趣味の経済学 日本の安全保障                         憲法第9条を改定する 日本の安全保障  憲法第9条を改定する       アマチュアエコノミスト TANAKA1942b が日本の安全保障を考えます    If you are not a liberal at age 20, you have no heart. If you are not a conservative at age 40, you have no brain――Winston Churchill     30歳前に社会主義者でない者は、ハートがない。30歳過ぎても社会主義者である者は、頭がない     趣味の経済学  アマチュアエコノミスト TANAKA1942b が日本の安全保障を考えます     好奇心と遊び心いっぱいのアマチュアエコノミストTANAKA1942b が日本の安全保障を考えます     日本国憲法第9条     陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する    趣味の経済学 日本の安全保障  
憲法第9条を改定する
(1)憲法第9条を改定する 陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する  ( 2001年6月4日 )
(2)憲法第9条を改定する 国内と国外、プライベートとパブリック  ( 2001年6月11日 )
(3)再度憲法第9条を改定する 国連の要請する活動については、法律の定めに従う  ( 2001年6月18日 )
(4)体験入隊制度 人民の海の中を泳ぐ魚のように ( 2001年7月23日 )
(5)在日国連平和維持軍 安全保障のアウトソーシング ( 2001年7月30日 )
軍事介入の政治経済学
(1)ヒトラー、ムッソリーニの暴走 「とにかく戦争はイヤだ」の英仏 ( 2003年5月5日)
(2)フランコ、大日本帝国関東軍 鬼の来ぬうち、洗濯ジャブジャブ ( 2003年5月12日)
(3)ソ連圏の弾圧に対する西側の介入 押しつぶされた東欧の民主化 ( 2003年5月19日)
(4)幻の核戦争、キューバ危機 両首脳の英断と、その後の悲運( 2003年5月26日)
(5)不法行為の機会費用 ヤバイことすると、結局は損するよ ( 2003年6月2日 )
(6)G・ハーディン「救命艇に生きる」状況 民主制度と機械仕掛けの神 ( 2003年6月9日 )
(7)人の命は地球より重いのか? 個の利己主義、種の利己主義 ( 2003年6月16日)
(8)国家が人を殺さねばならぬとき アダム・スミスの「公平な観察者」 ( 2003年6月23日)

趣味の経済学 アマチュアエコノミストのすすめ Index
2%インフレ目標政策失敗への途 量的緩和政策はひびの入った骨董品
(2013年5月8日)

FX、お客が損すりゃ業者は儲かる 仕組みの解明と適切な後始末を (2011年11月1日)

1 憲法第9条を改定する
陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する
  日本国憲法 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 (2)陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する。  
 憲法をこのように改訂することにより、自衛隊は合憲になり、他国を侵略する危険性もない。
 ルールとは誰が読んでも同じように理解できる文章がいい。読む人によって解釈が違う文章はよくない。憲法も単純に読めばいい。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」のだから、その通り「自衛隊は違憲」と理解すればいい。現行憲法では 
 (2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。  
 日本国憲法がどのような経過でできたか、警察予備隊ができた時代背景、歴代内閣の答弁、こうした話を持ち出して「合憲だ」と解釈する人がいるが、言葉通り「戦力は、これを保持しない」「自衛隊は違憲」と理解すればいい。いろいろ理由を言う人は、本当はこう言っているのだろう。「自分はこんなに勉強しているのだ。なにも知らない素人は黙っていなさい」または「本当はどうしていいのか分からない。だから知っていることをいっぱい言って、取り繕っておこう」と。
