細かな雨がふわふわと身にまとわり付く。
湿った髪に触り、わずかに顔をしかめると、ナルトは空を見上げた。
雨隠れの里に入ってから、すでに十日経つが、晴れたのはたった一日で、あとは薄曇りの空の下をふわふわと温かい霧雨が舞う、不思議な天気が続いている。

「ここのところ、やけに空がまぶしいな」

カカシと並んで前を歩く、重吾がいい、首を傾げた。

「雨ばっかじゃねーか」
「山間のこの地では、晴れているといっても、差し支えない」

大戦後、この地へ水月や香燐と移り住み、里長となった重吾の話では、雨隠れにおいて、明るい雲を望めること自体、非常に稀なのだという。

「ナルトのお陰かもな」
「……? どういう意味だってばよ」
「オマエは太陽のように明るい」

天を仰ぎながら、冗談のようにいい、優しい笑みを浮かべた重吾が突然、右手を上下に動かし、ナルトは立ち止まった。

「香燐、来てくれ」

先頭を行く重吾の呼びかけに、彼女は前へ進み出ると、
「いる……! あの岩陰の向こう側」
と答え、指示を仰ぐように、カカシを見た。

「コッチに気が付いてる?」
「気付いてるっつうより、様子をうかがってる感じだな」
「そうか」

香燐の返事にうなずいたカカシは、列の最後尾に付くサスケとサクラへ目をやったのち、ナルトと水月を手招きした。

「打ち合わせた通り、行くよ」
「カカシ先生、本当にいいのか?」

九尾チャクラモードで一気にカタを、とナルトが口にした途端、
「ダメだ」
と、カカシは首を左右に振った。

「今までも尾獣を回収する際、九尾の果たした役割は大きかったからね」
「九尾チャクラならじゅうぶん、オレん中にあるってばよ!」
「尾獣を取り込むには、大量のチャクラが必要だ。九尾が眠っている今、ナルトの中にとってある九尾チャクラは温存すべきだと、オレは思う」

サスケの封印が失敗しないためにもね、とナルトの目をじっと見据えるカカシの隣で、水月がくしゃくしゃと前髪を触った。

「あのさあ、雨隠れの里は、ボクが力を発揮するのに、サイコーな場所なんだけど」
「うっせーよ、水月! どうせ、カカシの水遁を当てにしてるんだろっ?!」

後方で話を聞いていた香燐が、いかにも水月の天敵らしく、嫌味に振る舞う。

「それが作戦なんじゃないか。どーせ香燐なんか、どっかに隠れてるダケじゃん」
「ウチはな、感知タイプなんだよっ! てめーと一緒にすんじゃねーっ!」
「いい加減にしろ」

水月と香燐の肩をつかみ、二人の間に割って入った重吾が、
「サスケ」
といい、ナルトも肩越しに振り返った。

「オレの能力の封印を解け。出来るな?」
「ああ、問題ない」

サスケがうなずき、彼の横でサクラも覚悟を決めたように、きゅっと唇を結ぶ。

「あの化けモン相手だぜ! 九尾の力を借りないで、マジ応戦できんのかよっ?」

重吾とサスケのやり取りを聞き、すかさず不満をぶちまけた香燐を、
「大丈夫、きっとやれるさ」
と、カカシがなだめた。

「この雨の中、十日もかけて、ようやく追い詰めたんだ。サスケの体調が万全でない限り、ここでやらなきゃ、もうチャンスはない」

チッ、と香燐は舌打ちをして、眼鏡の縁を触り、なぜかナルトをにらみ付ける。

「な、何だってばよ」
「三尾は霧を発生させて、敵を幻術にかける。でも、激しい衝撃を受けると、その能力も弱まんだ」

雨隠れの里へ入ってから、目の前の尾獣を追い続け、攻撃を仕掛けてきたが、惜しいところで取り逃がしている。
その戦いの様子を、つぶさに彼女は観察してきたのだろう。
乱暴で無礼な振る舞いとは裏腹に、尾獣の弱点を的確に見抜いていた。

「いいか。目に攻撃を集中しろ」

一瞬の隙を狙え、と説明されたナルトは、力強くうなずき、香燐の顔をまじまじと見つめる。

「確実に潰せんのは、てめーの螺旋丸だけだ。しっかりやれよ」

ブスッとして告げる香燐だったが、レンズの奥にある瞳は、サスケの姿を追っていた。

(香燐のヤツ、サスケのことを心配してんのか)

不思議なことに、彼が結成した鷹は、ペイン亡き後、長が不在だった雨隠れの地で、里の者達を外敵から守り、治安を回復させた。
その力が認められ、サスケの施した封印によって、あらゆる衝動をコントロール出来るようになった重吾は里長となり、水月と香燐が補佐役として、彼を支えるまでになっている。
そのせいか、大戦前の粗野な行動が嘘のように、三人は好意的となり、尾獣の復活をいち早く木ノ葉へ伝え、協力まで申し出たのだ。

