題を、経済学の手法で解決の手順を整える。騒音・振動・有毒ガス排出など外部不経済として経済学では扱わなかった問題を、経済学の発想(=希少性を扱う手法=問題を「金勘定」に置き換える)で解決しようとする。倫理学で扱う問題を、「感情」を「勘定」と置き換えることによって、問題点をはっきりさせ、マネーゲームのもとで問題点を消却しようとする。厄介な倫理問題とされるものを経済学の発想で極力「消却」しようとする、そこに「排出権取引」「経済倫理学」「コースの定理」の共通の発想を感じる。コースの主要な論文「企業の本質」と「社会的費用の問題」、そのうち「社会的費用の問題」から「菓子工場から出る騒音と、隣接する開業医」の例題を紹介しよう。
 菓子屋が菓子を作るために、2台のモーターと粉つき機を利用していた。(モーターは60年以上にわたって、粉つき機は26年以上にわたって、同じ場所で運転され続けてきたものだった)。そこへ医者が越してきて、隣接する家屋に居を定めた。そこに暮らし始めて8年後、医者は菓子屋の厨房の真正面に位置する庭の片隅に、診療室を設けた。医者にとって菓子工場の騒音と振動は生活することに対しては無害であったが、診療室の活用には有害であった。 このため医者は、菓子屋の機械使用を差し止めようと、裁判所へ訴えでた。裁判所は医者の訴えを認め、菓子屋に操業差し止め命令を下した。
 裁判所のこの決定は、医者に菓子屋の機械使用を差し止める権利があることを認めるものであった。しかしこの決定は、当事者間の相対取引で修正出来るものであった。
 例えば、医者が騒音のため診療時間を短縮したり、他の場所に診療室を作り直したり、防音壁を作ったり、こうしたことをすれば費用がかかる。しかしそのコストより多額の補償金を菓子屋が払うとなれば、医者は機械の継続的な使用を容認するだろう。
 菓子屋はどうするか?もし菓子屋が操業方法を変えたり、放棄したり、工場を移転したら多額の費用がかかる。そこで菓子屋は計算する。「(1)操業方法の変更に伴う費用と所得減少分、(2)医者に支払う弁済費用、どちらが大きいだろう?」。もし弁済額の方が少なければ、菓子屋は医者に補償金を支払って操業を続ける事になる。もし逆ならば、操業方法を変更する。
 裁判に話を戻そう。もしもこの裁判で菓子屋が勝っていたらどうなるか?
 菓子屋はこの場合、医者に代償を払わずに、機械を運転しづけることになる。二人の立場は入れ替わる。菓子屋に機械使用をやめさせるには、医者が菓子屋に代償を払うことになる。
 今度は医者が計算する。「(3)菓子屋に機械を止めてもらうための弁済費用、(4)騒音のもとで診療するか移転する費用、どちらが多額になるだろう?」
 裁判で医者が勝訴し、菓子屋の機械使用差し止めの権利が医者にある時、医者への損失補償をしつつ機械を使用し続ける事が菓子屋にとって割に合わない状況は、(1)<(2)である。菓子屋が勝訴し、機械使用の権利が菓子屋にある時、菓子屋に代償を支払って機械使用を中止してもらうことが医者にとって割に合う状況は、(3)<(4)である。この場合(1)と(3)は菓子屋の操業方法変更に伴う機会費用であり、(2)と(4)は医者が騒音を我慢するか移転するのに伴う費用。この場合は裁判でどちらが勝っても、菓子屋が操業方法を変更する事になる。
 もしも取引費用を無視して考えるなら(ほとんどの場合取引費用は発生し、これは非現実的な仮定ではあるが)、損害責任に関する裁判所の決定は、資源配分に対しては何の影響も与えない。裁判官の意見が正しいのは、必要な市場取引を実行する費用が、調停で得られる利益を超える場合だけに限られる。
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<事態は損得勘定で決まる> 紛争はどのように解決されるだろうか?(1)菓子屋が操業変更または移転する。(2)防音壁を作る。(3)医者が騒音を我慢しながら診療する。(4)医者が診療室を移転する。
 取引費用を無視して言えば、「一番費用のかからない方法が採用される」となる。裁判はその費用をそれぞれがどのように負担し合うか、を決める。
