In-situ observation of "elementary steps" at "air-ice interfaces" visualized by advanced optical microscopy;
高分解光学顕微法を用いた「空気−氷結晶界面」での「単位ステップ」のその場観察本ページではさらに改良・改造したレーザー共焦点微分干渉顕微鏡(LCM-DIM)を用いると,空気−氷結晶界面で氷結晶の単位ステップを,結晶の成長中にその場観察できることを紹介します(G. Sazaki, et al., Proc. Nat. Acad. Sci. USA, 107, 19702-19707 (2010).).氷結晶表面が二次元核成長する様子が観察できました.隣り合った二次元アイランドが合体する際に,ステップのコントラストは常に完全に消滅しました.また,もし可視化出来ていない高さがより低いステップが存在すると観察されるべき現象はいっさい観察されませんでした.さらに,古典的二次元核形成理論も,多層からなる二次元アイランドの核形成を支持しません.以上のことより,単位高さ(ベーサル面:0.37 nm,プリズム面:0.39 nm)を有する二次元アイランドが可視化出来たと結論しました.また,ベーサル・プリズム量結晶面が,渦巻成長する様子も観察できました.プリズム面上での渦巻ステップの間隔は,ベーサル面上での渦巻ステップ間隔の約1/20でした.この結果は,プリズム面の方がステップレッジエネルギーがより小さく(1/20)より低温でラフニング転位することと一致します.
1)氷結晶表面の分子レベルその場観察がなぜ重要か,2)観察システム,
3)ベーサル面上での二次元核形成とステップの横方向成長,4)単位ステップが観察できていることの証明 ,
5)プリズム面上での二次元核成長,6)渦巻成長,7)LCM-DIMにより解決されるであろう氷にまつわる永年の問題
1)氷結晶表面の分子レベルその場観察がなぜ重要か
氷は地上で最も大量に存在する材料の一つであり,その相転移は,気象や環境問題,寒冷圏での生命,宇宙での物質進化など,幅広い現象を左右します.そのため,氷結晶表面を分子レベルで理解することは極めて重要です.例えば,氷結晶の成長や融解/昇華のみならず,氷結晶表面に吸着したオゾンや有機物(フロンなど)の紫外線による分解や,氷結晶表面に吸着した不凍タンパク質による生体内での氷結晶の成長抑制など,様々な物理的/化学的不均一反応において,氷結晶表面は重要な役割を果たします.
平らな結晶面でかっ込まれた結晶は,結晶構造から決まる最小高さの分子層が横方向に成長することで,一層一層,層状に成長します.この分子層の成長端は「単位ステップ」と呼ばれ,結晶表面に普遍的に存在します.また,結晶の成長や融解/昇華や物理/化学的過程においてカギを握ります.そのため,これらの過程を分子レベルで明らかにするには,氷結晶表面で単位ステップをまず観察する必要があります.
氷結晶の表面モルフォロジーを観察するために,光学顕微鏡を用いたたくさんの研究が行われてきました.しかし,個々の単位ステップを観察していることを証明できた例は未だありませんでした.恐らく空気−氷結晶界面の反射率が小さい(1.8%)がその原因でした.銀の薄膜を蒸着した鉱物結晶表面では1950年代より単位ステップが光学顕微鏡によって観察されてきましたが,そのような死んだ結晶表面では単位ステップの動的な挙動を観察することは出来ません.そのため,「生きた氷結晶表面」上の単位ステップをその場観察する必要があります.
原子間力顕微鏡(AFM)は固体表面を分子レベルで観察するには最もポピュラーな手法です.しかし,氷結晶表面のAFM観察は極めて困難であると考えられてきました.氷結晶表面で発生する疑似液体層などがこの困難さをもたらす一因と考えられますが,その原因の詳細はまだ不明です.我々の知る限り,AFMによる氷結晶の単位ステップのその場観察の成功例は,共著者であるDr. Salvador Zepedaがオクタン(有機溶媒)でカバーした氷結晶表面で観察したもののみです(S. Zepeda, Ph. D. thesis, University of California, Davis, CA, 2004).このように,氷結晶表面ではAFMの利用が困難であるため,我々は光学顕微法を採用することにしました.
