魔眼 情動

01


 大陸南端に位置するダハタ地方の中心都市ダハールへ着いたわたしとドルクは、買い物をする為に街へ繰り出していた。

 何を買う為かって?

 それは……水着だ!

 ダハタは一年を通じて気温が高い常夏の地で、紺碧の海を臨むその中心都市ダハールはリゾート地としても有名なところだ。お金持ちのプライベートビーチがあちこちにあって、市街には各地から訪れた富裕層の旅行客が溢れている。大通りには彼ら目当てのお高い店が立ち並んでいて、値段ひとつとってみても、わたし達庶民からするとまるで現実離れしている。

 それが、そこから一本裏通りに入るとたちまち日常の空間になるんだから、何だか不思議な光景だなぁとこの街を訪れる度に思う。

 わたしの名前はフレイア。

 傭兵ギルドに所属するランクSの剣士で、普段は黒の防護スーツの上から竜の鱗を加工して作った青銀色の鎧を身に着け、生成り色の外套を羽織った格好をしているが、今日はオフなので私服だ。

 今日のわたしは左右にある胸ポケットと袖の折り返しがポイントになった生成り色の半袖カットソーに、下はストレッチの利いた黒のアンクル丈の細身のパンツスタイルで、足元はコロンとした茶色のフォルムの踵のない靴を履いている。腰には剣帯を巻き、『壊劫(インフェルノ)』という名の魔剣を装備している。

 緩いクセのある赤い髪は邪魔にならないようにバッサリショート。前髪は眉の上でざっくりカットしてある。茶色の瞳はどちらかというときりっとしている感じなのかな。身長が高めなこともあって、性格がきつそうに見られがちなのが悩みと言えば悩みだ。

 そんなわたしと行動を共にする連れの名前はランドルク。訳あって、わたしは彼を愛称のドルクで呼んでいる。

 この男は口さえ閉じていれば整った人畜無害な容貌で、見た目は15〜16歳くらいの少年に見える。実年齢はわたしのひとつ下の21歳なんだけど、とてもそうは見えない。本人がそれを気にしているのかは定かでないが、こげ茶色の前髪を整髪料で立ち上げている辺り、若干見た目年齢を上げようとしているのかな……とも思ったりする。髪と同色の大きなこげ茶色の瞳は澄んだ幼気(いたいけ)な光を帯びているが、この瞳は彼の気分によって大きくその表情を変え、それは大抵の場合、心臓に良くない。

 身長は女性にしては長身のわたしとほぼ同じくらいで、若干彼の方が低い。酒豪で皮肉屋で腹黒くて、腹立たしいことに、わたしはこいつに口で勝てたためしがないんだ。

 わたしと同じく傭兵ギルドに所属するランクSの剣士で、登録されているコードネームは本名のランドルクではなくランヴォルグ。彼がギルドの誤登録を好都合と考えて放ったらかしている為、何も知らなかったわたしはそのおかげで散々な目に遭った。

『魂食い(ソウルイーター)』という魔剣の所有者で、普段は黒の防護スーツの上から黒い金属製の鎧を身に着け、これまた黒い外套を羽織っているが、彼も今日は私服だった。

 首元が程良く開いた味わい深い風合いのサックスブルーの半袖Tシャツに、膝上の左右に大きなポケットがついて裾がリブになったやや細身のカーキ色のパンツを履いていて、足元は歩きやすそうなハイカットの編み上げシューズ。彼も腰には剣帯を巻き、魂食い(ソウルイーター)を装備している。

 わたしとドルクはこの世にごく稀に存在する意思を持つ武具―――『魔具』に所有者として認定された『魔眼』と呼ばれる存在なのだ。

 そんなわたし達がどうして水着を買いに来ているのかというと、以前フローレで泳げないという告白をしたわたしに、ドルクが暖かい地方へ行ったら泳ぎを教えてくれるという約束をしていて、今回はそれを果たしに来たというわけ。

 いつ何時、何があるか分からないし、泳げるようになっておいた方が絶対にいい! それは間違いない!