 日本ハムグループの偽装表示は、年間売り上げ9千億円もある大企業グループで、高々1千万円の売り上げ増を狙って不正工作をした。その結果が200億円の損失となった。偽装表示を非難するより営業感覚・経営意識のないお粗末さにあきれてしまう。雪印食品も同じように、日頃からエンド・ユーザー相手に売り上げ増に苦心している営業マンには、信じられないほどお粗末な不正行為だ。破綻した日本食品も不正行為に対するしっぺ返しは厳しかった。一連の偽装表示で分かるのは、不正行為そのことより、それに対する消費者パワーの強力さ。そして利潤を追求する企業にとって損得勘定で考えると、実にバカらしい事だった。もっともマスコミは損得勘定に付いては積極的には報道していない。「勘定」より「感情」で判断するようだ。
 世間を騒がした食肉偽装表示会社、せめてもの罪滅ぼしのために「懺悔」をして欲しい。不正行為の総括損益決算書の公表だ。「利益追求と売上重視」とは反対の行為だったこと。そして他の企業人も「消費者を裏切ると、どれほど大きな損失を被るか」が分かって、以後企業の不正行為に対する抑止力になるに違いない。
 「感情と勘定」「機会費用」「社会的費用」「社会的バランス」「消費者=お客様=神様」こうした言葉を使いながら経済学する、それは感情レベルで処理することではない。にもかかわらず、こうした態度をとるか、「拝金主義反対」「くたばれGNP]の立場をとるか、どうもセンスの違いのようだ。この違いの壁を乗り越えるのは難しい。教育(マインド・コントロール)しようとか、説得(説教)しようとか、こうしたことにあまり期待しない方がいいのだろう。
<お薦め本>
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「経済倫理学のすすめ」ー「感情」から「勘定」へ   竹内靖雄  中公新書 1989年12月20日
「安全性の考え方」                 武谷三男編 岩波新書 1967年 5月20日
「企業・市場・法」ロナルド・H・コース 宮沢健一、後藤晃、藤垣芳文訳 東洋経済新報社 1992年10月29日 

( 2002年9月30日 TANAKA1942b )

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企業不祥事を考える
消費者パワーが効かない業界はどうする?
<東電が原発トラブルで不正記録の疑> 経済産業省原子力安全・保安院は8月29日、東京電力福島第一(福島県)、同第二(同)、柏崎刈羽(新潟県)の三つの原子力発電所で、1980年代後半から90年代前半にかけて、原子炉圧力容器内のひび割れなどを同社が自主点検で発見しながら、29件について記録を改ざんし国に報告しなかった疑いがあると発表した。疑惑が持たれている原子炉は13基で、八基は11カ所に損傷を残したまま稼働している。保安院は電気事業法の報告義務に違反する疑いがあるとして、事実関係の調査を始めた。東電は調査開始を受け同日夜、プルトニウムを原発で燃やすプルサーマルの年内実施を見送ることを発表した。保安院は「不実記載が事実としても、直ちに安全上の問題は生じない」とする一方、「将来的に保安体制の不備につながる極めて深刻な問題」と指摘。 同社に立ち入り検査を行うとともに、各電力会社に総点検を指示することを決めた。(2002/08/30)
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<三井物産部長ら逮捕、国後発電設備の入札妨害容疑> 国後(くなしり)島ディーゼル発電設備工事の入札を巡る疑惑で、入札情報を不正に入手し、発注元の国際機関「支援委員会」の業務を妨害したとして、東京地検特捜部は7月3日、三井物産の産業システム事業部の部長、飯野政秀容疑者(44)ら社員3人と、背任事件で起訴された外務省職員2人を偽計業務妨害容疑で逮捕した。支援委の事業を巡る外務省の一連の疑惑から、大手総合商社との「官・業」癒着の構図が浮かび上がった。衆院議員、鈴木宗男容疑者(54)=あっせん収賄容疑で逮捕=がこの発電事業を積極的に推進していたことが判明しており、特捜部は同容疑者の関与の有無の解明も進めるとみられる。逮捕されたのは、三井物産側が、飯野容疑者のほか、産業システム事業部のチームリーダー、島崎雄介(38)と同事業部社員、竹腰将行(28)の二容疑者。外務省側が、元国際情報局主任分析官、佐藤優(42)と元ロシア支援室課長補佐、前島陽(37)の二容疑者。(2002/7/3)