 日本の安全保障を考える時、憲法・自衛隊・日米安保条約の関係についていくつかの選択が考えられる。そのいくつかを考えてみよう。
 (1) 憲法はそのまま、自衛隊はなくす、安保は破棄
 (2) 憲法はそのまま、自衛隊はなくす、安保はそのまま
 (3) 憲法はそのまま、自衛隊はそのまま、安保はそのまま
 (4) 憲法はそのまま、自衛隊はそのまま、安保は破棄
 (5) 憲法は改定、自衛隊はそのまま、安保はそのまま
 (6) 憲法は改定、自衛隊はそのまま、安保は破棄それぞれの主張について考えてみよう。
 (1) 「自衛隊は違憲だ。従って自衛隊はなくすべきだ。そうすれば憲法はそのままでいい。安保条約は破棄すべきだ。」「非武装・中立・非同盟」の考えだ。社会民主党は「社会党」という名前と一緒にこの考えを捨てたようだが、社会党に投票した人はどうしたらいいのだろうか?もっとも「非武装・中立・非同盟」などという非現実的なことを言っていれば、「空想平和主義」と言われることになる。つまり「政治団体」ではなくて、「宗教団体」になるのだが。
 (2) 「日本の安全保障をどうするか?」はっきりビジョンを示さず、単に「自衛隊反対」と言っているとこうなってしまう。その結果自分の国を守るのに他国の軍隊に頼る、お金は払うが危険な仕事はアメリカにやってもらおう、という主張になってしまう。日本人はそんなに心の貧しい人ばかりではないだろう。
 (3) 自衛隊は合憲。だから憲法は変えない。安保はそのまま。という従来からの日本政府の見解。どの政党が政権を取っても変わらないだろう。なるべく波風立てない政策。しかしいつまでもこのままでいると、憲法と現実との差が大きくなるばかり。もうそろそろ「軍隊を持たない」という憲法の建前と、「軍隊がある」現実とを一致させるべきだろう。
 (4) 「憲法を守れ。PKO反対」と言っているとこうなってしまう。しかしこれは「非武装・中立・非同盟」ではないし、はっきりしたビジョンがない。「なんでも反対」の典型だ。
 (5) 「憲法は改定して自衛隊を合憲とする。自衛隊はそのまま、特に拡大したり縮小する必要はない。アメリカとの軍事同盟はそのままにする。」この考えの人は多いだろう。しかし国会議員は選挙のことを考えるとなるべく敵は作りたくないので、はっきり言わないようにしている。
 (6) 「憲法を改定して自衛隊を合憲とする。自衛隊は今のままでいい。安保条約は破棄して、日本の安全は日本人でまもる。」このように主張する人がいてもよさそうなのだが、それほど強烈な民族主義者・国粋主義者は日本にはもういなくなったのだろうか?
<侵略戦争をしようと思って戦ったのか?>かつて村山内閣の時に、「日本は侵略戦争をしようと思って戦ったわけではない。」と発言して辞任させられた大臣がいた。では当時「これから侵略戦争を始めよう」と言ったのだろうか?フセインはクウェートを攻撃するとき「これから侵略戦争を始める」と言っただろうか?
 日本国憲法を改訂するとき、「軍隊は他国を侵略しない」とか「自衛のための軍隊である」とか「専守防衛」と明記しても、それは気休めにしかすぎない。
 ではどうしたらいいか?そこで「陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する」という文になるわけである。
( 2001年6月4日 TANAKA1942b )
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2 憲法第9条を改定する
国内と国外、プライベートとパブリック
  (1)日本の旅館で泊まり客は寝間着のまま部屋から廊下・食堂・浴場へと歩き回る。欧米式のホテルでは自分の部屋を出るとき、寝間着を脱ぎジャケットに着替える。日本式ではプライベートな場所とパブリックな場所の区別がはっきりしていない。
 (2)1960年5月1日ゲーリー・パワーズ操縦する米軍のU-2偵察機がソ連領空でソ連空軍のSA-2ミサイルによって撃墜された。これは明らかに領空侵害であった。
