「ランヴォルグ! 気が付いたのね、良かった」
「リルム……」
ここは……どこだ? オレは……。
周囲に視線を走らせ、どうやら自分が天幕の中に寝かされているらしいと悟り、オレは自らの記憶をたどった。
何が……どうなったんだった? 虚影(ホロウ)は……。
そこまで思って、意識を手放す直前に見た心配そうなフレイアの顔が瞼に浮かんだ。そこから気を失う前の出来事がまざまざと甦ってくる。
そうか、オレは魂食い(ソウルイーター)の力を使い過ぎて……。
情けない。あのまま気絶してしまったのか。
苦々しく思い起こしながらゆっくりと身体を起こすとリルムが水筒を差し出してくれた。それを受け取って乾いた喉を潤し、人心地ついて礼を言う。
「世話をかけたな……」
「気にしないで。あたし達が世話をかけてこうなっちゃったようなモンだし。身体は大丈夫そう?」
オレは軽く身体を動かしてからリルムに答えた。
「ああ、問題ない」
「良かった! みんなに知らせてくるわね」
そう言って天幕から出ていく彼女の後ろ姿を見送り、おもむろに立ち上がると軽くふらついた。額に手を当てて嘆息し、呼吸を整える。
寝ている間、ひどい悪夢にうなされていた気がする。絶望に胸を引き裂かれる、この世の終わりのような悪夢を―――。
思い出したくもない胸の悪さを引きずりながら、それを払拭してくれるフレイアの姿が早く見たくて、オレは天幕の外へ出た。
起き抜けの視界に澄んだ朝の光が眩しい。目をすがめるオレの周りにベルンハルトとアレクシスが駆け寄ってきた。
「ランヴォルグ! 大丈夫か」
「おはよう、良く寝てたねぇ。体調はどう?」
「面倒かけたな……もう大丈夫だ」
彼らにそう答えながら目でフレイアを探すと、彼女は少し離れた場所からこちらを見つめていた。しっかりと地に足をつけ立っているその姿を見て、自分の胸が安堵に緩むのを感じる。
「ドルク……良かった、気が付いたんだな。もう、起きて大丈夫なのか?」
フレイアははにかんだ表情でそう言うにとどまり、その場からこちらに歩み寄ろうとはしなかった。
そんな彼女の様子に違和感を覚えたが、リルムが腕を絡めるようにして話しかけてくるとそれをアレクシスが引き離しにかかり、それを見たベルンハルトが茶々を入れ始めて、いつものように騒がしくなったせいで、うやむやのうちに朝食を取る流れになった。
朝食、とはいっても携帯食なので、メニューは硬いパンと火で炙った干し肉、それに根菜とその辺の食べられる野草で作ったあり合わせのスープだ。
「食べれそうか?」
フレイアがオレを気遣って尋ねてくる。だが、目が合うと不自然に視線を逸らした。
やはり様子がおかしい。どうしたんだ、いったい?
「パンとスープだけもらいます」
内心訝(いぶか)りながらそう答える。正直食欲はなかったが、いつ何時どうなるか分からない傭兵の世界では食べられる時に食べておくのが定石だ。
そんなオレの体調をフレイアは慮(おもんばか)ってくれたらしく、こう問い重ねてきた。
「果物があれば果物の方がいいか?」
「果物? あるんですか?」
あれば、そちらの方がありがたい。
「さっき野草を採りに行った時にフロマの実がなっているのを見かけたんだ。ちょうど手がいっぱいだったから採ってこなかったんだけど」
フロマは薄紅色をした球状の実で、柔らかく甘い果肉と芳醇な香りが特徴の果物だ。酸味が少なく、市場でも人気が高い。
「えっ、フロマ!? あたしも食べたい!」
それを聞きつけたリルムが瞳を輝かせる。
「オレもー」
「僕もー」
ベルンハルトとアレクシスがそれに倣(なら)えとばかりに手を上げた。
「了解、みんなの分採ってきてあげるよ。すぐ近くだったから」
フレイアはそう言って少し笑うと森の中へ消えていった。
「リルムはともかく、お前ら……手伝いに行く気とかないのか」
苦い顔で男連中をにらみつけると、アレクシスがこう嘯(うそぶ)いた。
「ギルドの噂ではひどい言われようだけど、彼女、いい娘(こ)だよねぇ。健気なトコあるし」
「そうそう、気を失ったどこぞの誰かが心配で傍を離れられないトコとか。凛々しすぎる戦闘中とのギャップが可愛いよなぁ」
ベルンハルトの相槌に目を瞠ったオレに、リルムが爆弾を投げてよこしてきた。
「アレクが心配ないって言ってんのに、あの女、ランヴォルグの傍にひっついて離れなかったのよ! おかげであたし、アレクと一緒の天幕で寝る羽目になったんだから!」
「ええ〜、その言い方、嫌だったの? 嫌だったの、リル?」
「リルぅ、オレも一緒に寝たはずなのに端折(はしょ)られてんだけどー」
わあわあと騒がしくなる連中を尻目に、オレは自分の胸が熱くなっていくのを覚えた。
フレイア。そんなにオレを、心配してくれていたのか?