<三井物産、モンゴル高官に不正資金提供>
モンゴルにディーゼル発電設備を建設する政府開発援助(ODA)事業を巡り、三井物産がモンゴル政府高官に現金百数十万円を提供していたことが8月27日、分かった。東京地検特捜部は、受注に便宜を図ってもらった見返りの不正な利益提供に当たるとみて、不正競争防止法違反(外国公務員等への不正利益供与)での立件に向け、捜査を進めているもようだ。同法の不正利益供与罪は1998年改正で新設され、適用は初めて。特捜部は社員に加え、法人としての三井物産の同法違反での立件も視野に入れているとみられる。関係者によると、国後(くなしり)島ディーゼル発電設備工事を巡る入札業務妨害事件で起訴された三井物産の元チームリーダー、島崎雄介被告(39)は、日本政府が無償で資金を供与しモンゴルの村落に計150基のディーゼル発電設備を設置するODA事業を担当。モンゴル政府側から事業の受注に便宜を受けようと計画し、昨年夏以降、数回にわたり、インフラ部門を担当する局長級の同国政府高官に対し、東京都内のホテルなどで現金百数十万円を手渡したという。(2002/8/28)
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<みずほ銀行ATM で障害> 第一勧業銀行と富士銀行,日本興業銀行が統合したみずほグループの,個人向け銀行である「みずほ銀行」のATM(現金自動預け払い機)で不具合が発生,被害が拡大している。みずほ銀行は,今日4月1日が,みずほ銀行としての新たな門出の日。にもかかわらず,UFJ銀行と同様,初日から試練に直面した。午前10時現在,旧富士銀行の店舗に設置してあるATMで,旧第一勧業銀行のキャッシュ・カードを使った残高照会や引き出し,預け入れができない状態にある。一方,旧第一勧業銀行のATMでは,これと逆の現象が発生している。さらに,みずほ銀行以外の銀行のキャッシュ・カードをみずほ銀行のATMで利用することができない状態だ。みずほ銀行本店(旧第一勧業銀行本店)の担当者は,「昨日の夜になってシステムの統合作業が終わったため,旧富士銀行のキャッシュ・カードや通帳を使ったATMの試験がほとんどできなかった」と説明している。(2002/4/1)
<UFJ銀行システム障害>
UFJ銀行は1月28日夕方に緊急会見を開き,1月23日から絶え間なく発生していた口座引き落とし処理の遅れの原因や被害件数などを説明。新たに,預金の二重引き落としと引き落とし漏れが発生したことも明らかにした。口座引き落とし処理の遅れは,「口座振替システム」の不具合や処理の不手際があったために発生した。具体的には,口座振替システムで実施した引き落とし処理の結果を,電力会社やクレジット・カード会社ごとに自動集計するシステムの処理や,磁気テープやフロッピ・ディスクに格納する人手の処理が遅れた。この結果,1月25日までに合計175万件の引き落とし処理が遅れたうえ,電力会社など約1500社の取引先に対して,処理結果を正常に引き渡せなかった。 (2002/1/28)
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<郵貯のシステム障害,原因不明のまま見切り発車> 郵便貯金オンライン・システムで5月7日午後3時過ぎに発生したシステム障害は,同日の午後8時29分にひとまず復旧したものの,障害の原因は未だに特定できていない。5月8日は原因が分からないまま、ひとまず機能の回復を優先してオンラインを通常通り稼働させている。5月7日に問題が起きたのは、郵便貯金オンライン・システムと提携金融機関のシステムを接続する「対外接続系システム」。この部分の障害が原因で、「郵貯ATMで提携金融機関のカードが使えない」「提携金融機関のATMで郵貯カードが使えない」などのトラブルが発生した。(2002/5/8)
