魔眼・深 白夜に咲く凛花

08


 寄り添った体温に和らぎを感じ、沈んでいた意識がぼんやりと覚醒していく。

 ああ……温かくて気持ちいいな。

 すり、とその体温に頬を寄せてまどろみながら、わたしは眠りの狭間のふわふわとした快さに身を委ねた。そのままそこを揺蕩(たゆた)っているうちに、再び意識が沈んでいきそうになるわたしのショートの赤毛を覚えのある指が優しく梳いて、その感触に思わず頬を緩める。

 この指にこうされるの、好きだ。気持ちいい。幸せな気分になる―――。

 瞳を閉じてその心地好さに身を委ねているうちに、わたしはどことなく気怠さの残る身体の奥底に妙な熱が灯っていることに気が付いた。

 何だろう……? お腹の奥の深いところに、熱い余韻みたいなものがくすぶっている―――。

 その感覚に抱いた疑問と繰り返し髪を梳く優しい指の感触とが相まって、意識が急速に浮上していく。

「―――……」

 ゆっくりと瞼を開いた視界に、見慣れた清らかな容貌が映った。わたしを抱き寄せるようにしたドルクがこちらを見つめながら静かにわたしの赤髪を梳いている。まだハッキリとしない頭でその整った顔をぼんやり見つめ返していると、気遣わしげな声をかけられた。

「……気が付きました? 身体、大丈夫ですか?」

 愛しむように頬に触れながら尋ねられて、そこでようやく頭が働き出した。またしても彼に抱かれながら気を失ってしまったのだと思い至り、赤面する。

 窓から差し込む太陽の光は西へと傾き始めていて、室内の陰影が色濃さを増していた。

「だ……大丈夫……。わたし、どれくらい……」

 口をついて出た自分の声が思いがけずかすれていて、少し驚いた。意識してなかったけど、それだけ喘がされていたっていうことなんだろうか。

「そんなには経っていないですよ。十分くらいですかね? だいぶ身体を酷使してしまったみたいなので、もしかしたらこのまま寝入ってしまうかと思いました」

 ドルクの返答を聞きながら、いっそのことその方が良かったんじゃなかろうか、なんて思いが脳裏をかすめた。昨晩は夜通し抱かれ続けて、最後は文字通り限界を迎えて果てたのだ。今夜もそれと同じ道をたどりそうな予感が、盛大にする。

 ああ、どうして目覚めてしまったんだろう、わたし―――中途半端に頑丈な自分の身体をうらめしく思いながら、前回同様、完全に回復した彼自身がまだ自分の中に埋め込まれているのを悟って、顔が熱くなった。

 身体の奥深くに感じた熱は―――これか。

「酷使した意識があるんなら、ぬ……抜いてよ。何でまた繋がったままなの」
「あなたの蕩け顔が可愛すぎて、離れがたくて」

 臆面もなく恥ずかしくなるような返しをされて、熱い顔が更に熱くなった。

 蕩け顔って……。てか、ドルクのヤツ、やっぱまだやる気満々じゃん!

「あなたの様子次第ではどうしようかと思ったんですけど、でも、大丈夫そうですね?」
「大丈夫って、何が!」
「元気そうで何よりです」

 人畜無害な顔でにっこりと微笑まれて、わたしは思わず低く唸った。

「い……いつかあんたに、抱きつぶされる気がする」
「それくらい愛したい気持ちはありますよ」

 優しいキスをされて、それだけできゅんとしてしまう自分が不覚だ。その唇をゆっくりと首筋へ落とされて、肌を掌でたどられ、くすぶる身体が再び熱を持っていくのを感じる。

「こんなふうに思い切りあなたを抱ける機会は、そうそうないと思いますから……がっつかせて下さい」

 素直に欲望を吐露するドルクを頬を染めて見つめ返しながら、わたしは小さく、は……と濡れた息を漏らした。

「や、さしく……して……」

 さっきみたいな抱かれ方だと、激し過ぎて―――気持ち良くても身体が持たない。

 するとそれを聞いた彼のこげ茶色の双眸が軽く見開かれ、まじまじとわたしの茶色の瞳を覗き込んだ。

「……。そんなふうに可愛いことを言われると、逆に手酷くしたくなる」

 彼のその言葉に今度はわたしが目を見開く番だった。

 まさか、そう返ってくるとは思わなかったぞ。

「じゃ、じゃあ……どうしたらいいんだ!」

 真っ赤になりながら口をわななかせると、ドルクは微苦笑を返した。

「困ったことにどうしようもないんですよね……オレにとってあなたは、そういう存在だから。可愛くて、大切で、愛し過ぎて―――これ以上どうやってその気持ちを示したらいいのか分からなくて……反動で、ついいじめたくなってしまう。さっきみたいに」

 ―――それで毎回あんなふうに気絶させられたら、こっちの身が持たないんだけど!

