魔眼 虚夢の館

05


 ドルクが言っていた「大広間に直で行ける道」というのは、腐食した床に開いた大穴のことだった。

 穴の先は淀んだ陰の気に満ちていて肉眼でそれを視認することは難しかったけど、間取り的にここが大広間の上であることは確認出来た。

「うへぇ。ここから飛び降りるのかぁ……」

 辟易するベルンハルトに淡々とドルクが告げる。

「多分大広間の扉を開けること自体がヤツの幻影を作動させる要因になっている。正面から行くと同じパターンになる可能性が高い」
「もうあんな幻覚見せられるのはゴメンだもんねぇ、せっかく“染み抜き”したトコだし」

 アレクシスが言う“染み抜き”とは、顔なしの親子から飛び散った血飛沫のことだ。

 わたし達に盛大に降りかかったそれはどうやら虚影(ホロウ)お得意の幻覚をよりリアルに見せるのにひと役買っているらしく、療法士(ヒーラー)の彼が浄化の呪文で取り除いてくれたのだ。

 それとみんなの情報を照らし合わせた結果、転移後の部屋に置かれていた絵画はそれぞれ描かれていた内容が違っていたらしい。

 わたしが見たのは「剣を持つ身なりの良い男と、舌を切り落とされたドレスを纏う女」。
 ドルクが見たのは「剣を持つドレスを纏う女と、腹を切り裂かれた身なりの良い妊婦」。
 リルムが見たのは「祝福された結婚式と、絶望に打ちひしがれる女」。
 アレクシスが見たのは「幸福そうな男女の仲睦まじい様子」。
 ベルンハルトが見たのは「顔のない親子の肖像画」だったそうだ。

「何となく、物語が見えてくるわね……」

 リルムが親指の爪を噛みながら言った。

「ここから想起される出来事がゴート城の虚影(ホロウ)誕生のきっかけになったんだろうな……」

 そう呟きながらわたしは背筋が薄ら寒くなるのを覚えた。想像される内容は人の狂気が宿っていておぞましい。

「……よし、万全に態勢を整えていくか。今度こそ虚影(ホロウ)本体に会えるといいんだけどな」

 全員を見渡しながらベルンハルトが言う。わたしとドルクは視線を交わし、魔剣との同調をより深いものにする為の合言葉を口に乗せた。

「魔眼―――開眼」

 わたしとドルクに向かって魔剣の力が流れ込み、わたしの瞳を煌めく紅蓮に、ドルクの瞳を燃え立つような金色に変えた。

「おおっ……! スゲェ……!」
「噂には聞いていたけど……圧巻だねぇ」
「素敵……! 想像してたのよりずっといいわ!」

 雰囲気を変えたわたし達を見て、魔眼初見の三人から感嘆の声が上がる。

「眼の色だけじゃなくて、何かこう、ガラッと気配が変わるんだな」
「みなぎるような力の波動っていうのかな……そういうのを感じるよ。上手く言えないけど、スゴいね」
「百聞は一見にしかずね。力強さを内包した魔的に輝く瞳の色が綺麗……」

 そんなふうに言われると、何かちょっと照れるんだけど……意外だったのはリルムの言葉がドルクだけでなくわたしにも向けられていたことだ。


『実際には心の中で思っていることを婉曲的に別の言葉に変換して、何の意味があるの? 言ってることと心の中で思っていることが違うなんて気持ち悪い』


 以前そう言っていた通り、彼女は誰彼なしに思ったことを本当にそのまま口にしているんだな。

「胸が悪くなるような淀みだな……魂食い(ソウルイーター)の結界を張って飛び込むぞ。それと何度も言うが、今回オレは戦力としては役に立てない」
「分かっている。事前の打ち合わせ通り、攻撃の主軸はオレとリルムとフレイアで行く。ランヴォルグとアレクは後方支援頼むぞ」

 わたし達は顔を見合わせ、頷き合った。



*



 魂食い(ソウルイーター)の結界に護られて負の気渦巻く大穴に飛び込んだわたし達が目にしたものは、先程とは全く様子を変えた朽ち果てた大広間だった。

 薄暗い荒涼とした空間の最奥に、ズタズタのドレスを纏った人型のモノが佇んでいるように見える。よく見るとその足元はわずかに浮いていて、乱れたまとめ髪から覗く輪郭の中には口紅で殴り書きされたような口があるだけだった。身の丈は大きく、ゆうに成人男性二人分以上ある。

 ゴート城の虚影(ホロウ)の本体だ。これまでの経緯から予想はしていたが、今回の虚影(ホロウ)はやはり女型か。

 ナゼ……。

 不気味な反響を伴う声なき声が、廃墟と化した屋敷の中に響き渡る。

 ナゼ、私ニハ何モナイ……。

 寂シイ、憎イ、悲シイ、辛イ、切ナイ、許セナイ、許セナイ、許セナイ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ…… !

