――他言無用だよ、昨夜のコトは。

綱手はいい、浅く椅子に腰掛け、執務室の大きな机に片肘を突いたまま、上目づかいにナルトの顔をのぞき込んでくる。

――ごく限られた、一部の人間しか知らないんだ。何も無かったコトにしてやるのが、優しさってもんさ。

ヒナタの名誉のためにな、と告げる綱手の真剣な眼差しを前に、ナルトも黙って、うなずくしかなかった。

――さて……最初にいった通り、次の火影はナルト、オマエに決まった。

綱手は満足したように、深く椅子へ座り直し、いつもの彼女らしい、よく通る声を出した。

――今日一日だけ休みにしてやる。でも、明日からは死ぬ気で私の執務に付き合いな。

覚悟しておけ、といい含め、出て行けという風に綱手が手を振ると、ナルトは追い出されるように、執務室を後にしたのだった。

(里のみんなに、認められた……)

束の間、ナルトは地上へ戻り、頭上を仰いだ。

(クラマが呼んだにしろ、ヒナタを……オレを”一番”好きになってくれた、女の子を抱いた……)

重い雲の向こう側が、紫色に染まっている。
腕を額へ掲げ、目を細めた。

(だからこそ、オレには守らなきゃなんねェ、世界がある)

時が進み、また新しい一日が始まる。
明け行く空に向かって一歩を踏み出し、目を閉じたナルトは、再び尾獣達が集まる、あの場所に立った。

「オレってば、バカだからな……うまく説明できるか、わかんねェ」

再び口を開き、重々しく告げるナルトを取り囲んだまま、尾獣達はじっとしていた。

「でも、ようやくわかった気がするんだってばよ……十尾っつう、巨大なチャクラの正体がさ」

ほう、と八尾が薄く笑い、ナルトの顔をのぞき込むように、身を屈める。

「オレ達も確かな答えは知らない。六道仙人に意志を与えられて、この世に自分達が誕生する、それ以前のことだからな」
「ただ、雨隠れの里でイソブが仲間に加わったことで、ハッキリしたことはあります」

八尾の言葉を継ぐように、二尾は語った。

「この地を……そして、はるか山頂から河口へと続く広大な大地を覆い、破壊し尽くした今回の洪水をきっかけに、私達は実体を取り戻したのです」
「たくさんの命が失われた、その瞬間のことやよ」

六尾がうなずくように、のそりと上体を揺らす。

「……オレってば、声を聞いた」
「人々の……苦しみの声ですか?」

二尾に聞かれ、
「憎しみを受け取れと、ソイツはいった」
と、ナルトは答えた。

「生まれ変わるといったんだ、オレの力で」
「容赦なく命を奪われた人々の、怨念の声なんでしょうか」

二尾が淡々と応じ、それに七尾の声が重なる。

「助けを求める声だったかもしんねーしな……とにかく、オマエはその声を聞いて、気付いちまったというワケだ」

確信はない。
しかし、結論はもう、出ているも同然だ。

「神樹の実は……人の命を集めたものだってばよ」

うちは一族に代々伝わる、古い石碑がある。
その中に、千年に一度だけ実をつける不思議な木、神樹のことが書かれているという。
人々がチャクラを持つことになった、きっかけだ。

昔、神樹の実に禁断の力が宿ると知り、それを口にした姫がいた。
彼女は神の力、すなわちチャクラを手に入れ、彼女の息子には、生まれながらにして、チャクラが備わっていた。

しかし、神樹はそれを許さなかった。
十尾となり、チャクラを奪い返すため、人々を襲ったのである。

それを止めたのが六道仙人で、十尾の力を九つに分けると、それぞれに名を与えた。
同時に彼は、人々に忍宗を以てチャクラを与え、その教えも説いたのである。

「だったらさ……神樹って、何なんだ?」

息をひそめるように、尾獣達はナルトの話に耳を傾け、黙ったままだ。

「誰かが……いや、何かが、作ったモンなんじゃねーのか?」

無限月読の術を思い浮かべた。
仕掛けられると、夢の世界に押し込まれた人々が種子のようなものに収まり、巨大な木の根に繋がれてしまう。

「神様が人に力を与えるなんて、うそクサイってばよ。手っ取り早く、手段を選ばすに強くなろうとした何かが、道を外れちまったとしか、オレには思えねェ……」

無限月読は、人の命をもてあそぶ術だ。
無力な人間を閉じ込め、生きながらにして、都合良く人形にしてしまう。

神樹も全く同じで、無念の死を遂げてしまった人々の魂を、本来向かうべき場所へ行かせないまま、その実に宿し、チャクラという力に変えてしまう。

「だから、オレが導くべき力を、返すんだ。チャクラが、人の命が、戻りたいと願っている場所に……そして、荒れ果てたこの大地を、よみがえらせる!」

ナルトが出した結論に、
「そうですね」
と、真っ先に応えたのは五尾だった。

「きっと、それが正しいんでしょう」
「ボクも納得がいったよ。どうして人柱力となった人間が、尾獣を体内から抜かれると、死んでしまうのか」

ゆらりと五尾へ体を傾け、三尾がいうと、七尾もうなずいた。

「人柱力から、チャクラを根こそぎ持っていっちまうワケだ。なんせ、神樹から生まれたんだぜ、オレらは。チャクラ……人の命を吸い続けて、生き長らえてるってえコトだ」
「だったら、私達がここへ引き寄せられたのも、必然だったんですね。この場所には、あらがうことも許されないまま命を落とした人々の憤りが、強い力となって、渦巻いています」
「オレ達を引き寄せるのに十分なチャクラが、残されているワケだ」