<KDDIの法人向けメールサービス、丸一日故障 >
KDDI(本社・東京)の法人向けインターネット商品の一つ、オリジナルメールサービスで6月28日から29日にかけて、システム障害が発生した。障害の復旧までにほぼ丸一日かかり、この間、電子メールの送受信が不能になった。同社によると、システム障害は28日午後2時半に発生し、29日午後2時ごろ復旧した。原因は、メールサーバーの故障という。オリジナルメールサービスは、ドメイン名を契約者が自由に設定できる商品で、9割以上は法人契約。中小企業の利用が多く、契約者数は、全国で約7100法人・個人。通常、各企業は、社員が使うメールを割り振っている。社員メールを含めると、ユーザー数は6万件に上るという。(2002/6/29 )
<NTT西日本がメール3万3千通誤配信 > NTT西日本が、インターネットのホームページで電話の新規契約を申し込んだ人に契約確認のメールを送信した際、同じメール約3万3千通を無関係の利用者に誤って配信していたことが6月28日、分かった。同社は受信者におわびのメールを送り、確認メールの配信システムを停止して原因を調べている。誤配信が起きたのは、同社の岐阜支店が受け付けた返答メール。「本人の主体確認の意味で、免許証または保険証のコピーをファクス送信願います」「連絡先へお電話したが、お留守だった」などと書かれ、差出人は「NTT西日本・岐阜エリア」となっていた。メールは27日午後6時半ごろ、全国一斉に送られた。28日朝から同支店には電話やメールで問い合わせが殺到したという。誤ったメールの配信先は、オンラインで契約内容の変更などをする同社のサービス「ピッタリねっと」の利用者。総務担当の長谷川光伸主査は「システム的なトラブルが原因とみられるが、詳細はわからない」という。(2002/6/29 )
<TTNetメール障害 > 東京通信ネットワーク(TTNet、東京都港区)が運営するインターネット接続サービス「東京電話インターネット」のサーバーシステムが故障し、6月6日午前0時23分ごろからメールの受信ができなくなった。同日午後9時20分に復旧したが、メールの一部が消去された可能性があり、同社で調べている。加入者数は約20万人。東京通信ネットワークによると、メールを受信者に振り分けるシステムが故障したという。同社お客さまセンターには6日夜までに6500件を超える苦情などがあった。(2002/4/06 )
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<不正行為の損益計算書>TANAKA1942bの主張する「不正行為を減らすポイント」は「機会費用の大きさを周知徹底させること」と 「接待汚職の経済学」▲で書いた。「偽装表示の損益計算書」では消費者パワーが発覚時の損失をさらに大きくする、と書いた。では消費者パワーが届かない業界はどうなるのか?東京電力、三井物産には消費者パワーが効かない。それもあってか不祥事による損失がどの程度なのかよく分からない。経済倫理学の手法では、「各企業は不正行為、システム障害などでどれだけの損失があったのか公表しなさい」となる。ルールを破るとどれだけ大きな不利益が生じるか、それを周知徹底させることが法を守ることへのインセンティブになる。
 市場経済ではこの「インセンティブ」が重要なキーワードになる。自分にとって、会社にとって、社会にとって、国家にとって、「得か?損か?」。全てにとって得ならば、「うまくできた制度」と言える。全てにとって損だと分かれば、誰もやらない。不正行為、システム・ミスは全てにとって「損」だということを周知徹底させると、こうしたことを起こさないように気を配るようになる。発覚する確率がたったの2割程度としても損失が大きい。そのためにも「不法行為の損益計算書」「システム・ミスの損益計算書」が発表されるといい。
<経団連が不祥事防止対策 退会勧告・除名盛る> 日本経団連は10月15日の理事会で、企業不祥事の防止対策を正式に決めた。
