第四十八回:ゴダイゴと私


去年の後半、何年ぶりかにオリジナルメンバーで再結成を果たし、 紅白歌合戦にも出場していたバンド、ゴダイゴ。 私と同年代の方にとって、ゴダイゴといえば西遊記であり夏目雅子であり 堺正章であり岸部シローであり西田敏之であり、いかんかなり脱線している、 「ガンダーラ」「モンキー・マジック」、あるいは 「銀河鉄道 999」「ビューティフル・ネーム」辺りであろうと思う。

へへん、俺はそれ以上知ってるぜ、という方でも、「それ以上」が 「ホーリー・アンド・ブライト」や「リターン・トゥ・アフリカ」止まりでは お話にならない、としたらあなたはどうするか。いやどうもしないでしょうけど 話は先に進めさせて頂きまして、 どんなマイナーな曲だろうとイントロが演奏されればすぐに メロディを口ずさむことが出来、ちゃんとキメも把握している。そういう マニアックな人間がいるとしたら。それも複数いるとしたら。 さらに一集団を形成しているとしたら。想像するだに恐ろしい。 しかしそれは現実であった。大東京の片隅に、それは燦然と存在しているのである。 ゴダイゴ・マニアの集団が。ゴダイガーが。そしてゴダイガーの集会が 高田馬場で厳かに執り行われたのである。

ちなみに私は「銀河鉄道 999」のシングル盤をリアルタイムで購入し、 B 面の「Taking off」が好きだったりしたのだが、その程度ではやっぱり オハナシにならぬ。そういうレベルの集団である。

私の所属しているバンド The Pulse のベーシストである、 無愛想なことでは世界で三本の指に入る I 氏は、 知る人ぞ知る、知らない人は知らない、ゴダイゴ・マニアである。 ポップスというものをゴダイゴから学び、ゴダイゴと共に育ち、青春を過ごし、 恋をした、かどうかは知らんが、とにかくその彼が言うのだ。

「今度ゴダイゴ・セッションつーのがあるんだよ」

ふんふん。また酔狂な集まりですな。

「今度で二回目で」

あー、そーいや前にもあったって言ってたよね。 前回成功したので今回があるとゆーことですかね。

「前回来てくれたドラマー、今回来ないんだよね」

を、それって誘ってんの? ゴダイゴね。モンキー・マジックとか かっちょ良かったしね。

「これ、課題曲が 6 曲入ってるから」

ってあなたヤケに準備がいいぢゃないっすか、という感じでトントン拍子に 話はすすむ。さらに数日経って I 氏より一通のメール。曰く、

  • 教団に対し、部外者参加の伺いをたてたところ、めでたく許可された。
  • ただし、ゴダイゴ以外の曲は絶対に弾いてはならぬ。
  • ゴダイゴ濃度の高いファン心理としては完全コピーを目指すことが前提となる。
  • 課題曲は全て演奏できることが基本。というか当然。

とんでもないことになっている。どう考えても間違えたところに来てしまったとしか 思えない。しかし売られたセッションは買うというのが信条である。 敵に背を向けるわけにはいかぬ。って敵じゃないだろ。

信条の割には怠惰な生活を送り、気が付くとセッション一週間前。

そろそろ一通りチェックしておかねばなるまい。ゴダイゴ。まぁなんたってこの俺様は 銀河鉄道 999 のシングルを持ってるし、バンドでモンキー・マジック演ったことも あるしな。楽勝だぜ。見てろよトミー・スナイダー。

なんだか偉そうである。偉そうな奴は大抵負けるという人生の法則を まったく理解していない私である。そしてその法則は今回も遺憾なく私に適用されて しまうのであるがそれはさておき、MD をデッキに突っ込んでコピー開始。

えーと、A メロがあって B メロ…ん、今のとこナニ? (巻き戻し) んぐ、ここだけ 五拍子なのね、えーとサビのあとアタマに戻って繰り返し…ん、ここは 五じゃなくて六? (巻き戻し) えーと、六、オカズは (巻き戻し) こーなって、 ふう、でキーボードソロ…は A メロと一緒のバッキング、って後半ヘンな キメがっ! (巻き戻し) …って今どこ採ってるんだっけ…? だーっ! ボタン 押し間違えて曲のアタマに戻っちゃった!!

