第五十九回:ロック耳と私


まず最初に断っておこうと思う。皆様ご存知ないかもしれないが、 私はジェフ・ベックの大ファンである。

そのジェフ・ベックが先日、"You Had It Coming" というアルバムを発表した。 そして私はあまり良い印象を持つことが出来なかった、というのは 「私的熱狂音盤」のコーナーにも書いた通りだ。

自分が全幅の信頼を置いているミュージシャンの新譜を面白いと思えなかった時、 あなたはどうするだろうか。彼は変わってしまった、とファンを辞め離れてしまう だろうか。

私はそれが出来なかった。このアルバムがジェフ・ベック以外のミュージシャンの ものであれば、あっさり切り捨てていただろう。しかしジェフ・ベックだ。 受け手である俺に問題があるんじゃないのか? 実際自分は最近のロックを まともに聞いていない。流行を貪欲に追い、消化するベックの感性に ついて行けていないだけではないのか?

そんな「?」を抱きつつの来日公演。 生で見るベックはやっぱり文句無くカッコ良い。 そして、ライブの後でもう一度新譜に耳を通してみると、 全ての曲に納得がいくわけではないが、 例えば一曲目 Earthquake の暴力的な音の固まり、その肌触りに 快感を覚える自分に気付いたりする。

同じ頃。

私は The Pulse というバンドに所属しているのだが、先日ライブを終え、 次はどうしようかというところで、どうにも行き詰まっている。 ベーシスト I 氏の脱退希望まで飛び出し、どうにか「もう一枚分、アルバムを 作れるくらい曲をためてレコーディングするまで残留、その結果リーダーが納得 のいくレベルのアルバムを作れなかったら脱退」ということなった。

ちなみにこのバンド、曲を仕上げるまでに相当時間がかかるので、脱退は かなり先送りされたことになるのではないかと思う。

さて、「リーダーが納得のいくレベル」とはどんなレベルなのか。

The Pulse のリーダー S 氏は R.E.M. というバンドの大ファンである。 R.E.M. の与えてくれるインパクト、感動を凌駕するパワーを持ったアルバム、 が S 氏の目標であるらしい。

これは「R.E.M. と同じような音のアルバムを作りたい」ということではないことを 申し添えておく。 S 氏、オリジナリティということにはコダワリがあるようで、例えば曲のアレンジを 行う段階で「ここは何々風で」なんて良く見られる場面だと思うけれど、 そういう言い方を好まないようだ。スヌーピーのような顔をしてはいるが、 ロックに対する態度は気骨が溢れている。

個人的には「完全なオリジナル」というのは最早相当難しくて、 過去の音楽を参考に、いろいろな引き出しを自分の中に持ち、それを どの瞬間に、どういう状況下で開けるか、を工夫することに道があるんじゃないかと 思っているのだけれど、オリジナルにこだわるという姿勢は大事だと思う。

というわけで R.E.M. だ。別にコピーしようというのではない。 リーダーに迎合しようという気はさらさらなくて、 なんて言うとリーダーが悲しみそうだがこればっかりはしょうがないので 許してリーダー、というかもう既にすっかり諦めているかもしれないなぁ、 というのはさておき、 個性をぶつけることで個性的なサウンドが生まれる、なんて 思っているし、実際好みも相当違うのだが、 ここで一つ、リーダーの感性みたいなものに触れてみたくなったのだ。

この Pulse というバンド、 メンバーに共通の基盤みたいな部分がなくて、 ちょっと空いた時間に何かセッションして遊ぼう、という時にどうも題材に 困ってしまったりする。例えばギタリストはキング・クリムゾンが好きで、 結構ヴォーカリストも私も好きで、けれども ベーシストはゴダイゴ命だ。 というかその前にちょっとセッション、でクリムゾンを選ぶのは如何なものか。

ヴォーカル、ギター、ベースはそれなりにビートルズが好きだが、私は 赤盤青盤+αくらいしかしらない、とか、 ヴォーカル、ベース、ドラムはそれなりにザ・ポリースが好きだが ギターがついてこない、とか。よくまあこのメンツで八年も続いているものだ。

閑話休題。どれがベストだ、と聞いたところ、迷わず "Automatic for the people" というアルバムが挙がった。 次の日迷わず買いに行く。CD 屋でジャケットを見る。 ををっ! これ、昔々 S 氏に「聞け」と貸されて、アタマの方だけちょっと聞いて 「あっそ」って返しちゃったアルバムではないか。うーん。音は全然記憶にないぞ。 初めて見たということにしておこう。

聴く。うーん。普通のギターバンドじゃないの。なんか暗い感じだ。 S 氏に「わからん」とメールしたところ「何度も聴け」との御託宣。 さらに「R.E.M. はあのアルバムを境に雰囲気が変わる。あれ以前はもっと『いかにも ギターバンド』みたいなサウンドだ、Automatic... は初心者向きではない」 とのこと。ならばどれを聴けば良いのだと問うと、 お約束の「全部」というお答え。まぁ私も「ジェフ・ベックって まずどれを聴けば良いんですか?」と聴かれると「まず全部」と答えることが 多いので気持ちは分かる。というわけで(どういうわけだ)、 しょうがないからまた聴く。

ここで一つ気付く。何故、何度も聴けるんだろう。

私は、忍耐力がない。一度「つまらん」と思ったら再び聴くことは少ない。 最近私はロックに対してそういう態度で接していたように思う。 粘り強く対峙することなど無く、見切りは早かった。

ちなみに「分からない」時は結構粘るが。

それから、どうも微視的に音楽を聴いてしまう傾向が、私にはあるような気がする。 特にバンド活動を始めて以降。各楽器は何をしているか。 それがどう組み立てられているか。呼応しているか。あるいはメロディは。 リズムは。ハーモニーは。

そんなパーツ一つ一つが塊になったときの、 全体のサウンド感みたいなものに対する感覚が鈍いのではないか。 そして、それがキモとなっているロックって実は多いんじゃなかろうか。 全体を聴く、巨視的な耳。 あるいは使い古された言い方だけど、「身体で感じる」こと。 ああ、昔はそうやって聴いてたんじゃなかったかなぁ。 ベックの Earthquake を受け止めた時のように、ただ塊に耳を開く。 ゆっくり、徐々に、「身体で感じるロック」が気持ち良く沁みてくる。

ひょっとして今まで見逃していたシンプルなロックンロールが楽しめるんじゃないか。 そう思ってプリテンダーズの "Viva el Amor" など引っ張り出してみる。 このアルバム、一曲だけジェフ・ベックが参加しているという理由のみで買って、 あー確かにベックですなぁしかしこりゃまたエラくラフなセッションだのぅ、と 思ってそのままお蔵入りしていたもの。

なんのなんの。かっちょいーじゃないの。そして 9 曲目、"Legalise Me" で 満を持して登場するベックのギター。強烈にロックだ。 嗚呼。オレ全然分かってなかったじゃん。唖然。

ロックを聞くための「ロック耳」というものが在るとしたら、 それが今回、少しだけ覚醒したのかもしれない。 そしてそのきっかけは、まあ私にとって 何かのきっかけがこの人であるケースはしばしばあるのだけれど、ジェフ・ベックの 新譜であった。

つまりこの文章を通して言いたかったのは、「やっぱりジェフ・ベックは偉い」と…

…あれ?

ま、いつもの結論か。


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