これまで、どんな攻撃にもしぶとく抵抗し、逃げ続けて来た三尾が、亀の姿からどす黒い影へと、形を変えつつあった。
しかもそれは、やがて突風のように渦を巻き、天高く舞い上がる。

巨大な黒い竜巻が現れ、ナルトは大きく両足を広げ、踏ん張った。
渦巻く突風の向こう側へ目を凝らすと、かすかに、サスケの姿が見える。
同じくナルトを視界にとらえたであろう彼は、開いた左手を体の前へ突き出し、大きく瞳を見開いた。

(サスケ……!!)

赤く光る彼の眼が発する瞳術により、尾獣のチャクラを全て、ナルトに封印するのだ。

――ナルト、行くぞ。

サスケの目がそういい、ナルトはぐっとお腹に力を入れた。

(……来る!!)

立ち上った竜巻の先端が向きを変え、はるか頭上からナルト目指し、猛烈な速さで襲いかかってきた。

「うおおぉぉぉーっ!!」

黒い突風が細い線状となって体に突き刺さり、叫び声を上げるナルトの中へ、次々と吸い込まれていく。

――我々は待っていた。

巨大なチャクラを取り込みながら、何とか意識を保とうと踏ん張り続け、誰のものかもわからない声が、頭の中で鳴り響いた。

――憎しみを受け取れ。

ナルト、と告げられた途端、全身に痛みが走り、歯を食いしばる。

(何なんだ……っ?!)

この声はいったい何だってばよ! とうめき、眩しい光に包まれたナルトは、地面に膝を突いた。

――お前に浄化され、大地へ還り、再び生命となって、輪廻の道を歩む。

平和を導く六道の力のもとに、と聞こえたのを最後に、いっそう輝きが強まり、身を屈める。

(オレの……体からっ?!)

手や足はもちろん、体全体が光を帯び、胸から下には紋様が浮かび上がっていた。

(九尾のチャクラじゃねーしっ、仙術チャクラでもねえっ?!)

両手を強く、地べたへ打ち付け、
「何が起こってんだっ!」
と怒鳴り、つるつるとしたものに、指先が触れた。

(……草? こんな岩ばっかりの、山ん中にっ?!)

息を止め、ただ目を見張るばかりのナルトを中心に、どんどん緑は広がってゆく。
雲の隙間から太陽が顔を出し、むせるような熱気と植物の匂いが山峡に満ちあふれ、ほとんど木も生えていなかった岩肌は、草ばかりか、次々と枝葉を広げる木々に、埋め尽くされようとしていた。

思わぬ風景に圧倒され、身じろぎひとつしないまま、ただ呆然としていて、
「ナルト! 大丈夫か?!」
と、カカシの呼び声を聞いた。

「カカシ先生!」

草深い森の中を、ふらふらと立ち上がった時には、光に覆われ、もやもやとした体も実体を取り戻し、元の姿にかえっていた。

「良かった。無事だったんだな」
「ナルト! これって、どういうコトなのさ!」

ホッとしたように、木々の間を抜け出て来たカカシの隣で、水月があたりを見回しながら、語気荒くいい放った。

「君がやったんだろっ?!」

とっさに言葉が出ず、無言で首を左右に振ると、ナルトは足下に視線を落とした。

(オレじゃない。でも……)

久しぶりに浴びる日光の温もりも、あまりに唐突で、ナルトの混乱に輪をかける。
三尾を取り込む際、九尾チャクラをまとった時と同じく、人の思念を察したのだが、それが何であったのか、さっぱりわからない。
けれども間違いなく、あの声をきっかけに自分から発せられたチャクラが、この魔法のようなことを、成し遂げてしまったのだ。

(チクショーッ、ワケわかんねー!!)

両手で頭を抱え、すぐにハッとしたナルトは、
「サスケはっ?!」
と声を張り上げ、顔を上げた。

「この先で、休んでいるよ」
「動けねーのか?!」
「大丈夫だ。サクラのフォローがきちんとしていたからね」

のんびりと笑顔で語る、カカシのお陰で、ナルトも何とか落ち着きを取り戻し、ホッと息を吐く。

「とにかく、里へ戻ろう。尾獣は完全に回収できたのだろう?」

カカシと水月の後ろから、重吾が歩み寄って来て、提案し、
「そうだな。五代目にも報告しないとね」
と、カカシは忍犬を口寄せし、木ノ葉へと使いに走らせた。

そして、サスケやサクラ、香燐と合流すると、ナルト達は山を下り始めた。

「それにしても……尾獣のいた場所から、半径百メートルといったところか」

里へ向かって歩きながら、重吾が背後の森を振り返り、ため息混じりにいった。

「どうせ、すぐに消えてしまう森だよ」

すかさず水月が怒ったように口を挟み、
「ここの気候まで変わったワケじゃないだろ? また雲に覆われて、雨が降り続けば、自然とあんな木や草も枯れてしまうさ」
と、目を吊り上げて、ナルトを見る。