我々はオリンパスと共同で,レーザー共焦点微分干渉顕微鏡を開発し,これを用いてタンパク質結晶表面上の単位ステップ(数nm高さ)などをその場観察してきました.AFMとは異なり,完全に非接触・非破壊であるため,ゲル中(A.E.S. Van Driessche, et al., Cryst. Growth Des., 8, 3623-3629 (2008))や高圧力中(Y. Suzuki, et al., Cryst. Growth Des., 9, 4289-4295 (2009))でもその場観察できることが最大の利点です.我々はオリンパスと共同で,この手法のさらなる改良・改造を行い,氷結晶表面の観察に挑戦しました.
(空気−氷界面での単位ステップのその場観察ページのトップへ)
2)観察システム
観察システムの構成図を右図に示します.レーザー共焦点微分干渉顕微鏡はこれまでのものと比べて,1)配向銀ナノ粒子を用いたポーラライザー,および2)偏光ビームスプリッター(PBS)を用いていること,およびPBSを使用したために3)アナライザーを除去したこと,が主な変更点です.これらにより照明光強度を飛躍的に増大させ,シグナル/ノイズ比をさらに向上させました.また,偏光特性の悪化を防ぐため,10倍以下の低倍率対物レンズを用いたことも重要です.
改良したLCM-DIMを用いて透明な石膏結晶のヘキ開面を観察した一例を下図に示します.左がLCM-DIMで,そして右が同一視野をAFM観察した結果です.両イメージを比較することより,LCM-DIMを用いることで,透明な結晶表面上のナノメートル以下のステップを可視下出来ることがおわかりいただけると思います.
さて,観察用チャンバーの断面の模式図を右図のb)に示します.テフロン板が上下二枚の銅製の板ではさまれた構造をしています.上下の銅製の板は,ペルチエ素子を用いて独立に温度を制御できます.上部の銅製板の中央に,ヘキ開したAgI単結晶(氷の核形成促進剤として有名)を熱グリースを用いて貼付けました.
AgI結晶上に,以下の手順でIh氷結晶を気相成長させました.まず,上部銅製板を+20℃に,そして下部銅製板を-15℃にして,水中をバブリングさせた窒素ガスを供給しました(1時間).そうすることで,下部銅製板状に多数の氷結晶を成長させました(これらの氷結晶は試料結晶の水蒸気源として用います).そして,バルブを閉じてセルを密閉した後,上部銅製板を-15℃にし,下部銅製板を-13℃にしました.下部銅製板状のソース氷結晶が昇華して水蒸気を供給し,その水蒸気が上部銅製板状のAgI結晶上で結晶化しました.右図b)中の挿入図で示した様に,AgI結晶上で氷結晶がヘテロエピタキシャル成長しました(同じ配向を持つことよりわかります).一晩氷結晶を成長させ,縦横方向共に約200-400µmの氷結晶を得ました.その後,上部および下部の銅製板温度を任意に設定することで,成長温度と過飽和度を独立して調整し,その結晶表面をLCM-DIMを用いてその場観察しました.
ほとんどの氷結晶は右図c)の用にベーサル面がAgI結晶に接触する配向でエピタキシャル成長しましたが,まれに右図d)の様にAgI結晶上にランダムに核形成・成長した氷結晶もいました.右図に示す様に明視野光学顕微鏡像より,結晶の配向や結晶面を特定することが出来ました.
