「……なるほど。サクラに会いに来たのは、ヒナタへの当て付けかい?」

木の葉丸を見送り、サイがつぶやくようにいった。

「ちげーよっ!」

ムキになって身を乗り出すナルトを、シカマルは片手で制すると、ぶっきらぼうに声を発した。

「サイ。コイツが派手な乗り込み方をしたから、あちこちで里の忍達が何事かと、コチラの様子をうかがってる。何も心配は無いと、みんなに説明してやってくんねーか?」
「わかった」

サイはうなずき、素早くその場を離れた。

「ヤマト隊長は五代目のところへ。何の騒ぎかと、様子を見てくるよういわれ、下りてきたんで」
「そうか。シカマルは綱手様に呼ばれて、ここへ来ていたのか」
「すんません。オレはこのバカと、少し話さなきゃなんねーから」

バカって何だよ、とナルトがムッとするのを無視し、
「お願いします」
と、シカマルが頭を下げ、ヤマトも首を縦に振り、ナルトへじっと視線を当てた。

「なに……?」

いや、とヤマトは小さく笑い、
「三忍の跡目を継いだといえる、その羽織姿といい、色々と背負うものも大きいとは思うが……真っ直ぐなトコロは、相変わらずだな」
何だか安心したよ、とナルトの腕を軽く叩き、去っていった。

(ヤマト隊長……)

急にあたりがしんと静まりかえり、ナルトは気まずく地面を見つめ、鼻の頭を掻く。

「行こうぜ」
「え、どこへ?」

シカマルが歩き出し、ナルトも慌てて、彼を追う。

「裏へ回るぞ。ここじゃ目立ちすぎる。そんでもって、歩くついでに説教だ」
「悪かったってばよ。ちょっとさ……」
「ちょっと、何だ?」
「うん……」

答えたきり、ナルトが口ごもってしまい、二人は黙ったまま、入り組んだ建物の合間を縫って歩いた。
やがて、竹林の広がる裏庭に出ると、笹の葉が風に揺れる音が、さらさらと心地良く耳に届く。

「めんどくせーよな。大人になるってのはさ」

先に立ち止まり、口火を切ったのは、シカマルだった。

「大戦でとにかく人が死んだから……嫌でも、世代交代しなきゃなんねーし」

重なり合う竹の隙間から差し込む、柔らかい日差しを受けて、わずかに目を細める彼の顔に、ナルトは見入った。

「今じゃオレが第十班の隊長だ。下忍の生徒を三人連れて、任務に駆け回ってる。同期の連中も、みんなそうだ。立場は違えど、次の世代を育てる側に回って、里の復興を支えてんだ」
「う、うん???」
「その返事……相変わらずだなあ。わかってんのか?」
「わかってるってばよ! ただ……任務がキツイのかなーと、心配になってさ……」
「ん? ああ。さっきは、めんどくせーって、いっちまったけど、オレはひよっこの面倒を見ることに何の抵抗もねーんだ」

むしろやりがいのある仕事だと思ってる、とシカマルが口元に笑みが浮かべ、ナルトは首を傾げた。

「じゃあ、何で……」
「とにかく大人になると、里を守るために、色々な重荷も背負わなきゃなんねえってことだ」

何が何だかわからないと、ナルトが眉間にシワを寄せ、
「例えば、ヒナタ」
と、シカマルはいった。

「任務から外れるそうだ」
「え……」
「結婚するんだとさ」
「……」

黙ったまま、何も口を挟もうとしないナルトを訝しく思ったのか、
「何だ、知ってたのかよ」
と、シカマルが口をへの字に曲げ、ナルトはぶんぶんと首を左右に振った。

「知らなかった……」

ふうん、と今ひとつ納得していない風のシカマルだったが、
「元々、ヒナタは小隊に組み込まれて、任務に着くような立場じゃない」
と、さらに話を続け、ナルトも耳を傾ける。

「日向宗家の跡目だったからだ。でも紅先生の話じゃ、ヒナタの親父さんは、妹であるハナビのほうを買っていたらしい。家は妹に継がせるから、ヒナタはいらないといって、彼女を下忍にさせたんだってよ」

途端に目を釣り上げ、ぎゅっと両の拳を握り締めるナルトをなだめるように、
「でもさ、オマエも知っての通り、ヒナタは変わったし、彼女の努力が日向の家も変えた」
と、シカマルはいった。