 (3)1983年9月1日未明、アンカレッジを飛び立ったニューヨーク発ソウル経由日本行き大韓航空ジャンボ007便が、ソ連領サハリン沖でソ連の戦闘機によって撃墜され、日本人27人を含む乗員・乗客269人が死亡した。民間航空機が戦闘機のミサイルによって撃墜されるというショッキングな事件で、ソ連に対する国際的な非難が高まった。しかしミサイルを発射したパイロット・ソ連軍幹部・政府責任者などの責任問題は曖昧にされたままだった。大韓航空機がソ連領域を飛んでいたのは疑う余地はなかった。
 (4)1992年10月17日米国ルイジアナ州バトンルージュで日本人留学生服部剛丈君(当時16才)がロドニー・ピアーズ氏宅で同氏に拳銃で射殺されるという事件が起きた。同氏は正当防衛を主張し刑事裁判では無罪になった。ハロウインの仮装をして、許可なくロドニー・ピアーズ氏宅へ入ったため,同氏の正当防衛が認められた。
 (5)1999年3月23日、日本海の日本領海内で2艘の不審船を海上自衛隊が発見。防衛庁と海上保安庁は航空機と艦船で追跡。海上保安庁の巡視艇は警告射撃するが、2艘はこれを振り切り日本領域を脱出。後に日本の漁船を装った北朝鮮の船舶であることが判明。
 (6)2001年4月1日午前、沖縄・嘉手納基地所属の米海軍EP3偵察機(24人乗り組み)が南シナ海上空を偵察飛行中に中国軍の戦闘機2機に遭遇。中国機1機が接触。米軍機は緊急信号を発しながら海南島に緊急着陸するという事件が起きた。中国側は米軍機の偵察行為を非難したが、米側は公海上を理由に、乗組員と機体の返還を要求。その後乗員24人は解放され、4月12日グァムを経由し、ハワイのヒッカム空軍基地に到着し、関係者の歓迎を受けた。この事件は米軍の偵察行動であり、中国側を刺激したが、公海上ということで乗員は解放され、機体の返還も基本的には同意しその具体的な方法について現在交渉中。もしも現場が中国領空内であったら、アメリカは大幅な妥協を強いられ返還交渉は難航しただろう。
 これらのことから、「内と外」、「プライベートとパブリック」の区別をはっきりさせることの大切さが分かる。日本の安全保障を考えるときもこのことがキーポイントになる。
 軍隊の活動を国内だけに制限するとなると、(5)のケースがこれに当てはまる。日本領海を出たらこれを追跡する事もできず、攻撃する事もできない。自衛隊の航空機や艦船が相手を攻撃してそれが正当かどうかの基準は、相手が日本領域にいたかどうかになる。正当防衛かどうかの判断には相手の態度・行動がどうであったかが問題になるケースが多い。しかし軍事行動の場合は目撃者がいない場合が多いし、どちらが先に攻撃してきたかなど、判断できない場合が多い。現場が日本国内かどうかは後になっても判断しやすい。
 「陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する」のではあるが例外を3つ作ることにする。1) 在外大使館勤務の防衛庁武官。各国の駐日大使館付き武官も制服で勤務している。日本の自衛官も、外務省への出向ということではなしに、制服を着た軍人として勤務することになる。2)海上自衛隊の練習船の親善航海など。ブルーインパルスの親善模範飛行もこれに含まれる。3)海外における調査活動。PKO等の調査、武器・兵器の調達などのための調査活動。
 ところで「日本国内に限定する」と現在と比べてどの程度軍事行動は不自由になるのだろうか?(5)の場合はなぜ威嚇射撃だけで、不審船を攻撃しなかったのだろうか?現在の法律・装備で、例えば国外からミサイルを発射されたら、相手側の発射基地を攻撃できるのだろうか?現在の自衛隊に何ができるか?自衛隊のHPから引用しよう。「防衛施策基本方針」によると、「専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本理念に従い、、、」とあり、「専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛行使も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限られるなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものです。」とある。また「わが国の防衛体制及び自衛隊の行動の制約」として、「先制攻撃の否定」をあげている。これによると、「わが国は専守防衛を国是としています。このため明白な侵略を受けている場合を除き、領空・領海外での先制攻撃は行いません。」とある。さらに「わが国は武力行使の目的で部隊を他国に海外派兵することは、 自衛の範囲を超えると判断されるために行いません。しかし、わが国が侵略や攻撃を受けている場合、それを阻止する目的で相手国の基地を攻撃することは、自衛の範囲に入ると判断されます。」