 声なき声の嘆きが募るほどに、虚影(ホロウ)の周囲を取り巻く不穏な気配の濃度が上がっていく。

 ナゼ私ダケ……!

 虚影(ホロウ)が絶叫すると同時に、衝撃波のようなものが迸(ほとばし)った。

『慟哭(どうこく)』と称される精神攻撃を伴った強烈な波動だ。これを食らうと肉体的なダメージを負うだけでなく時に脳神経に影響が及んで躁鬱(そううつ)状態となり、感情の抑制が利かなくなって多大な被害を被るのだが、魂食い(ソウルイーター)の結界のおかげで全員躁鬱の難を逃れた。

 対虚影(ホロウ)戦では往々にしてこれに苦しめられるものなのだが、それが防げるとなるとその効果は大きい。

 リルムとアレクシスが呪文の詠唱に入り、わたしとベルンハルトが剣を手に虚影(ホロウ)へ向かって駆け出す。ドルクは後衛のリルム達の少し前に立ち、彼女達に及ぶ範囲で結界を張りながら戦況を見据えている。魂食い(ソウルイーター)の結界が及ぶ範囲は限られているから、前衛のわたしとベルンハルトはこの時点で結界の加護を失っていることになる。

 その時、走る自分の周りの気流が変わって、アレクシスが行動速度を上昇させる魔法をかけてくれたのだと察した―――ありがたい!

「はァッ!」

 気勢を吐き、虚影(ホロウ)の下から上へと駆け上がるようにして剣を走らせる!

 虚影(ホロウ)はどんな個体も必ず核となる負の軸を持っていて、それがいわば奴らにとっての心臓のようなものになる。それを破壊すれば虚影(ホロウ)は実体を失くし、終わりなき因果から解き放たれるのだ。

 その核がどこにあるかは個体によって異なるので、それを見つけ出し、破壊しなければならない。

 ―――こいつの核はどこだ!?

 虚影(ホロウ)の本体を斬り裂きながら、紅蓮の双眸を光らせる。反対側から跳躍したベルンハルトがわたしとは逆に刃を下側へ走らせていくのが視界の隅に入った。

 絹を裂くような悲鳴が虚影(ホロウ)から上がり、骨ばった腕が害虫を薙ごうとするような動きを見せる。

 それを素早くかわしながら、リルムの魔力が高まるのを感じたわたし達は一度虚影(ホロウ)から距離を取った。直後、唸りを上げた焦熱の業火が虚影(ホロウ)の胸の辺りに炸裂し、爆音を伴って辺りを灼熱に染め上げた。

 リルムは炎系の魔法が得意なのだと話には聞いていたが、噂に違(たが)わぬなかなかの威力だ。

 炎に包まれた虚影(ホロウ)の胸部が魔法のダメージで大きく抉れる。だが、核は見えない。ずぶずぶと不気味な音を立てて胸部は瞬く間に再生されていき、その再生能力の高さにわたし達は目を瞠った。

 こいつ、何て再生能力だ! これまで対峙してきた虚影(ホロウ)とは格が違う!

 傷の再生を終えた虚影(ホロウ)から嘆きの咆哮が上がった。

 ナゼ、私ハ必要トサレナイ……!

 炎の残滓(ざんし)がくすぶる中、周囲の気温が急激に下がっていく。吐く息が白くなり、床や壁に霜が張り始めて、瞬く間に手足の先がかじかんできた。

 寒イ……! 寒イ……! コノ闇ハ、イツマデ続ク……!

