身を乗り出して、店先に並ぶ野菜を眺めながら、
「スープを作るのに必要な野菜を教えて!」
とサクラがいい、ヒナタも彼女と手を繋いだまま、おずおずと答えた。

「え、えーと……キャベツとタマネギ、にんじんも入れると彩りがキレイだし……セロリやトマトは隠し味になって、美味しいかも」
「オジさん! キャベツとタマネギとにんじん、それにセロリとトマト!」

はいっ毎度! と店の主人が朗らかに返事をし、次々と棚に置かれた野菜を、袋へと移していく。

「調味料とか、他にいるものは?」

ヒナタの前でさっさと勘定を済ませ、野菜が詰まった袋を抱えると、彼女はさらに聞いた。

「え、ええと、固形ブイヨンがあると便利かも。あとは好みで塩とコショウ……」

小走りに別の店へ顔を出し、サクラは次々と調味料まで買い揃える。

(今から、料理をするつもり? と、いうか……。ナルトくんのことで来たんじゃなかったのかなあ……)

力が抜けて、気が楽になったが、サクラの両手が荷物でいっぱいなのに気付き、ヒナタは手を伸ばした。

「コッチ、持つね」
「ありがと、ヒナタ!」

買い物袋を手にした二人が、やがてたどり着いたのは、昼間にも来た、あの建物の前だった。

「面倒よねー。一番上の階まで、歩かなきゃならないんだもの!」
「サクラちゃん、ここって……!」

戸惑うヒナタの腕をつかみ、容赦なくサクラは建物の階段をのぼり始める。

(ど、どうしよう……)

ここまで来て、強引な彼女に逆らえるはずがなかった。
不安を胸に最上階まで行き、ドンドンドンと、それこそ壊しそうな勢いでサクラが部屋のドアを叩くのを見て、心臓が止まりそうになる。

「もう、ナルトったら! 寝ちゃうと、それこそ朝までぐっすりなのよね」

すっと服の内側から鍵を取り出し、ハッとするヒナタの隣で、呆気なく彼女はドアを開けてみせた。

「さあ、入って、入って」

ドアに寄りかかり、ヒナタを通すと、荷物を抱えたまま臆せず奥へ進み、慣れた手付きで、明かりを点けた。

「ナルトのバカを起こしてくるから。ここに買ったものを、袋から出して、並べておいてくれる?」

入ってすぐの部屋にあるテーブルの上に、袋と鍵を載せ、サクラは奥の廊下へと消えた。

ヒナタも恐る恐る中へ足を踏み入れると、荷物を置き、ぐるりと室内を見回す。

椅子が四脚ある大きなテーブルをのぞけば、家具らしい家具もなく、さっぱりとしていた。
想像していたほど広くはないが、大きな張り出し窓のある台所と繋がっている、広いバルコニーに面した板張りの部屋は、きれいに整頓され、使い勝手も良さそうだ。

そして壁際には、青々とした葉を広げる鉢植えが、いくつも並んでいる。

(サクラちゃんが水をやったり、世話をしたり、してるのかな)

外が暗いため、テーブルを挟んだ向かい側にある大きなガラス窓からは、何も見えなかった。
かわりに明るい室内が、ガラスに反射し、映し出されている。
夜の闇に紛れて消えてしまいそうなほど、心もとない自分の姿もその中にあり、ヒナタは長い息を吐いた。

すると突然、しゃーんなろーっ! と、盛大な怒鳴り声が廊下の向こうから聞こえ、ビクリとした。

「起きるのーっ! どうせ、ゴハンも食べてないんでしょ? え? 一楽でラーメン?」

このバカーッ!! とますますヒートアップするサクラの声を聞きながら、テーブルの上にある袋を、急いで開けた。
中から野菜や調味料を出していて、テーブルへ無造作に放られたままの鍵に、ヒナタの指先が触れた。

(合い鍵を持ってて、部屋の掃除や、食事の支度まで手伝ってたんだとしたら、そんなの……)