だが、それなら何故意識を取り戻したオレに対してあんな態度を取る? いったい、どうして―――……。
それを考えているうち、ふと、夢の合間におぼろげながら聞こえたようなフレイアの声を思い出した。
『わたしはここにいるよ。大丈夫……』
悪夢の狭間でその声を聞き、ひどく安堵したような記憶が唐突に甦る―――そのあいまいな記憶と共に、オレの背をなでた彼女の腕の温もりや、オレの額と頬に触れた柔らかな感触がぼんやりと思い起こされた。
無言で椅子から立ち上がったオレを見て、ベルンハルトとアレクシスがニヤついている。
妙な気を遣って、わざとフレイアを手伝わなかったな、こいつら。
「どうしたのよ、ランヴォルグ?」
「……フレイアを手伝いに行ってくる」
不思議そうな顔をしてオレを見上げたリルムにそう告げると、「ええーっ、じゃああたしも!」と席を立ちかけた彼女を「いいからいいから」と男二人が押しとどめた。
*
鮮やかな緑の色彩溢れる森の中でオレがフレイアを見つけた時、彼女はちょうど人数分のフロマの実を収穫し終えたところだった。
「ドルク!? どうしたんだ!?」
木陰から現れたオレを見て、驚きに瞳を見開く彼女の腕には薄紅色をした丸い果実がこんもりと抱えられている。
「……持つの、手伝います」
「そんなのいいよ! 待っていてくれて良かったのに……てか、あの三人、どうしてあんたを止めないんだ!?」
唸るように言う彼女に微苦笑を返しながら、オレはその腕の中からいくつかフロマの実を取り上げた。
「オレが行きたがったんです。あなたと二人きりになりたくて」
「え……」
フレイアが動きを止める。彼女の凛とした瞳を見つめると、オレの眼差しに耐え切れないように、またしても彼女は視線を逸らした。
「そ、そんなの……わざわざ今じゃなくても、この仕事が終わればまた、二人きりになるじゃないか」
「そういうことではなくて……。目を覚まして天幕を出た時、あなただけオレの傍へ来てくれなかったでしょう? あれがけっこうショックだったんです」
わざとそういう言い方をすると、フレイアは目に見えて動揺した面持ちになった。
「いや、あれは……だってみんながあんたの周りを取り囲んでいたし、わたしは後でもいいかなって」
「……それに、さっきから目を合わせようとするとどうしてかすぐに逸らされてしまうし」
「そんなことは……」
「ないですか?」
改めて彼女の瞳を見つめると、フレイアは頬の辺りに力を込めてオレの視線を受け止めた。オレの言葉を否定する為、恥ずかしいのを堪(こら)えて一生懸命視線を合わせているような印象だ。
そんな彼女の様子に頬が緩む。
「オレを心配して、ひと晩中付き添ってくれていたんですってね」
「え?」
「リルムから聞きましたよ……オレの傍にひっついて離れなかったって」
「え……う、それは!」
フレイアはみるみる耳まで赤くなった。
「し、心配するのは当然だろう!? 仕事のパートナーなんだから! ひと晩中じゃなくて、見張りの番が来るまでの間だし!」
「それだけですか……?」
フレイアは赤くなった顔をオレから背けると地面に視線を落とした。
「他に、どんな理由があるんだ」
「夢現(ゆめうつつ)に……あなたの温もりを感じた気がするんです。ここと、ここに」
そう言って自分の額と頬を示すと、フレイアは頬を紅潮させて呼吸を止めた。その様子から、あいまいな自分の記憶が現実のものであったことを確信する。
「キスしてくれたんじゃないですか? オレに」
そう切り込むとフレイアは更に頬を赤らめ、分かりやすく目を泳がせた。だが、頑としてそれを認めない。
「……夢だろう、それ」
往生際の悪い彼女にオレは意地の悪い笑みを返した。
「さっきまではそう思っていました。でも今は……あなたの様子を見て、現実だったと確信しました」
「!」
フレイアはカッと気色ばんだ表情になると、反射的に背を翻そうとした。
「逃げないで下さい。今のオレは、あなたを追いきれない」
フレイアの背にそう投げかけると、彼女の足が止まった。オレはフロマの実を足元に置き、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「……その言い方は、ずるい」
