「オマエさ……自覚あんの? オレら同期は全員、オマエを次期火影に推すつもりなんだぞ」
もちろんヒナタもだ、と両手を腰に当て、
「ったく……いつまでガキのつもりなんだ」
と、シカマルは呆れたように吐き捨てた。
「イイ加減なコトをして泣かすよか、ずっとマシだってばよ!」
それに、とナルトは空を見上げ、目を細めた。
「火影はずっと、オレの夢だった……たいていのヤツは、なれっこねーとオレを笑ったし、さんざんバカにもしたけどな」
かつては自分もそうだったといいたそうに、シカマルが肩をすくめるのを視界にとらえ、ナルトは上を向いたまま、
「でもな、一人だけ……たった一人だけ、信じてくれたヤツがいたんだ」
と、口の端を上げた。
「ソイツはいつも、オレを見ている……それこそ、真っ直ぐに」
「ナルト……それって、まさか……」
不意を突かれたようにシカマルがいい、ナルトは地面を蹴った。
「だからオレも、真っ直ぐ、直球勝負だっ!」
空中で体をひねり、竹へつかまると、たわんだ枝が、激しく揺れる。
「ヤマト隊長のいった通りだよ……相変わらずだな、てめーは!」
竹の先につかまったまま、ぶらぶらと地表を見下ろすナルトへ向かい、シカマルは叫んだ。
「けどよ、本当にめんどくせーのは、お家の事情ってヤツなんだと、覚えとけ!」
おうっ! と枝にぶら下がったまま、威勢良くナルトが返事をし、ようやくシカマルも、いたずらっ子のように笑った。
(行くか……!)
たわむ竹の動きに合わせ、飛び上がると、ナルトは重なり合う笹の間をすり抜けた。
(サクラちゃんと、話さなきゃなんねー!)
どこまでも広がる青い空をぐるりと見渡し、今度は頭から下へ落ちて行く。
そして、真下に竹の細い枝を見つけると、つかまり、今度は力任せに竹の節を足先で押した。
(もっと奥だ!)
火影の屋敷の、通りから眺めることは出来ない裏側に、サスケのいる、部屋がある。
そこに必ず、サクラもいるはずだった。
ナルトは建物の裏手へ回ると、素早く身を翻し、敷地の奥へと飛び降りる。
(あそこ!)
目指す部屋の窓が開いているのを認め、さらに高く飛んだ。
そして、難なく三階まで到達すると、窓のへりに手を突いて、部屋の中へと一直線に身を滑らせた。
「ナルトっ?!」
驚いたように振り返るサクラの前で、床に膝を突き、すっくと立ち上げる。
「何やってんのよ! このバカッ!」
サクラが怒鳴るよりも早く、警護にあたっている暗部の者達が、ナルトを取り囲んでいた。
一斉にクナイが向けられ、
「ナルト様。こういう訪問の仕方は、止めていただきたい」
と、面の下からぼそぼそと囁かれた。
「ごめんな」
微動だにせず、ナルトが答えると、彼らはあっさりと退いたが、
「後ほど、火影様からお呼びがかかると思います。御覚悟下さい、」
と、いい置くのを忘れなかった。
面を被った暗部の各々が、一人残らず、窓から外へと散って行き、残ったのは、ナルトとサクラ――そして、
「何事だ……騒々しい」
と、ベッドから足を降ろすサスケ――の三人であった。
「おいっ、大丈夫なのか?」
まあな、と白い浴衣に黒い帯をした彼が、駆け寄ろうとするナルトを手で制し、立ち上がるのを、横からサクラが支えた。
「ホントッ、ナニ考えてんの!? さっき、サイが来たのよっ! アタシに用があるなら、フツーに来なさいよ! フツーにっ!!」
サスケが無事にベッドから降りたのを見届け、いきり立つサクラは、ずかずかとナルトへ歩み寄る。
「そのぉ、コレは急いでいたというか、気が動転してたとでも、いいましょうか……」
ナルトがアタフタしていると、突然、周囲の風景が変わった。
「何だ、ここっ?! サスケ、オマエのしわざか!?」
「……まあな」
さらさらと草が風になびく、一面緑の、だだっ広い丘の上に、二人はいた。
『ナルト……久しぶりだな』
「……誰だ?」
『ここだ。下を見ろ』
「クラマっ?!」
ナルトはしゃがみ込むと、目の前にいる小さな狐へ向かい、手を差し出した。
「何で、こんなトコに……って! ぐああぁあ! いっ、いってーっ!」