 そう突っ込む前に胸の外側、バストの横から下にかけての境目付近に舌先を滑らせられて、思わず言葉を飲み込んでしまった。

 あ、ここ―――ドルクが開発しようとして頻繁に触ってくる場所だ。慣らされると女の人が気持ち良くなるポイントになるようなことを言って……。

 濡れた温かな舌先で柔らかく刺激されて、くすぐったいような気持ちいいような微妙な感覚に身体をもじつかせる。

 カンタネルラでここをマッサージされた後は香油の威力も手伝って、身体に変なスイッチが入ったみたいになって大変だった。

 それを思い出して、盛大に気恥ずかしくなる。

 認めるのもあれだけど、実際、わたしはここを開発されかけているんだろうな。じっくり触られると胸が熱くなるような感じがするし、ここを刺激された後は身体の感度も全体的に上がっているような気がするもん。

 ドルクは時間をかけてそこを愛撫してきた。

 両手で腋から寄せるようして持ち上げた胸をやんわりと揉みしだきながら、時折色づいた先端の周りを指先でくるくるとなぞるようにして刺激され、胸の外側の輪郭を唇と舌で丹念に口づけるようにしてたどられて、わたしの肌はしっとりと上気し、しどけなく息が乱れていく。

 さっき激しく愛されて気を失ったばかりだったから、最初こそソフトに優しく繰り返されるその触れ方が快くて身を委ねていたんだけど、しばらくするとそれがどうにももどかしくてたまらなくなってきた。

 その要因は、ドルクと繋がったままになっているこの状態にあるんだと思う。

 自分が身じろぎしても、彼がわずかに身体を動かしても、深々と埋まっている熱塊がわたしの中でこすれて、じわじわと甘い疼きを生んでいく。執拗に胸の輪郭を愛撫されて感度は高まっていっているのに、尖り切って存在を主張する胸の頂には全く触ってもらえなくて―――挿入されているのに動かしてもらえなくて、彼と繋がったままの下腹部に、切なさだけが降り積もっていく。

 もういいから、動いてほしい。せめて、感じる場所を触ってほしい。

「は……ドルク、もう」

 たまりかねて口を開くと、胸の輪郭に舌を這わせていたドルクがふくらみを揉みしだいていた手を動かして、それまで放置していた両胸の先端をきゅっと摘まんだ。

「―――!」

 唐突な刺激にそこへ電流が流されたような錯覚を覚えて身体が跳ねる。びりっ、と痺れるような快楽がそこを突き抜けて、きゅうん、と下腹部まで貫いていき、予想だにしていなかった衝撃に、わたしは目を見開いて身体をびくつかせた。

「……!? あぁっ……!」

 何―――!? 何、が……。

 思いも寄らなかった一撃を受け、その残響に背を強張らせる。これまでに感じたことがない、深い衝撃だった。まるで胸と下腹部の回線が繋がったみたいな―――。

 胸の先にじん、と残る痺れたような余韻が、ヤバい。

「はっ……」

 わたしにきつく締めつけられたドルクが色づいた息を吐いて、胸の感度を確かめるように手指を動かしてきた。

「! ぁんっ……!」

 尖り切った頂を指先で扱かれて、そこから迸(ほとばし)った快楽にわたしは甲高い声を上げながら身悶えた。元々そうされるのが弱かったのに、それに拍車がかかって、そこを攻められると全身へその快感が波及していくみたいな感覚に襲われる。

 や……、何、これ……!?

 きつくシーツを握りしめながら、わたしは胸から全身へと広がっていく快楽のさざ波に喘いだ。

 折に触れる度、彼にそこを刺激され続けたからだろうか。

 昨夜から何度も何度も、彼に抱かれ続けているせいだろうか。

 それともさっき、あんなふうに初めての体験をした為だろうか。

 あるいは、その全てが要因となっているのか―――。

 感じ方が、今までと明らかに違う。

 ヤバい。こんなふうになるの……!?