 自衛隊の規定と現在の国民世論を考えれば、(5)のケースでは威嚇射撃までが限度なのだろう。そしてもしも他国からミサイルが飛んできても、それから「法律を変えよう」とか、「イヤ国連に訴えるのが先だ」という議論があって、そのうちミサイルの脅威がなくなれば、ホッとしてそのうち議論されなくなるのだろう。こう考えるとTANAKA1942bの試案、必ずしも現在の自衛隊の行動を大きく制約するものではない。むしろ何ができて、何をやってはいけないか?現場の自衛官に判断が付きやすく素早く行動が起こせるからだ。
さて、この憲法改定案は日本の右と左の両方から反対されるだろう。まず左から、「憲法9条の精神を踏みにじっている」、「これは反対しにくいような案を出し、いずれ徴兵制度を出すための下準備に違いない」と。右からの反対はこうだ。「敵が国外に脱出したら攻撃できない。ヒット・アンド・アウェイで攻撃されたら対処のしようがない」、「日本の弱点をさらけ出す憲法は認められない」と。
 民主制度では多くの主張の妥協点をとるので、誰も支持しなかった主張を選択する場合もある。日本の安全保障を選択する場合も、どちらか一方の主張を採用するのは難しい。どのような案であっても反対派は強力に反対するだろうから。結局、民主制度では「すべての人が反対しつつ、それでも、この程度ならしょうがないだろう、という接点を探す」ことになる。従ってこの試案のように左右両側から反対されるということは、この試案が正しいということの証明になる。そしてもし憲法をこのままにしておくならば、「これを保持しない」と言いながら軍隊を持つことになる。そしてこれが許されるならば、憲法を改定せずに、軍隊が大きくなってしまう。そしてその軍隊は依然憲法違反のまま、ということになるのだ。
( 2001年6月11日 TANAKA1942b )
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3 再度憲法第9条を改定する
国際連合の要請する活動については、法律の定めに従う
  改訂憲法ではPKO等自衛隊の海外派兵はできない。そこで再度憲法を改定する。その改定案は次のとおり。
第9条(2)陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する。ただし国際連合の要請する活動に関しては法律を定め、これに従う。
そして「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」などを定める。 これらの法律で行われる自衛隊の国際協力は、現行法では「国際連合平和維持活動」「人道的な国際救援活動」「国際的な選挙監視活動」「国際平和協力業務」であり、在外邦人の救出に関する規定はない。ただし、国際緊急援助隊の派遣に関する法律ではその目的を次のように定めている。 (目的)第一条 この法律は、海外の地域、特に開発途上にある海外の地域において大規模な災害が発生し、又は正に発生しようとしている場合に、当該災害を受け、若しくは受けるおそれのある国の政府又は国際機関(以下「被災国政府等」という)の要請に応じ、国際緊急援助活動を行う人員を構成員とする国際緊急援助隊を派遣するために必要な措置を定め、もつて国際協力の推進に寄与することを目的とする。
 このようになっているので、この地域に日本国籍の被災者がいれば救出に当たることも適法となるのだろう。
 海外での自衛隊員の武器装備はどうだろうか?
 現行法では次のようになっている。 (小型武器の保有及び貸与)「本部は、隊員の安全保持のために必要な政令で定める種類の小型武器を保有することができる。」さらに武器の使用に関しては、(武器の使用)「前条第一項の規定により小型武器の貸与を受け、派遣先国において国際平和協力業務に従事する隊員は、自己又は自己と共に現場に所在する他の隊員の生命又は身体を防衛するためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で、当該小型武器を使用することができる。」
小型武器しか使用することができないのだ!!
