病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

二十一歳E


「ユーファ!」

 フラムアークの声が聞こえた瞬間、私は彼の指示で控えていた諸将達に、事前の打ち合わせで決められていた合図を送った。

 それを受けて、分散して潜んでいた諸隊が速やかに合流し、三千の軍勢となって所定の場所へ集っていく。

 勇壮なその光景を見送りながら、私は“比類なき双剣(アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド)”との交渉が決裂に終わったことを悟り、胸を詰まらせた。

 スレンツェ……! フラムアーク……!

 この時、ハワード辺境伯の口添えによって協力を取り付けた、イズーリ周辺の有力者達からの援軍はまだ到着していなかった。

 現状こちらの兵力は三千程なのに対し、カルロの軍勢はおよそ八千。その兵力差は、火を見るよりも明らかだ。

 でも、カルロはまだこちらの兵力の全容を知らないはず―――。

 私は自分の心臓が不安を奏でるのを覚えながら、祈るように両手の指を組み合わせた。

 お願い……! どうかフラムアークもスレンツェも、みんな無事で帰ってきて……!

 こんなふうにただ祈るしかない、非力な自分が悔しかった。

 悪意によって仕組まれたこんな悲しい戦いで、誰にも命を落としてほしくない。

 故郷を失くした時から神というものを信じていない私は、それでも神ではない何かに漠然と、そう願わずにはいられなかった。



*



 カルロの号令が下りた直後、フラムアークもまた連合軍にそれを迎え撃つ号令を下していた。

「説得は物別れに終わった! こちらの警告に従わない無法者を、一騎たりともこの先へ進めるな! 帝国に仇(あだ)なす輩(やから)を撃退せよ!」

 太陽が蒼穹に昇る中、双方から鬨(とき)の声が上がり、地響きを立ててなだれ込む両軍の先遣隊が丘の中腹で激しくぶつかり合った。

 人馬と金属が音を立てて衝突し、悲鳴と怒号が交錯するその光景を丘の上から見下ろしながら、フラムアークはこの戦闘の要となる青年に尋ねた。

「―――行けるか、スレンツェ」
「……。ああ」

 呼吸を整えたスレンツェが頷いて、腰から双剣を抜き放つ。

 現状、数で劣る連合軍は圧倒的に不利だった。兵達はほどなく援軍が来るであろうことを心の支えに、倍以上の数を誇る相手に挑んでいるが、こちらの総数が自分達の半分以下だと相手が知って勢いづけば、あっという間に飲み込まれてしまう危険性がある。相手がまだこちらの全容を把握していないうちに、その気勢を削ぐ必要があった。

 ―――ハワード辺境伯は信頼出来る人物だ。己の言葉に責任を持つ人物だ。だから、援軍は必ず来る。

 フラムアークはじりっとする思いに駆られながら、自身にそう言い聞かせて、重要な役を担う男の背中を見やった。馬にまたがり丘の先端に佇む双剣を携えた黒衣の男は、既に悲壮な覚悟を固めている。

 その背中に向かって、フラムアークは決然と命じた。

「では頼む。我が剣と成り代わり、最速で敵の首魁(しゅかい)を討て!」
「承知した」

 主命を帯びたスレンツェが馬の腹を蹴り、目にも止まらぬ勢いで丘を駆け下りていく。彼はそのスピードをいささかも落とすことなく敵陣へと突入し、血路を斬り開いた。左右の剣を巧みに操り、最小限の動きで敵を薙いで、カルロの元へとひた走る。彼が通った後は薙がれた人馬が左右に転がり、混沌とした戦場にまるでひと筋の道が出来たかのような、異様な光景を作り出した。