 目を瞠ったまま一瞬のうちにそんなことを考えていたわたしは、胸の先に走る強烈な快楽で現実に引き戻された。

「ぁ、ああっ……! ダメ……! ぁんっ、ぁんっ……!」

 そこを触られると首筋がピリピリする。後頭部まで甘く痺れて、ドルクと繋がっているそこが深く反応する。

「感覚器官が、呼び覚まされてきたかな……乳首、今までと感じ方が違います? ここをいじると、あなたのそこがオレをすごく締めつけてくる」
「んんっ……やだ、そこ、離してっ……!」
「そんな顔をしてそう言われても……」

 苦笑して熱の灯る眼差しをわたしに向けながら、ドルクは器用な指先を駆使してわたしを追い詰めていく。両方の胸の先っぽを扱かれながら彼の言うポイントに尖らせた舌先を這わせられると、ぞくぞくする感覚に身体がわなないて、嬌声を上げずにはいられなかった。

「はぁっ! ぁんっ、ぁあ……!」

 悶える度、わたしに突き刺さったままのドルク自身が中でこすれて、そこが熱く蕩けていくような官能の余波に飲み込まれる。自分で自分の首を絞めていると分かってもどうすることも出来なくて、わたしはますます追い詰められていった。

 甘い拷問のようなその愛撫をしばらく続けられて、胸ばかりか身体全体がたまらなく火照ってくる。切なくて、その熱をどう逃がしたらいいのか分からなくて、わたしは頬を紅潮させ喘ぎながらかぶりを振った。

「ぁんっ……ぁっ……ぁんっ、やぁぁ……!」
「ヤバいな……可愛くて、興奮する」

 荒い息を吐きながらちゅう、と胸の頂に吸い付かれて、腰が跳ねる。その拍子にまた中がこすれて、片方を指で扱かれながらもう片方を口に含まれてねぶられて吸われ、瞼の裏に瞬きが散った。

「ひっ、あぁっ……!」

 ぶるぶる震えながら思わずのけ反るけれど、達するには至らない。ドルクをくわえこんだそこがひくひくと蠢いて、感じているのに達しきれないもどかしさを訴えてくる。

「あなたの中、スゴいことになってますよ……は、さっきから、オレを食い締めて……」

 わざと歯先が色づいた先端をかすめるようにして囁かれて、唾液で濡れた乳輪を爪先でぬるぬると刺激されて、頭の中が焼けつきそうに熱くなる。

「ひぁっ……! あぁっ!」

 感じる……! でも、これだけじゃ、イケない。

 胸だけへ施される愛撫は、気持ち良くてもそれだけで達することは出来なくて、何とも言えない辛さをわたしの中に募らせていく。

 こんなに感じて、こんなに熱くて、たまらない気持ちになっているのに……!

「は……ドルクッ……」

 眉根を寄せ、震える吐息をこぼしながら、この辛さから解放してくれる相手の名前を呼ぶ。

 動いてほしい。動いて、奥をついてほしい。

 イカせてほしい……!

