宙を舞いながら、横目に岩山を眺めた。

(……父ちゃん)

山肌に彫られた四代目火影の面影に、母ちゃんがいってたんだ、と心の内で語りかける。

――赤い髪は私の中で運命の人を連れてきてくれた。

両親のなれそめを母から打ち明けられ、ナルトはどれだけ感動したか、わからない。

――運命の赤い糸になってくれた。

すうっと空から落ちていくのに任せ、チャクラが漏れ出す足先で民家の屋根に触れると、今度は一直線に飛ぶ。

(ホント、カッコ良すぎるってばよ)

他里の忍に連れ去られた母を見つけ、助け出したのが父だったことをきっかけに、二人は付き合い始めたのだ。

(ずっと、母ちゃんのことを、見てたんだろうな……)

母の残した赤い髪に父だけが気付き、追跡できたのが、何よりの証だ。

(強がってる母ちゃんの不安や寂しさを、ちゃんと分かってたんだ)

男の子をやっつける母が振り乱す、『赤い血潮のハバネロ』という通り名どおりの長く赤い髪を、父はキレイだと褒め、母の全てを受け入れてみせた。

(人を好きになるってのは……きっと、そういうことなんだ)

ナルトに父のことを語って聞かせた母の、晴れやかな笑顔の裏には、壮絶な死を遂げたことに対する無念もあったはずだ。
しかし、最後にナルトへ『ありがとう』と迷いのない口調で告げ、父の元へ逝った母の人生は、幸せに満ちた美しいものだった。

(人柱力であろうが、なかろうが……父ちゃんにとっては、大した問題じゃなかった)

目指す屋敷を目の前にしながら、父と同じく、そんな風に自分のことを見つめていた、澄んだ瞳を思い出し、胸の奥に鋭い痛みが走る。

――あの子、いつもアンタを見てたもんね。

何年も前にあった中忍選抜試験の時、彼女のことを、サクラはそういっていた。

(ずっと、オレのことを……)

胸に手を当て、歯を食いしばる。

(オマエは、まだ……)

ヒナタ、とつぶやき、きつく目を閉じた瞬間、飛び出してきた人影に体を押された。

「うわあぁあっ!!」

吹き飛ばされながらも、大声を上げて身を翻し、高い塀と本部である建物に囲まれた中庭へ、すとんと両足を着けた。

「何すんだってばよっ!」
「ソレはこっちのセリフだよ、ナルト」

地面に突いていた片膝を伸ばし、やれやれといった表情で、サイは立ち上がった。

「考えもナシに、巨大なチャクラをまき散らしながら、君が上空を横切ったせいで、里の忍達はみんな、何事かと緊張したはずだよ。オマケに五代目がいるこの屋敷へ、火の玉のように飛び込んで来るなんて」

その赤い羽織が視界をかすめなきゃ殺していたよ、と彼が何でもないようにいい、思わずナルトも唾を呑み込む。

「サスケに会いに来たんだろ? 彼がここにいると知ってるのなら、なおさら……」
「わかってるってばよっ! でも、用があんのは、サスケじゃねー!」

ようやく反撃に転じたナルトへ、サイは拍子抜けしたように、
「ああ……」
といい、手を打った。

「サクラか。君が会いに来たのは……」

うっ、と言葉に詰まり、あとずさるナルトの頭上で、バカでかい声がした。

「ナルトの兄ちゃーんっ!!」

首を曲げ、ナルトが上を見たのと時を同じくして、伸びてきた木々に体を絡め取られた木の葉丸は、
「うわああぁぁああっ!!」
と、悲鳴を上げた。

「命知らずにもホドがあるよ、木の葉丸」

どこからともなく、ヤマトが姿を現し、木の葉丸を縛っていた木遁忍術の印を解く。

「火影様がいるこの場所へ、結界をモノともせず、飛び込んでくるなんて……まったく、大した無茶をする」

ゆっくりと地面に下ろされ、しゃがみ込んだ木の葉丸は、
「はああ……」
と、長い息を吐いた。

「……似たようなコトをいわれてるね」
「うっせえよ!」

隣で笑うサイの脇腹を肘で小突き、怒鳴り返すナルトを見据え、ヤマトは眉をひそめた。

「まだまだ自来也様のようには、いかないようだね。冷静さを欠き、勢いのまま動いているようじゃ、いつか弟子である木の葉丸を殺すことになるよ」

つかつかと歩み寄り、
「暗部にいたボクや、かつて根に所属していたサイのような者が、こうして警護にあたっている理由ぐらい、簡単に想像が付くだろ? 面倒なことになったら、ここで匿っているサスケに、危害が及ぶ」
ナルトの正面に立ち、凄んでみせる。