 フラムアークを守護する為に丘の上に残りその目撃者となった兵士達は、現実離れした光景に我が目を疑い、大いにどよめいた。

「何と……! あの男は、鬼神か!?」
「尋常ではない……! 人とは思えん!」

 フラムアーク自身も、己の力を全解放したスレンツェの真価を目の当たりにするのはこれが初めてだった。想像を超える圧巻の進撃に、知らずゴクリと喉が鳴る。

 血煙を上げながら戦場を疾駆するその姿は肌が粟立つほど凄まじいのに、どこか崇高で美しく、物悲しかった。

 力強く流麗な剣さばき。あれだけのスピードで疾走しながら、全くぶれない体幹。下半身のみで馬を意のままに御する乗馬術。他を寄せつけない圧倒的な存在感に、魂が打ち震えるような感覚を覚える。見ているだけで全身の血が滾(たぎ)るようなスレンツェの無双ぶりだった。

 見る者を強烈に惹きつけるその姿は味方を鼓舞し、敵に畏怖を植え付ける―――!

 まさに、一騎当千。他を圧する戦神の如き突破力。

 スレンツェの単騎駆けに“比類なき双剣(アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド)”の兵達は圧倒され、明らかにその動きが鈍った。

「―――カルロッ!」

 将を守る人馬の壁を突破したスレンツェがカルロに肉薄する!

「やはり、比類なき御方よ……!」

 唇の端を吊り上げたカルロが己が剣でスレンツェを迎え撃つ! 両者の剣が重々しい音を立ててぶつかり合い、刀身から火花を飛び散らせた。

「ぐぬうぅぅぅッ!」

 剣圧が巻き起こり、周囲から慄きの声が上がる。後退しかけるところをどうにか踏みとどまったカルロに、スレンツェは最後の望みを懸けて訴えた。

「退け、カルロ! まだ間に合う……! 頼むから退いてくれ!」
「貴方が我らの元へ来るというのならば、喜んで退きましょう……!」

 カルロの答えは変わらない。スレンツェもまた、断腸の思いで同じ答えを繰り返した。

「それは、出来ない!」
「何故です……! 貴方の剣はあの頃と同じ、いや、それ以上の異彩を放っているというのに……! 貴方はやはり人の先頭に立つ者として生まれてきた御方です、スレンツェ様! 生まれながらの才、人を惹きつける天性のカリスマ、貴方ほど我らが主に相応しい方はおりませぬ! 貴方が共に来て下されば、我々の前には大いなる道が開けるのです……!」

 再びぶつかり合い、ぎちぎちと軋む剣越しに、かつての主従は互いの目を凝視し合った。

「お前達の期待に応えられないこと、本当に心苦しい……! だが、数多(あまた)の犠牲を強いてまで国を再建することなど、オレにはどうしても考えられない! 互いに折り合いを付けられる道はないのか!? 共にそれを探すことは困難なのか!?」
「我らはあの戦争の後、打倒帝国、祖国復興、ただそれだけを目指して生きてきたのです! それを何故、貴方が……! 何故、他ならぬ貴方自身が否定されるのだ!」

 カルロからやり場のない憤りと悲しみが怒号となって溢れ出た。

「何故だ! 何故ここへ来て、貴方自身が我らの前に立ちはだかる!? 何故、我々の前に立つべき貴方が我々の道を閉ざそうとするのだ! 我々はずっと―――ずっと貴方の帰還を心から願い、こんなにも待ちわびていたというのに!! 何故、貴方はその我らを拒絶されるのか!!」
「拒絶などしていない!」

 カルロから繰り出される剣を打ち返しながら、スレンツェは張り裂けるような声で訴える。

「共に生きる道を探そうと、そう言っているんだ!」
「それは出来ない……! 我らの全てを奪い去った帝国と共に生きることなど、出来るものか!」
「互いにしがらみを捨てて歩み寄れれば、きっと出来る! 帝国の民もアズールの民も、等しく人だ! 心通わせ合える人間なんだ!」
「そのような理想論……! 貴方はやはり、帝国に毒されている!」

 カルロの目が不穏な光を帯びた。固唾を飲んで遠巻きに二人の戦局を見守っていた組織の者達がカルロの無言の指示に反応し、スレンツェを取り巻く動きを展開する。

「多少の手傷を負わせてでもお連れしますぞ!」
「カルロ……!」

 自身の腕前がスレンツェに及ばないことはカルロ自身がよく分かっている。彼は敵陣深く入り込んだスレンツェを人海戦術で捕える作戦に打って出たのだ。多少の犠牲は厭わない覚悟である。