 憲法を改訂してまでルールと現実の食い違いをなくし、正常な状態にしようとするのであるから、武器使用に関しても常識的なルールにする。すなわち、 「本部は,部隊の安全保持のために必要な武器、及び安全に平和維持活動を行うために必要な兵器を保有することができる。」とする。
 PKOは武力行使はしないことになっている。これに関する規定は次のとおり。
「国際連合平和維持活動は国際連合の総会又は安全補障理事会が行う決議に基づき、武力紛争の当事者(以下「紛争当事者」という)間の武力紛争の再発の防止に関する合意の遵守の確保、武力紛争の終了後に行われる民主的な手段による統治組織の設立の援助その他紛争に対処して国際の平和及び安全を維持するために国際連合の統括の下に行われる活動であって、武力紛争の停止及びこれを維持するとの紛争当事者間の合意があり、かつ、当該活動が行われる地域の属する国及び紛争当事者の当該活動が行われることについての同意がある場合(武力紛争が発生していない場合においては、当該活動が行われる地域の属する国の当該同意がある場合)に、国際連合事務総長(以下「事務総長」という)の要請に基づき参加する二以上の国及び国際連合によって、いずれの紛争当事者にも偏ることなく実施されるものをいう。」
 つまり危険のない所へしか行かない、ということだ。必要とあれば湾岸戦争当時の、アメリカとその同盟軍(日本では多国籍軍と表現していた)への参加もできるように法律を整えておくべきだ。憲法というルールを現実の社会に合わせようとするのだから、世界には話せば分かる善意の人たちばかりではない、という現実にも合わせなければならないのだ。
「日本の安全保障」と題して3回にわたって掲載してきた。ポイントは次のとおり。「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。」と言いながら自衛隊という戦力がある。この矛盾を解消するには、自衛隊をなくすか?憲法を改定するか?そこでTANAKA1942bは憲法改定を提案。内容は「陸海空軍その他の戦力はその活動を日本国内に限定する。」これで自衛隊は違憲ではなくなり、他国を侵略することもなくなる。ただしPKO等の国際貢献はできない。そこでもう一度憲法を改定する。「ただし、国際連合の要請する活動に関しては、法律を定めこれに従う。」を付け加える。そして 「国際連合平和維持活動等に対する強力に関する法律」等の法律を定める。
 さて、2度にわたる憲法改定を経て作り上げた日本の安全保障体制、今の現実とどこが違うのだろうか?と考えると、あまり違わないことに気がつく。違うのは、現在の法律は、PKOに対してこわごわ参加しようとしている、ということくらいだ。このように考えると現在の日本の安全保障体制はそこそこ旨くできている、と言える。という結論で終わってしまってはTANAKA1942bの名が廃れる。意地を張ってでもユニークなTANAKA1942bでなければできない論法を展開しよう。と決意し新たな話題を提供することにした。1)なぜ2度にわたって憲法を改訂するのか?1度でいいのではないのか?2)本当にこれでいいのか?左右両派は納得するのか?左右両派が公式には表明していないが考えているかもしれない過激な主張、「国民皆兵」「自衛隊も保安隊も警察予備隊も廃止し、憲法9条に忠実な体制」「国粋主義者・民族主義者の主張と毛沢東主義の共通点」「憲法9条を教典とする空想平和主義者の徹底した規制破壊論的民営化論」こうした内容について、日本の安全保障=その4=で取り上げることにします。ご期待ください
( 2001年6月18日 TANAKA1942b )
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4 体験入隊制度
人民の海の中を泳ぐ魚のように
<体験入隊制度>  日本の安全保障、右の方はどのように考えているのだろうか?「再軍備すべし」としても、安保をどうする?非核3原則は?徴兵制度は?日米安保は?自衛隊の規模は?よく分からないがTANAKA1942bの「憲法改定試案」が妥当だと言う証明のためにも、こちら側からの考察も必要だと考える。これはTANAKA1942bの考えではないが、こういう考えがあっても不思議ではない。という考えを書くことにする。
 「体験入隊制度」について考えてみよう。日本国民20才になったら30才になるまでに自衛隊に3ヶ月間の体験入隊をしなければならない。これは男女問わず、すべての国民の義務とする。目的は、(1)すべての国民は、日本国の安全保障体制を知ること。及びそれに携わる自衛官の仕事を知ること。(2)安全保障を支える現場の自衛官は、一般国民から遊離せず、常に国民の考えを理解していること。
 国民の中にはいろいろな考えの人がいる。軍隊は必要ないとの主張もあるだろうし、あるいは核兵器も必要だとの考えもあるかもしれない。特に、過去に対する歴史観は様々だろう。この制度はこれらを統一しようとするものではない、「歴史観の共有」「価値観の統一」は必要ない。マインドコントロールは良くない。そうではなくて、国民が軍人を知り、軍陣が国民から遊離しないことが目的なのだ。