背を向けたままのフレイアから押し殺した声がもれた。
「ドルクは……意地悪だ。誘導尋問みたいな真似して……」
「そうですね……オレは、ずるくて意地悪なんです。あなたの前では、格好つけている余裕がないから」
自嘲気味にそう言ったオレの脳裏を先日のフレイアの言葉がよぎった。
『ドルク……あんた、赤い髪が好きなの? リルムが昨日言ってた。今まであんたが関係を持った女はだいたい赤い髪要素を持ってるんだって』
それは考えてもみなかった内容だった。そんな自覚はなかったがリルムの観察眼は確かで、思い出しうる記憶をさらった限り、確かにそういう要素を持つ相手は多いように思えた。そればかりか今にして思うと、赤毛要素に限らず雰囲気や瞳など、どこかフレイアに似通った部分を持つ相手を知らず知らずに選んでいたようだ。
フレイアに囚われている自覚がないまま無意識に彼女の面影を求めていた自分を知り、オレは密かに頭を痛めた。
オレのフレイアに対する想いは年季も入って相当こじれている。
そんな相手に対して、余裕などあるわけがなかった。使えるものは何でも使って、取り囲みたい。逃げ場を失くして、その瞳にオレだけしか映らないようにしてしまいたい。
「教えて下さい。キス、しましたよね? どうしてオレにキスしたんですか?」
「……。悪い夢にうなされて、ドルクがあんまり辛そうだったから……一度、起こしたんだ」
オレの追及に観念したように、とつとつとフレイアが話し始めた。
「そうしたら、まるで小さな子供みたいにあんたがわたしにしがみついてきて……それを見ていたら、何かこう、胸が切なくなって。これ以上悪い夢を見なければいい、そんな祈りにも似た気持ちになった……」
―――何だって?
彼女自身にその自覚はなかったようだが、それを聞かされたオレは強烈なカウンターを食らったような衝撃に見舞われた。
しがみついた? オレが? 小さな子供のように、フレイアに?
まさか。
その部分はまるで記憶にない。だが―――あのおぼろげな彼女の声を聞いた時、心からの安堵を覚えたような気がしたあの時、確かに彼女の香りと温もりを腕の中に感じたような―――ひどく漠然とした感覚の欠片は、ある。
フレイアは意味のない嘘をつくような女性ではないから、それは事実なのだろう。
―――そんな余裕のない姿を彼女の前で晒していたのか、オレは。
想定外の自分の醜態を目の前に突き付けられて、内心で頭を抱え込みたくなる。
本当に、オレは―――この女(ひと)の前では格好つけている余裕がないんだな……。
そんなオレの心の内など思いもよらない様子で、フレイアはとつとつと語り続ける。
「多分、虚影(ホロウ)に見せられたわたしの幻を夢で見ていたんだろう? それがどんなに恐ろしいものか、想像はついたから……。
わたしもあんたがあんなふうに気絶するのを初めて目にしてすごくビックリしたし、わたし自身虚影(ホロウ)の幻影を見た後だったから、それを思い出して……あれが現実になったらどうしようって―――すごく怖かったから……」
フレイアの声が震えた。言葉を紡ぐうちにその時のことを思い出し、感情が昂ったらしい。彼女の眦(まなじり)に涙が滲んでいるのを見て、オレは息を飲んだ。
フレイアは……虚影(ホロウ)の幻影でオレの幻を見たのか。
「怖くて……いくらアレクシスに大丈夫だって言われても……落ち着かなくて」
初めて目にしたフレイアの涙に胸を突かれる。感情にまかせた先程の自分の言動を恥じ入る気持ちでいっぱいになった。
「すみません……からかうような言い方をして」
「ホントだよ……こっちがどれだけ、肝を冷やしたか……」
フレイアはオレの想像以上にオレのことを案じてくれていたらしい。申し訳ない思いと、相反する喜びで胸が溢れそうになった。
「謝りますから、こっちを向いて下さい」
「イヤだ」
「フレイア。こっちを向いて」
彼女の肩に手をかけて顔を覗き込むようにすると、手の甲で乱暴に涙を拭った彼女は充血した瞳をきっとこちらに向けた。
散った涙が木漏れ日に透けて煌めき、毅然とした輝きを放つ赤く潤んだ双眸がひどく綺麗だった。
