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せや・ガイドの会 

街のガイド研修や記録誌編集の研修を受けて、2001年(平成13年)4月に発足した団体です。横浜市瀬谷区を本拠に、地元やその周辺をご参加者の皆様と一緒に歩いてご案内します。そして、歴史・自然など、この街の魅力を再発見してみませんか?事前申し込み不要、全員ご参加できます。

和泉川水辺の紫陽花(アジサイ)を巡る(2021年6月19日・雨天催行中止)お知らせ


コース順路:

三ツ境駅(9時集合・出発)→二ツ橋公園(千駄野)→瀬谷消防署→二ツ橋神明社→最勝寺→二ツ橋碑→和泉川→宮沢神明社→ 六道の辻→山王稲荷社→眼鏡橋→宮沢バス停解散(12時半ころ)(約6km)

ダウンロード 2021年6月19日開催・和泉川水辺のアジサイを巡る(案内チラシ・印刷用)
ダウンロード 2021年6月19日開催・和泉川水辺のアジサイを巡る(企画解説・印刷用)
No. 見所 由来・史跡 
慶長元年(1596)に、藤沢の農民が瀬谷野から萱を千駄運んだことから千駄野と呼ばれた。昭和26年(1951)には敷地5000坪の農業指導所が開設された。 



(千駄野)
徳川家康が関東を支配していた頃の慶長元年(1596年)、藤沢の農民小沢吉右衛門が瀬谷野より萱千駄(1駄は、馬一頭分の荷)を集めて藤沢御殿(徳川家の休泊所)の屋根葺き立てに役立てました。この藤沢御殿は、徳川家康・秀忠・家光らに利用されていたことから東海道往来の要所として位置づけられていたと思われます。また、御殿が廃止されるまでの約60年間瀬谷野の萱を納めていたと推測されます。萱千駄を納めることからいつしか「千駄野」と呼ばれるようになった名は、現在でも字名として残っています。千駄野は二ツ橋公園から瀬谷土木事務所までの一帯をいいます。
(平成11年3月、瀬谷区役所案内板から引用しました。)
 
 
二ツ橋公園
2  瀬谷消防署 瀬谷消防署は、区内の本署及び中瀬谷、下瀬谷、阿久和出張所に消防車両22台を配置し、約130名の職員が、日夜、区内の安全を守っています。 (横浜市ホームページから引用しました))
 
二ツ橋神明社
由来
むかしは榊の古木をご神体として、二ツ橋村の鎮護を祈っていたといわれている。神社の創建は江戸時代の享保10年(1725年)に伊勢神宮からご神体を奉戴したときで、榊は永くご神木として信仰を集めてきた。祭神は天照大神、スサノォノミコトの二神で、明治年代に連雀池(現在の二ツ橋小学校付近)に隣接した天王社を合祀して現在に至っている。社殿はかつて茅葺き屋根の造りであったが、老朽化に伴い平成12年に氏子たちの寄進で再建され、神明造り現在のお社になった。
(所在地:横浜市瀬谷区二ツ橋町298)

石造物
正面の階段を上り、明治20年(1887年)に氏子たちの手で奉納された神明造りの鳥居をくぐると、本殿に向かって二対の灯篭がある。本殿寄りの一対は大正年間に養蚕業者の手で奉納された珍しい灯籠である。近在を含めた寄進者の名と当村の組合員の名前のほか、養蚕指導教師の名も刻まれている。鳥居側の一対は平成15年に寄進されたもの。再建奉賛者の手で平成15年一対の狛犬が、平成20年には新しい手水鉢が奉納された。社殿の背後には、昭和30年代に二ツ橋交差点付近から移設された地神塔のほか、道祖神、地蔵像、庚申塔、馬頭観音などが残っている。

(出典:せやガイドの会発行「わがまち瀬谷」第24号)
 
二ツ橋神明社
4  
悟良山 最勝寺
浄土真宗。昭和44年(1969)に、露木五郎氏が露木家の菩提寺として建立した。
5
二ツ橋由来の地
地名由来の碑(昭和63年(1988)11月1日登録)
中原街道(旧往還)が和泉川(旧清水川)と交差する一角に、この碑が建てられている。碑には、自然が豊かで澄んだ川の流れと、並んで架けられた二つの橋を題材として詠まれた二首の歌が刻まれている。歌の一つは、道光親王が文明16年(1484年)に、もうひとつは徳川家康が慶長18年(1613年)に、何れもこの地域を通過した折に詠んだものと刻まれている。しかし、二つの歌とも今のところ出典がはっきりせず、今後の解明が待たれる。