 祈るような思いを込めて彼の顔を見やったわたしは、ドキリとした。

 この上なく艶(なま)めかしい表情でこちらを見つめている彼と目が合ったからだ。

 汗を滲ませる、上気した肌。

 快楽で熱く潤んだ、大きな瞳。

 色づいた形の良い唇から吐き出される、荒い息遣い。

 その表情から、彼も自分と同じように限界が近いのだということが分かった。

「胸だけでイケるようになるには、もう少し時間がかかりそうですね……」

 少し残念そうにそう言って微笑んだドルクの放つ色香に、胸が震えるような衝撃を覚える。

 ああ、もう……男のくせに色っぽ過ぎなんだ……わたしの恋人は。

「そ……そもそも、胸だけで、イケるようになるものなの……?」

 くらくらする内心を押し隠しつつ、乱れる吐息の下から根本的な疑問を呈すると、彼は不敵に口角を上げてわたしに微笑みかけた。

「いつかはそうさせてみたいですね。二人でじっくり、試してみましょう? ここ……だいぶ感じるようになったみたいですし」

 親指と中指でつまむようにした尖りの先端を人差し指の爪の先でなぞられて、わたしは切なく眉尻を下げた。

「ふっ……、ぁっ……!」
「どうなんですか……?」

 止まない刺激に頬を染め、羞恥心を覚えながら頷くけれど、ドルクはそれで納得してくれない。

「前より、感じます……?」

 う……何としてでも、わたしの口からそれを言わせる気だな……。

 それを気取ったわたしは真っ赤な顔で唇を引き結んだ。

 くそぅ……恥ずかしい。恥ずかしいけど……。

 言うまで、この男は絶対に指を止めない。

「か……感じる……前、より……」

 声を絞り出すようにしてその言葉を口にすると、わたしの中のドルクの質量が増したような気がした。

 恥ずかしいことを言わされて、彼のモノがそれに反応する気配を感じて、散々じらされて募っていた欲求が溢れ出す。

「だから……感じすぎて辛いから、もうっ……ドルクので、イカせてっ……」

 熱で潤んだ視界に、ドルクの理性が焼き切れる瞬間が映った。

「―――は、本当に、あなたはっ……」

 荒々しく噛みつくようなキスをされるかと思ったら、予想に反する優しいキスをされた。情熱的だけど乱暴じゃない、甘くて、猛る想いを込めたような熱情を感じるキス。

 ―――わたしがさっき、優しくしてって言ったから……。

 そこに思い至り、気の昂りを感じさせながらも甘く優しいキスを繰り返してくれる彼の心遣いに、愛されていると感じて幸福感に包まれる。

 ああ―――意地悪だけど、ちゃんと優しい。

 蕩けるようなキスを繰り返しながら始まった抽送にも愛情を感じた。決して激しいだけの自分勝手なものじゃなくて、きちんとわたしの様子を気にかけてくれているのが分かる。初めは余裕がなくて分からなかったけれど、多分、最初からずっとそうだった。

 だから、わたしもこんなに感じるんだ。ドルクと肌を合わせているのがこんなにも心地好くて、ひとつになって融け合うことにたまらない悦びを覚えるんだ。

 身体の芯まで響く深い突き上げに、自分の口からあられもない嬌声が上がって、黄昏色を増していく部屋の中に溶け消えていく。

「ふっ―――ぁ、あんっ、あぁッ、ああ―――ッ……!」

 好きな人と互いの肌を合わせるのは、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。好きな相手とひとつになって融け合う行為は、どうしてこんなにも幸せな気持ちになるんだろう。

 ドルクに抱かれながら不意にすごく満たされた気持ちになって、自然と瞳から涙が溢れ出した。

「は……、好き、だ……、ドルク……好き……っ」

 喘ぐ合間にたどたどしく伝えながら至近距離にある恋人の顔を見つめると、綺麗なこげ茶色の双眸が驚いたようにこちらを見つめ返した。

「フレイア……」
「大、好き……!」

 泣きながら熱に浮かされたように繰り返すわたしを見つめるドルクの大きなこげ茶色の瞳から、ひと滴(しずく)、輝くものがこぼれ落ちた。

「え―――」

 そんな自身に驚いたように一度言葉を飲み込んだドルクは、やがて面映ゆそうな表情になると、息を凝らして彼を見つめるわたしに、最高の笑顔を見せてくれた。

「不意打ちもいいトコですよ―――ああ、でも、嬉しい不意打ちです。最高だ―――。オレ、幸せです―――フレイア。あなたに恋して―――こうしてあなたを抱けて、オレは、本当に幸せだ―――」

 彼のその言葉を受けて、頬を濡らすわたしの顔にも最高の笑顔が広がった。

「うん。わたしも―――」

 肉体だけでなく、精神的にもひとつになって、わたし達は互いを抱きしめ合い、高め合っていく。

「ドルクッ……」
「……フレイア」

「愛している―――」

 互いの名を呼び合い、どちらからともなくその言葉を口にしながら、心から融け合って深い絶頂を迎え、わたし達は巡り合えたこの奇跡に感謝した。



*



 求め合う明けない夜を繰り返し、わたし達の絆は深まっていく。愛し愛され、その営みを幾度となく繰り返しながら、わたし達はこの先の人生を歩んでいくんだろう。

 決して平坦ではない道だろうけど、隣にあなたがいてくれるなら、きっとどんな道も斬り開いて行ける。

 ドルク―――ランドルク。

 出会った時は、まさかこんな気持ちになるなんて思わなかったよ。

 指と指を絡め、肌を重ねる相手の体温を感じながら、万感の想いに包まれる。

 あなたに出会えて、わたしは幸せだ。

 愛しい男(ひと)―――これからもその瞳で捕えて、離さないでいて。

 あなたのことを、心から愛している―――。



<完>
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