 一般国民が安全保障に理解がないと、「自衛隊は税金泥棒だ」との非難になる。その考えを代弁する国会議員になると、防衛庁が有事立法の研究をすると、「戦争を予想し、戦争に備え、戦争を期待している」との非難になり、危機管理の研究さえさせない。こうした考え、態度は一般国民と自衛官とを遊離させることになる。これがどんなに危険なことか?515事件、226事件などの歴史を省みれば明らかになる。自衛隊を非難し、一般国民と遊離させようとする姿勢こそ、過去の苦い歴史に学ぼうとしない愚かな態度なのだ。
 軍隊を持つ以上、憲法で「何ができて」「何をしてはいけないのか」はっきり決めるべきだ。ルールとは誰が読んでも同じように理解できるものでなければならない。日本政府の解釈と、アメリカ政府のそれと、中国政府のと、朝日新聞、読売新聞、NHK、東京都知事、民主党、それぞれが違う解釈になったら、そのような混乱が起きないように誰が読んでも同じように理解できる、具体的な文章がいい。
 過去の軍部の独走をどのように反省するか?TANAKA1942bの考えはこうだ。当時の政党政治は党利党略と利連争いに明け暮れていた、と青年将校達は見た。一般国民も政党に対する期待は薄かった。「政治家は腐っている。一般国民も黙っている。今国の危機を憂え、救えるのは我々青年将校だ」と思い上がり、ルール違反の行動を起こしたことが間違いだった。現代ではこうしたルール違反の行動は、かつての極左・極右ぐらいになった。しかし同じような思い上がりは今でも生きているかもしれない。「一般大衆は政治に無関心で選挙でも棄権する。」「マスコミに踊らされる。」「マスコミは世論操作している。」この考えが「自分は一般国民より賢くて、善悪・損得の判断ができるが、多くの国民はその能力に欠けている。その証拠に現政府に対する異常に高い支持率はマスコミに操作されている証拠だ。」との思い上がりになりかねない。
 20才から30才の間に体験入隊するのだが、どの部隊に入隊したいか?の希望を出すことができる。選考は若い人から希望する部隊に配属する。つまり若いうちに体験入隊すれば希望する部隊に配属される確率が高く、年を取ってからだとどこに配属されるか分からない、ということだ。
<被選挙権・日本国籍獲得>  公職選挙法で被選挙権は20才以上体験入隊を終了した者とする。さらに外国籍の者が日本国勢を得ようとしたら、体験入隊を義務づける。
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<徴兵制度・国民皆兵>  1974年アメリカでは共和党のニクソン政権の時徴兵制度が廃止され志願制度になった。これには保守派と言われる経済学者の考えが生かされている。日本の一部に憲法改定は徴兵制度に結びつくとの懸念もあるようだが、コストと効率を天秤に掛けて比べると、志願兵制度の方が効率がいい、ということになる。では国民皆兵制度はどうだろうか?これもあまり効率のいい制度ではないようだ。体験入隊制度と即応予備自衛官制度及び予備自衛官制度の組み合わせがいいだろう。
<日米安保・核兵器・ミサイル防衛>  アメリカの協力なしに日本の防衛は考えられない。極端な民族主義者で反米感情が強くても、安保堅持は変わらないだろう。それはコストと効率の面とさらに周辺諸国との関係でもそのようになる。かつて60年安保の時は、反自民党勢力は「日米安保は周辺諸国へ緊張を与える」と主張したが、それは逆で、むしろ日本が単独で安全保障体制を作る方が緊張を生む。政治も経済も諸国の関係が緊密になればなるほど全体の枠組みを変えるのが難しくなる。と同時にそれは安定にも結びつくのだ。
 どの国とも軍事同盟を結んでない国は、その国単独で軍事行動が起こせる。軍事同盟を結んでいればその提携国が過激な軍事行動にブレーキをかけることができるのだ。従って日米安保体制は戦争への道ではなく、お互いに牽制し合い衝動的な行動にブレーキをかけることができる制度なのである。
 核兵器・ミサイル防衛についてはどのように考えたらいいのだろうか?これらの政策は軍事的側面より、政治的側面が重要だ。核兵器について言えば、実際にそれを保有しているかどうか?よりも政府がどのようなアナウンスをしているかが外国に対する影響力がある。日本の場合で言えば、たとえ核兵器を保有していなくても、あるのかないのか分からない、となるとそれだけで、抑止力が生まれる。安いコストで日本の安全保障体制を作ろうと考えるならば、非核3原則を堅持しながら、もしかしたらアメリカ軍が持ち込んでいるかもしれない、という印象を与えるのが効果的だろう。しかしこれは時の政府の判断が大きく影響するのでここではその正否を論じないことにする。ミサイル防衛も同じようなこと。実現までは大きな技術的なハードルがあって、将来はどうなるか分からない。しかし日本がこれに参加すると表明すれば、中国・ロシアには大きな軍事的圧力になる。ということでここではこれ以上論じないことにする。
