スピーチアドバルーン

小生とうずら(1995年)

よこ よこ

うずらとすずめ  うずら(鶉)・ウズラ「動」
 ヒヨコに似た、小型の鳥。焦げ茶色で、黒・白のまだらがある。卵は小型で食用。[三省堂国語辞典第三版]

 日頃、うずらとは縁遠い生活を送っていたが、小生が何故に、ここに「小生とうずら」なるレポートを書くまでに至ったのか経緯を記すことにする。
 小生は神奈川県平塚市に住む学生である。学生と言えば春休みである。春休みと言えば旅行である。旅行と言えば京都である。京都と言えば競馬である。と、言う理由で北海道在住の佐藤氏と一緒に京都へ行くことにした。京都では三浦氏宅に泊まる予定である。
 さて、京都までは「ムーンライトながら」を利用することにした。ご存知のとおり、「ムーンライトながら」は、かつての大垣夜行は座席指定制の快速列車になったものである。これにより座席を求めて東京駅で何時間も並ぶ必要はなくなった。JRもなかなか粋なことをするものである。
 さて、道中の模様は面倒なので省くこととする。いや、それではあんまりだから、少しだけ紹介すると、「ムーンライトながら」はなかなか快適であった。しかし、強いて言えば周囲の乗客次第である。今回は後ろの座席の連中がうるさかったので、あまりよく眠ることができなかった。そう言えば佐藤氏が「灯りを消さないのかな」と漏らしていたことを付けくわえておこう。神経質な方は「EAR WHISPER」とアイマスクを持参することをお勧めする。
 本来であれば大垣まで乗り通すところであるが、訳があって名古屋から新幹線に乗り継ぐ。新幹線は速いし、座席幅も広い。風情はないが、快適で素晴らしい鉄道である。
 その後、阪神淡路大震災で被災をした神戸の街の復興状況を視察し、京都で三浦氏と合流する。三浦氏に案内してもらった二条麩屋町の「新進亭」で食べた「白味噌チャンポン」(780円)は、すこぶる美味しかったことを付け加えておく。ちなみに、そのラーメンは、京野菜がふんだんに入っており、関西ならではの白味噌スープが格別であった。また、水もただの水道水ではない。「πウォーター」である。やっぱり美味しい店は水へのこだわり方も違う。これからも三浦氏が京都の美味しい店を紹介してくれることを切に願うばかりである。
 序論が長くなったので、途中はばっさりと省略する。さて、いよいよ「うずら」である。小生、うずらと言えば、あのスーパーマーケットで見掛ける小さな卵しか思い浮かばなかった。冷蔵庫の鶏卵のスペースに申し訳なさそうに置かれている、あの小さな卵である。卵であるから、孵化して、成長すれば鳥になるのであろう。卵の大きさから察するに、さぞかしかわいい鳥なのであろうと思っていた。
 しかし、しかしである。三浦氏の自宅の近くには、日本三大稲荷として名高い伏見稲荷大社がある。正確には、伏見稲荷大社の近くに三浦氏の自宅があると言うべきなのかもしれないが。
 伏見稲荷大社の参道には、全国の有名観光地の例に漏れず、土産物屋や食事処が並んでいる。そこに居たのである。うずらが。無残な姿で。つまり、鳥さんであるところの「うずら」が、焼死体となってそこに売られていたのである。付け加えれば、その店にはうずらだけではなく、「すずめ」も焼死体になって売られていた。言い換えれば「うずら」と「すずめ」の焼鳥である。そして、それが伏見稲荷大社の名物らしい。恐るべし京都人である。
 好奇心の旺盛な小生は、三浦氏に勧められるまま、その店の暖簾をくぐる。おもむろに「うずら」を注文する。お茶とおしぼりが運ばれてくる。焼鳥を1つ注文しただけなのにおしぼりとは大袈裟である。店内ではなく、外で食べれば良かったかなとも思う。しかし、店内では高校野球のテレビ観戦ができる。
 やがて「うずら」が運ばれてくる。鳥の丸焼にタレをべったりと塗りたくった代物だ。その「うずら」を箸に挟む。しばらく「うずら」を睨みつける。覚悟を決めて口に運ぶ。言葉が出ない。何とも言えない味である。しかし、それではレポートにならない。強いて表現すれば、臭みがある。その臭みをタレで誤魔化している。それと歯ごたえが少々ある。骨まで食べるからだ。「うずら」の頭蓋骨を歯で噛み潰す。何とも変な気分になる。それでも1匹の「うずら」は、すべて小生の鉄の胃袋に収まった。「うずら」もさぞかし無念であったに違いない。合掌。ちなみに「うずら」が700円。「すずめ」が400円であった。
 なお、「うずら」や「すずめ」は、伏見稲荷大社まで足を運ばなくても、居酒屋の「養老の瀧」でも賞味することができるという話を耳にした。勇気のある方は挑戦されたし。

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