石巻市渡波地区 長浜の堤防

 
 図15. 石巻市渡波地区の 長浜の堤防: 奥が牡鹿半島、右は太平洋、左は長浜町、手前が松原町。 堤防構造が一様な区間 500メートルは無傷だった。 堤防の高さは4メートル。 この堤防に沿って隣接するのは長浜町(向こう側)と松原町(手前側)である。 どちらの町内の家屋も、少数を除き全壊した。 長浜町は、人口416人で、少なくても46人が犠牲となり、松原町では、人口571人で、少なくても82人が犠牲となった。 したがって、住民の7-8人に1人が亡くなったことになる。 それでも、堤防と波消しブロックによる大津波減災効果は大きかった(と推測している)。 もしも写真の堤防がなかったならば、全壊、大規模半壊地区は、陸地側へ200-300メートルさらに広がったのではないかと思う。   図16. 石巻市渡波地区 長浜の堤防と波消しブロック: 図15.とは反対方向で、画面の向こうが石巻魚市場、北上川、松島、仙台方向: 幸い波消しブロックは、堤防を越えることはなく、住宅地に打ち上げられることはなかった。 大学の先生によると、波消しブロックの噛み合わせの力によるものでしょう、とのことだった。 堤防の牡鹿半島側500メートル区間は図15.16.のように無傷だったが、この写真のさらに向こうの構造の変化する部分とその向こう側堤防の部分1200メートル区間は、破壊された。 破壊した部分が次の図17.にある。 

渡波中学校とその裏の長浜海岸の破壊した堤防 (YouTube へのリンク)

災害復旧後の渡波中学校裏の堤防の様子 (別ページへのリンク)

   
 図17. 長浜海岸の堤防(石巻市魚市場の方向): 堤防の構造が変化するつなぎ目の部分が破壊された。 ここには、海水浴客のための砂浜に降りる幅40メートルほどの階段(堤防を兼ねる)があった。 ただし、この写真は、堤防が破壊された後、応急修理のために外部から運び込んだ岩石を積み上げて補修した状態。 渡波中学校の裏の堤防は、ここから500メートルほど向こう側にある。 図18.  渡波地区の長浜の堤防、向こう側は渡波中学校の裏側、石巻市魚市場の方向: 堤防の構造が変化する部分が破壊された。 写真は応急修理された状態である。 大震災後は、ここから1200メートル向こう側まで危険なので立ち入り禁止になっていた。 大学の先生が模擬授業の中で堤防の構造が変化する部分が津波で破壊された、とお話があったが、ほんとうにそのとおりに破壊されている。

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