枝から枝へと、吸い付くように、足を運び、木々の間をすり抜ける。
気配を隠すのは、苦手だ。
運良く厚い雲が空を覆い隠す今夜だからこそ、思い切って、里を出た。
(まず、オレに付いて来れるヤツなんて、いねーケド……)
風を切って走りながら、ナルトはそっと、後ろを振り返る。
(これだけ離れりゃ、もう追っ手も来ねェだろ)
ふわりといっそう高く宙へ飛び、雲の合間からのぞく月を、遠くに見た。
新月から間もない細い月は、弱々しい光を放つばかりで、地上を照らすほどの明るさもない。
暗い夜を駆け抜け、やがては石ころだらけの荒野へと、たどり着いた。
(ここは多分、火の国の外れ……あの川の向こう側はもう、田の国のハズ)
だとしたら、と立ち止まり、ぐるりと周囲を見回したナルトは、ぎゅっと両手の拳を握った。
(村が……無くなってる……)
かつて、任務でここを訪れている。
アカデミーを卒業したての下忍が、まず最初に任される、収穫の手伝いだ。
(ウソだ……あんなにでっけェ畑や集落が……)
ぬかるみ、大きいものから小さいものまで、泥にまみれた石ばかりの大地を歩く。
(でも、間違いねえ……やっぱ、ココだ)
年中、イモや麦、米などの農作業を手伝わされたし、この近くで中忍試験も行われた。
(雨が止んで、ようやく水が引き始めた、ここにはきっと……)
言葉を失い、再び歩みを止めると、きつく目を閉じる。
(洪水に巻き込まれた人が大勢……このオレの、足の下に……)
くっと奥歯を噛み締め、意識が遠のいた次の瞬間、ナルトは思いもかけぬ場所にいた。
「お久しぶりですね、ナルト君」
彼を取り囲む、巨大な異形の怪物達が、思い思いに口を開く。
「大して長い間でもねぇが、まあ、久しぶりっちゃあ、久しぶりか」
まばゆい光に包まれる一方、遠くには、底知れぬほど深い闇が広がっている。
「ともかく、久しぶりやね。こうして、みんなが集まってんだ。ナルトのお陰やよ」
その通り! とにぎやかな合いの手が入り、呆気にとられていたナルトも、慌てて大声を出した。
「ど、どーいうことだってばよっ!」
「いや、どういうコトって……こういうコトだろ」
「そんな説明じゃ、ナルト君を困らせるだけさ」
「なら、私が代表して……」
コホンという、もったいぶったセキの音を合図に、皆が静まりかえる。
「混乱するのも、無理はありません。ナルト君、私達は……」
「あーッ!」
と、ナルトはようやく思い当たり、両手を打った。
「コレってば、"あの"階層だろっ?! 尾獣のシンソーシンリってヤツ!!」
「…………」
誰も返事をしない。
「……違うのか、マタタビ?」
と、ナルトが訝しみ、
「あっ、そ、その通りですけれども……!」
と、うろたえながら、二尾の又旅は答えた。
「だよなあっ! どーりで、見覚えのある光景だってばよ!」
「って、ナルト、てめ! そこからなのかっ? まず、聞かなきゃなんねーのは、オレ達がココに、ナゼこうして集まったのかっつー」
「ソンッ! 川の国でお前ってば、大暴れしてたよな! 集落の家を何軒も壊しまくって、深い谷間を逃げ回っから、すっげー捕まえんの、大変だったんだぞ!」
「ありゃあ、自我をまとめるだけのチャクラが、足りなくてだな……」