「しみじみと清き流れの清水川 かけわたしたる二ツ橋かな」(徳川家康)」

二ツ橋学舎跡
地名由来の碑と並んで、学舎跡の由来を示す碑文が刻まれている。明治6年(1873年)に小学校布達を受けて、瀬谷地内に三つの学舎が設置された。その一つが二ツ橋学舎で、前身は寺子屋である。文久3年(1863年)春、愛媛県の武士・山名義実は地元有力者の誘いを受けて二ツ橋に移住し、寺子屋を開設した。学舎は地名由来の碑の東寄り百米のところにあったが、その学舎跡の碑は撤去されて過去の面影はない。学舎に学ぶ生徒数は少なかったが、教師の訓育よろしく多くの人材を輩出している。子供達は先生の恩に報いるため、宗川寺に立派なお墓を立ててその遺徳を偲んでいる。

石橋供養塔と道標
橋の安全を願い、供養のための石碑が地名由来の碑の脇に建てられている。この供養塔は安政3年(1856年)に地元の有志の手で建てられた。由来の碑がある三角形の地形内に、中原街道と八王子・神奈川往来(相州道)を示す道標もある。

二ツ橋交差点界隈
中原街道は江戸を起点として、平塚(中原)に至る東海道の脇往還で、瀬谷駅は三つ目の宿駅であった。宿駅は二ツ橋(旧瀬谷野新田)を中心とした区域で、荷物の継立場、高札場、日野代官所などがあったという。

(出典:せやガイドの会発行「わがまち瀬谷」第28号)
 
二ツ橋由来の地
 
二ツ橋由来の地
(中原街道・二ッ上橋交差点)
6    和泉川の水辺5か所 厚木街道から宮沢遊水地まで、宮沢ふれあいの水辺 東山ふれあい樹林 東山の水辺 関ヶ原の水辺 寺の脇の水辺 赤関おとなり橋、めがね橋と続く気持ちの良い水辺が続いている。

「和泉川ふるさとの川整備事業」で多様な親水公園などが作り出された。子どもたちの川遊びをはじめ四季の花や鳥を楽しめる散歩道でもある。

昨年(2020年)までは、この時期にアジサイが美しかったが、今年(2021年)は残念な状態だ。

大神橋付近 

大神橋付近
 
東山の水辺
 
東山の水辺

 東山の水辺

東山の水辺
 
東山の水辺
 
関ケ原の水辺
 
関ケ原の水辺
 
関ケ原の水辺
 
寺の脇の水辺
 
寺の脇の水辺
 
寺の脇の水辺
 
寺の脇の水辺
和泉川畔の紫陽花(2020年6月18日撮影) 

東山ふれあい樹林 

東山ふれあい樹林 
 
 
瀬谷貉窪公園
 
瀬谷貉窪公園
8  
宮沢神明社
由来
祭神は天照大神(天照皇大神宮)。
神社の起源は不明だが、江戸時代初期の寛永年間(1624年~1643年)旗本・石川六左衛門重勝配下の上矢部(現・戸塚区)村民が宮沢の荒地を開墾して集落を作ったといわれ、承応元年(1652年)に検地が行われていることから建立はその前後ではないかと言い伝えられている。

前社殿は安政4年(1857年)9月の造営で昔ながらの萱葺き屋根であったが、老朽化に伴い現社殿が昭和63年(1988年)1月23日氏子の寄進により入母屋造りで再建された。社殿の右手前に明治4年(1871年)建造の神楽殿がある。鳥居は昭和63年(1988年)建立の 黒木型鳥居と平成13年(2001年)9月吉日建立の銅製鳥居の2基がある。

(出典:せやガイドの会発行「わがまち瀬谷」第38号)