「どうして、あんなコトをしたの?」
「そんなの、わかんねえってばよ……」
「無意識でやったってコト? ソレって、危険じゃない? チャクラのコントロールが出来てないって証拠だろ?」

矢継ぎ早に水月から指摘され、ナルトは困惑した。

「だから、わかんねーっ、いってんだろ!!」
と、腹立ち紛れに声を荒げ、
「……危険はない」
と、突如サスケが口を開いた。

「恐らくこれが、ナルトの正しい力なんだ」
「正しい力?」

首を傾げる水月へうなずいてみせるサスケに、皆の視線が注がれる。

「ナルトとオレに課せられた使命……それをきちんと考えれば、わかる」
「……使命ね。膨大な力で平和を築こうとした六道仙人の、意志を継ぐことか」

カカシがぼそりとつぶやき、ナルトはごくりと唾を呑んだ。

「サスケは尾獣を封印するだけでなく、思いのままに操れるが、自分の体には取り込めない。逆にナルトは尾獣を取り込めるが、そのチャクラを彼自身の力で封じ込めるしかなく、力が衰えたら尾獣化してしまう……その関係が、六道仙人の意志でもあり、二人の運命でもある」

カカシの言葉を補足するように、重吾が説明を加え、
「それを、六道仙人の神話になぞらえるのは、無理がない?」
と、水月は眉根を寄せた。

「六道仙人の息子二人は、結局のところ、争いを始めて、それが、後々の忍の世界の混乱を招く、原因にもなったんだろ?」
「だから、ナルトとサスケが生まれた」
「六道仙人が望む、正しい世界を再現するために?」
「正確には、違う。二人の息子が破壊、破滅へと進んだのなら、ナルトとサスケに課せられた使命は、平和と再生だ」
「再生……そっか」

重吾と会話を重ね、水月も納得したようだった。

「今回ナルトがしてみせたことは……」
「人柱力に頼ることなく、六道仙人が残した、尾獣の膨大なチャクラを、どのように処理するのか。今後を占う、重要なヒントになるだろうね」

カカシが締めくくり、ナルトをのぞいた誰もが、首を縦に振る。

「バカバカしいってばよ!」

ナルトは頭の後ろで腕を組み、口を尖らせた。

「サスケが尾獣を使って暴走したら、オレが止める。オレが暴走して尾獣となってしまったら、サスケが抑え込む」

運命とか関係ないだろ? と、サスケへ振り向いた。

「親友だから、体を張ってでも、守るんだってばよ!」

だよなっ!? と意気揚々に告げたが、サスケは呆れ顔となり、ゆっくりとした足取りをいっそう緩めた。

「この、ウスラトンカチ……」
「はあっ?!」
「……オレ達は、その先の話をしてるんだ」

話に置いて行かれ、頭に血が上ったナルトは、サスケへ詰め寄った。

「だったらさ、オレってば、何モンなんだ?! ハゲ山を一瞬にして緑の森に変えちまう、この異様な力は何なんだっ?!」

完全に足を止め、サスケはじっとナルトの目を見つめた。

「な、何だよ」

いや、と顔を背け、歩き出すサスケの背中をぼうっと見送り、
「ナルト……」
と声をかけられた。

「気にすることないわ」
「サクラちゃん……」
「しぶとく抵抗してきた三尾だったけど、こうしてサスケ君にあまり負担をかけることなく、あっさり捕らえることが出来て、ホッとしているの」

ナルトのお陰よ、と微笑むサクラの手が、そっとナルトの二の腕を触り、頬が熱くなる。

「サスケの身になんかあったら、サクラちゃんは自分の命と引き替えに、何だってやろうとすんだろっ?」

ぜってーそんなコトさせねえってばよ! と、照れをごまかすように、ナルトが明るく振る舞い、サクラは小さく肩をすくめた。

「サスケ君の身に何かあったら、今度、それを救うのは、ナルト……あんたよ、きっと」

見たこともない転生忍術だったわ、と隊列の後ろへついたサスケを追って、小走りにサクラが通り過ぎ、ナルトは立ち尽くした。

(転生……忍術?)

あの訳のわからない声や森の出現が、転生忍術によるものだとしたら――そう考え、首をぶんぶんと横に振る。

(術者に大きなリスクがあるハズ……)

まともに考えれば、自分の命と引き替えに行う術だ。
体に何の異常もなく、こうもぴんぴんしている自分が、そんな大それたことをしてのけたとは到底思えず、眉間にシワを寄せた。

「ナニ、一人で怪しい動き、してんだよ」

突然、横から顔をのぞき込まれ、うおっ! とナルトは飛び退いた。