不安や動揺など、みじんも感じさせない会話が続く。

次々に声をあげる尾獣達を見上げながら、ナルトは自分もまた、導かれたのだと思った。

――残酷な現実だってあるけど……きっと前へ、進めるよ。

そうだな、と無意識のまま、口にしていた。

(ヒナタは正しいってばよ)

耳に残る、彼女の力強い声に励まされ、ナルトを包む光も、いっそう輝きを増し、大きく広がる。

ハッとしたように尾獣達が、そんな彼に目を向けた。

「でも、ナルト君……私が知っている限り、今回と同じ川が、過去に八度、氾濫しています」

二尾が優しく、諭すように、語りかけてくる。

「そして、大筒木カグヤが神樹……チャクラの実を口にしてから後、私が生まれ、六道仙人にマタタビと名付けられるまでの間にも、恐らくは三度、もしくはそれ以上、世の中を乱す天災が、人々を苦しめてきました」
「スゴイ昔ってぇコトだ。てめ……分かるか?」

もどかしそうに四尾が口を挟み、ナルトはうなずき返した。

「わかるってばよ。六道の大ジィちゃんは、伝説の、が必ず付くくらい大昔の、神様みてーな存在だもんな」
「だったら、想像も付くだろが。どんだけ長い時間が経とうと、人は自然に勝てやしねぇし、これからも全ての命ある生き物は、自然に呑まれ続ける」

いいか、と四尾は語尾を強めた。

「人間にとっちゃ、気が遠くなるような長い時間であっても、オレ達にとっちゃ、瞬きをするくらい、短い時間だ」
「それはいい過ぎやよ。せいぜい、あくびをするくらいの時間ってんだ」
「うっせえ! てめーは黙ってろっ、サイケン!」
「もう……こんな”最後”の時に、おやめなさい」

二尾が止めに入り、
「まあ、ソンゴクウの短気は昔からのことだ」
と七尾まで加わって、ひどく楽しそうに、尾獣達はアレコレといい合い始める。

(へへ……こんな時になっても、ケンカしてるってばよ)

思わず口元をほころばせるナルトへ、そっと一尾が顔を寄せた。

「ナルト、ソンゴクウのいいたいことは、わかってるな? 人間には一生に一度あるか、ないかのことだろうが、オレ達にとっては、もう何度も繰り返されてきたコトだ」
「今回、この荒れた土地をよみがえらせたところで、また同じことが起こるぞ?」

今度は八尾に問いかけられ、ナルトはそちらへ振り向く。

「オマエには皆から託された未来がある。ここで十尾の人柱力となったら、無事には済まないが、その覚悟はあるのか?」

ある、とうなずくナルトを、尾獣達が見つめた。

「オレってば、仲間を信じてんだ」

過去に学んでこその未来だと、綱手はいった。
それはそのまま、初代火影、柱間の言葉でもある。
人は意志を受け継ぎ、力に頼ることのない世界を、きっと目指すだろう。

「今はまだ、無理かもしんねえけど……」
と、ナルトは目を細め、遠くを見やる。

「ずっとこの先、きっと同じコトが起こっても、争うことなく、解決できる日が来る」

きっと来る、と強くいい切ったナルトは、砂利と泥にまみれた、灰色の大地に立っていた。 

赤茶色に染まる川が遠く、激しい音をたて、荒れ狂うように岸を削りながら、流れゆく。

空を覆う厚い雲を切り裂くように差し込む、強い朝の光に照らされながら、ナルトが振り返ると、長い影が伸びており、その先には”九頭”の尾獣がいた。

「クラマっ?!!」
「その名で気易く、ワシを呼ぶなといっただろ」

九つの尾をひと振りし、
「九尾でいい」
と、地面を叩きながら、
「名を呼ばれると、別れがつらくなる」
と、九尾がつぶやく。

ナルトはもう何もいわなかった。
無言で笑顔を向けると、九尾も前足で鼻の先を撫で、にやりと口の端を上げる。

――私はもう長くない。

再び太陽へ向き直り、ずらりと居並ぶ尾獣達を背にして立つナルトの頭の中に、声が響き渡った。

――守鶴、又旅、磯撫、孫悟空、穆王、犀犬、重明、牛鬼、九喇嘛……離れていても、お前達は、いつも一緒だ。いずれ一つとなる時も来よう。それぞれの名を持ち、今までとは違う形でな。

ナルトへと流れ込んできた、尾獣達の記憶だ。

――そして、私の中にいた時と違い、正しく導かれる。本当の力とは何か、その時まで……。

どれだけ長く、つらい、孤独な時間を、尾獣達はこの六道仙人の予言を信じ、過ごしてきたのだろう。

「ありがとうな……オレ達は最高の仲間だってばよ」

空高く吹き上げるチャクラの炎の下で、ナルトは両腕を上げると、胸の前で印を結んだ。