参ったとばかりに頭の後ろへ手をやる、四尾の孫悟空を指さし、たまらずナルトは笑顔になる。
「見た目もサルっつーより、ちっせえウサギの化け物みてえで、オレん中に封印するまで、ソンだって、わかんなかったってばよ!」
「大戦のあと、私達は意識さえ、バラバラになってしまったからな」
「強いチャクラをまとったままやよ。尾獣としての実体を形づくることもなく、さまよってたんだ」
「そこを、ナルト……そして、サスケ……お前達、二人に助けられ、こうして再度、ここに集まることが出来たのだ」
「コクオウ! サイケン! チョウメイ!」
五尾の穆王と六尾の犀犬、そして、七尾である重明の名前を叫び、
「ナメクジのオバケや、カニみてえなオバケ……オマケに、セミのオバケまで! ぜんっぶ、おオマエらだったんだな!」
と、飛び跳ねるナルトを、三尾の磯撫が、たしなめる。
「君は変わらないね。相変わらず、人の話を聞かない」
「イソブ!! オマエ、無事だったんだな?! 雨隠れの里で、オレってば、変な声を聞いちまってさ……無事にオレん中に入ったのはわかったんだけど、イマイチ、心配だったんだ!」
「そう……ソレだ、ナルト」
会話へと割って入るように、身を屈め、ぐっと体を前に押し進める者がいた。
「実のところ、挨拶なんて、どうだっていいんだ」
なあ、そうだろ? と、八尾の牛鬼は、ナルトに鼻先を近づける。
「八っつぁん……! ビーのおっちゃんは元気か?」
向き直り、気軽に応じるナルトへ、
「ビーは、相も変わらずだな。オレの一部をオマエん中に残したまんま、最強の忍として、里の連中から尊敬されてはいる」
と、うなずいてみせ、
「変な唄をかましながらな」
と、付け足した八尾は、屈託無く笑う。
つられて、ナルトも笑い声をあげると、自分を中心に輪となって居並ぶ尾獣達へ、素早く視線を走らせた。
やはり、九尾だけ欠けていて、姿を現そうとしない。
「バラバラとなっても、オレ達は繋がってんだ」
すかさず一尾の守鶴が、そんなナルトの様子に気付き、いった。
「お前となら、この階層へ入って来て、こうして意志を共有できる……もちろん、九尾のヤローもだ」
「よう、シュカク。ビーのおっちゃんの中にいる八っつぁんと同じで、お前も我愛羅と一緒にいるんだよな」
ゆっくりと首を縦に振り、
「それでも、オレ達を最後に導くのはお前だ、ナルト」
と、語る一尾の言葉に合わせ、他の尾獣達も、いっせいにうなずく。
ナルトはまぶたを閉じ、深く息を吸った。
――ナルトくんなら、大丈夫。
寄り添い、心を満たしてくれた彼女の、優しい声が聞こえる。
――きっと、答えを見つけられる。
励まされ、前へ進むと誓ったのだ。
(今が……その一歩を踏み出す時だってばよ)
「クラマ」
と小さく、自分にしか聞こえない声で、九尾の名を呼んだ。
「ヒナタは、オレを選ばなかった」
返事はない。
けれども、かまわず話を続けた。
「オレも……結局は、ヒナタを選ばなかった」
忍だからな、とつぶやく声が、わずかに震える。
「守んなきゃなんねーモンが、あるんだってばよ」
命に替えてでも、と口にしたナルトの体が、赤味を帯びた、オレンジ色の光に包まれた。
(九尾モードに……?)