 かつて剣聖と謳われた強さを誇れど、スレンツェも一人の人間だ。その体力には限界がある。孤立無援の状況でこの人数に囲まれては、そうは持つまい。

 だが、カルロの思惑通りにはいかなかった。

 スレンツェが斬り開いた道を追ってきていた五十名程の騎馬の一隊が、包囲網が完成する寸前、その一角をこじ開けたのだ。

「スレンツェ様ッ!!」

 躍り出たのはエレオラだった。フラムアークを守護する役を任されていた一隊がスレンツェ救出隊として編成され、彼女と共に駆け付けたのだ。

「オレ自身も危険(リスク)を負わないとね……」

 丘の上でそう呟いたフラムアークの傍らで、何とも心許ない面持ちをして守護隊の代わりに主の守護にあたるのは、バルトロを始めとするユーファを除いた宮廷からの随行者の面々である。

「む、無茶ですよ……我々だけでフラムアーク様をお守りするなど」

 顔面蒼白で剣を握るバルトロとは対照的に、当のフラムアークは涼し気な面持ちだ。

「バルトロは元々騎士になりたかったんだろう? その気分を味わえて、ワクワクしたりはしないのか?」
「突然戦場に引っ張り出されてワクワクとか、無理です。正直に申し上げて、敵がここまで上がってきたら一巻の終わりですよ」
「でも、バルトロはオレの為に尽力してくれるんだろう?」
「無論、尽力すると誓います。誓いますが、フラムアーク様を守り通せる自信はありません」

 身体の震えが抑えられないバルトロに、フラムアークは柔らかく微笑んだ。

「そうか? オレは、君は割とやるんじゃないかと見ているんだけどな」

 のんびりとした口調で応えながら、橙味を帯びたインペリアルトパーズの瞳は油断なく戦場を見据えていた。

 その戦場では、突然の乱入者に殺気立ったカルロの配下らが複雑な視線をよこしていた。

「エレオラ……!」

 カルロの周辺を守っていた組織の兵は、古参の者が多かった。長く苦楽を共にしてきた彼女の敵としての出現に、彼らは一瞬の躊躇(ちゅうちょ)を見せたのだ。

 その一瞬が勝敗を決した。

 馬の背から跳んだスレンツェが全体重を乗せた激烈な一撃をカルロに見舞い、カルロはかろうじてそれを剣で受けたものの、衝撃を殺し切れず騎馬ごと横倒しになり、勢いよく地面へと投げ出された。

「カルロ様ッ―――!」

 側近や周囲の兵が急いでカルロを救出に向かおうとするが、その時は既にエレオラと共になだれ込んできた帝国兵と乱戦状態になっており、思うような身動きが取れない。

 地面へと投げ出されたカルロは即座に起き上がろうと試みたが、野太い首を挟むようにして大地に鋭く突き立てられた双剣がそれを阻んだ。

 抜けるような青空を背景に、カルロが主上と定めてきた男が、厳しい表情でこちらを見下ろしている。

「―――とどめを」

 己の敗北を悟ったカルロの口から、かすれた声が漏れた。

「帝国へ身柄を渡されるのも、帝国兵の手で殺されるのも、我慢がなりません。貴方の手で、とどめを」
「―――阿呆!」

 辞世を告げようとするカルロを、スレンツェは一喝した。

「ふざけるな……! お前はそんなに無責任な男だったか!? お前を慕い集まった者達を途中で放り出すような恥知らずだったか!? 自分で始めたことだろう、最後まで責任を持て! お前が死んだら組織の者達はこの後どうなる!? お前の勝手な自己都合でお前を慕い集まった者達を見捨てるなど、オレは絶対に許さない! どんなに苦しくとも、生きて生きて生き抜いて、己の目で結末まで見届けろ! それが上に立つ者の責務だ!!」