がぶりと指先を噛まれ、あまりの痛さにぴょんぴょん飛び跳ねるナルトを尻目に、サスケは遠くを見ながらいった。
「ここは……現実の場所だな」
『雲隠れの里の、ちょいと奥にある、まあ辺境の地だ』
噛まれた指に息を吹きかけながら、
「チャクラで繋がってんのをイイことに、そんな遠くまで遊びに行ってんのかっ?! イイご身分だってばよ!」
と、涙目になって、ナルトが口を尖らし、子狐は嬉しそうに跳ねた。
『相変わらず、口の減らないヤツだ』
「ちっくしょう……! お前も、サスケに飛ばされて来たのかっ?!」
九本の尾を器用にパタパタと振る子狐へ、ナルトが食ってかかり、面白そうにしゃべる低い声が、頭の中で、鳴り響く。
『違う。サスケが、ナルト……お前の中にいるワシを呼び、逆口寄せをさせた』
子狐はサスケへ近付き、ふわふわとした茶色い毛を、彼の足先に擦り付ける。
『体の具合はどうだ、サスケ』
「……だいぶいい。目も良く見えている」
『そうか。写輪眼は未だ、見えているのか……』
どこか安堵したように九尾がいい、ナルトはむくれた。
「どーいうつもりだっ、サスケ!」
少し黙っていろ、と九尾の凄まじいチャクラが体の中を突き抜け、ナルトも思わず、口をつぐむ。
『ワシとサスケの会話を邪魔するな』
九尾がいい、ちょこんとサスケの足下に座る子狐も、彼を見上げる。
『六道仙人の封印術を宿した、その万華鏡写輪眼……ワシをまた、ナルトの中へ閉じ込める気ではなかろう?』
「違う。少し、教えて欲しいだけだ」
サスケが横柄にたずね、クククと、九尾は不気味な笑い声を上げた。
『サクラのことだな?』
「ちょ……っ! 何のことだってばよ!」
と、ナルトは慌てた。
『あれだけ派手にチャクラを放出したんだ。ワシにだけ、感じたものも、確かにある』
「余程の事なのか?」
『まあ、ちんちくりんのことだ。サクラを振ろうとしたところで、大目に見てやれ』
九尾の言葉を聞き、わずかにサスケは顔色を変え、容赦ない視線を向けてくる。
「ナルト。ずいぶんと、偉くなったモンだな……」
『落ち着け、サスケ。本音ではない』
「じゃあ、何だ」
『ナルトらしい、甘っちょろい理由だ。親友であるお前を裏切らず、仲間である女も傷つけず……』
「サスケ! コイツのいうことなんか、真に受けんなってばよ!」
声を荒げるナルトの周囲を、子狐はサスケから離れ、遠巻きに駆け回った。
『お前は幼すぎるのだ、いつまでも』
「うるせーっ!」
ナルトは腕を伸ばし、子狐を捕まえようとするが、ギリギリのところで、するりと逃げられてしまう。
「サクラちゃんを殺そうとしたり、木ノ葉を潰そうとしたり、ひでーコトをいっぱいやったけどよ」
のどかな草原の中をからかい半分に、走っては止まり、止まっては走る子狐と、滑稽な追いかけっこをしながら、声を張り上げた。
「サスケ、オマエの優しさを、オレもサクラちゃんも、ずっと信じてた!」
重そうな九本の尻尾を振りながら、それでも素早く子狐はナルトの手をすり抜け、逃げ続ける。
「自分のことで手一杯だったオレと違って、オマエはサクラちゃん相手に、いっつも余裕かましてたじゃねーか!」
たとえば中忍選抜試験の志願書を出した時! と、子狐に振り回されるまま、
「サクラちゃんの不安な気持ちに気が付いて、オマエの分析力と幻術のノウハウは一番だと、励ましたんだってな! アレで自信取り戻したって、サクラちゃん、オレにいってたんだ!」
汗をかきかき、走り回る。
「他にも、イッパイある! だから、サクラちゃんは、オマエを待ってられたんだ! 殺し合ったり、憎しみ合ったり……それでも、きっと人は解り合えると、オマエは、証明したんだ!」
サスケ! と声を振り絞り、力一杯、ジャンプした。
「だから、サクラちゃんの想いを、受け取ってくれっ! 他の誰でもねーっ! サスケ、オマエだからだ!!」
はあはあ、と荒く呼吸をしながら、ナルトは動きを止め、頭上高く、両手を掲げてみせる。
「捕まえたってばよ!! クラマ!」