 猛烈な冷気が目の前の虚影(ホロウ)から吹きつけてくる。眉や髪が凍りつき、今にも身体の芯まで凍てついてしまいそうな冷たい痛みに全身が悲鳴を上げるようだ。

 震える息を吐き出しながら、わたしは寒さで感覚がなくなりそうな腕に力を込めて壊劫(インフェルノ)を構えた。

 ―――これは幻覚だ。脳神経が一時的に混乱させられ、「寒い」と感じているだけ。実際はリルムの炎の呪文が炸裂した後で汗ばむくらいの気温のはずだ。

 深呼吸を繰り返すと幻覚が解け、手足の先の感覚が甦ってきた。目の前で再びリルムの放った業火が爆音を上げ、虚影(ホロウ)が金切り声を上げる。凍りついたベルンハルトにアレクシスが状態異常回復の呪文を唱えるのを目の端に捉えながらわたしは走った。

 虚影(ホロウ)の膝の辺りを剣で斬りつけながらそのまま後ろに駆け抜け、壁を蹴って跳躍し、背後から脳天を叩き割るようにして壊劫(インフェルノ)を振り下ろす!

 虚影(ホロウ)の絶叫が轟き、再び『慟哭』が発動した。迸った衝撃波に吹き飛ばされ、床の上を滑るようにして転がりながら素早く体勢を立て直すが、耳の奥が痛み、ひどい動悸と眩暈を覚えた。だが、精神の感応は免れる。

 魂食い(ソウルイーター)の結界に護られているドルク達は問題なかったが、ベルンハルトは躁鬱状態に陥った。狂ったような雄叫びを上げ、虚影(ホロウ)に向かって突進する。かと思うと急に膝を折ってうなだれ、大剣を手放した。

 その頭上へ鋭い爪の光る虚影(ホロウ)の腕が振り下ろされる。その様はまるで五連になった死神の鎌のようだ。それがベルンハルトを捕える寸前、ドルクの放った剣圧が虚影(ホロウ)の五指を吹き飛ばした。同時にアレクシスの呪文がベルンハルトを包み、彼を正常な状態に戻す。

 その中をわたしは駆け抜け、跳躍した。目の前には口だけが描かれた虚影(ホロウ)の顔―――ここだ! 確信して紅蓮の双眸を瞠り、振りかぶった壊劫(インフェルノ)を一閃させる!

 深々と輪郭が裂け、その奥にチラリと何かが見えた―――核だ!

「あったぞ! 顔面だ!」

 核の在りかを悟られた瞬間、虚影(ホロウ)の気配が凶悪な闇を纏った。唸るような声を上げ五指の再生された腕を頭上に掲げると、その先に黒い稲光のようなものが瞬き、空間に出来た漆黒の裂け目から渦巻く暗黒の気流が出現した。

 そこから伝わってくる凶暴な波動に、わたし達は息を飲んだ。

 まずい。何だ!? この現象は……!?

 虚影(ホロウ)とは何度か戦ったことがあるが、こんな光景は見たことがない。まるで頭上の空間が裂け、そこから冥界のチカラが溢れ出てくるかのようだ。

 どういうものなのかは分からないが、その気配からヤバいものだ、ということだけは確信する。

「何だか分からないけど、ヤラれる前にやるわよっ!」

 三度(みたび)放たれたリルムの爆炎が虚影(ホロウ)の顔面に炸裂し、その部分を大きく抉った。再びチラリと核が覗く。虚影(ホロウ)の巨体は揺らいだが、頭上に出現したエネルギーの塊は消えることなく禍々しいその気配を増していく。核を包み込むようにしてみるみる再生されていく顔面に気勢を上げたベルンハルトが深々と剣を突き立て、十文字に斬りつけた。今度はハッキリと核が覗き、虚影(ホロウ)の口から怒りに満ちた咆哮が上がる。

 ―――今だ!

 ベルンハルトに被せるようにして跳躍していたわたしが彼の背後から姿を現し斬りつけようとした瞬間、虚影(ホロウ)が頭上のチカラを解き放った。

 つんざくような轟音と共に暗黒の稲光が大広間を縦横無尽に走り抜け、身体中を射抜くような激痛が突き抜ける! 壊劫(インフェルノ)の切っ先はわずかに核に届かなかった。誰のものか分からない悲鳴が交錯し、一撃で戦況がひっくり返される。

 わたしはたたらを踏みながらもどうにか着地したが、受けたダメージは隠しようもなかった。口中に血の味が広がり、呼吸をするだけで全身が引きつれるように痛む。

 くそ……今の攻撃が届かなかったのは痛かった……!

