彼女が謝る理由など、聞き返さずとも、わかっている。
手を下ろしたサクラの、風になびく髪の透き間から現れ出た、揺れる瞳を見なかったことにして、ナルトは青い空を仰いだ。
「でもね、私はいつだって、ナルトの味方だし、支えでありたいの」
「ありがとな、サクラちゃん」
彼女へ向き直り、笑ってみせた。
「けどさ、どんなに迷ったとしても、今はオレ一人の力で、乗り越えなきゃなんねー時なんだ」
「一人で乗り越える必要なんてないじゃない!」
私はね、と身を乗り出すサクラを目で制し、
「いつまでも、ガキのまんまじゃいらんねーってコトだってばよ」
と、ナルトは語気を強めた。
「同期の連中はみんな、先生って呼ばれる立場になって、任務をこなしてる。シカマルなんか、三人の生徒を引き連れて、一人前の忍に育てようとしてんだ」
他にも、といいかけて、口を閉じる。
(……生まれ持った立場ってモンのために、自分を犠牲にしてまで、家を守ろうとするヤツもいる)
それがヒナタにとって、大人になるという選択なのだとしたら――ナルトは考え、首を左右に振った。
「今回の任務で、オレ自身わかってねー力があるんだと、気付かされた。アレが何なのか、はっきりとは見えねーけど、その力を使って、クラマを何とかしてやれるような気もするんだ」
「尾獣のチャクラを転生して……無害なものにする力のことね」
「単純に転生忍術と決めつけんのは違う気がするし、オレが使いこなせる力とも思えねーんだけどさ……サスケの憎しみ背負って、一緒に死んでやると、心に決めてたハズが、こうして生きてるワケだろ? すべてはクラマのお陰で、アイツが、オレやサスケと共に生きる道を、選んだからなんだ。だから……」
九尾の語った言葉が思い出され、ナルトの中で、重々しく響き渡る。
――ナルト、次にワシが起きた時、お前がミナトのような、いっぱしの男になっているか、どうか……楽しみにしているぞ。
今にして思えば、どこか予言めいており、九尾はこの時を、待っていたのかもしれなかった。
「ぜってー、見つけなきゃなんねー。オレが死ぬまでに、もう二度と人柱力なんてモンに頼らず、クラマを何とかする方法を……こればっかりは人任せにできねー、『大人の』オレの、務めだと思うんだ」
そして、とナルトは再び天を仰いだ。
「このワケのわかんねー力が、何なのか。答えを見つけて、父ちゃんのような、立派な火影になってみせる。大切なものを、守るために……同期のみんなに、負けてらんねーってばよ」
「そっか。四代目のような火影に……」
ナルトと並んで、サクラも空を見上げた。
どちらからともなく、二人はやがて、顔を見合わせて笑うと、カカシとサスケの元へ走った。
「ずいぶんと熱心に話し込んでたね」
カカシにいわれ、すかさずサクラが返事をした。
「ほら、ワタシ達、一人前になったじゃないですか。だから、カカシ先生には、そろそろ、ゆっくりしてもらえればなーって!」
「そうそう! オレ達に任務を任せて、カカシ先生は、ラクすればイイってばよ!」
ナルトも頭の後ろで腕を組むと、脳天気にいった。
「あのさ、オレ……そんなに年取ってはいないと、思うんだけど……」
そういって、肩を落としたカカシが、
「ま、みんな大きくなったからね」
と、目を細め、ナルトはニイッと大きく口の端を上げる。
向かいでは、微笑むサクラに並び、サスケも薄く、その顔に笑いを浮かべた。
真昼の太陽が照りつける足下の緑は濃く、濃厚な甘い花の香りが鼻孔をくすぐる。
そんな和やかな時間を過ごすうちに、近づきつつある別れの予感を嗅ぎ取ったナルトが、
「木ノ葉へ……里へ、帰るってばよ!」
と、真っ先に地面を蹴った。
――ごめん。ナルト。
切なげに、けれどもはっきりと耳に届いた言葉は、本来ならヒナタの家へ乗り込む前に確かめるべきだった、彼女の選択だ。
(ともかく……これでハッキリと、フラレたんだ)
サスケとサクラは、ずっと離れることなく、共に暮らすことになる。
カカシは別の生徒を引き連れ、新しい班の隊長として、これからも任務にあたる。
(オレは……?)
大戦が終わり、むしろ各国からの依頼は増えていた。
犯罪者の捜索や、国境のいざこざを巡る争いの仲裁、要人の警護、そして何よりも情報収集が、任務の多くを占めている。
しかし、尾獣が発見された時をのぞけば、たいていの場合、ナルトの出番はなかった。
うずまきナルト――その名前が出るだけで、どの国も、里も、警戒してしまう。
尾獣を手懐け、操り、平和を乱す者に、鉄槌を下す――そんな神のような存在として、恐れられているからだ。
(尾獣を集め続けて……この変な力が、ますます強まって……)
サスケと二人、どこまで六道仙人をめぐる因縁に、付き合わされるのか。
九尾と連れだって、どこへ向かい、どう生きるべきなのか。
(わかんねーコトばっかだ……)
サクラを相手に強がったところで、ふとした瞬間に、混乱した心は孤独の闇へと、呆気なくナルトを突き落とす。
(こんなんで、オレなんかが、答えを見つけられんのか?)
不安を追い払おうと、ナルトは無我夢中で木々の間をすり抜けた。
そうして、先を急ぐナルトのペースで走り続け、雨隠れの里を出発してから一日も経たないうちに、四人は木ノ葉へたどり着き、里の門をくぐった。
途端に安堵したのか、サスケの足取りが重くなり、夕焼け色に染まる通りを、ゆっくり火影の屋敷へ向かう。
「ご苦労だった」
いち早く到着の知らせを受けたらしく、屋敷の入り口で、綱手自らナルト達を出迎え、
「サクラ、急いでサスケを部屋へ」
と、開口一番にいった。
階段を上がり、全員で奥の部屋へ行くと、疲れ果てたようにサスケは、床へ膝を突いた。
「大丈夫かっ?」
急いで歩み寄り、ナルトがのぞき込んだ先で、サクラは手際良くサスケの面を取り、体に手を添えて、彼をベッドへ横たわらせる。
「心配するな。疲れただけだ……」
ベッドの上でうっすらと目を開け、力無く笑うサスケではなく、
「だいぶ顔色が悪い」
と、綱手はナルトへ振り向き、いきなり彼の頬を撫でた。
「詳しい報告は明日でいい。今日はもう、帰って休め」
「バ、バァちゃん?」
ナルトは驚き、体を硬くしたが、
「念のため、人に部屋まで送らせるから、気をつけて帰りな」
と、綱手の手が頬から離れるや否や、今度はカカシに、腕をつかまれた。
「お疲れ様」
ナルトを廊下へ連れ出し、カカシは強い口調で告げたかと思うと、
「えっ? ち、ちょっと、どういうコトだってばよ?!」
と焦る彼の鼻先で、
「五代目が帰れ、といっているんだ」
と、部屋の内側から、バタンと、ドアを閉じてしまった。
(帰れっていわれたって……)
ふらふらと床へしゃがみ込み、抱えた両足の間でうなだれていて、ナルト! と頭上で声がした。
「……イルカ先生?」
下を向いたまま、ナルトがたずね、
「何をしているんだ?」
と、すぐまた問い返された。
「オレ一人だけ、追い出されたんだってばよ……」
「ふうん」
「ふうんって……そんダケかよっ、イルカ先生!」
がばっと顔を上げて、いい返し、頭の毛をぐしゃぐしゃと掻き回された。