サクラとナルトがどれだけ親密な関係か、彼らと親しい人間なら、誰でも承知している。
まるで恋人同士のようだと、ショックを受けたところで、単なる感傷でしかなかった。

ヒナタは目尻にぐっと手の甲を押し付け、めそめそしているのだけは絶対に見られたくないと、涙を呑み込む。
そこへ、にぎやかな話し声が近づいて来た。

「どこの誰なのよ! 野菜を食べたいけど、料理の仕方がわかんないって、嘆いてたのは」
「だってさー、いきなりだってばよ、サクラちゃん! オレにも都合ってモンが……」
「ハアッ?! どーしてあたしが、アンタの都合に合わさなきゃなんないのよ!」

顔を上げると、部屋の奥から出てくるサクラとナルトが、窓に映っていた。

「なんか今日は疲れたってばよ……ガマオヤビンにさんざん、蛙組手の稽古を付けさせられて……」

食欲もイマイチだし、と頭の後ろで腕を組み、不満げにこぼすナルトの背を、ぽんとサクラは叩き、
「ふうん……せっかく来てくれたのにねえ」
と、ヒナタを指差した。

「だったら残念だけど、彼女には帰ってもらおうか」

ん? とナルトが目を細め、こちらを見たのがわかり、ヒナタはこわごわ振り返った。

「こ、こんばんは、ナルトくん……おじゃましてます」
「……?」

眠いのか、重そうなまぶたのまま、いっそう目を細めるナルトの前で、ますますサクラが声を高くする。

「ホント惜しいわよねー。美味しい野菜スープの作り方を、教えてくれるっていうのに」
「……!!」

ぱっちりと瞳を見開き、いきなりナルトは大声を張り上げた。

「な、な、なんでココに、ヒナタがいるんだってばよーっ!!」

うろたえる彼の頭にポカリとげんこつを落とし、サクラはいった。

「もうね、私の役目も終わりってこと」
「終わりって……サクラちゃん?」

頭に手を置いたまま、ナルトが顔を強張らせ、ヒナタも不安にかられた。

「鍵、置いてくから」

えっ、と短く声を発したナルトではなく、ヒナタへ視線を当て、
「あとはよろしくね」
と、不意打ちのように、サクラはひらひらと右手を振った。
そして、声をかける間もなく、部屋を出て行ってしまい、パタンとドアの閉まる音がした。

(サクラちゃん……!)

取り残され、途方に暮れるヒナタの隣では、ナルトがガタンとテーブルから椅子を引き出し、どっかと腰をおろした。
無言のうちに、彼は放られたままの鍵へ腕を伸ばすと、それを握り締め、頬杖を突く。
あとには沈黙が続き、ナルトから目を逸らしたヒナタは、テーブルの上にあった野菜を抱え、台所へ行った。

(私のせい……だよね、きっと)

わざわざサクラが、こうしてナルトの部屋へ、自分を連れて来た理由も見えてきて、複雑な心境となった。

(でも、せっかくこうして、色々と用意をしたんだから……)

勝手に戸棚を開け閉めして、鍋や包丁、まな板など、必要な道具を見つけ出すと、料理に取りかかった。
水で満たした鍋を火にかけ、沸騰するのを待つ間、トマトのへたを取り除き、湯むきの用意をする。
そして無心で手を動かし、他の野菜もシンクで洗っては、まな板に上げ、次々と細かく切り刻んだ。
その間にお湯が沸き、トマトをその中に入れると、三十まで数をかぞえたのち、水を張ったボールに入れる。

「ひょっとして、ソレってば、皮をむいてんのか?」

話しかけられ、振り返ると、後ろにナルトが立っていた。

「なんか、面白そうだってばよ」

ボールの中をのぞき込み、トマトの薄皮が身からはがれ、ひらひらと漂うのを、見つめている。

「……やって、みる?」
「おおっ! やる、やる!」

ヒナタがトマトを水へ戻し、たずねると、彼は普段どおりの明るい声で、返事をした。

「じゃあ、水の中で皮をむいたら、まな板に上げて、小さく切ってね」

すぐさまボールに手を入れ、覚束ない手付きながらも、ナルトが奮闘し始め、ヒナタも別の鍋に油を敷き、野菜を炒め始める。

「出来たっ!」

包丁を置き、ナルトは無邪気に両手を挙げた。