「ネジが成人したのをきっかけに、ヒナタの親父さんは、アイツを宗家の養子にして、跡取りにすると決めたんだ」

意外な方向へ話が及び、ナルトは驚きに瞳を見開いた。

「養子にして、跡取りにって……ネジの額には呪印があったぞ?!」
「ああ、確かにな。でも五代目がいうには、かなり難しいけど、呪印を解くことは可能らしい。ヒナタの親父さんが、五代目へ直接相談に来たというから、間違いねーよ。そん時に、結婚するからヒナタを任務から外して欲しいとも、願い出たんだ」
「じゃあ、ヒナタが結婚するのは……」

緊張に喉を鳴らすナルトを見て、シカマルは不機嫌そうに答えた。

「宗家を出て、分家になるんだよ。嫁いじゃえば、コトは簡単だからな」
「ハナビっつう、妹はっ? いったんは、ソイツに跡を継がせると決めて、ヒナタを追い出したんだろっ?」
「おいおい、滅多なコトいうなよ。追い出されちゃいねーだろ」

でもよっ、とナルトが体を乗り出し、
「あのな……ヒナタの妹はまだ十四歳だぞ。いずれはヒナタと同じく分家になんのかもしんねーが、まだまだ先の話だってーの」
と、シカマルもわずかに声を荒げる。

「大体よ、何でオマエがヒナタのことで、そんなに熱くなるんだ?」
「え……?」

呆然と立ち尽くすナルトの前で、シカマルは竹の枝に手を伸ばし、葉をつまんだ。

「あのな、木の葉丸やサイの言葉を聞いて、ピンときたっつーか、カチンときたっつーか……ナルト、オマエさ」

何しにココへ来たんだ? と、枝からむしり取った笹を、ポイと放る。

「と、突然、何をいい出すんだってばよっ!」

ひらひらと笹の葉が宙を舞い、地面へ落ちてゆくのを眺めながら、シカマルは顔をしかめた。

「オレは恋愛なんて興味ねーし、他人の色恋沙汰なんか、どーだっていいんだ。たださ……」
「ただ……?」
と、体を硬くして、続きを促すナルトへ、
「イイ加減なコトをして、女を泣かせんのは、ダメだと思うぜ」
男ならな、と断固とした口調でシカマルはいい、片足を上げると、地面に落ちる寸前だった笹の葉を、勢い良く踏みつぶした。

「ペインとの戦いで、ナルト……オマエを守るためなら、死んでもいいって、いった相手だぞ?」
「……!!」

九尾と化す寸前の記憶が曖昧なせいもあり、はっきりとはナルトも覚えていなかった。
けれども、彼女の決死の覚悟が、どういう形であれ、血路を開くきっかけとなり、あの戦いを左右したと、誰もが認めている。

(そうだ……ヒナタはオレに伝えようとしたんだ)

私はナルトくんが大好きだから――命と引き替えにしてまで、伝えようとした、彼女の言葉を、自分以外の人間が軽々しく口にするのは、我慢ならなかった。

「……何で、知ってんだ」
と、ナルトは肩を怒らせて、シカマルにたずね、すぐさま思い当たる。

「ひょっとして、綱手のバアちゃんの……」

戦いのさなか、彼女に口寄せされたナメクジ、カツユの分身がナルトの懐に身を隠し、寄り添っていた。

「安心しろ。カツユ様は、ヒナタの告白を、皆へ伝えまくったりしてねーよ」

さすがにシカマルは察しが良かった。

「オレだって五代目から、何となく聞いただけだ。やっぱ女だよな……結婚すると聞いて、そのことを思い出すなんてさ」

ホント参るよなー、と頭の後ろに手をやり、ため息を吐く。

「ヒナタは経験豊富な忍で、S級任務もこなせる、貴重な戦力なのに……それでも五代目は、結婚をやめろだなんて、口にもしない」

どうしてか分かるか? とシカマルに問われ、ナルトは唇を引き結ぶと、服の胸元をつかんだ。

「忍に生まれたからには、自分の幸せより、優先しなきゃいけないことがある」
「……」
「他の男と一緒にいたからと、いちいちオマエが騒いでるんじゃ、ヒナタの立場もない」

大人になれ、とシカマルは、かつて彼の師であったアスマを思い起こさせる、低い声を出した。

「今までどおり、見て見ぬフリをしてりゃーイイんだ」

胸に手を当てたまま、そっとまぶたを閉じたナルトの脳裏に、イルカの言葉が蘇る。

――選ばれるのを、待っているんじゃない。
――ヒナタは選んだ。だから、今度はナルトが選ぶ番だ。

ぱっちりと目を開き、顔を上げると、ナルトはシカマルへ強い視線を向けた。

「……オレってば、人の心が見えるワケじゃねー。でも、ヒナタがオレにどうして欲しいのかは、わかる」

そして、胸に当てていた拳を突き出し、
「だから、見て見ぬフリなんか、絶対に出来ねえっ!」
と、力強く告げた。