『お兄様へ・オチ』



「うおおお!」
「な、なんや?」

部屋に入ったケルベロスはびっくりしてしまいました。
部屋の中ではどうやら暴れようとしている桃矢を後ろから雪兎がおさえつけているという、なんとも修羅場な光景だったからです。

「あ、いいところに。一緒に桃屋をおさえてよ」
「いったいなんなのや。これは」

そう聞いてしまうのも無理はないでしょう。
前からおかしな兄ちゃんだとは思っていましたが、今日はいつにもましておかしいようです。
いったい、何があったのでしょうか。

「離せ、雪! さくらが、さくらが!」

と呻いているところを見るとどうやらさくらがらみのことのようです。
そう思うとがっくりときてしまうケルベロスです。
この兄ちゃんのシスコンは筋金入り。
さくらがらみの話とあってはまたろくでもないことに違いありません。
それにしてもどういうことなのでしょうか。

「いったいぜんたいなんなんや。さくらがどうかしたっちゅうんか?」
「それが。さくらちゃんから来た手紙を読み終わったら急に」
「さくらの手紙? いったい、なにが書いてあったんや」
「それが」
「ああ?」
「僕も読んだんだけど、特に変わったことは書いてないんだよね」

そう言われてはわけがわかりません。
さくらからの手紙が原因らしいことはわかりました。
ですが、たいした内容ではなさそうです。
いったい、桃矢はなにをそんなに猛っているのでしょうか。

「雪! お前にはわからないのか。さくらの苦しみが、苦悩が!」
「そう言われても。僕にはなんのことかわからないよ」
「く、くそ! あぁ、ケルベロス! いいところに来た。お前ならばわかるはずだ! さくらの置かれた恐るべき状況が!」
「は?」
「いいから読んでみろ! その手紙を!」

件の手紙とは机の上に無造作に置かれているもののようです。

「これのことか」
「そうだ!」
「さくらからの手紙なあ。どれどれ」

ケルベロスはさくらからというその手紙を読み始めました。

………
………………
………………………

ごく普通です。
普通の手紙としか思えません。
書いてあるのは普通の近況報告だけです。
特になにか気になるようなことが書いてあるようには見えません。

「普通やないか。これがどうしたっちゅーんや」
「そうだ! 一見は普通の手紙だ! だが、その行間に隠されたさくらの苦しみがお前ならばわかるはずだ!」
「は?」
「その文字のにじみを見ろ! これはさくらが涙を抑えながら書いた文章なんだ! おれを心配させないために!」

そう言われてもう一度読み返してみました。

………
………………
………………………

やっぱりわかりません。
たしかにちょっと文字がにじんでいるところはあります。
ですが、にじみの側についているのはチョコっぽいあとです。
お菓子を食べながら手紙を書いていて途中で寝てしまった。
にじみはおそらくよだれでしょう。
ケルベロスには手に取るようにわかります。
手紙の内容には他におかしなところは見当たりません。
しいて言えば、「小狼様」が10回以上出てくるくらいでしょうか。
この手紙からさくらの苦悩とやらを読み取れる人物はこの世に桃矢をおいてはいないでしょう。
そしてこの手紙はその桃矢宛ての手紙なのでありました……

「おれにはわかるぞ、さくら! お前はあの男にあ〜〜んなことや、こ〜〜んなことをされているに違いない! それを隠すためにこんな手紙を書いているんだろう! そうだ、それに違いない!」
「んなアホな」
「はなせ、雪! おれはさくらを助けに行くんだ!」
「もう、しょうがないなあ」
「うぉぉぉ! 」
「あて身」
「うっ……がくっ」

あて身一発で桃矢を気絶させる雪兎。
親友に対してずいぶんな対応な気もしますが、慣れているようです。
よくあることなのでしょう。

「やれやれやなあ。まったく。この兄ちゃんは」
「ん〜〜まあ、さすがは桃矢っていう気がしないでもないけどね」
「ん? どういう意味や」
「僕もちょっと李家の周りを調べてみたんだけどね。この手紙に出てくる『小狼様』っていうのがさくらちゃんが仕えている相手でね」
「ふむ」
「李家の次期党首らしいんだけどね。この子が家のメイドに入れあげていて、身分違いの恋ってやつが噂になっているらしんだ」
「ん、そうなんか? 手紙にはそんなもん書いてなかったようやけど」
「それが、どうもこの小狼様っていうのがまた奥手な子みたいでね。さくらちゃんに自分の想いを伝えられなくてってね」
「ほう」
「それでさくらちゃんもほら、なんていうか天然なところがあるでしょ? それで周りから見たら一発なのに当人同士だけがっていうので噂になってるみたいなんだ」
「なるほどなるほど。それはたしかにこの兄ちゃんには許せんことやろうな。しかし、あの手紙にはそんなん書いてなかったと思うんやが」
「そこに気づいちゃうのが桃矢の桃矢たる由縁なんだろうね」

なんとなくケルベロスにも話が見えてきました。
あのさくらにそんな相手がというところも驚きですが、それをあの手紙から察してしまう桃矢にも驚きです。

「しっかし、この兄ちゃんにも困ったもんやな〜〜。どうにかならんのかいな」
「まあそこなんだけどね。悪いことばかりじゃないのがなんというのか」
「どういうことや?」
「『小狼様』の話が出てきたのは今度の手紙がはじめてじゃないんだよね。これまでの手紙でも読んでいるとさくらちゃんの『小狼様』への気持ちがわかるようなのがあったんだよ」
「ほう。それで?」
「それでね。桃屋、この『小狼様』にすごい敵愾心を持っちゃったみたいで。こんな奴にさくらは渡さん、さくらはオレが守るって」
「それで」
「そうなってから、桃矢、体調が良くなってきてるんだよね。『小狼様』への敵愾心に燃えてそれがどうやら身体にも影響しているみたいなんだ」
「はあ? なんやそれは」

まさに恐るべしはシスコン。
妹の恋人への敵愾心で病にも打ち勝ってしまうこの根性。
まさにシスコンの鏡です。妹魂です。
ケルベロスも呆れかえって感嘆せざるをえない見事さと言えましょう。

「ほんまにこの兄ちゃんは……」

白目をむいてひっくり返った桃矢にある種の畏怖を込めた視線を向けざるをえないケルベロスなのでした。

「さ、さくら〜〜。さくらはおれが守る!」

おしまい


オチ。
やはり最後はこうなります。

戻る