「心配かけて、すみませんでした……」
心からの思いを伝える。フレイアは口元を結び、かすれた声を絞り出すようにして言った。
「……。こっちこそ……あんたに負担かけて悪かった……」
感情を抑制しようとするあまり憮然としたような表情になってしまった彼女が愛しくて、突き上げてくる衝動を抑えきれなかった。腕を伸ばし、掻き抱(いだ)くようにして彼女を腕の中に捕える。
「ドルクッ……」
動揺した声を上げるフレイアの耳朶に唇を寄せ、囁いた。
「不謹慎なことを言わせて下さい」
「え?」
「あなたが泣くほど心配してくれたことが、すごく嬉しい。嬉しいんです……」
「バ……バカ! もう離せっ、フロマの実が潰れる!」
思った通り照れ屋の彼女は癇癪をおこして腕の中で身じろぎした。オレは素直にフレイアの拘束を解くと、彼女が腕の中に抱くようにしていた果実を受け取り地面に置いた。
「ドルク? 何を……わっ!」
不審げに眉をひそめたフレイアを再び抱き寄せ、こつんと額を合わせるようにして宣言する。
「せっかくオレの為にあなたが採ってくれた果実を潰してしまうのは、忍びないですからね……これで心置きなくあなたを抱きしめられる」
「なっ……何を言ってるんだ! みんな待ってるんだぞ、早くっ……フロマの実を、持って……いかない、と―――」
真っ赤になってわめくフレイアの言葉が吐息混じりに途切れたのは、オレに唇を塞がれたからだ。何度か唇を合わせるだけの軽いキスをした後、オレはしたり顔で彼女に言った。
「連中のことなら心配しなくていいですよ……リルムは置いておいて、ベルンハルトとアレクシスはその辺りの機微を持ち合わせていますから」
「えっ」
それを聞いたフレイアは湯気を噴きあげんばかりの様相になった。
「そんなっ……そんなの、恥ずかしすぎるだろ! どんな顔して戻ったらいいんだ!」
「何事もなかったような顔で戻ればいいんですよ」
「わたしが、そういうの苦手だって、知ってるだろ!」
「苦手を克服するチャンスだと捉えればいいんじゃないですか?」
悲鳴のようなフレイアの訴えを無下にしながら、オレは彼女の潤んだ瞳を覗き込み、上気した頬に手を添えて、色づいた柔らかな唇に再び自分の唇を重ねた。言い募ろうとしたフレイアの声が喘ぐような吐息に変わって消える。
甘い―――彼女の口当たりは、どうしてこんなに甘いんだろう。
その味わいを堪能するように、じっくりと強弱をつけて瑞々しい唇を何度も食んだ。
甘くて柔らかな彼女の唇は、その度にふるんと健気な弾力をこちらに伝えてきて―――どうしようもなくオレを焚きつけ、たまらない気持ちにさせた。
何度も食まれてしっとりとほぐされ、柔らかく開いたフレイアの唇に導かれるように深く舌を差し入れ、彼女の感じる部分を舌先でなぞるようにして触れていくと、抱きしめた彼女の肢体から力が抜けていくのが分かった。フレイアから鼻にかかった甘い吐息がこぼれ、この上なくオレの胸を熱く滾(たぎ)らせる。
愛しい―――。
その想いに、胸が締めつけられる。
想いの丈をぶつけるように彼女の舌に舌を絡め優しく愛撫していると、予想しなかったことが起きた。
それまでされるがままだったフレイアが、初めてオレのキスに応えたのだ。おずおずと、自分からも舌を絡め、オレにキスを返してくる。
これまで彼女はオレのキスを受け入れてはいても、自分から返してきたことはなかった。
今までとは違うフレイアの明確な意思の変化を感じ、ひどく昂る自分を感じる。自然とキスが激しくなった。
「んっ……、っ……は……っ」
彼女の吐息が熱い。オレの吐息も熱い。互いの吐息が熱く絡まり、身体の熱を一気に押し上げていく。
身に着けている彼女の鎧が邪魔だ。しなやかな肢体の感触が確かめられない。こんなに鎧を邪魔だと思ったことはなかった。
どうしても彼女の素肌に触れたくて、防護スーツの首の後ろに手を伸ばし、ファスナーを引き下ろす。が、鎧のせいで首の付け根辺りまでしか下ろせない。
微かにフレイアの身体が揺れたが、彼女は制止してこなかった。それを了承と受け取り、オレは彼女の防護スーツの内側に手を差し入れ、指を伸ばした。
