魔眼 another side

01


 魔眼の少女のおかげで一命を取り留めたオレは、それに導かれるようにして傭兵への道を歩んでいた。

 傭兵ギルドの加入資格を満たす16歳になるまで一から身体を鍛え直し、体力作りと剣技の向上に余念なく努め、その甲斐あってギルドの選抜試験に一発で合格、続く面接も滞りなくパスし、オレは剣士として正式にギルドの傭兵となった。

 認定の証である金属製のプレートを手にした時は、やり遂げた思いで胸が熱くなった。が、名前が誤登録されていることにすぐに気付く。

「あの―――」

 担当の職員に声をかけようと振り返ったが、何か問題でも起きたのか、忙(せわ)しそうに他の同僚と協議している最中だった。

 ―――まあいいか。これで特に不都合があるわけでないしな。

 報酬は「ランヴォルグ」で登録されているギルドの口座に直接入金されるし、それを引き出す為にはこのプレートを使えばいい。傭兵としてのコードネームだと思えばいいか。それにこれはこれで好都合かもしれない。

 特段問題であるとは捉えず、オレは敢えて修正申告を出さなかった。

 そして「ランヴォルグ」として傭兵になったオレは、魔眼の少女との格差を改めて思い知ることになる。

 オレは新規採用されたばかりの最低ランクE、傭兵の底辺で、対する彼女は最高ランクのS、傭兵の最上位に位置する魔眼だった。

 あのレベルに達する為には、これから死ぬ思いで這い上がっていかなければならない。

 魔眼の少女の名前はすぐに分かった。

 フレイア。現在17歳。

 オレのひとつ年上だ。思った通り、年齢はほとんど変わらなかった。

 詳しい事情は分からなかったが、噂によるとフレイアは特異な経歴の持ち主で、12歳の時に『壊劫(インフェルノ)』という魔剣に使用者として認定されたことでこの世界へ入ったらしい。年齢的な理由からか、16歳になるまではあまり表立って活動することはなかったようだ。エランダの町への任務は特別だったらしい。16歳を過ぎた今では第一線の魔眼として目覚ましい活躍をしているようだ。

『紅蓮の破壊神』―――彼女に授けられた二つ名は少女が背負うものとしては仰々しく、少々気の毒な気もした。

 あの時、紅い月を背負った彼女は凛とした輝きを纏い、既存のヒトの枠からはみ出した存在ではあったが、どちらかといえば―――破壊神とは真逆の印象を受けた。

 あの紅い月の夜から、彼女の存在はオレの目標と言って過言ではないものになっている。

 近付きたい―――あの輝きに。追いつきたい―――あの存在に。

 守りたいものを守り抜ける、何物にも屈しない力を、強さを手にしたい―――!

 その想いに焚きつけられるように、オレは公式の依頼も嘆願書の依頼も遮二無二こなして、実戦で少しずつレベルアップを図っていった。

 だが―――この世の理として、出る杭は打たれると相場が決まっている。

 良くも悪くも目立つらしいオレは、それを快く思わない連中から絡まれることがしばしばあった。

 世間からは実年齢より幼く可愛らしく見えるらしい外面と、それに相反する中身のせいで、その手の連中に絡まれることは昔からよくあったから、その辺りの対処方法は心得ていた。

 なめてかかってきた相手には出鼻を挫いて徹底的に叩き、二度とそんな気が起こらないようになるところまで追い詰める。

 多勢に無勢でどうにもならない時は、少なくとも相手のリーダー格だけは完膚なきまでに叩き潰す。

 それを繰り返すうち、次第に絡んでくる者はいなくなり、オレがAランクに上がる頃には完全にそういうことはなくなった。

 AからSまで、あとひとつ。しかしこのひとつの差が果てしなく遠いものであることは分かっている。そう―――魔具の存在だ。

 魔眼になる為には、魔具に使用者として認められる必要がある。魔具に認められずして、魔眼にはなり得ないのだ。

 だが、この世界にごく稀にしか存在しない意思を持つ武具―――魔具はその存在自体が希少で、普通は巡り合うこと自体が叶わない。ギルドは先達の使用していた魔具をいくつか保有しているという噂だったが、真偽のほどは定かでなかった。

 ここから先は、運が大きく左右してくるのかもしれない。オレに出来ることは常に情報感度を高めておくこと、そしてその時の為に自らを鍛え上げておくことだ。

 ここ数年で自分の力が格段に高まってきていることは感じている。傭兵になった当初は自分の力不足から選べる依頼が限られていたが、次第にその幅が広がり、Aランクになった今では大方のものに対応出来るようになった。経済的にも多少ゆとりが出来、それまでは公式の依頼を軸に動いていたスタンスが、嘆願書の依頼を軸に公式の依頼を選ぶスタンスへと変わっていった。

 オレが関わりたいのは、どちらかと言えば嘆願書の依頼の方だ。公式の方はギルドの誰かが必ず行くことが分かっているが、こちらの方は―――紅い月の夜、あの絶望的な状況を体験した者として、同じような状況に置かれた、寄る辺ない不安と孤独に震える存在の力になりたい。

 そんな日常を送る中、ふと気が付いた。撤去期限前の嘆願書が、しばしば消えている。しかも、オレが気にかけていたものばかりが。

 それはひとつの支部にとどまらず、立ち寄る先々の支部で起こった。偶然とは言い難い。

 気になって周辺の公式依頼の記録を調べてみると、そのほぼ全てに同じ名前が現われた。

 ランクSの魔眼、フレイア。

 それを目にした瞬間、今までにない感情が、胸の中に生まれた。

 あの紅い月の夜を最後に、一度も相見(あいまみ)えていない女性。彼女が、何故―――?

