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「古池や 蛙飛びこむ 水のおと」 まこと芭蕉その人の句である。古池のもたらす「深味」は実に静かな音である。蛙も池も、 辺りや空も、全ての景観は唯一なる一音、ただ水音の一時のなかに深まる。古池の句の深い美的感覚は、満ち溢れたる幻想のなかに、ただ人を夢みる心地がする。 無限へとも思われる音は、音を契機として今一つの幻想の世界に輪廻する。 滑らかな蛙の肉体は、油を張ったような池の面に吸い込まれていく。 蛙が水の面を破るのではなく、故郷に帰る如くである。池は蛙の故郷であり生命であろう。 生きとし生けるものの苦悩の生活は、迷いの遍歴を終え迷いとしての悟り、 今、「故郷に帰り来た」のである。だが現実は故郷を含めて、いと仮借なきものである。故郷であるべき池は、飛び込んだ蛙の力量を測定せるものの如く、 蛙の池の面に記すは蛙の力量だけの波紋。密に誠実と辛抱をささやく如く広がる、この波紋。そのあるがままの現実の音を、誰か心身挙して聴き入る人があろうか。 知見は没して只蒼白たる水音の感覚は、空間の彼方へ跡形もなく拡っていく。 昭和28年6月 |