<人民の海の中を泳ぐ魚のように>  中国労農八路軍時代、毛沢東は「人民の海の中を泳ぐ魚のように」しようと提案した。今ここで仮想民族主義者も同じことを提案する。体験入隊制度はその具体的な試案なのだ。ここにおいて両者の接点が見いだされる。仮想民族主義者は極左なのか?毛沢東主義者は極右なのか?三島由紀夫は全共闘の学生と「天皇」に対する考え方を除いて一致していたのだろうか?
<武士の魂はどこへ行ったのか?>  日本の安全保障を考えるとき憲法が軍隊を持つことを禁止している、にもかかわらず「自衛隊」と言う名の「軍隊」が存在している、ということが問題なのだ。そして右の方から言えば、「自衛隊のどこからも「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する男子の声はきこえてこなかった。」ことが問題なのだ。TANAKA1942bは三島由紀夫に共鳴しているわけではない。ここでは日本にはいろいろな考え、思想があるはずなのに、そうした主張がぶつかり合うことがない。このことに不安を感じる。つまり国家の根本問題がきちんと議論されずに既成事実の積み重ねで決まって行くことに不安を感じる。 ここでは一つの思想、三島由紀夫の「檄」の一部を紹介してこちら側の思想について考えて頂くことにしましよう。
 「法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因をなして来ているのをみた。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下の放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。」
 「われわれが夢みていたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残っているならばどうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、なんたる論理的矛盾であらう。男であれば、男の誇りがどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上がるのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する男子の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪はれたカナリアのやうに黙ったままだった。」
( 2001年7月23日 TANAKA1942b )
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5 在日国連平和維持軍
安全保障のアウトソーシング
  「憲法第9条を守れ」と主張する人々、では日本の安全保障はどうするつもりなのだろうか?残念ながら世界は「話せば分かる善意の人々」ばかりではない。自衛隊をなくした後はどのようにして日本を守るのか?日本を軍事的なブラックホールにするのだろうか?日本の安全を保障する具体的な案を出すべきだ。何も案が出ないなら、例えばこのような試案が出てきてもいいだろう。ということで「在日国連平和維持軍」について書いてみた。ただしこの試案は、「憲法9条を守れと主張するなら、具体的な日本の安全保障についての案を出すべきだ」との考えであって、TANAKA1942b自身は支持しない。日本の安全は日本国民が責任を持って守るべきことだからだ。この試案は一つの思考実験であり、空想平和主義・憲法平和教への挑戦でもある。
 日本国政府が申請し、国連安保理が「在日国連平和維持軍」を創設する。日本政府は防衛庁が担当し、在日国連平和維持軍との交渉窓口となる。運営費は日本国民の税金をあてる。陸海空軍の3軍からなり、世界各国からの軍人で構成する。ただし日本以外のどこか特定の国の軍人が40%を超えてはならない。また日本国籍の軍人は20%以上いなくてはならない。そうでないと、例えばイースタシア国とかルリタニア国とか、あるいはワルダヴィア国の軍人が全体の40%以上いたとすれば、これは国連軍ではなくて在日イースタシア平和維持軍とかになってしまうし、日本国籍の軍人が少なければ、「金だけ出して、いやな仕事はガイジンにやらすのか!」との批判が出るだろうからだ。
 使用言語はどのようにしよう?「日本で活動するのだから日本語がいい。」「いや、なるべく多くの国から参加できるように英語がいい。」など悩み出すときりがない。そこで思い切ってエスペラント語にしてはどうだろう?エスペラント語を母国語としている国民はいない。在日国連平和維持軍などという非現実的・理想主義的な活動なので、使用言語も非実用的・理想主義的なエスペラント語ガいいのではないだろうか?
