第二十話:ぐべも


「八ヶ岳リゾートアウトレット」という商業施設がその名の通り八ヶ岳にあって、 その名の通りアウトレット品を売っている。 こんな山奥に洋服屋の塊をおっ建てて誰が喜ぶんだと思いきや、 これが結構繁盛している。 世の人々は、何故こんなに洋服屋が好きなのだ?

白状すると、おれは洋服屋が嫌いだ。いや、嫌いは言い過ぎだな。 洋服着ないわけにはいかないし。興味がない、というところか。 洋服なんて、まぁこざっぱりとして、あまり野暮ったくは見えないで、 着心地が良くて、ちょうど良いサイズで、別の服に合わせ易くて、 ほんの少し洒落た部分があって、リーズナブルな値段で、 って興味がない割に注文が多い辺りはご愛嬌。

つまり興味というのはこういうことだ。特に目的が無い時。 楽器屋や本屋は楽しい。洋服屋はつまらない。That's all. 男性の服屋でさえそうなのに、女性用の服屋と来たらもう何をしたら良いのか。 だいたい女性は、いやこういう一般化はいかんのか、 ウチの嫁は、何故に洋服屋に入った途端目的を忘れてしまうのだ。 つい五分前「今日はジャケットを見るんだ」と言っていたではないか。 なのに何故。入り口すぐのところにあるスカートをじっくり選ぶのは何故なのだ。 取り敢えず店中見ないと気が済まないのは何故なのだ。何故何故何故。

という感じでケンカになるので、服を買うときは別行動、 が昔からの慣例であるのだが、八ヶ岳の空気を吸いつつ洋服屋を眺めつつ考えた。 ハナからネガティブに構えるからいかんのではないか。 よし。もう汚いカッコはヤメだ。 これからはメンズ・ノンノとか GQ とかブリオとか、 いや読むどころか手に取ったことすらほとんどなくて 取り敢えず名前知ってるヤツ挙げてるだけだけどそれはさて置き、 そういうのから抜け出て来たようなグッド・ルッキンな男になるのさ。メーン。

という熱い情熱を胸に抱きつつ、本日おれが行ったのは グランベリーモール (長いので以下「ぐべも」と略す)である。おれが二日続けて洋服屋に行くってだけで、 もう驚天動地の出来事だ。

で、まず向かった先がジーンズ屋。 目指すところがファッション雑誌から抜け出たグッドルッキンなのに ジーンズってのもどうよ。それも理由が 「穿いてたヤツが擦り切れて穴あいちゃったから」ってのはどうよ。

ジーンズに関しては以前もネタにしたことがある。 おれのサイズは 27 inch だ。ところがこの 27、ほぼ絶滅した感がある。 今回見た店でもそうだった。「inch - cm 対応表」にも載っていないぐらいだ。 店中を、それはもう化石を掘る考古学者のように探してようやく一本見つかる。 色もシェイプもイマイチだ。28 なら選び放題。 好きな色、好きなシェイプの 28 と、先ほどの 27 を持って試着室へ。 サイズがしっくりくるのはやはり 27 だ。ウェストに若干の余裕。 ヒップでクッと引っ掛かる感じで穿きこなせる。しかし、今回は結局 28 を買う。 色やシェイプの問題もあるが、 今後 27 が豊富に出回るという奇跡は起きないように思われ、 ここで 28 に慣れておくべきではないかという哀しい計算だ。

どうもいかん。ここは明るく前向きに考えねば。腹筋背筋を鍛えてムキムキ、 28 もぴったりの身体になれば良いのではないか。 腹筋背筋といえば腰痛対策にも有効だ。腰痛。ほんとに痛いんだよね。 がんばって再発防止しなきゃな。はぁ。って結局暗くなっている。

冷めつつある情熱をなんとか奮い立たせ、次は靴だ。 何度も言うようだが目指すところは雑誌から抜け出たグッドルッキンだ。 しかし靴屋店員に対するおれの最初の一言は 「あの、クッションの効いた靴がいいんです。腰、悪いんで」