 これまでの企業行動検証に「消費者・ユーザーの信頼の獲得」を新たに盛り込み、「実行の手引き」には不祥事を起こした企業の会員資格の停止、退会勧告、除名の処分を加えるなど防止策を強化した。しかし、当初、全会員企業に求める方針だった不祥事防止の確認書は、「企業の自主性を重んじるべきだ」という声が強く、新規会員のみに後退した。(2002年10月16日 朝日新聞)
 企業倫理という感情の問題を、損得勘定に置き換えて考えると、「企業不祥事とは利潤追求とは反対の行為。不祥事を起こすなとは、利潤追求と反対のことをするな、ということだ」となる。不祥事防止の確認書を提出させる、ということは、「我が社は利潤追求に全力をあげます。大きな損失を生むような不祥事は起こしません」との誓約書を取るに等しいこと。利潤追求が目的である企業に、このような誓約書を提出させるとはおかしな事だ。つまり正論を主張するよりも世間の批判をやり過ごして置こう、ということになる。確認書の提出を新規会員のみにしたのは「後退」ではない。このあたりから「企業のありかた」「倫理」「不祥事」「売り上げ重視」などに対するセンスの違いがはっきりしてくる。
 不祥事を起こせば業績が悪化する。このような仕組みになっていれば日本経団連はなにもする必要はない。もっとも消費者パワーの弱かった江戸時代なら「株仲間が取引停止処分」にしただろうから、「江戸時代の制度を現代に生かそう」との考えかも知れない。だとするとTANAKA1942bが「大江戸経済学」で書いていることに影響された、と考えられるだが???
<消費者パワーが効かない場合> 食品偽装表示に関しては消費者パワーために企業の損失額を大きくした。東電・三井物産の場合は消費者パワーが効かない。システム・トラブルのケースも消費者パワーは余り影響を与えていないようだ。これでは「何かあっても、静かに頭を下げていれば、人の噂も四十九日、しばらくすればマスコミも取り上げなくなるだろう。気にすることはないよ」となる。
 「経営改革室」を作ってネット上で消費者の意見を汲み上げよう、との姿勢を見せる日本ハムも、窓口担当者の姿勢は事なかれ主義。「頂きましたご意見を真摯に受け止め、信頼回復に全力で取り組んで参ります」と言っても、結局は「自分の担当するうちは何事もなく終わって欲しい」 「どこの馬の骨か分からない人が、何か難しそうな事を言ってきても。なまじ中途半端な対応をすると、後が面倒だ。ここは暖簾に腕押し、ととぼけることにしよう」の姿勢とTANAKA1942bは見た。「クレーム客ほど大切にしろ」とは営業の世界でよく言われる。「利益追求と売上重視」に徹底すれば積極的に消費者のクレームを取り上げることになるのだが、企業は消費者から逃げている。本質的な体質は変わらないだろう。
竹内直一流の矢文は有効かも 消費者パワーが効かない場合は竹内直一氏が日本消費者連盟創立委員会で実績をあげた矢文がいい。不祥事を起こした企業、役所に対しては説明・弁解・陳謝していても消費者に対してはどうかな?最近は消費者もおとなしくなったかもしれない。マスコミは内部告発(whistle blowing=笛吹運動)を取り上げたがる。ニュース・ネタとしていいのだろう。竹内直一氏が活躍し始めた頃の手法が今頃見直される。ちょっと古いセンスじゃないのかな。
<三等重役の登場に期待しよう> 東京電力の場合は、役員総入替がいい。三等重役をいっぱい登場させる。その中から第2の木川田一隆を目指す人が出てくる。東電は人材豊富だから可能性は十分ある。製造業界では飛び越し人事が珍しくない。西山弥太郎・井深大・本田宗一郎が活躍した戦後のどさくさ時代、そこで育つたくましい経営者。それを思い起こそう。 時代は多くの面で過保護主義へと向かっている。自然界でハンディキャップを追わされた動物は、補償と過剰補償によって生き残ろうとする。 緊急事態としてのセイフティー・ネットは全ての業界に必要な訳ではない。 必要以上のセイフティー・ネットは面倒を見てもらう方の人間から、本来ならばあったはずの補償的能力を発展させる性質を事実上奪ってしまう。東電に関して言えば三等重役ばかりになってもやっていける。一人ひとりが潜在的能力を十分に発揮し、東電再建に進むに違いない。
( 2002年10月21日 TANAKA1942b )
趣味の経済学 Index