 全身全霊で叩きつけられたその言霊は、雷光のようにカルロの胸を穿ち、骨の髄まで震撼させた。

 カルロは復讐で濁った己の目に、その時初めてスレンツェの真実が見えたような気がした。

 だから、スレンツェは自ら皇帝の下へと下ったのか。血族を皆殺しにされ、身分を剥奪され、国を失い、全てのものから引き離され、王家の者としての矜持を踏みにじられてもなお、その責務を全うする為、自害という道は選ばなかった―――。

 カルロはこれまでそれを、来るべき復讐に備えての雌伏(しふく)の時なのだと捉えてきた。激情に震え辛酸をなめながらも、いつか帝国に牙を剥くその時の為にスレンツェはじっと耐え忍び、虎視眈々とその機会を狙っているのだと―――スレンツェの胸には自分と同じように帝国を焼き尽くさんとする業火が宿っており、それを支えとして彼は生きているのだと。

 だが、違った。スレンツェはそれが帝国との戦争を始めたアズール王家の責任だと捉え、独り全てを背負ったのだ。生き長らえたのは復讐の牙を研ぎ澄ます為ではなく、カルロ達国民をこれ以上死なせない為、自分に課せられた役目を果たす為の選択だった。

 当時わずか十五歳だった若者の、何と悲壮な決意と覚悟か―――それに比べて、自分は。

「生きろ、カルロ! お前は血にまみれても生き長らえなければならないんだ! お前には、その責任がある!」

 声を振り絞るようにして、スレンツェは剣を突きつけた男に向かいこう叫んだ。

「生きるんだ、カルロ!!」

 カルロの両眼から熱い涙が溢れ出た。とうに枯れ果てたと思っていた涙(それ)が、積年の頑なな思いをゆっくりと溶かしていく。

「……貴方に恥知らずとそしられては、死んでも死に切れません」

 ひび割れた唇をゆっくりと動かして、カルロは自身の胸に芽吹いた新たな決意を口にした。

「私も……最後まで己の務めを果たしましょう」
「……! カルロ!」

 自分の言葉がカルロに届いたと悟り、スレンツェが感極まった表情を見せる。その時だった。

 スレンツェの背後から、カルロを助けようと側近の一人が斬りかかった。気付いたカルロが止める間もなかった。

「!」

 振り返ったスレンツェの眼前で、飛び出したエレオラが自身の剣でその一撃を受け止める。勢いを殺しきれず肩口を血で染める彼女に、相手は顔を歪めながら絶叫した。

「エレオラぁッ! どけぇぇッ!」
「……どきません!」
「―――やめよ!」

 立ち上がったカルロが側近を制し、双方から剣を引かせた。

「―――!?」
「カルロ様……!?」

 事態が飲み込めない二人に対しカルロは黙して頷くと、スレンツェに向けて言った。

「……彼女は、良い臣になりますな」
「……。今のオレの身には余る」

 睫毛を伏せたスレンツェへ、カルロはいかつい口元をほころばせた。

「貴方がそうさせたのだ。責任を取られよ」

 一陣の風が吹き抜けた。

 それに導かれるようにして、カルロとスレンツェは丘の上を仰ぎ見た。こちらを見据えるフラムアークの姿を視界に捉えたカルロはわずかに瞳を細め、ポツリと呟いた。

「―――潮時か」

 戦いの音に入り混じって近付いてくる馬蹄音に、カルロもスレンツェも気が付いていた。

「この音は―――!?」
「―――おい、あれを見ろ!」

 誰かが叫んだのを皮切りに多くの者が地鳴りのような響きに気が付き、次々と丘の上を見上げた。そこに出現した新たな軍勢の姿を確認した次の瞬間、レジスタンス側からは喘(あえ)ぎのような落胆の響きが湧きおこり、連合軍からは大きな歓声が上がった。