「……すみません」

肩を落とし、ナルトが謝る様子を見て、にわかに木の葉丸は慌てた。

「オ、オレは殺されたりしねーよ!」

師匠譲りのとっておきを出すからな、コレ! と親指に歯を立て、地表へ向かい、手を広げてみせる。

「おおっと、そこまで。間違って、猿猴王みてーなのを口寄せされたら、たまんねーし」
「い、いてーよっ!! シカマル先輩!」

後ろから突如あらわれたシカマルに、木の葉丸は頭をわしづかみにされ、ばたばたと抵抗した。

「口寄せ……の術?!」

ヤマトは目を丸くして驚いたのも束の間、
「それにしたって、猿猴王は有り得ないだろ」
と、呆れた顔となって、シカマルの手の下で暴れる、木の葉丸を見た。

「ヤマト隊長、みくびっちゃいけねーよ。コイツの意外性こそ、まさに師匠譲りなんだから」
「そういや木の葉丸は、猿飛の直系だしね……シカマルのいう通りかもしれない」
「でさ、実際のトコは何を口寄せするの?」

シカマル、ヤマト、サイの三人が一斉に振り返り、ナルトはぴっと立てた人差し指の先を、彼らに向けた。

「そりゃー、猿猴王猿魔に決まってる! と、いいたいが……」

こないだ口寄せしたのは小猿の又吉だったっけ、とナルトがニヤリとしていい、皆もブッと派手に吹き出した。

「兄ちゃん……じゃない、師匠! 又吉はチビだけど、初めて口寄せしたヤツで、大切な子分なんだ、コレ!」

シカマルの手が離れると、木の葉丸は涙目になって頭を撫でながら、それでも勢い込んでナルトへ詰め寄った。

「兄ちゃんの初めてなんか、オタマジャクシだったろーがっ!」
「おまっ! 師匠に向かって、なんつー口の利き方すんだ!」
「フンっ、もう兄ちゃんなんか、師匠じゃねーよ! さっきなんか、オレを置いて、さっさと行っちまったじゃねーか! しかも、追いかけて来たオレがヤマト隊長やシカマル先輩に捕まっても、助けよーとしねーし!」

腕を組んで、プイと横を向き、木の葉丸はむくれた。

「だいたいさー、仙人モードになってまでデートをのぞき見るってのも、どーなのさ。しかも、すっげー怖い顔してたし、コレ」
「デート……誰と誰が?」

しらっとした顔をして、サイがたずね、
「え? ヒナタ先輩と」
イルカ先生、と木の葉丸がいい終えるのを待たずに、ナルトは叫んだ。

「そーいや、オマエ! スゴイってばよ!!」

木の葉丸の肩に腕を回し、力強く耳元へいい添える。

「仙人モードのオレに付いて来れたんだぜっ? オレを越えるのは木の葉丸! きっと、一番弟子のオマエ以外にいない!」
「兄ちゃんっ、いや、師匠!!」
と、木の葉丸は目を輝かせた。

「オレってば、やっぱ天才っ? 次の火影はオレか? コレ!」

はあ、と目の前であからさまにため息を吐き、首を振るシカマルを、ナルトはにらみつける。
しかし、まったく動じることなくシカマルは腕を伸ばすと、木の葉丸の額を指先で弾いた。

「オマエ、こんなトコで何やってんの? エビス班はアカデミーの第三教室に集合じゃねーの?」

ハッとしたように木の葉丸は息を吸い込み、
「そうだった。教室へ行ったら、誰もいなくて……やっべーっ!! 急いで病院へ行かなきゃ!」
と走り出し、すぐまた足を止めた。

「ナルトの兄ちゃん」

彼が口の端を上げて意味ありげに笑い、ナルトは身構える。

「サクラ先輩は怖いから、オレ、苦手だな。選ぶなら、ヒナタ先輩を選びなよ」

じゃ、といい残し、走り去る木の葉丸へ、
「ちゃんと、正面へ回ってから出ろよー」
とヤマトが声をかけ、彼は大きく右手を左右に振り、応えた。