「そしたらね、切ったのを全部、コッチに混ぜるの」
コンロから離れ、うながすヒナタに代わり、
「ふーん、こうやって作んのか」
と、ナルトが鍋にトマトを加え、野菜を炒めた。
「で、このあと、どーすんの?」
「すごく、簡単。まず、水を入れて……」
「どんくらい?」
「鍋に半分……ぐらいかな」
「了解っ!」
ナルトは鍋をつかみ取ると、いそいそとシンクへ運んだ。
「ヒナタ、ヒナタ!」
大きな声で、何度も名前を呼ばれ、
「な、なにっ?」
と、あまりの恥ずかしさに、ぎゅっとまぶたをつむり、ヒナタは答える。
「手がふさがってて、水が出せないってばよ!」
あっ、と両目を開け、シンクに駆け寄ったヒナタは、蛇口をひねり、鍋に水を流し込んだ。
その刹那、ふわりと互いの腕が触れ、ほとんど同時に二人は横を向くと、顔を見合わせた。
だが、すぐにナルトは、彼女から距離をとるように、身をよじり、
「こんなモンかな」
と、両手の間にある、鍋の中へと視線を外した。
ヒナタもこくんと無言でうなずき、水を止める。
「ずっと強火でいーの?」
再び鍋を火にかけ、こちらを見ないまま、たずねるナルトに、
「うん。沸騰するまでは……」
と、消え入りそうな声で答え、ヒナタは台所の隅へ行った。
「それでね、沸騰したら、固形ブイヨンを二個、入れるの」
「こけいぶいよん? あー、コレか?」
流しの上に置かれていた、さっき買ったばかりの、小さな箱を手に取り、しげしげと眺めるナルトが眩しかった。
彼の着るTシャツの袖からは、がっしりとした腕が伸びていて、いつしか背丈も、ヒナタより頭ひとつ分、高くなっている。
ヒナタは料理をするためにたくし上げていた袖を下ろし、
「その調味料を加えたら、弱火で野菜が柔らかくなるまで、あとは煮るだけ……」
と、小声でいい足すと、ナルトに触れた右腕を、布の上から、そっと左手で押さえた。
(ナルトくん……)
ほんの一瞬であっても、彼の体温を感じ、嬉しかった。
(好きです……あなたが今でも、大好きです)
ナルトは火の具合を確かめ、ヒナタの視線に気付いたのか、
「けっこう、ブクブクしてきたからさ。中に入ってたのを二個、入れたってばよ!」
と、彼女へ向かい、固形ブイヨンの箱をカラカラと振ってみせた。
「じゃあ、あとは煮えるのを待つだけだね」
「すっげえイイ匂いがする! コレ、ラーメンとか入れたら、めちゃくちゃウマイんじゃ……」
くんくんと鼻をひくつかせ、なぜだか得意そうな顔をするナルトと目が合い、胸が痛くなる。
ヒナタは、もたれかかっていた壁から、体を起こし、
「食べてみたいけど……」
と、わずかに開けたフタの隙間から、鍋の中をのぞき見ている、彼の後ろを通り抜け、台所を横切った。
「もう、帰らなきゃ」
コンロの前で前屈みになったまま、玄関へ向かう彼女を目で追い、何かいいたそうにするナルトへ、
「こういうことは、二度としたくないの……サクラちゃんとの仲を裂くようなことも、この部屋に来て、料理をすることも……」
ヒナタがそう告げた途端、彼は弾かれたように姿勢を正し、台所で仁王立ちとなった。
「ナルトくんは私にとって、大切な"友達"だから……」
目を見開き、体を乗り出すナルトに背を向けると、ヒナタは駆け出した。
乱暴に玄関の扉を開けて、建物の通路へ飛び出し、柵を乗り越える。
(ちょっと、高すぎるかな)
いっきに飛び降り、目眩がした。
空中で体を曲げて、両足を突き出し、何とか建物の外壁に足をつける。
そのまま垂直な壁を駆け下り、地上まであとわずかの距離まで来ると、勢いよく宙に向かって飛んだ。
(何か来る……?!)