 連合軍(かれら)にとっては待ちわびた、イズーリ周辺の有力者達からの援軍の到着だったのだ。

 この援軍の登場は、スレンツェの単騎駆けで気勢を削がれ、カルロの安否にも不穏な空気が漂い始めていた“比類なき双剣(アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド)”の兵士達の心を挫く決定打となった。数で優位に立っているという見立ての下(もと)戦いに臨んでいた彼らは、その根底が覆されかねない状況を前に、戦意を喪失したのである。

 それはレジスタンスの兵と正規の訓練を受けた兵の差でもあった。

「撤退の合図だ」

 カルロの命を受けた伝令が走り、戦場に撤退を報せる笛の音が響き渡る。

 倍以上の敵を凌ぎ切った連合軍からは勝ち鬨(どき)が上がり、“比類なき双剣(アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド)”の兵達は無念の表情のまま足早に撤退を開始した。

「―――……一から出直してまいります」
「……。ああ」

 短い言葉と、言葉にならない思いを込めた視線を交わし合い、最後に短くスレンツェに目礼をして、側近達に囲まれたカルロは戦場から離脱していった。

「スレンツェ様、ご無事ですか!」

 息を切らせて駆け寄ってきたエレオラにスレンツェは血止め用の端切れを呈すると、有無を言わせず彼女の肩口に巻いてきつく縛った。

「オレよりお前だ。無茶をする……」

 険しい光を帯びていた切れ長の双眸がふと和らいで、エレオラの青味を帯びた黒い瞳を捉えた。

「だが、助かった。礼を言う。……戻ったらユーファに診てもらえ」
「いえ……ありがとうございます。それほど深く切れてはいませんから、大丈夫です」

 心なし頬を染めながら、エレオラはカルロ達が引き揚げていった方角に視線をやった。

「ギリギリのところでしたが、カルロ様が分かって下さって良かったです」
「ああ……大した男だ。オレはあいつの期待を手酷く裏切ることになったのに―――あいつの要望を何ひとつ叶えてなどやれなかったのに、そのオレの言葉を、あいつは受け入れてくれた」

 遠のいていく敗軍の列を眺めやりながら、スレンツェは誰に言うとでもなく呟いた。

「オレはあいつを、どれほど傷付けたのだろうな。どれほど多くの者を失望させ、落胆させたのだろうな……。……。“比類なき双剣(アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド)”―――オレが真実その名にふさわしい存在であったなら、あいつらをレジスタンスという存在にすることもなかったんだろうか―――」
「スレンツェ様……」

 答えを求めるわけでない、やるせなさからこぼれ出た痛ましい彼の独白に、エレオラは言葉を詰まらせた。

 こんな時フラムアークなら、きつくスレンツェの肩を抱いて、持って行き場のない辛さを分かち合うのだろうか。ユーファならば、そっと彼に寄り添ってその悲しみを癒すのだろうか。

 一介のアズールの民にすぎないエレオラには、そのような術はない。傍にいて声をかけること以外、傷付いた彼にしてやれることはないのだ。

「どうかご自分を責めないで下さい。傷付いているのは貴方だって同じです。カルロ様も組織の者も傷付いたでしょうが、でも、皆生きています。みんな、生きているんです! それは他の誰でもない、貴方のおかげです。
胸を張って下さい、スレンツェ様。私は貴方がご無事で、こうして生きていてくれることが、心の底から嬉しい。例え深く傷付いていたとしても、カルロ様が、皆が生きていることがとても嬉しくて、幸福です」

 エレオラは込み上げてくる感情を堪(こら)えながら、スレンツェの目を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。微笑んだ拍子に涙がひと筋こぼれ落ちて、降り注ぐ陽光に煌めいた。

「エレオラ……」

 その健気な微笑みに、穢れのない涙に、スレンツェは自身の心が救われるのを感じた。

「ありがとう……」

 彼女の言葉にこうして救われるのは、これで二度目だ。

 目頭が熱くなるのを覚えながら、スレンツェはそれを押し隠して、かつての同胞達が去りゆく光景を戦場跡から見送った。
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