(サスケを……待ってんだろうな)

いずれは鷹のリーダーであった彼を、雨隠れの里へ迎え入れるつもりらしいと、ナルトも薄々、勘付いている。

(そしたら、サクラちゃんは、どうすんだろう)

圧倒的な力を持ち、ナルトと並ぶ、もしくはナルトに対抗できる、唯一の忍である彼が、いつまでも木ノ葉隠れの里で、隠遁生活を送るはずもない。

「ナルト……!」

いつの間にか目を伏せ、物思いにふけっていたナルトを、カカシの強い声が、現実へと呼び戻す。

「いいか。これは初めてのケースだ」

暁の集めた尾獣は大戦後、細かなチャクラとなって各地へ飛び散り、分散してしまった。
それを回収できるのは、今のところ、サスケとナルトの二人だけである。
世界のパワーバランスが崩れるのを覚悟で、人間に害を為す、小動物を模した尾獣らしきチャクラが見つかるたび、どの国も木ノ葉へ助けを求めて来た。
尾獣のチャクラは扱いが難しく、下手をしたら、ナルト以上の人柱力が生まれるであろうことも、懸念されるからだ。
それだけに、小動物どころか、明らかに三尾として尾獣が復活した今回は、抜き差しならぬ状況ともいえる。

「正直ナルトへ封印できたとして、何が起こるのか、見当も付かない」

カカシが一人一人の目を見て話し、改めてナルトは実感した。

(変わったんだ……)

深い渓谷に囲まれた、細い山道で、かつては敵対し合った者同士が肩を寄せ合い、じっとカカシの話に耳を澄ましている。
大戦前であれば、予想し得なかった光景だ。

(オレ達が、世界を変えたんだ……!)

ナルトは身を乗り出し、体の前で、拳を握った。

「それでも、やるしかねえってコトだろ? カカシ先生!」

憎しみの中にあっても、サスケが築いた絆は、決して無意味ではなかったのだ。

「このメンバーなら、きっと成功するってばよ!」

ニッコリと笑って胸を張り、威勢良く声を発したナルトを、皆は呆気にとられたように見ていた。

けれども、やがては小さく吹き出し、
「まったく力、抜けちゃったなあ」
と、水月が首斬り包丁を構え直して、前方の岩山を仰ぎ、
「このメンバーなら、か……」
と、重吾は首を傾け、サクラと香燐を見た。

「二人共、後ろへ退け」
「わかった! みんな、頼んだわよ!」

よく通る、元気な声と共に、香燐の手を引くサクラが後方へ走り、カカシも印を結んだ。

「行くぞ!」
「おうっ!!」

間髪を入れずに応じたナルトの声を合図に、さあっと両側の岩肌から水が、波を打って流れ出し、巨大な水柱となって、目の前の岩山へと一直線に襲いかかる。

「まずはボクから! 行くよっ!!」

カカシの放った水龍弾と同化した水月が、巨大な岩が砕け散るその合間を縫って現れた、巨大な影へと突っ込み、大刀を振り下ろした。

――ガァアウウォアアアッ!!

地面が揺れ、異様な咆哮があたり一帯に響き渡った。
視界をさえぎるほどに濃い霧が立ちこめ、重吾の変色した右半身から飛び出た異形の腕が、水月ごと尾獣を捕らえる。

(イソブ……!!)

ナルトは目を見開き、大亀と化した尾獣から伸びる、三本の尾を認めた。
トゲに覆われた甲羅では、水月がどろりと体を軟化させ、いち早く重吾の指の間をすり抜ける。
帰りしなに彼が、三尾へもう一太刀浴びせ、遠くへ飛ぶのと同時に、重吾も尾獣の足を払い、水月とは反対方向へ素早く移動した。
その時、首をもたげた三尾の頭上には、カカシがいた。
彼の手からは閃光が放たれ、三尾も再び、空気を震わすほどの、唸り声を上げる。

(おしっ、行くってばよっ!!)

雷を帯びた水飛沫が、ちりちりと音を立てて蒸気となり、陽炎のように漂う中を、ナルトは空高く飛んだ。

まるで道案内をするように、さあっと霧が晴れ、
「うおおぉおおっ!」
と、雄叫びを上げて、腕を振りかぶるナルトの手に、渦巻くチャクラが現れる。

(そこだーっ!!)

右腕を振り下ろし、弱点めがけ、突進したナルトは、大亀の目玉どころか、甲羅から伸びる首を全て吹き飛ばした。

(仕留めた……よな?!)

ざわりと全身が総毛立ち、地面へ降り立つと、弾かれたように後ろを振り向く。