 一瞬間を置いて、ギルド内でまことしやかに囁かれている噂を思い出した。

 紅蓮の破壊神はひとつ処の依頼では血が見足りない―――フレイアは血に飢えた魔性の女で、浴びるほどの血を見るまで満足が出来ないのだ、常に血を求めて彷徨い歩き、嘆願書の依頼を受けることでそれを満たしている―――。

 耳にした時は下らないと思い気にもかけていなかったのだが、彼女がこなしている嘆願書の依頼件数はオレと同等で、ギルドの人間からすれば異常とも言える量だった。

 確信めいた憶測が走った。フレイアは、嘆願書の依頼を軸に動いている。

 彼女には多分、自分と同じように胸に期するものがあるのではないだろうか―――依頼を選ぶ基準が……価値観が、似ている。

 その発見は、衝撃的だった。

 オレがこれに気付くということは―――おそらく、彼女もオレの存在に気が付いている。

 気が付いて―――彼女は何を思っただろうか?

 そんな最中、オレはギルドの本部に呼び出された。本部内の指定された場所へ赴くと、同じように呼び出された者が何人か、部屋の中で談笑している。話を聞いてみると全員が最近Aランクに昇格した者で、名前もどこかで聞いたことがあるような猛者ばかりだった。新しいAランクの有望株ばかりをそろえたような顔合わせだ。だが、みんな呼び出された理由は分からないのだという。

 それはオレも同じだった。意図的に用件を隠され、ただ日時だけを指定されて必ず来るように、と厳命されていたのだ。

 部屋で待機させられることしばらく。係員が部屋を訪れて、一人ずつ順番にどこかへ案内していった。やがてオレの番が来て、セキュリティーが厳重そうな区画へと案内される。

 いったい、何なんだ?

 訝(いぶか)しみながらたどり着いた場所は、薄ら寒い雰囲気を醸し出す無機的な空間だった。

 金属なのか何なのかよく分からない青みを帯びた材質で作られた窓のない空間にいくつかの台座がしつらえてあり、魔法具で厳重に封印された武具がその上にひとつずつ置かれている。ギルドの上層部の人間なのか、偉そうな身なりの男が何名かその場に立ち会っていた。

 何故自分が呼び出されたのか、ようやく合点がいく。ギルドが先達の使用していた魔具を保管しているという噂は本当だったのだ。

 ギルドは魔具に選ばれそうな素質のある者を時折こうして抜き出し、魔具と引き合わせているのだろう。

 思った通りの趣旨の説明がなされ、巡ってきた願ってもないチャンスに心が高揚する。

 オレは台座の上に置かれた魔具にひと通り目を走らせた。そして―――その中のひとつに、吸い寄せられるようにして目が留まる。

 鎖の魔法具でがんじがらめにされ台座に縛りつけられた、寒々としたオーラを放つひと振りの剣―――物々しい装飾の施された幅広で黒塗りの鞘につや消しされた金色の柄が力強く、美しい。いくつかある魔具の中で、オレの目には不思議とこの剣だけが色づいて見えた。黒に近い紫色を醸し出しているようなイメージだ。

 きっとコイツは、クセが強い。だが、敢えてそれを使いこなしてみたいと思わせる雰囲気がある。

「―――では、順番に触れてみて下さい」

 係員がそう促したが、オレの足は真っ直ぐにこの剣へと向かっていた。

 何故かは分からないが強烈な引力を感じる。コイツに選ばれないならそれまでだ、そう思った。ここにある他の魔具には心惹かれない。

「ランヴォルグ! 説明を聞いているのですか、順番に―――!」

 係員の注意を無視してオレが剣の柄に手をかけた瞬間、魔剣が大きく震えた。声なき声を上げ迸(ほとばし)る、歓喜の咆哮―――この時、魔剣と自分との間に回路のようなものが繋がったのが分かった。魔剣の力がオレの中に唸りを上げて流れ込んでくる。凄まじい。荒ぶる奔流に飲み込まれそうになり、オレは歯を食いしばった。

 押し流されたらコイツに、このまま喰われる。そう直感した。

 ここで喰われてたまるか。ようやく、巡り合えたんだ、お前と!

 オレは手にした魔剣を凝視し、柄を握る腕に力を込めた。全身全霊をもって、念じる。

 オレに力を貸せ……! オレには、お前が必要なんだ!

 ―――欲スル者ヨ、我ガ名ヲ、呼ベ。

 魔剣の『意思』が流れ込んでくる。

 我ガ名ハ―――……。

「……魂食い(ソウルイーター)」

 流れ込んでくる意思をなぞらえるようにその名を呼ぶと、同調が深まった。荒れ狂う魂食い(ソウルイーター)の力が身体中を駆け巡り、嵐のように吹き荒(すさ)ぶ。身体の中から浸食されていくようなその衝撃をオレは堪(こら)え、受け入れた。

 オレ達を軸に巻き起こった波動で、空間が揺れる。為す術なくそれを見守る周囲から慄きの声が上がった。自らを台座に縛りつける魔法具を引き千切るようにして、魔剣が吼える。

 魂食い(ソウルイーター)がオレの願いに応えた。肉体を苛(さいな)んでいた衝撃は沸騰するような熱へと変わり、荒ぶる力が全身に満ち満ちて、魔眼が開眼するのが分かる。

「おおおぉっ……! 魂食い(ソウルイーター)が……!」
「血塗られたあの魔剣が、使用者を認めた……!」

 固唾を飲んでその様子を見つめていた者達の間から、驚愕の声が上がった。

「信じられん……! 新たな魔眼の誕生だ……!」

 こうしてオレは『冥府の使者』の二つ名を得た。

 金色の瞳を持つランクSの魔眼、ランヴォルグの誕生だった。
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