 そう勢い込んで、水着を買いに来たわけなんだけど―――……。

「な……何で、こんな布面積が小さいヤツしかないの?」

 盛大に眉根を寄せ困惑の声を上げたわたしに、水着ショップの店員のお姉さんが営業スマイルで説明してくれた。

「今の流行がビキニスタイルなんですよー。ビーチへ行くと女性はみなさん、ほぼこのスタイルですね! 可愛いデザインたくさんありますから、気に入ったのあったらどんどん試着して下さいね!」

 えええ……確かにデザイン自体は可愛いのいっぱいあるけどさぁ、これ、もう下着じゃん! これじゃあ下着で泳ぐようなモンじゃん!

「上下に分かれてないヤツってないのかなぁ? あまり露出度高くないの」

 前にダハールへ来た時は、そういう水着を着ている女(ひと)もいた気がするんだけど。その時は泳ぐつもりなかったからあまり気にして見ていなかったんだけどさ。

「うーん、ワンピースタイプもあるにはあるんですが、年配の方向けかお子さん向けのものがほとんどで……見てみます?」

 商品を見せてもらうと、うーん……確かに、わたしみたいな年齢層向けのデザインではなかった……。

 ううーん、どうしよう!?

「お客様はスタイル良さそうですし、ビキニに代表されるセパレーツタイプのものでも充分着こなせると思いますよ!」

 いや、わたし、職業柄身体は引き締まっていると思うんだけどさぁ……若干引き締まり過ぎというか、腹筋とか割れちゃっているからね。逆にそれが嫌というか、恥ずかしくて。見せたくない。

 そんな女子、ビーチにほぼいないと思うし!

 それに父親が神官の家庭で育った影響もあり、極度に肌を見せるような格好をこれまでしたことがなかったから、余計に抵抗が大きかった。

「決まりました?」

 悩めるわたしの後ろからドルクの声がかかった。振り返ると、男性用の水着コーナーにいた彼は既に商品を購入したらしく、手に袋を持っている。

「ううん、まだ。もう決まったの?」
「女性と違って、男はほぼ選択肢がないですからね……」

 はは、確かに。売り場の面積からして全然違うもんなぁ。

「こっちはあり過ぎて。でも、デザインは豊富なんだけどセパレーツタイプしかなくてさ」
「それだと問題あるんですか? オレは可愛いと思いますけど」

 売り場の水着に目をやりながらドルクが言う。

「わたし的に抵抗あるんだよ、見た目は可愛いけど自分が着るとなると恥ずかしい」
「なら、上にラッシュガードを羽織ったらいいんじゃないですか?」

 頬を赤らめて唸るわたしにドルクがそう提案した。

「ラッシュガード?」
「日除けの薄い羽織りものです。実はオレも買ったんですけど。急な日焼けをすると後で痛い目に遭いますから、お勧めですよ。肌見せ防止にもなりますし」

 そんなのがあるんだ?

 店員のお姉さんに目をやると、彼女は先程より二割増しのスマイルを見せ、ワンオクターブ高くなった声で売り場へ案内してくれた。どうやらドルクが好みのタイプだったらしい。

「こちらですぅ〜。肌を焼きたくない方や、肌が弱い方にお勧めですよ〜」

 ラッシュガードなるものは売り場の片隅に陳列されていた。それを手に取り、わたしはおおっと瞳を輝かせる。

 これ、いいじゃないか! お尻まですっぽり隠れるし、前のファスナーを閉めればビキニを着ていても気にならない。

 これならあの下着みたいな水着にもチャレンジ出来るぞ! こんなのあるなら店員さんも初めから教えてくれればいいのに。

 それからわたしは悩んだ末、上が黄色のホルターネックタイプのビキニで下が濃紺色のホットパンツタイプの水着と、オフホワイトのラッシュガードを選んだ。

 ああ、水着選びにこんなに時間がかかるとは思わなかったけど、とにもかくにもこれで泳ぎを習える!

 買ったばかりの水着を手に、思わずホクホク顔になった。

 目指すぞぉ、脱・かなづち!



*


 ―――さあ、泳げるようになるぞ!