濃厚なキスを交わしながら滑らかな肌をたどり、爪先でなでるようにしてうなじを愛でると、均整の取れたフレイアの肢体が大きく震えた。
「ぅんっ……!」
彼女の口から色づいた吐息が漏れ、オレの男としての本能を著しく刺激する。理性が飛びそうになる懸念が頭をかすめたが、それ以上に彼女に触れたい衝動を抑えきれなかった。
足りない―――もっともっと、彼女の素肌に触れたい。
触れて、しどけなく喘がせたい。
フレイアの嬌声(こえ)が聞きたくなり、名残惜しさを感じながら一度唇を離す。すると至近距離で煌めく、熱く潤んだ茶色の双眸が視界に入り、思わず息を止めてそれに見入った。頬を火照らせ、誘うように薄く唇を開き、切なげな表情でこちらを見つめるフレイアはひどく煽情的で、オレの理性を破壊する寸前まで追い込んだ。
何て顔を、しているんだ……。
濡れて色鮮やかさを増した彼女の唇に惹きつけられるようにしてもう一方の指を伸ばし、柔らかな弾力を伝えてくるその輪郭をなぞるようにして愛撫すると、フレイアは目をつぶって吐息を震わせた。長い睫毛がきめ細かな肌の上に陰影を落として、彼女の整った容貌をひどく艶(あで)やかに魅せる。
誘われるように魅惑的な唇の横に口づけ、そのまま形の良い頬をたどるようにして耳へたどり着き耳朶を甘噛みすると、彼女の腰がヒクンと揺れ、聞きたかった甘い声がその口からこぼれ落ちた。
「あ……っ……」
もっとだ……もっと、その声が聞きたい。
荒ぶる衝動を抑えつけ、うなじを滑らせるようになで上げながら、しっとりとした唇をくすぐるように刺激し丹念にフレイアの耳に口づけていく。すると弱い耳をうなじと唇と同時に愛撫された彼女は真っ赤になって身悶えし、切ない声を上げた。
「あっ……や、待って……ドルク、待っ……ぁ、ん……!」
「フレイア……もっと、その可愛い声を聞かせて下さい……」
清潔感のある彼女の香りが色を帯びた声と相まって、オレを獣のように煽り立てる。興奮を隠しきれない声で囁きながら耳の中に先を尖らせた舌を差し入れると、彼女はビクンと身体をわななかせ、小さくのけ反った。
「んっ……ぅ……!」
意地っ張りで恥ずかしがり屋の彼女はここへ来ても声を出すことに抵抗があるようで、どうしても可愛らしい声を堪(こら)えようとする。
だが、堪えようとして堪えきれない声の方が男の劣情を煽ることを、この女性(ひと)は分かっていない。
優しくうなじを梳きながらもう一方の耳にキスの雨を降らし、歯先をかすめるようにして耳朶を愛撫すると、フレイアはたまらず身をよじって、震える息を吐き出した。
「ぁ……あ、んんっ……ドルク、もぅっ……ダメ……ダメだっ……」
オレの胸に両手を押し付けるようにして、哀願をするようにかぶりを振る。
「どうしてですか……?」
「ダメ……ぁ……立ってられなくなるっ……」
フレイアの全身がわななき、膝が震えていることには気が付いていた。自分の理性が崩壊寸前であることも分かっている。
だからこそ、ブレーキをかけるのが難しかった。
―――抱きたい。
強烈な欲望が自分の中で暴れ狂うのを感じる。
今すぐに彼女の鎧を剥ぎ取って、肌を重ね、思う存分彼女を味わいたい。おかしくなるほどよがり狂わせ、恥ずかしいなどという概念を崩壊させて、その口からあられもない愛らしい嬌声(こえ)が上がるのを聞きたい。
―――だが、彼女を傷付けるのは本意ではなかった。
再会した夜に犯した過ち。もう二度と激情に駆られて彼女を傷付けるような真似はしないと、心の中で誓った。
フレイアの心はまだ、完全にオレのものにはなっていない。
つい先日、彼女自身の口からそれを聞かされたばかりだった。
ここでオレが自分の願望を押し付けるのは、彼女の望むところではない―――。
ギリギリ理性を繋ぎ止め、オレは自らの劣情を断ち切るように、フレイアの唇に自分の唇を押し当てた。彼女に口づけながら、行き場のない熱を吐き出すようにして言葉を絞り出す。
「フレイア……あなたが好きだ……どうにかなってしまいそうなくらい、あなたが好きです……」
「ドルク……」
「あなたが、好きです……」
溢れる想いを吐露しながら、フレイアの左の肩に額を押し付けるようにして、オレは彼女をきつく、きつく抱きしめた。