 荒い息をつくわたしを癒しの力が包み込んだ。こうなることに備え、あらかじめアレクシスが唱え始めていた回復呪文だ。

 全快とはいかなかったが、動ける程度には回復する。仲間の状況をざっと確認すると、ドルクの負傷程度が一番軽かった。魂食い(ソウルイーター)の使用者である彼は元々虚影(ホロウ)の攻撃に対して耐性が高い。だが、先程の虚影(ホロウ)の攻撃は魂食い(ソウルイーター)の結界をもってしても防げる種類のものではなかったらしい。若干緩和する役目は担ったらしいが、リルムとアレクシスはどうにか自力で立っているといった様子で、ダメージは大きそうだった。けれど二人共怯むことなくアレクシスは引き続き回復呪文を唱え、リルムも再び攻撃呪文の詠唱に入っている。

 ベルンハルトも動ける程度には回復しているようだった。行ける、とわたしに目で合図してくる。

 さすが、ドルクが何度も組むだけのことはあるな……さっきのあれを受けて心が全く折れていない。みんな豪胆だ。

 再び剣を手に駆け出すわたし達の前で、虚影(ホロウ)は先程と同じ攻撃の構えに入った。

 まずい。もう一度「あれ」を放たれたら……!

 頭上に掲げた虚影(ホロウ)の腕をドルクが剣圧で吹き飛ばそうとするが、半ばまで千切れるにとどまり、攻撃を阻止するに至らない。彼は再度腕を吹き飛ばそうと試みたが、それより虚影(ホロウ)が『慟哭』を発動する方が早かった。

 ドルクがとっさに攻撃から結界の発動に切り替える。吹き荒(すさ)ぶ衝撃波の中、リルムの呪文が虚影(ホロウ)の顔面に炸裂した。再びチラリと核が覗く。だが『慟哭』の影響か、ベルンハルトが付いてきていない。

 この虚影(ホロウ)の再生能力の高さは異常だ。確実に仕留める為にも、ベルンハルトの力が要る。わたしは瞬時に攻撃対象を切り替えた。

 ドルクの攻撃で半ばまで千切れていた虚影(ホロウ)の腕を切断する! 地を這うような声が轟き、斬り落とされた腕と共に不完全な状態で放たれた暗黒の稲光が大広間にスパークした。

「…………!」

 再び全身に衝撃が走る。だが、最初のものに比べれば軽い。堪えるわたし達をアレクシスの癒しの力が包み込んだ。

 呪文によって傷ついた身体が癒されていく―――けれど、じわじわと確実にダメージは深まってきている。これ以上は引き延ばせない、中途半端なものでももう一度これを食らえばパーティーが深刻な危機に陥ると確信した。

 ―――ここで、決める!

 虚影(ホロウ)もここが勝負どころであることを察しているのか、再生途中の腕を三度(みたび)頭上に掲げた。暗黒の火花をスパークさせて冥界の門が開き、禍々しい力の渦が再びそこに収束していく。

 人間達を排除する力を蓄えながら、虚影(ホロウ)はぞんざいに描かれた口から長い舌を鞭のようにしならせて伸ばし、襲いかかってきた。

 これを斬り落として転移させられでもしたらたまらない。かわしながら攻撃の隙を窺うわたしの視線の先で、虚影(ホロウ)の頭上に出現した暗黒の渦は強大さを増していく。

「次で決めるぞ!」

 声を張り上げるわたしに、理性を取り戻したベルンハルトとリルムが応えた。

「了解!」
「分かったわ!」

 リルムの詠唱が始まるのを耳にしながら、わたしは自分の集中力を極限にまで高めることに努めた。最悪ベルンハルトが足止めされても、ここで決める。決めなければダメだ。

 壊劫(インフェルノ)との同調が深まり、紅蓮の双眸が燃え立つように煌めくのが分かる。滾(たぎ)る力を蓄えながら鞭のようにしなり襲いくる虚影(ホロウ)の舌を流れるようにかいくぐりつつ距離を詰め、奴の核を破壊するその瞬間を虎視眈々と狙った。

 なかなか捕えられない相手にしびれを切らしたのか、虚影(ホロウ)は舌を引っ込めるとお得意の『慟哭』に移った。

 わたしは両足を開いて踏みとどまり、壊劫(インフェルノ)を構えてそれを迎え撃った。荒ぶる咆哮を気迫で打ち消す!

 何度も食らって耐性もついた。もうわたしには効かないぞ!