(空気−氷界面での単位ステップのその場観察ページのトップへ)
氷結晶のベーサル面が成長する様子の一例を左図に示します.図に示した様に,多数の2次元島が出現し,その後横方向に広がってゆく様子が分かります.また,隣り合った二次元島が合体する際には,ステップのコントラストが完全に消滅することがわかります.このような島の合体に伴うステップコントラストの消滅は,結晶上のいたるところで常に観察されました.(ムービーはこちら:??MB)
100秒間の観察結果より,ベーサル面上で二次元島が現れた部位(右図A中の*印),および二次元島が合体した部位(右図B中の+印)を解析しました.右図Aで示した様に,ベーサル面の中央部分で,二次元島はランダムに生成しました.この結果は,2次元島の生成は二次元核形成によるものであることを示しています.ベーサル面の周辺部分で二次元島が現れない原因は,転位などの格子欠陥と強く関連しているものと考えられます.すなわち,結晶面の中央部分はインクルージョンなどに基づく多くの転位などの格子欠陥を有しており,これらの格子欠陥がもたらす歪みが二次元核形成を誘発しているものと予想されます.
また,ベーサル面中央部で二次元島がランダムに発生したため,ベーサル面中央部分で二次元島はランダムに合体しました.全ての+印部位で,二次元島の合体に伴い,ステップのコントラストは常に完全に消滅しました.隣り合った二次元島が合体した後に,ステップのコントラストが残る様な事態はいっさい発生しませんでした.この結果は,バンチングなどによる多層の二次元島はいっさい発生しなかったことを示します.
氷結晶のベーサル面が二次元核成長する様子.2次元島が現れ(二次元核形成),横方向に広がる様子が分かります.隣り合った二次元島が合体する際には,+印で示した様に,二次元島のステップのコントラストは完全に消滅しました. | 100秒間の成長中に,二次元島が現れた部位(A中の*印)および二次元島が合体した部位(B中の+印). |
(空気−氷界面での単位ステップのその場観察ページのトップへ)
4)単位ステップが観察できていることの証明
次に,本研究で観察された二次元島が,結晶構造によって決まる最小高さを有する「単位ステップ」からなるのかどうかを証明することが重要となります.この問題を定量的に議論するために,我々は二つの場合を想定しました.一つ目の場合には,氷結晶表面上に存在する「全てのステップ」が可視化出来ていると考えます.また,二つ目の場合には,氷結晶表面上には可視化出来ていないステップが存在すると考えます:すなわち,この場合には,LCM-DIMはある臨界ステップ高さh(crit)よりも高さが低いステップは可視化出来ないと考えます.
一つ目の場合には,上手に示した様に,二次元島の合体に伴いステップコントラストが完全に消滅することより,観察した二次元島の高さは全て等しいことがわかります.すなわち,そのようなステップは「単位ステップ」と呼ぶことができます.
二つ目の場合には,検出できるステップ(ステップ高さh ≥ h(crit))と検出できないステップ(ステップ高さh' < h(crit))の合体を考える必要が生じます.ステップ高さの差(h - h')が 臨界値h(crit)よりも小さな場合には,検出できるステップは検出できないステップと合体後,見かけ上消滅してしまうことになります.そして,このようなステップコントラストの消滅は,ステプ高さが大きくなるほどより頻繁になります(Y. Suzuki, et al., Cryst. Growth Des., 9, 4289-4295 (2009)).しかしながら,我々はそのようなステップコントラストの消滅をいっさい観察することが出来ませんでした.この結果は,LCM-DIMによって単位ステップが観察できていることを強くサポートします.
さらに,様々な系でその有効性が確認されている二次元核形成理論も,我々の結果を支持します.この説明は,ウェブページ上では割愛させていただきます.ご興味がある方は,論文をご覧ください.
