「望月」は作者が望んだ結婚とは、自分の好きで尊敬できる相手の元に嫁ぐという姿を理想としていました。純粋に愛があればどんなな苦労も厭(イト)わないという考えでした。普段着で柳の枝で編んだバスケット一つの荷物を持って如何にも性急な身支度を感じます。首に巻いた厚手のショール(肩掛け)にも寒さに耐える心構えが伺えます。女性の強い決意と不安な感情が運命に身を任せる現実的な哀感に惹かれます。足元の下駄が行く末の微かな仕合わせに向かって行くようです。
嘗て日本人の日常生活は和服に下駄や草履でした。男性も仕事に出かける際は洋服でも、帰宅して寛((クツロ)ぐ為に着物(和服)に着替えたものでした。洋服に靴を履いて歩行する時は上半身を少し後ろに傾け足の踵(カカト)から左右に両手も振って着地します。しかし和服の下駄や草履では上半身を少し前に傾けて足の爪先から着地して歩きます。この行動から観える仕草や姿勢の違いを認識したいものです。人形の少し前に傾いている綺麗な姿は行動的な意識の表現でもあります。
着物の柄や着こなし、頭髪の櫛や飾り物にも女性特有の拘(コダワ)りを細密に表現しています。島田髷(未婚)から丸髪(既婚)へと変わる心情も伺えます。
相手の身形(ミナリ)を観れば人柄や思惑が解るものです。言葉遣いを聴くと尚更です。作者は穏やかで優しい声音で、身繕いをして身綺麗な着物で人に対していました。
私は随分と父に可愛がられていました。然し父の死によってその悲しみは心に深く傷付いていました。父が私の心の中に生きている事を知ってから、私は再び生気を取り返しました。その時まで豊かに恵まれた生活をしていたからこそ、それ以後の苦難の生活に堪え忍ぶ事が出来たとも言えます。その豊かな生活にあっても、私の考えは沢山の箪笥を持つよりも、柳行李一個に身の周りの品を入れて好きな人の元へ嫁入りしたいと夢見ていました。私は芸事に生き話し合える人と共に暮らす事が夢でしたから、現在のこの生活が私の理想と願っていた生活だったのでしょう。神様が会わせてくれた理想の男性が横田先生という事になります。少し先生には物足りない処もありますが、不満は言えません。私がどうしても先生を理想の源氏に仕立てねばなりません、紫式部と同じ境遇でしょう。
人形は無心な状態だと左向き、感情が深くなると右向きになっています。深い想いの人は、首が身体に深く埋まっています。
男女の出会いは神から許されています。何時でも「尊敬の念」を忘れてはいけないものです。寸刻も自分(自我)を出すと、現実的になり破綻します。
「寂しい」という表情でも自分が実際に夜道を一人で歩いてみて 、「寂しい」という事を味わってみました。その時に足の先に力が入っている事に気付きました。この事が実感として表現出来るのです。
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