 ベルンハルトがどうか気がかりだったけど、少し距離を置いた場所から威勢のいい彼の声が聞こえてきて、わたしの懸念を吹き飛ばした。

「さすがに耐性がついてきたぜ……そう毎回毎回、思い通りになると思うなよ!」

 ―――よし!

『慟哭』の精神攻撃と衝撃波を耐え切ったわたし達は地を蹴り、虚影(ホロウ)に肉薄した。目の前でリルムの爆炎が虚影(ホロウ)の顔面に炸裂し、巨体を揺るがす。瞬く間に再生しようとするそこをベルンハルトが渾身の力を込めて大きく斬り開き、彼に続いて跳躍したわたしを薙ごうと虚影(ホロウ)の骨ばった腕が唸る。わたしはとっさに上体を反り返すようにして身体を回転させその腕を足場にすると、全身全霊を込め、今度こそ、露わになった核へ壊劫(インフェルノ)を突き立てた。

「爆裂(エクスプロージョン)!」

 みなぎる破壊の力をそこへ向かって全開放する!

 ぞんざいに描かれた虚影(ホロウ)の口が大きく開き、耳をつんざくような絶叫が上がった。

 壊劫(インフェルノ)に貫かれたこの虚影(ホロウ)の核―――金色の容器に入った赤い口紅が勢いよく砕け散り、虚影(ホロウ)の全身の輪郭が微振動を立てて歪んだ。わたしの目の前で急激に薄らぎ、消えゆく虚影(ホロウ)の周辺の空気が円を描くようにしてブゥンと唸り、空間が大きく震える!

 わたしは襲い来るだろう衝撃に備え、歯を食いしばった。

 虚影(ホロウ)が引き出しかけていた禍々しい暗黒の渦を巻きこみ、反動で溢れ出す衝撃波に見舞われる寸前、駆けつけたドルクがわたしを包み込むようにして抱きかばい、魂食い(ソウルイーター)の結界を張った。

 ―――愛サレタカッタ……!

 悲嘆に満ちた虚影(ホロウ)の叫びが耳をかすめる。同時に轟音が周囲を覆い尽くし、辺りはめくるめく閃光に包まれた。

 ドルクと共に派手に吹き飛ばされたわたしは、彼に護られるようにして草地の上に転がった。やがて衝撃波が収まり、わたしが目を開けた時、そこには朽ち果てた屋敷の姿はなかった。

 わずかに残った一階部分にその痕跡を残して、ゴート城は瓦礫と化していた。西に傾き始めた太陽が、瓦礫の広がる戦場の跡に穏やかな光を投げかけている。

「……無事ですか?」

 わたしを覗き込むようにしてドルクが尋ねてきた。

「うん……大丈夫。おかげで助かった……」

 そう応えて傍らの彼を見上げたわたしは、その整った面差しが蒼白になっていることに驚いて、身体を起こした。

「ドルク!? 顔色が……!」

 ドルクは「ああ」、と自嘲気味に口角を上げて、緩慢な動作で自らの額に手をあてがった。

「少し……魂食い(ソウルイーター)の力を使い過ぎました……」
「大丈夫!?」
「ええ……少し、休めば……」

 言いながら、ドルクの身体が揺らいだ。そしてそのまま、その場に崩れ落ちるようにして意識を失ってしまう。

「ドルク!」

 予想外のことにわたしは狼狽して彼を抱え起こした。虚影(ホロウ)に見せられたドルクの幻影がオーバーラップして、心臓が引き絞られるような思いに囚われる。

「みんな、無事かー? ひでぇよな、誰もオレをかばってくれないなんて……」
「自分だけでもいっぱいいっぱいの時に、男なんかかばうわけないよねぇ。リルは特別だよ」
「まあおかげで助かったから、お礼は言っておくわね。アレク、ありがとう」

 遠くから無事だったらしいベルンハルト達の声が聞こえてきて、わたしは気を失ったドルクを抱えながらそちらに向かって悲鳴のような声を放った。

「アレクシス! アレクシス、早く来て! ドルクが……!」

 余裕のないわたしの声を聞きつけ、彼らが顔色を変えて駆けつけてくる。

 腕の中で固く瞳を閉ざしているドルクが今にも冷たくなっていくんじゃないかと不安で、でも為(な)す術もなくて、わたしはぎゅっと口元を引き結びながら、ただ血の気を失った彼の顔を見つめることしか出来なかった。
Copyright© 2007- Aki Fujiwara All rights reserved.  designed by flower&clover