それでは,我々が観察したステップの高さはどれくらいだったのでしょうか?下図に,ベーサル面の断面図の模式図を示します.図の様にベーサル面はバイレイヤー(二層)構造をしており,その間隔は0.37 nmで,c軸方向の単位格子長さの半分です.氷結晶中で水は四面体状に結合しています.そのため,水1分子あたり,バイレイヤー内部では3つの水素結合をとりますが,バイレイヤー間では1つの水素結合しかとりません.そのため,ベーサル面上にはバイレイヤー表面が現れており,単位ステップの高さはバイレイヤー間距離(0.37 nm)と一致すると予想されます.これまで我々が知る限りでは,氷結晶表面の単位ステップの観察例が一例だけあります(S. Zepeda, Ph. D. thesis, University of California, Davis, CA, 2004).著者らは,単位ステップの高さを0.29 nmであると測定しました.これは,AFMの高さ測定の大きな誤差を考えに入れると,バイレイヤー間距離(0.37 nm)と完全に一致します.そのため,本研究では,我々はLCM-DIMを用いて,ベーサル面上の0.37 nm高さの単位ステップの観察に成功したと結論できます.
(空気−氷界面での単位ステップのその場観察ページのトップへ)
5)プリズム面上での二次元核成長
AgI結晶上で生成する大多数の氷結晶は,ベーサル面でAgI結晶と接していますが,高過飽和度下で核形成させるとわずかの数のランダムな方位を持った氷結晶を生成させることが出来ました.その中で,プリズム面が光軸と垂直な氷結晶の表面を,LCM-DIMを用いてその場観察しました.その一例を下図に示します.やはり,プリズム面上でも,二次元核形成し,生成した二次元島が横方向に成長し,合体する様子を観察することが出来ました.したがって,プリズム面の場合にも,ベーサル面と同じ議論をたどることで,単位ステップを観察出来たと結論づけることが出来ます.(ムービーはこちら:??MB)
ただ,プリズム面上では,まだだれもAFM観察に成功していません(少なくともいっさいの発表はありません).そのため,実測に基づいた議論は出来ません.しかしながら,プリズム面もベーサル面と同様のバイレイヤー構造をしていることから,単位ステップの高さはバイレイヤー間の距離である0.39 nmと等しいと強く推測されます.
(空気−氷界面での単位ステップのその場観察ページのトップへ)
6)渦巻成長
二次元核成長と並んで同じく結晶の重要な成長メカニズムである渦巻成長も,氷結晶表面で観察することが出来ました.下図にその一例を示します.下図の場合,ベーサル面(A)とプリズム面(B)は,AgI結晶上で隣り合って生成していました.そのため,両結晶表面が感じている過飽和度は,正確な見積もりは困難ですが,ほぼ等しいものと考えられます.それにも関わらず,渦巻ステップの間隔は,ベーサル面上では約100µm,プリズム面上では約5µmと,大きく異なっていました.これは何を意味しているのでしょうか?BCF理論によると,渦巻成長丘上のステップ間隔はステップレッジ自由エネルギーに比例します.したがって,プリズム面上のステップのレッジ自由エネルギーは,ベーサル面上のものに比べて顕著に小さいことがわかります.この結果は,ベーサル面に比べてプリズム面がより低い温度でラフニング転位をするという,良く知られた結果と定性的に一致します.
(空気−氷界面での単位ステップのその場観察ページのトップへ)
7)LCM-DIMにより解決されるであろう氷結晶にまつわる永年の問題
本研究では,LCM-DImによって,空気−氷結晶界面で個々の単位ステップを,十分なコントラストで実時間で直接可視化出来ることを明らかにしました.そのため,我々は,LCM-DIMを用いた表面観察が,次の様な氷にまつわる永年の問題を解決するために大変有用な手段に成ると考えています:
●氷結晶表面での不均一な物理的/化学的反応,
●表面融解による疑似液体層の発生メカニズム,
●結晶表面やステップのラフニング転移,
●二次元核形成速度の実測による,ステップレッジエネルギーの直接評価,
●単位ステップの成長カイネティクス,などなど.
これから,上記の問題を明らかにする研究を展開してゆきたいと考えています.
(空気−氷界面での単位ステップのその場観察ページのトップへ)
To the top page of in-situ observation of ice and snow crystals; 氷や雪結晶表面のその場観察のトップページへ
To the top page; トップページへ,