大 和 久 米 寺 多 宝 塔 ・ 塔 跡

大和久米寺多宝塔・塔跡

久米寺多宝塔
現存多宝塔は江戸初期建立と推定される。
また現存多宝塔は万治2年(1659)仁和寺五智山から、東塔跡に移建と伝える。一辺3.78m。

東塔には元七重塔があり天慶5年(942)焼失。その後は大塔があったと云う。
東塔(大塔)は延暦年間空海が初めて大日経を感得したところとされる。

2002/4/29撮影
 大和久米寺多宝塔1(左図拡大図)
   同        2
   同        3
   同        4
   同        5
   同        6
   同        7
   同        8
2000/9/20撮影

 大和久米寺多宝塔01     大和久米寺多宝塔02
 大和久米寺塔跡礎石

昭和62年(1987)解体修理がなされる。その際北側に移建される。
修理以前は巨大な大塔跡の礎石の四天柱礎上に建っていたが、礎石の北に移築される。塔そのものは軒の支柱も取り払われ、面目を一新する。
2014/07/25追加:
「聖地大和:集印帖添附」聖地大和写真刊行会、昭和15年 より
 昭和15年頃久米寺多宝塔
2010/02/21追加:毎日新聞写真
 昭和33年久米寺多宝塔1     昭和33年久米寺多宝塔2
2008/01/22追加:「日本の塔総覧 上」より転載
 昭和40年久米寺多宝塔:昭和40年撮影画像

2008/01/08撮影:
 大和久米寺多宝塔11      同        12      同        13      同        14      同        15
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2010/03/02撮影:
 大和久米寺多宝塔31       同        32       同        33       同        34
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久米寺塔跡(心礎・礎石完存)

多宝塔の南には塔の一辺が10.7mに及ぶ塔跡及び礎石が残る。
大塔礎石は心礎を含め17個が完存し、塔平面の大きさは国分寺を除けば、最大平面規模といわれる。
心礎の大きさは3.9×2.9m、上面に径93cm、深さ29.7cmの円穴がある。
まずその巨大さに圧倒される。四天柱礎・側柱礎も巨大な礎石を使用する。
  大和久米寺塔跡    大和久米寺心礎   大和久米寺心礎実測図:「佛教考古學論攷 四 佛塔編」より転載。
2007/01/31追加:「大和の古塔」
中央間12.8尺(3.88m)、両脇間11.3尺(3.42m)、全三間35.4尺(10.72m)、
心礎は長径1丈3尺許(3.94m)、短径9尺5寸余(2,88m)、径3尺8・9分深さ1寸内外の円穴を穿つ。
久米寺流記:或記云う、東院大塔者 天慶5年7月3日為雷火焼失畢云々。
 大和久米寺多宝塔・塔跡:伝東塔跡の四天柱礎上に多宝塔が建つ 様子が良く分かる。
2008/01/08撮影:
 大和久米寺大塔跡礎石1:背後は久米寺多宝塔
   同           2:右手は東側柱礎石列
   同           3:心礎・四天柱礎
   同           4:心礎・四天柱礎
   同           5:心礎、心礎上の四隅の 「窪み」は多宝塔設置時の四天柱穴とも推測される。
   同           6:同上
   同           7:心礎柱穴
   同           8:四天柱礎、小さい柱座及び枘孔は多宝塔設置時の側柱穴とも推測される。隣接する小礎石は多宝塔礎石か。
   同           9:同上
2010/03/02撮影:
 大和久米寺大塔跡礎石31       同           32
   同        心礎31       同        心礎32       同        心礎33

文献上の久米寺

寺は推古天皇勅願で来目皇子が建立したとされる。(「久米寺略記」「久米寺流記」)
あるいは
久米仙人の草創(久米仙人の伝説として流布)とも云われる。(「多武峯略記」)
久米寺流記では元々東西両塔があったと伝え、今残る塔跡は東塔跡と云う。
「此塔者 多宝大塔 高八丈也・・・・・日本最初の多宝大塔也」そして弘法大師は入唐に先立ちこの塔下に大日経を獲たと伝える。

大和名所圖會 寛政3年(1791)刊より:
  ○久米寺多宝塔(部分図)
記事:「・・・多宝塔は、養老年中に善無畏三蔵来朝し、当寺に2年住みて南天の鉄塔の半分の写しなり。・・・その後延暦14年、弘法大師夢の告を蒙りて、久米の道場東塔の下にして、かの七軸の経を得られたまふ。・・・今の多宝塔は、近頃京師仁和寺の塔をここに移すといふ。いにしへの礎石なほ遺れり。・・・」

西国三十三所名所圖會:巻之8:霊禅山東塔院久米寺
多宝塔(本堂の向かふ、右の傍にあり。往古の大塔の礎石四面にならぶ。数十二あり。大日如来を安ず。)
  ○久米寺全図  ○久米寺部分図(大塔跡に多宝塔が建っている様が 描画される。)


2006年以前作成:2014/07/25更新:ホームページ日本の塔婆