たちまち雨は本降りとなり、深く息を吸い込んだナルトは、宙へ向かい、飛び跳ねる。
雨にかすむ、遠くの景色に紛れ、様々な金属の管を張り巡らせた高い塔の群れと、水に反射して輝く、きらびやかなネオン看板の灯りが見えた。
そんな、晴れの少ない雨隠れの里ならではの、様々な工夫が為された街並みを望みながら、山道を下り、カカシ達と合流する。
すると、サスケがすうっと寄って来て、ナルトに並んだ。
二人は互いに視線を交わすと、競うように前後しながら、隊列の先頭へ抜け出た。
そのまま雨隠れの街に入り、重吾達が根城にしている、西の塔へ上がる。
休む間もなく、サスケは重吾の衝動を抑える封印を確かめ、ナルトもサクラと一緒に、カカシの指示に従い、装備をチェックした。
さらには重吾達から、雨隠れが持つ他国の情報を聞き出し、綱手宛ての親書を受け取ると、いよいよ帰還だ。
別れは穏やかなものだった。
サスケが、元は鷹のメンバーであった三人と、言葉少なに会話を交わしたのち、
「心配かけて、悪かったな」
と、ナルトは隙を見て、香燐へ話しかけた。
彼女はメガネを触りながら、プイと横を向いたが、
「サスケを、頼む。サクラにばっか……負担かけんじゃねーぞ」
と、消え入るような声で、返事を寄越した。
おう、と背中を反らし、ナルトも自信満々に、うなずてみせる。
「行きますか」
カカシがいい、ナルト達は雨隠れの里を出立し、帰途についた。
あらゆる危険を避けるため、厳しい警戒を怠らなかったが、笑いの絶えない道中でもあった。
ふとしたことから、食べ物の話で盛り上がり、てんぷらが苦手だというカカシを、サクラがからかい、辛い食べ物が苦手なサクラは、まるで子供のようだと反撃された。
果ては、サスケの納豆嫌いまで暴露され、
「あーはっはっはっ! 納豆が食えねーなんて、サスケもガキみてーだってばよ!」
と、ナルトが腹を抱えて笑い出し、
「てめーだって、生野菜が苦手なクセに! いいか、ウマイんだぞ」
特にトマトは、といい切るサスケの自信満々な口ぶりに、皆で大笑いした。
「そーいやさ、トマトって炒めっと、形がなくなんのな!」
思い付いて、ナルトはいい、カカシに指摘された。
「それは、生野菜じゃないよね……」
「でもさ、スープにすっと、めちゃくちゃ旨そうだってばよ!」
「あ、ナルト。それって、もしかして……」
口に手を当て、にんまりと笑うサクラへ、
「うん。ヒナタに教えてもらった。でも……」
「どうしたの?」
「結局、食えなかったんだってばよ」
ジャマが入ってさ、とナルトは眉間にシワを寄せ、カカシを見やる。
「いいじゃないか。お陰でイイものが見れたでしょ」
イイもの? とカカシの言葉に首を傾げ、うわあ、と大声を上げた。
「い、いきなり、何よ! 驚くでしょっ」
「いやー、ナルトのヤツ」
ヒナタのパンツを、といいかけるカカシの口を無理やり両手でふさぎ、
「何でもねーよっ、サクラちゃん!」
と、ごまかしたその時、サスケが小さく肩を震わせるのを、ナルトは見逃さなかった。
「あっ! 今、笑っただろ!」
「フン。だったら、何だ?」
このヤロー! と飛びかかるナルトを、サスケは難なくかわすと、鮮やかに空中を飛んだ。
「コラ待て、オマエ等!」
「ちょっと! おいてかないでよっ!」
カカシとサクラが慌てるのを見て、ナルトだけでなく、サスケも笑った。
ふんだんに日光が降り注ぐ豊かな森を、四人は風のように通り過ぎる。
枝から枝へと飛び移り、刻一刻と木ノ葉隠れの里へ、近づきつつあった。
(そういや……もう、スープは食えなくなってんだろうな)
ふと、野菜の話をきっかけに思い出し、緩んでいた口元を、ナルトは引き結ぶ。
いつも、彼女の好意に応えられないまま、優しい視線だけを、当たり前のように受け止めてきた。
――こういうことは、二度としたくないの……。
それなのに、あんな台詞をヒナタにいわせてしまったのだ。
――サクラちゃんとの仲を裂くようなことも、この部屋に来て、料理をすることも……。
ガマブン太を引き連れてまで、彼女を自分の嫁にと意気込んだ、あの日の決心は何だったのか。
――ナルトくんは私にとって、大切な"友達"だから……。
ああもハッキリと告げられ、結局は部屋の鍵を押し付けることしか、出来なかった。
(どーいうカオして、会えばいいんだ……?)
自分の不甲斐なさに腹立ち、もんもんと悩んでいて、
「いったん、休憩にしようか」
と、カカシから声をかけられた。
目の前には、背の低い木々が生い茂る林の中を、なだらかな山肌を削るように、細い川が流れている。
花々が咲き乱れる、日当たりの良い岸辺を選んで、カカシが降り立ち、ナルト達もそれに続いた。
「里まで、あと少しだからね」
カカシがいい、休憩の合間を縫って、サスケは暗部のマントと面を着けた。
抜け忍、もしくは重犯罪人として、対外的には安否不明のまま、木ノ葉で匿われているため、身元を隠さなくてはならないからだ。
そんなサスケに、そっと寄り添うサクラから目を逸らし、ナルトは草むらへ寝転がると、束の間ではあったが、まぶたを閉じた。
「ナルト……寝ちゃった?」
囁きかけるような、サクラの優しい声は無視して、
「そろそろ、行くぞ」
と、カカシがいったのを合図に、跳ね起きる。
「なーんだ、起きてたの?」
「へへへ、狸寝入りの術だってばよっ、サクラちゃん!」
バッカみたい! とサクラは胸の前で腕を組み、頬をふくらませた。
「心配して損しちゃった」
「ん? サクラちゃんが心配しなきゃなんねー相手は、一人だってばよ」
ナルトが顔を向けた先の、少し離れた木陰の下で、カカシと話をしていたサスケが、何だ? といいたそうに、こちらを見た。
「……そうね。大事な人だもの」
頭に巻いている、赤い額当てを、サクラは締め直し、いった。
「ごめん。ナルト……」