嗚呼。なんと人生は残酷なのだ。靴選択の第一条件が「腰に良い」だなんて。 そんな屈辱を乗り越え、数軒を巡り、ようやく気に入ったものを一つ見つける。

が、サイズがない。

機能的には満足だが、グッドルッキンかというとちょっと微妙な こっちの靴はサイズがある。究極の選択だ。 脂汗を滲ませながら苦しむおれをあざ笑うかのように、すぐ脇にはこんな張り紙が。

「アウトレットというのは B 級品や廃番品などのこと。現品限りの品物も多い。 だから見つけたら即買い!が基本だよ。サイズがない場合もあるから、 普段からのチェックも重要!」

その「場合」の真っ只中にいるボクちゃんどえーす。ってナメとんのかーっ! もうやめた。張り紙まで馬鹿にしてやがる。もう帰るぞこんちくしょう。 しかし結局腰に優しい靴への欲求に負け、 つーか別な店でまた悩むのがもうイヤになっちゃったんだけど、 悩みに悩んだあげくに微妙なルッキンの一品を購入する頃には、力尽き目は空ろ、 虚脱した身体を夕日が優しく包む、そんな負け犬が一匹おりましたとさ。

ホント、疲れたよ。

話は変わりますが、皆様カルピスはお好きですか。おれは大好きです。 カルピスとコンソメ味のポテトチップがあればおれは幸せです。 最近、ポテトチップに発癌物質、なんて物騒な噂も聞きますがおれは信じません。 もし本当だとしても、多分カルピスで浄化されると信じています。

カルピス 500ml が通常幾らかご存知ですか。だいたい 400 円ぐらいです。 しかし時々、スーパーの特売等で 200 円程度で入手できることがある。半額です。 お一人様二点限り、などとタワけたコトを抜かしやがる場合は恥も外聞も掻き捨てて、 嫁に子供まで動員してまとめ買いをする、これが正しい日本人の姿なわけです。

多分おれの身体の 25% はカルピスで出来てるんじゃないかと思われるほど 重要な飲み物なわけで、家には通常ストックがあるのですが、これが切れてしまった。 早く入手しなければ命に関わる。しかし安売りがない。 そういう緊迫した状態が続いていたのですが、今朝の新聞折込広告に出ましたよ。 ついに。198 円お一人様二点限り。

そんなわけで帰り道、ヘトヘトになりつつそのスーパーに寄ったら、 皆様ご期待通り、売り切れてました。「カルピス 198 円」という赤く太い字と、 からんと空いたスペースの前でしばし呆然と立ち尽くし、 その直後猛然とクルマに乗り込み別のスーパーへ行って、 ええ、買いましたとも。400 円で。カルピスを。

なんだか不安になっちゃったんだよな。

おれはその品物を入手するに際して十分な対価を払おうと思っている。 しかし、それがない。汚い言葉で言えば「金は出すから売ってくれよ!」 そんな状況が。

ひょっとして、アウトレットっておれには向かない販売形態ではなかろうか。 前にも書いたけど、 機能を満たしたものを、納得した値段で買う、がおれの買い物 (ってこう書くと「誰だってそうじゃないか」という当たり前の買い方だけど)。 お金は払うよ。必要なんだ。そりゃ安い方がいいけれど、そこそこの値段なら OK だ − そんな買い物が普通に出来るはずだよね? 珍しいものでなければ、 この時代、この場所では。それを確かめるための 400 円。贅沢、なのかもしれない。

夜、カルピスを飲みながら。

いつの日かアウトレットモールで、 自分が全然想定していなかったものをぱっと見つけて、あ、安いじゃん、 これ、今手持ちの服に合わせられないかな、 なんて楽しく悩むことが出来るようになるんだろうか、てなことを考えながら。

やっぱ 400 円は高けえな、とも思ったり。

ところで、せっかく文中で定義したのに一度も使わなかった「ぐべも」ですが、 私としては是非流行らせたいと思っております。職場で、ご家庭で、 下記を参考に正しい使用方法でご愛用ください。

(正しい例)
「昨日ぐべもでグッドルッキンな服を買ったのよ〜」

(誤った例)
「ぐべも!(秘孔を突かれて破裂する悪者、断末魔の叫び)」


▲ 音楽じゃないものと私 に戻る

▲ INDEX Page に戻る