 翌日そう意気込みながらドルクと共にビーチへとやって来たわたしは、青い空と青い海の眩しさに瞳を細め、予想以上の人の多さに驚いた。

 うわぁ……スゴい! 混んでるなぁ。

「富裕層のプライベートビーチ以外はどこもこんな感じですね。波打ち際は混み合ってますが、少し沖の方まで行けば充分泳げますよ」

 周りを見渡しながらドルクがそう説明してくれた。

 当たり前だけどここにいる人達はみんな水着で、女の人は昨日ショップの店員さんが言っていたようにほとんどの人がビキニを着ている。柔らかそうな肢体を惜しげもなく晒して砂浜を歩く人達を見やりながら、女としては引き締まり過ぎた自分の身体と比べて何だか引け目を感じてしまった。

 コンプレックスというわけじゃないけれど、女性らしいものを身に纏う時はやっぱり女性らしい体形の方が似合うよなぁ。エリスの屋敷で服を借りることになった時もそんなことを思ったっけ。

 わたし達のようにラッシュガードを羽織っている人は少数派だった。何でもダハタ地方では昔から小麦色の肌が尊ばれる傾向にあるそうで、率先して肌を焼く人が主流らしい。

 そういう風潮があるから、店員さんもラッシュガードをお勧めしてこなかったんだな。陳列されている場所も隅っこだったし。

「ドルクはよくラッシュガードを知っていたね?」
「過去の苦い経験に基づいているんです。ダハタの陽の光の強さを甘く見て、急な日焼けをして軽い火傷のような状態になってしまったことがあって。しばらく痛くて防護スーツも着れませんでしたから、それがきっかけでこういうアイテムがあることを知りました。それからこれ、顔や首に塗っておくといいですよ」

 彼はそう言って小振りな容器に入った白い乳液状のものを渡してくれた。

「日焼け止めです。ラッシュガードで隠れない部分にどうぞ」
「用意がいいね!?」
「昨日、時間があったので。ついでに買っておきました」

 ああ、わたしが水着を選ぶのにだいぶ時間を食っちゃったからな。その間に買っていたのか。

 そんなドルクはグレーのラッシュガードに紺色のハーフパンツ姿だった。

 わたしのラッシュガードは長袖の羽織るタイプで前にファスナーが付いた着脱が容易なものだったけど、彼のは五分袖の被って脱ぎ着するタイプで、身体にフィットするデザインのものだったから、鍛え上げられた肉体の陰影がラッシュガードに浮かび上がって、無駄に色気があった。直視出来なくて、目のやり場に困る。

 気持ち頬を染めながらドルクに借りた日焼け止めを塗っていると、周りから黄色い声がちらほら聞こえてきた。

「見て見て、あの男の子。スッゴイいいカラダしてる!」
「ホントだ〜、あんな可愛い顔しているのにギャップがスゴーイ!」

 もしかしなくてもドルクのことか?

 さり気なく辺りを見やると、ビーチで開放的な気分になってるのか、彼に無遠慮な視線を投げかけてくる女子がそこここに見受けられた。

「何かさーあ、隠されてるのが逆にエロいよね……」
「ねー、ガッて脱がしたくなってきちゃう」

 ハンターだ! ダハールのビーチには女ハンターがいる!

「綺麗に筋肉ついてるよねー、触ってみたいな〜」
「あれ、脱いでくれないかな? 生で見たーい」

 みんな、声のボリュームを絞るっていう意図がないのか!? 丸聞こえなんだけど! 

「ドルク、狙われてるよ? その辺のお姉さん達に」
「ああ……光栄ですね。でも、オレはあなた以外に狩られる気はないので」

 外野の声を気にしているのはわたしだけで、ドルク自身はあからさまに向けられる熱視線もどこ吹く風という感じだった。さらりと受け流し、日焼け止めを塗るわたしの顔を覗き込むようにして甘く見据えてくる。

「あなたが言ってくれるなら、いくらでも脱ぎますけど」

 この男のこの手の軽口は完全な冗談じゃないから困る。わたしは頬が赤らむのを覚えながら塗り終えた日焼け止めを彼の眼前に突き付けるようにして返した。

「脱がなくていいから、泳ぎを教えて」
「……分かりました」

 ドルクはそんなわたしの反応を予測していたように苦笑をこぼすと、手を差し伸べてわたしを海へと誘(いざな)った。
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