実際曲をコピーした経験がおありの方にはうなずいて頂けると思うのだが、 繰り返しの度にちょっとずつキメや小節数、拍子等が変わっている、という アレンジはまったくもってコピー屋泣かせである。ミッキー吉野氏にはぜひ 再考して頂きたいものだ。ってコピーする人間の都合を考えなきゃいかん義理は ないけどさ。

自慢じゃないが、いやどちらかというと恥ずかしい話であるが、私は飽きっぽい。 六曲の課題曲のうち、三曲を採った時点で集中力を失い、そばにあった道路地図など 眺めたり、窓から景色を眺めたりし始める。 いかんいかんとお茶など飲んで気分転換を図ったらますますのんびりしてしまい、 コピーの気分からはかけ離れ、ついにこの日は作業に戻れず。 この日以降も忙しかったりなんだりでゴダイゴに触れることもなく、 前日になってさすがにヤバい、とコピーした曲だけざっとさらって本番に挑む。

まぁ、セッションに参加する時ってだいたいこんな感じなんだけれど、 私は間違っていた。そうだ。今回はマニアの集いなのだ。ゴダイゴ教なのだ。 それを、セッション開始直後に思い知らされる。

とある一曲が終わった後、 ヴォーカルの方が「xxxx (私の位置からではよく聞こえなかった)」と マイクで何かしゃべっている。周りが爆笑している。「あーっ、それ、 俺が言おうと思ったのに!」とか悔しがっている人もいる。どうやら、 あるライブアルバムに収録されている MC らしい。

いや、私にだって覚えている MC の一つや二つはある。U.K. のライブアルバム "Night after night" でジョン・ウェットンが放つ「キミタチサイコダヨ」 (「君たち最高だよ」という意味だろうと思うが「君たち最古だよ」の可能性も 捨てられず。「君たち psycho だよ」だと相当嫌である) という、 外人が慣れない日本語を喋った時の手本のようなMC など、非常に印象深いし、 MC が記憶に残るというのは分かる。

しかし、この全員の一体感はなんなのだ。演奏者が 10 人以上、さらに ギャラリーも含め 20 人ぐらいだろうか、というスタジオの一室が、 部屋を震わせて爆笑しておる。恐いよう。

その後も、一曲叩き終わると「あっ、それは "マジック・カプセル" バージョン ですね」「ええ、彼に渡した音源はそれです」「あのバージョンは良いですね。 キメが一回のバージョンもありますが」というディープなゴダイゴ談義に 挟まれ、なす術もなく立ち尽くす私。聞いたことのないイントロが ピアノから奏でられると、すぐさま口ずさみ出す集団の中で、スティックを放棄し 顔中に「すんません、わかりません。勘弁して下さい」と 書き殴ったかのような表情で立ち尽くす私。 嗚呼、立ち尽くしてばかりの私。

昔、ビートルズ・セッションという集いにやはり間違えて行ったことを思い出した。 ここゴダイゴ教も非常にディープではあるが、ビートルズ教よりも心優しい方々 であると断言できる。ビートルズ・セッションでは、誰かが何か曲を弾き始め、 それについていけないと「これも知らないワケ君は」という目で見られてしまうという 背筋も凍るような集団であった。だから俺赤盤青盤ぐらいしか知らないって最初に 言ったじゃないですか。

そんなこんなでセッションも終わり、防音室の外へ出る。 ロビーではタケカワユキヒデのファースト・ソロ・アルバム (もちろん LP) を囲んで談笑する女性陣が。建物全体がゴダイゴに乗っ取られそうな勢いである。 しかしその「走り去るロマン」というタイトルはその…あ、いやなんでもないです。

お疲れ様でしたと幾人かの参加者に声をかけていただく。 「ゴダイゴは I 氏から洗脳を受けたんですか?」 いや洗脳ってその。 「ゴダイゴ、良いですよね。私は彼らの音楽性だけでなく、なんというかその、 とにかく、すごいんです。ええ、すごいんです」と輝く目で語られて 「いや、退屈な曲もあるっす」なんて言えるわけないではないか。

でもね、その熱さはちょっといいなと思いました。 自分が忘れかけている何かが、そこにはあったのかもしれません。 それがなんなのか良くわからないんだけど、でも私はちょっと幸せな気分です。

楽しい時間を、ありがとう。 そして、ゴダイガーに、幸あれ。

驚愕の後日談があるのだ


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