くるりと一回転して、地面に足を降ろそうとした瞬間、もの凄い勢いで近づく、人の気配を感じた。
とっさに右腕を構え、袖の中に隠し持っているクナイを取り出そうとしたが、何の手応えもない。
(ウソッ! 部屋着のまんま、来ちゃったんだ!)
通りの真ん中へ土埃をたてて、着地したものの、何の武器も持っていないことに気付いたヒナタは、思い切り高く飛び上がり、右足を突き出した。
「ヒナタッ、やめろっ!!」
「えっ?!」
ひゅんと風を切って、不意に現れた人影が、ヒナタの蹴りをまともに喰らい、はるか向こうへと吹き飛ぶ。
「ナルトくんっ?!」
路上に横たわる彼の元へ、ヒナタは慌てて、駆け寄った。
「しっかりしてっ! お願い、返事をして!!」
ナルトを抱きかかえ、ヒナタが揺すぶると、彼は困ったように首を振った。
「ヒナタ……ヤバイって」
「そ、そんな……!」
目尻に涙を浮かべ、どうしよう、と繰り返す彼女へ、
「パンツが丸見えだってばよ……」
とナルトがいい、ヒナタは両手を口に当て、立ち上がった。
「イテッ!!」
放り出され、短い悲鳴を上げるナルトから逃げるように、後ろを向く。
頭が真っ白になる中を、急いで膝に手をやり、着物の裾を直していて、
「あー、やっちゃったね」
と、脇からすっと、長い腕が差し出された。
「カカシ先生?!」
あまりに驚き、身を縮ませるヒナタの隣で、
「まっ、あのタイミングじゃ、しょーがないか。オレも急いでたから」
と、カカシはナルトの手をつかみ、彼を助け起こした。
「ひょっとして、すごい速さでコッチに向かってたのは……」
おろおろしながら、ヒナタが聞き、顔のほとんどを額当てとマスクで隠しているカカシらしく、右目だけで、にんまりと笑う。
「オレを敵と見誤るなんて、白眼の使い手とも思えないミスだけどね」
「す、すみません……」
「カカシ先生が悪いんだってばよ! こんな月も出てねー夜に、あんな速さで里の中を飛び回ってたら、誰だって曲者だと思うだろっ!」
「ナルト、お前なあ……オレをかばおうとした、その心意気は買うけれど、女の子の下着目当てはダメでしょ」
「かばったのはヒナタで、カカシ先生じゃねーっ!!!」
「ん? オレから見えないようにしたの?」
プイと横を向き、ナルトはむくれた。
「カカシ先生ってば、急いでんだろっ?!」
さっさと行ったほうが、とナルトがいい、カカシは眉間にしわを寄せた。
「お前に用があって来たんだ」
「……オレに、用?」
ナルトは一切の動きを止め、カカシの顔を真っ直ぐに見つめた。
「雨隠れの里から尾獣の件で、急の使いが来た。恐らく、これから非常の招集がかかる。その前にナルト、お前は五代目のところへ行け」
「それってば、ひょっとして……」
そうだ、とカカシがうなずき、みるみるナルトの瞳も大きく見開かれていく。
「尾獣が相手となると、対処できるのは、"第七班”のメンバーだけだ」
ナルトは右手の拳を、下から突き上げ、
「だったら、さっさと着替えて、綱手のバアちゃんのトコへ行くってばよっ!」
と、素早くヒナタを見た。
「ここで、カカシ先生と待っててくれ!」
あっという間に姿を消し、ヒナタの見上げた先で、ナルトの部屋の前が、いったん明るくなり、すぐまた暗くなる。
きっと彼が、玄関の扉を開け閉めしたせいだ。
(ナルトくん、すごい……)
降りる際、ヒナタでさえ、危険を感じた高さまで、簡単に、そして瞬時に、彼は飛び移ることが出来る。
力量の差を見せつけられたようで、ちょっぴり悔しくもあり、さすがナルトだと、誇らしくもあった。
「惚れ直してるって、顔だね」
声をかけてきたカカシに視線を走らせ、答えに迷ったヒナタは下を向く。
「私……わかりやすいのかなあ」
うつむいたまま、小さく口にして、
「これでも、必死に抑えてるんですけど……」
と、ためらいながら、おもてを上げた。