「行こう、ナルト」

部屋まで送るよ、とイルカが歩き出し、ナルトも慌てて、立ち上がる。

「どうしたんだ? 元気ないな」

屋敷の階段を下りる間、イルカにぽんぽんと頭を叩かれた。

「なんか、くすぐったいってばよ」

首をすくめて、クスクスと笑うナルトの隣で、
「大きくなったなあ」
と、イルカは感慨深げにいった。

「もう背は、オレとほとんど変わらないんじゃないか」
「ん? そんなに?」

イルカが触れた、自分の頭に手を置き、ナルトは目を細めた。

「もう、大人なんだなあと実感するよ」

満更でもないといった風に微笑むイルカと肩を並べ、外へ出た途端、思わず声を上げた。

「すげー、キレイだってばよ」
「ホントだ。今夜は新月か……」

満天の星空が、視界いっぱいに広がっていた。
二人はのんびり歩き、星々が連なる天に負けないほど、数多くの看板が光り輝く、里の目抜き通りへと入る。
まだ日が暮れて間もないこともあり、通りを行き交う人は、まだまだ多かった。

幼い頃、こんな風に街の中を一人でふらふらと歩き回り、嫌悪の視線と共に、罵りの言葉を投げつけられたことがある。
それも一度や二度ではなく、ナルトはそのたびに里を飛び回り、いたずらをして、鬱憤を晴らした。
イルカはそんなつらい時、真っ先に駆け付け、ナルトを叱ると同時にかばってくれた、唯一無二の存在だ。

「そういや、カカシ先生のパックンが、一足早く、木ノ葉へ向かったんだよな……」

ふと気が付いて、前を向いたまま、ナルトは口にした。

「ん? どうした、ナルト?」
「綱手のバアちゃんから、雨隠れの里であったことを、イルカ先生も聞いたんだろ?」
「詳しくは知らないよ」

そう前置きした上で、イルカが、
「ただ、カカシ先生が、だいぶナルトの様子を心配していてね。里へ戻ったら、まず休ませて欲しいと、忍犬を通して、五代目に進言したのは確かだ」
といい、ナルトは目を伏せた。

「それでか……わざわざ、悪かったってばよ」

ナルトは悪くないさ、とイルカは笑い飛ばした。

「たかが、部屋へ送って行くことぐらい……」
「違うんだっ!」

弾かれたように顔を上げ、
「体ばっかデカクなったところで、オレってば、ちっとも成長してねー気がする」
と、息急き切っていったナルトが、
「イルカ先生が来なきゃ、一人でウジウジしてるだけだったと思うし……」
と、地面へ視線を戻し、口を閉じると、イルカも同様に黙り込んだ。

以前と違って叱られることがなくなり、沈黙の時間を共有できるようになったのは、イルカがいった通り、多少なりとも、ナルトが大人になったからかもしれない。

けれども、そうやって無言で寄り添ってくれることが、今のナルトにとって、何よりもありがたかった。

「もう、頭ん中が……グチャグチャなんだ」

顔を上げられないまま、ナルトはぽつりとこぼした。

「だから、イルカ先生が、そばにいてくれる。そんだけで、オレは……」

返事はなく、会話が途切れたまま、いつしか二人は、ナルトの暮らす部屋がある、建物の前に来ていた。

ホッとしたのも束の間、雑踏のざわめきに紛れ、
「そういえば、鉢植えの木が枯れてしまうのを心配してね」
と、イルカが漏らすのを聞き、
「ん?」
と、ナルトは横を見た。

「ヒナタが、毎朝ナルトの部屋へ、水やりに行ってるよ」
「へえ。ヒナタが……」
「まだ、ナルトが帰ってきたことを、知らないだろうから……明日の朝も、訪ねてくるかもな」
「そっか!」

鍵を渡した事実を知られ、どことなく、こそばゆい。

「来たら、礼をいわなきゃな!」

照れ隠しに威勢よく返事をして、部屋へ向かおうと階段を上がりかけたが、すぐにナルトは立ち止まった。

「ヒナタが結婚する相手って……先生なんだよな?」

肩越しに振り返り、たずねると、
「まあ、今のところは、そうかな」
イルカは通りに立ったまま、ナルトを見上げ、困惑したように、右手で頬を触った。

「先生は……幸せになれんのか?」
「……」
「……ヒナタがオレを好きだと知っていて、一緒に暮らせんのか?」

ナルトは声を押し殺して、たたみかける。

「結婚って、そんな簡単なモンなのか?!」
「……いいか、ナルト。よく聞くんだ」

打って変わって、真剣な顔つきとなったイルカから、
「オレと違ってヒナタは、一日二十四時間、一年三百六十五日、それこそ死ぬまでずっと、オマエのそばにいてくれるよ」
告げられたナルトは、無意識のうちに、両手をぎゅっと握った。

「ナルトがそれを、強く望みさえすれば、きっと彼女も、それを拒んだりしない」
「オレが、強く望めば?」
「そうだよ、ナルト。オマエがそれを、一番よくわかってるだろ? ヒナタではなく、"オレが" 幸せになれるか、どうか、質問したじゃないか。まるで、ヒナタを幸せにしてやれるのは自分だけだと、宣言しているように、聞こえたぞ」
「いや、それは、あの……」

階段の途中に立って、イルカを見下ろしながら、口ごもる。

「オマケに、ハッキリいい切ったよな。ヒナタの好きな相手は……」
「ちょっと、待った! イルカ先生の口を通して聞くと、すっげー照れるってばよ!」

たまりかねて、話をさえぎり、大股で近付いて来たイルカに、
「それが答えだとして、オレはどうすればいいんだ」
と、顔をのぞき込まれた。

「イルカ先生……?」
「結婚なんていい出したから、心配してるんだ。彼女とは、付き合うだけでも大変なのに、結婚となると、どれだけの覚悟が必要か、きちんと考えたのか?」
「覚悟って……なんだってばよ」
「日向一族は、一筋縄ではいかない相手だ。ナルトが抱える複雑な事情などお構いなしに、きっと、あれこれ詮索される。そのうえ、心配しなくていいことまで心配されて、心ない非難を受ける可能性だってあるんだ」

瞬きひとつしないまま、イルカを見つめ返し、
「オレが……人柱力だからか」
と、気が付けば、口にしていた。

「化けモン、だからか……」

ナルトが声を振り絞り、違う! とイルカは大きく頭を振った。

「ナルトは里の英雄で、オレの大切な……!」
「わりい。いい方が悪かった」

間近にイルカの瞳を見ながら、ナルトの胸に、込み上げるものがあった。