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 各国の軍人と書いたが外人部隊も参加できる。さらに軍の一部の組織では非軍人でもかまわない。さらにこれらの組織には民間企業・民間組織・民間人材派遣会社からの参加も認められる。民間人でもできる部門では、競争入札が行われる。となると戦闘部門でも競争入札が行われる。例えば偵察飛行部隊の入札にはアメリカ空軍とCIA、それに北朝鮮が入札に応じるかもしれない。日本人の中にはフランスの外人部隊に応募して、フランス軍人としてこの軍隊に参加する若者も出てくるかもしれない。
 この軍隊の戦争抑止力を高める一つのポイントは、日本周辺国からの参加を多くすることだ。その理由==参勤交代を思い起こしてほしい。特に民族意識の強い国にこそ、強い抑止力が働く。そして、この軍隊で汗を流した者同士の友情は末永く続くだろう。いずれ自国の軍幹部になったとき、この軍隊での友情が世界平和に貢献する時がくるに違いない。この軍隊を迎える日本国民にもいい国際交流の機会になるし、世界の人々に日本を知ってもらういい機会になるだろう。
 ここで働く軍人の倫理基準は何か?普通、「軍人は高い愛国心が必要だ」と言われる。この場合は違う。「高い職業意識」がこれにあたる。平たく言えば「給料貰っているのだから、給料泥棒にならないように、その分はちゃんと働け」というごく普通の職業意識が必要になる。つまり軍隊も普通のサラリーマンと同じような職業意識で良いことになる。高い愛国心が、「政治家は腐っている。一般国民も黙っている。今、国の危機を憂え、救えるのは我々青年将校だ」と思い上がりルール違反の行動に走った、過去の教訓を生かすのは、軍人のエリート意識をなくすこと、普通人の感覚を生かすことだ。 「在日国連平和維持軍」はこうした意味で、今までになかった新しい軍隊のあり方を示すことになるだろう。
 すべてが最初からうまくいくはずはない。試行錯誤の連続だろう。多くの失敗が貴重な経験として世界平和に役立つに違いない。 この国連平和維持軍は発展途上国の国境警備に発展できるだろう。インド・パキスタンの国境警備に両国軍人を含む国連平和維持軍、どちらの国にも偏らない警備が行われるに違いない。
 「在日平和維持軍」これこそ憲法第9条の精神を生かし、それを具体化した試案と言えるだろう。
 「憲法9条を守れ」と主張するなら、批判するだけでなく、人から批判されるのを恐れず具体的な提案をすべきだ。そうでなければいつまで経っても「空想平和主義」・「憲法平和教」でしかない。
( 2001年7月30日 TANAKA1942b )
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<補足> 「話せば分かる善意の人たちばかりの社会」とか「歴史や価値観を共有できる」と考えるとどうなるか?平和的なハトばかりの社会にタカが入ってくるとどうなるか?ゲーム理論を取り入れた生物学的な考えではどうなるか?<進化的に安定な戦略>▲および<鳩ばかりでなく鷹もいる社会>▲ および<反戦運動>▲で書いたので、そちらを参照のこと。