住まいの絵本の魅力 第17回

バニラソースの家


 作:ブリット・ペルッツィ
   アン・クリスティーン・ヤーンベリ
 絵:モーア・ホッフ
 訳:森 信嘉

 出版社:今人舎

 バニラソースの家って? 何だかおいしそうな題名ですがこれは誰にでも必ずやってくる「老い」について深く考えさせられる、美しいスウェーデンの絵本です。

 少年バッレにはエミリアさんというおばあさんがいます。ブルーベリーケーキを食べ、ジュースをポット1杯分飲んで、青い絨毯に載って世界を駆け巡るのがふたりのお気に入りの遊びでした。バッレは誰よりも何よりもエミリアおばあさんが大好きでした。
 ところがエミリアさんはアルツハイマー病になり、お年寄りが住む大きな黄色い家に引っ越します。この黄色い家を見てエミリアさんはブルーベリーケーキにかけるバニラソースみたい!と言い「バニラソースの家」と名付けます。なんて素敵なユーモアとセンスでしょう!
 エミリアさんは一見とんちんかんなことを言ったりしたりしますが、全てに理由があることにバッレは気付きます。おとな達と違い、いらいらせずじっくりと耳を傾け、おばあさんが考えていることを想像するからです。おばあさんは自分が病気であることを知っています。そして悲しくなります。ですがバッレは大好きなおばあさんが何回も繰り返す昔ばなしを楽しく聞き、家に帰りたいというエミリアさんの手をとって部屋を一回りし、優しく話しかけ落ち着かせてあげるのです。バッレはなかなか寝付けない夜は窓辺の椅子によじ登り、遠くのバニラソースの家を見ながら流れ星に願いごとをします。「おばあちゃんが今夜ゆっくり眠れますように」と。そしてどの子にも自分のおばあさんと同じようなおばあさんがいるといいのに、と思うのです。

 後書きにこうあります。「年を取ると時として混乱します。自分の孫のバッレをブラッレと呼んだり、おかしな振る舞いをしたりします。そのようなことが起こるのは年を取って脳の一部が真珠の欠けた首飾りのようになってしまうからです。別に危険なことではありません。ちょっとした手助けさえあれば、いつものようにたのしく暮らすことができるのですから。ひとつやふたつ真珠が欠けていたって、首飾りはきれいでしょ!」 なんと素敵な後書き!
 年を取ったら誰でもなり得る認知症。私の母もアルツハイマーを患い20年になります。バッレのような真っ直ぐな気持ちで母の心に寄り添ってあげていたら…と思わずにはいられません。アルツハイマーの人は健常の人と全く別の人格のように思われがちですが、ゆっくりと相手の心に寄り添って接すればバッレとエミリアさんのように幸せな関係のままでいられるのですね。バッレが持っている「相手に寄り添う心」と「想像する力」これこそが老いた人との関係にとどまらず、この混迷の時代にあらゆる異文化共生のために必要なことではないか?とこの絵本が語りかけてくれるように思うのです。

(久好 素子 記)

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