宮沢神明社 
9  
六道の辻
六筋に道が分かれている所から付けられたという。ここは江戸時代の承応元年(1652年)に行われた検地に先立ち、旗本・石川六左衛門重勝が領地内の米の取高の不足を補うために、支配下の上矢部村の村民数人をここに入植させ、開墾したといわれる。この六本の道の一本は宮沢新田より藤沢道、一本は横浜・弘明寺観音より座間・星の谷観音への信仰の道として、星の谷道と呼ばれている。

道中の安全を願う石仏の地蔵(坐像)は正徳5年(1715年)の造立で、道標をかねた三界万霊塔には、正面に「これよりぐみやうじ道」、右側に「これより、ほしのや道」、裏側に「これより ふじ沢道」とあり、相州宮沢村や、願主相州上柏尾村などが読み取れる。

(出典:せやガイドの会発行「わがまち瀬谷」第38号)
 
六道の辻
10  
山王稲荷社
由来
宮沢4丁目の六道の辻を東に和泉川のめがね橋に向かい、坂を下る途中の左側にある社が山王・稲荷社である。この社の創建は定かではないが、徳川家康の江戸入国後、譜代の旗本石川重政が上矢部村を賜った時、その石高25石の不足を補うために宮沢の地を賜り、上矢部の村人をこの地に移住させ開墾した。その時に心の拠り所として創建されたのではないかといわれている。

入植第一陣は相州上矢部の佐藤一族(明治に入って上杉姓を名乗る家が出る)の数人で、開墾の早期完成、五穀豊穣、家内安全等、日夜祈念し開墾を続けた。第二陣は石川家の領地小田原方面から石井、藤沢から広瀬、望地(海老名)から山中、上矢部から岩崎、小川の各氏が入植し、元禄年間(1688年~1703年)に畑地、水田が出来上がり今日に至っている。

(出典:せやガイドの会発行「わがまち瀬谷」第32号)
 
山王稲荷社
 11 宮沢ふれあいの水辺  遊水地をまたいで2本の橋が架かり、遊水池がわには、眼鏡状の橋が架かっている。下の鏡池に影を落としためがねの姿は遊水池のシンボルになっている。
 
宮沢遊水地
 
宮沢遊水地

めがね橋 

宮沢遊水地
 
宮沢遊水地
 
宮沢遊水地
新型コロナウイルス感染症予防対策のお知らせ

1.マスクの着用をお願いします。体調不良の場合は参加をご遠慮ください。
2.集合場所(瀬谷駅北口広場)で、検温を実施します。ご協力をお願いします。
3.氏名・住所・電話番号の記入のため、筆記用具を持参してください。
 
検温実施の様子
1.当日の天候その他の事情で、コースを変更する場合があります。
2.当日の午前7時台のNHKテレビ画面左上、横浜の天気予報で、午前中の降水確率60%以上の場合は中止します。
3.参加費は一回につき300円(保険料・資料代)です。交通費、見学費、昼食代は各自ご負担願います。(散策中の事故は、傷害保険の範囲となります。)
4.各ガイドの詳細は、瀬谷区内の下記公共施設に実施1か月前に置かれるチラシをご覧ください。(瀬谷区役所地域振興課、区民活動センター、各地区センター、各コミュニティースクール、図書館、長屋門公園など)

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せや・ガイドの会

長屋門公園

せや・ガイドの会」は、横浜市瀬谷区の生涯学習サークルとして発足した前身の「わがまち瀬谷」(2003年(平成15年)発足)と、「瀬谷探訪の会」(2001年(平成13年)発足」が、2008年(平成21年)4月に統合して、「せや・ガイドの会」に名称変更しました。

横浜市瀬谷区を本拠に、地元やその周辺を、ご参加者の皆様と一緒に歩いてご案内しています。毎月開催のガイドツアーを通じて、歴史・地理・自然など、この街の魅力を再発見して頂けます。事前申し込みは不要で、全員ご参加頂けます。詳しくは、年間ガイドスケジュール一覧をご覧ください。

2020年4月現在、20名の会員が在籍しており、随時会員募集しています。資格など条件は一切ありません。歴史、地理、自然やウオーキングにご興味・ご関心をお持ちの方はお気軽にお申込みやお問い合わせお待ちしています。
年会費は2000円。自主企画案内が月1回のほか、勉強会や季刊記録誌などの会合があります。

(お申込み・お問い合わせ先)
せや・ガイドの会 竹見
📱電話090-3900-6469


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