姿を見せないまま、力を分け合っている。
間違いなく九尾も、この会話に耳を傾けているのだ。
「教えてくれ」
と、自分を囲む尾獣達へ、ナルトは呼びかけた。
「この地をオレ達の力で、元通りにできるのか?」
「出来るだろ、十尾の力を使えば……けどな、てめー、印は結べんのか?」
呆気ないほど簡単に四尾が返事を寄越し、気付かされる。
(そうか……ココに、こうして集まったのは、偶然じゃねーんだ)
ナルトは背筋をぴんと伸ばし、よく通る声で答えた。
「オレってば、オビトが使ったのを見てたから、印も覚えてる」
「うちは一族は特別だろーが。複雑な印を、オマエみたいなのが扱えんのか、聞いてんだ」
重ねてたずねる四尾へうなずき返し、ナルトは再び、深呼吸をする。
ヒナタと別れ、火影の屋敷にいる綱手を訪ねたあとに、夜を待って、里を出た。
休むことなく走り続け、真っ暗な山の中腹から、行く手に広がる平地がのぞめた。
ところどころで灯りが揺れ、災害後の救援に駆けつけた人々の動きも、遠目に見て取れる。
ナルトは覚えのある道をたどり、かつて来たことのある村里へ向かった。
しかし、どこまで走っても、目指す場所は現れない。
ついには、行く手を大きな川に阻まれた。
(気配で分かる。生き残ったヤツは、一人もいない……)
ごうごうと激しい音をたてる濁流を前にして、ようやく、村はもう無いのだと分かったのだ。
(だから、ココには助けが来ねぇんだ……)
尾獣達と話をするナルトの中とは別の、今の自分が踏みしめる、大地の感触が、綱手との会話を思い起こさせる。
――数百年に一度は、こういうことがあるんだよ。
執務室で、なんの気負いもなく、彼女はそういい放った。
――忘れた頃にやってくるのが、天災ってヤツなのさ。
そしてそれは、戦禍という厄災をも、運んでくる。
――人は食わなきゃ、生きられないからね。限られた食料しかない状況で、みんな仲良くとはいかなくなるのも、過去が証明している。
何かオレに出来るコトは、と切り出すナルトの言葉をさえぎり、綱手は何もするなといった。
――雨隠れの一件は聞いた。でもね、人が神になって成功した試しなんて無いんだよ。
その時、向けられた視線の鋭さを、ナルトは覚えている。
――大戦後、あちらこちらで家畜や人間を襲う、その怪物の強さに音を上げた他里の救援要請を受けて、何だと思ったけどね。
牛を何十頭も食い殺し、逃げ回った挙げ句、家々を破壊して回った、異形のウサギが最初だった。
見た目は耳が長く、白い毛に覆われ、ぴょんぴょんと跳びはねていたが、鋭く長いキバの突き出る口と、不自然に上向いた鼻の形が、いっそう人々の恐怖を煽った。
――さすがは、サスケといったところか。サクラとオマエ、それにカカシという、かつての仲間に声をかけて、すかさず怪物を捕らえに行った、あの判断は間違ってなかった。
野を駆ける動物に、尾獣のチャクラが乗り移ってしまっている。
異形のウサギを一目見て、そう判断したサスケは、尾獣のチャクラだけを動物達から抜き出し、ナルトに封印した。
それ以来、様々な怪物たちが起こす、似たような事件を耳にするたび、ナルト達は里を飛び出し、尾獣のチャクラを集めて回ったのだ。
――ナルト、オマエの中にはもう、尾獣全てのチャクラが入ってるんだろ? そんなオマエにどうこうさせるつもりなんて、これっぽっちもナイさ。もちろん、十尾を復活させるつもりもない。
過去に学んでこその未来だよ、と念を押すように、ナルトへ告げた綱手は、小さくつぶやいた。
――それにしても……洪水で多くの人命が失われたのと時を同じくして、三尾が完全体として復活したってのが、気になるね……。
尾獣が持つ、巨大なチャクラの正体が見えてくるようだよ、と遠くを見やる綱手の前で、ナルトは何もいい出せずにいた。
そして、黙ったまま、綱手から目を逸らし、床を見ると、
――九尾のヤツも、いったい何を考えてんだい?
と突然、問い掛けられ、心臓がどくんと音をたてる。
――ヒナタをおびき出し、オマエに"あてがう"なんて、残酷なコトをするね。
沈黙を易々とやぶる、くだけた口調ながら、その言葉の意味は辛辣だ。
慌てて顔を上げ、反論しようとするナルトを、綱手はキッとにらみつけ、黙らせた。