I. 寺のあゆみ 瀬谷山徳善寺と号し曹洞宗。創建は室町時代の末期(弘治元年(1555)頃)で、ご本尊は釈迦牟尼仏である。瀬谷のほぼ中心に位置し、明治5年(1872年)瀬谷学舎(瀬谷小学校の前身)を本堂に開設。現在の本堂は昭和47年(1972年)再建、山門は平成4年(1992年)の建立で平成門と呼ぶ。下瀬谷の全通院勢至堂は徳善寺の別院で八福神の寿老人を祀る。 II. 境内の史跡 1.八福神 毘沙門天は瀬谷八福神の中で唯一、甲冑を纏った武将である。仏法を守る神として、また、軍神として永い間庶民の信仰を集めてきた。 2.名木と萩(はぎ) 横浜市の名木・古木として、タラヨウ(約340年)・カヤ(約440年)の木が寺の長い歴史を示している。四季を通して花が見られるが、鎌倉の宝戒寺とともに、萩寺としての人気も高く、多くの人が訪れる。徳善寺の参道、境内と駐車場脇に、紫のミヤギハギや白ハギが咲き乱れます。萩の開花は9月下旬から10月。 タラヨウ(多羅葉) 花は5月から6月に咲き、晩秋から初冬に赤い実を群れて付ける。タラヨウは、インドで葉の裏に経文を書いたヤシ科の聖木「多羅樹」になぞらえて付けられた名前である。葉は厚くて大きく、葉の裏に硬いもので字を書くとタンニンが酸化して黒褐色に変わるので、子供の手習いや恋文などに使われたとのことである。「ハガキの木」とも呼ばれ、現代の「葉書」の語源になったと言われている。徳善寺の境内に「市の名木古木」に指定された木がある。また、瀬谷郵便局にも「多羅葉・ハガキの木」として植えられている。この葉に切手を貼って投函すれば郵便として扱える。 3.義民建功の碑 明治新政府の税制改正で、畑地などは3倍の増税となり、農家の生活を強く圧迫した。農民の代表として川口、平本の両氏は租税の軽減に尽力、成果を得たが過労のため病没した。碑は両氏の功を称え建立された。 平成14年11月1日、市文化財地域史跡に登録。 4. その他の史跡 緑の多い境内には、平成門、(双体)六地蔵、時鐘(初代の鐘は第二次世界大戦で供出)、観音像、萬霊塔、多くの歌碑などが寺域の雰囲気を盛り上げている。銅像は右が道元禅師、左が瑩山禅師。相模国分寺の礎石の上に立てられた忠魂碑は平成9年(1997年)に瀬谷神明社に移設された。 出典: せやガイドの会発行 「わがまち瀬谷第6号」(平成16年(2004年)6月30日)、「わがまち瀬谷第16号」(平成19年(2007年)1月1日、「わがまち瀬谷第31号」平成22年(2010年)10月1日) |
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平成門 |
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双体六地蔵 |
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毘沙門天(瀬谷八福神) |
毘沙門天(瀬谷八福神) |
タラヨウの葉 |
タラヨウの葉 |
本堂 |
タラヨウの木(中央) |
瑩山禅師 |
道元禅師 |
瀬谷観世音菩薩 |
義民の碑(下注参照) |
義民の碑 |
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義民の碑 明治政府は財源の必要額を地租税として課し、特に畑は3倍もの増税になったので、各地の農民は時の政府に猛反対した。鎌倉郡瀬谷村・二ツ橋村・宮沢村・阿久和村を始め和泉村・俣野村・深谷村の7か村は県の指示した税額の不当を訴えた。明治7年2月、時の県令を相手としたが埓があかず、ついに東京上等裁判所に上訴した。5か年に及ぶ異議申立は最後は認められることとなったが、代表川口儀右衛門、平本平右衛門は、極度の心労から病没した。村民はその遺功を偲びこの義民の碑を建立した。(昭和54年3月 瀬谷区役所) 本堂の左側、名木古木カヤの下にある。江戸時代の年貢は、田は米、畑は米の値段より大幅に安い現金で納めていた。明治6年(1873年)になると地租改正で、すべて現金納税制に改正となり、しかも作物の豊凶に無関係の定率性となった。鎌倉郡北部は畑の多い村がほとんどだったので、地租改正反対の動きが激しかった。反対ののろしは瀬谷・二ツ橋・宮沢・和泉・深谷・阿久和の7か村。明治7年(1874年)より12年にかけて反対の意思を東京上等裁判所に訴え続けた。明治12年(1879年)10月不服1件の出資の償として、6千円が県から貸し出された。不服運動の過程では悲劇もあった。リーダー的存在であった瀬谷村戸長川口儀右衛門と村用係平本平右衛門の両氏(兄弟と言われている)が過労でたおれた。明治25年(1892年)、村民は二人の活動を顕彰した記念碑を瀬谷駅北口瀬谷小学校の西隣に建てた。その後、平成14年(2002年)4月、瀬谷駅北口開発に伴い、瀬谷駅南口鷹見塚の南隣に仮置きされた後、徳善寺に移設され、同年横浜市地域文化財として登録された。所在地 横浜市瀬谷区本郷3丁目36-6 徳善寺境内 出典 せやガイドの会発行 「わがまち瀬谷第31号」平成22年(2010年)10月1日) |
「せや・ガイドの会」は、横浜市瀬谷区の生涯学習サークルとして発足した前身の「わがまち瀬谷」(2003年(平成15年)発足)と、「瀬谷探訪の会」(2001年(平成13年)発足」が、2008年(平成21年)4月に統合して、「せや・ガイドの会」に名称変更しました。
横浜市瀬谷区を本拠に、地元やその周辺を、ご参加者の皆様と一緒に歩いてご案内しています。毎月開催のガイドツアーを通じて、歴史・地理・自然など、この街の魅力を再発見して頂けます。事前申し込みは不要で、全員ご参加頂けます。詳しくは、年間ガイドスケジュール一覧をご覧ください。
2020年4月現在、20名の会員が在籍しており、随時会員募集しています。資格など条件は一切ありません。歴史、地理、自然やウオーキングにご興味・ご関心をお持ちの方はお気軽にお申込みやお問い合わせお待ちしています。
年会費は2000円。自主企画案内が月1回のほか、勉強会や季刊記録誌などの会合があります。
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