魔眼 新たな日常

03


 14歳で傭兵としての実戦訓練を始めたわたしは、ギルドの指示で小さなグループに入って活動をしていた。

 そのグループのリーダーを務めていたのが当時30代だったランクAの剣士、レイゼン。他に20代の男の傭兵四名と当時17歳の女性療法士(ヒーラー)アリシャを含めた合計七名のグループだった。

 一年以上、行動を共にした。いくつもの戦場を経験して、同じ釜の飯を食べ、彼らからたくさんのことを学んだ。お互い気心が知れていたし、安心して背中を預けられる仲間だと思っていた。第二の家族とまで思っていた―――あの夜までは。

 その夜は任務を達成し、最寄りの町へ戻る中継点の森でキャンプを張っていた。早々に眠りについたわたしはいつもより深く寝入っていた気がする。後で考えると、多分眠気をもよおす種類の薬を盛られていたんだろう。

 何となく、壊劫(インフェルノ)が騒いだような気がしてぼんやりと目を覚ますと、わたし以外のみんなが姿を消していた。

 みんな……? どこ……?

 異様に重たい頭をさすりながらみんなの姿を探し求めてふらふら歩いていると、森の奥からくぐもったような声とかすかな物音が聞こえてきた。

 その現場を目の当たりにしたわたしは、心臓を貫かれたような衝撃を受ける。

 半裸に剥かれたアリシャが、仲間達に組み敷かれ、輪姦されていたのだ。

 口を塞がれたアリシャの顔は屈辱と恐怖に歪み、瞳から溢れた滂沱の涙がとめどなく頬を濡らしていた。そんな彼女に下卑た笑みを向け、仲間達が、仲間だと思っていた男達が、次々に己の穢れたモノを埋め込んでいく。

 冷たく、速い鼓動の音で全身が支配された。

 これは何、これは何、これはいったい、何なんだ!?

 夢なら醒めてほしい。わたしはいったい、何て歪んだ夢を見ているんだ。

 浅い、喘ぐような呼吸を繰り返しながら、自分の瞳から涙がこぼれ落ちた時、これが紛れもない現実であると唐突に悟って、やるせない激情に支配された。

「魔眼―――開眼」

 わたしは初めて、魔物ではなく人間に魔眼としての力を放った。

 そしてわたしは、特定の者達と組むことはなくなり、単独行動をするようになったのだ。

 男上位の、力がものをいう傭兵の世界は時に、同志であるはずの女達に牙を剥く。身をもってそれを思い知らされた。

 それでも男に対して偏見の目を持たずに済んだのは、父親の影響が大きい。わたしは神官だった自分の父親が大好きだったし、尊敬していた。父とあの男達を一緒くたにするなんて、考えられなかった。

 わたしに半殺しにされたレイゼン達はほどなくしてギルドから除名されたが、被害者のアリシャもまた、心身に深い傷を負いギルドを去った。

 そのレイゼンが―――。



*



「久しぶりだな、フレイア。お前にやられてギルドを追われ、オレはこんなところに流れ着いちまった」

 良く通る野太い声。筋骨隆々のがっしりとした体格に革製の鎧を纏ったレイゼンの背はわたしより頭ひとつほど高く、顔の真ん中に横たわる大きな傷跡がその強面を引き立てていた。

「派手に活躍しているみたいじゃねぇか……お前の名前を聞く度に、お前にやられた傷が疼きやがる」

 およそ友好的とは思えない表情でわたしをねめつけ、顔の傷に手をやるレイゼンは十人ほどの手勢を引き連れ、そいつらがスリの姉妹を拘束して喉元にぴったりと刃物を当てがっていた。姉妹は顔面蒼白になって震えている。

「なら、わたしの名を聞く度に自戒してくれ。その格好……まるで野盗だな」

 皮肉を込めて言うと、レイゼンは事もなげにそれを肯定した。

「傭兵崩れが行きつく先なんぞ、そんなモンさ。お前も崩れてみりゃあ分かる」
「それで? わたしに何か用か」
「この間、ウチの連中を可愛がってくれたの、お前だろ? 逃げ帰った奴らが赤い髪の女傭兵にやられたと言っていた」

 それはもしかして馬車を襲ったあの野盗団か。その頭がレイゼンということか?

「ろくな活動をしていないからだよ。これからは町の清掃活動にでも従事するんだな」
「口が減らねぇな……警吏(けいり)に何人か引き渡してくれただろう? おかげでエラい迷惑を被ったんだ、こっちはな」
「知るか。自業自得だ」

 吐き捨てながら、冷静に状況を分析する。

 これは……どうやら誘い込まれたらしい。レイゼンの奴、件(くだん)の女傭兵がわたしだと当たりを付けて復讐の機会を窺っていたな。

 スリの姉妹は左右に引き離されて拘束されている。同時に二人を助け出すのは無理だ。遠隔攻撃も厳しい。あれだけぴったりと刃を当てがわれていては、わずかな衝撃でも彼女達を傷付けてしまう。

 レイゼンの背後にいるのは野盗団の幹部クラスだろうが、実力的にはわたしの敵ではなかった。それはレイゼン自身にしてもそうだ。そしてそれは、誰よりもレイゼンがよく分かっているはずだった。

 嫌な予感に、ひんやりとした感覚が胸をよぎる。

「オレの性格は知ってるだろう? フレイア。オレは、狙った獲物を逃がさない」
「……残念だが、わたしはあんたに捕えられるつもりはないよ。その姉妹を人質に使おうって魂胆だろうが、その子らは元々あんたの差し金だろう? わたしが助けてやる義理はない」
「なっ、何なのっ……話が違うじゃん! この女の財布をスッてくればそれでいいって、ここまで連れてくればそれでいいって話だったじゃん! そうすれば財布も報酬もくれるって!」

 青ざめた姉がレイゼンに訴える。

「こんなっ……こんな話、聞いてない! 人質になるなんて!」
「毒を食らわば皿までってヤツだ。お前達が踏み込んでいる世界を堪能するんだな」
「そんなっ……!」

 姉の目に涙が滲む。妹の方は既に声も出せない様子でぼろぼろ泣いていた。

「なぁに、心配するな。この女は口ではこう言っちゃいるがお前達を見捨てられない……そうだろう、フレイア?」
「……!」

 やっぱり……そう来たか。

「何だかんだで一年以上一緒に行動していたんだ……お前がどういう奴かはよく分かっている。お前は過去の自分の経験から、この年頃のガキが助けを求めるのを無視出来ない。それがどんな相手でも、例え自分の首を絞めることになると分かっていてもな」

 わたしがレイゼンの本質を見抜いているように、レイゼンもわたしの本質を見抜いている。

 知己の人間が敵に回ると本当に厄介だ……。

 わたしは壊劫(インフェルノ)の柄に手をかけた。

「レイゼン……知っているか? 人は、変わるものなんだよ」

 壊劫(インフェルノ)がわたしの心の機微に反応し、わたし達の回線が繋がった。瞳の色が茶色から紅蓮へと変わり、魔剣の力がわたしに向かって流れ込んでくる。

「ひっ! ま、魔眼!?」

 レイゼンから聞かされていなかったのか、彼の背後の手下達が怯んだ声を上げた。

 よし、いい感じだ―――このまま混乱してくれれば好都合。開眼、と呟き、壊劫(インフェルノ)との同調を高め、その出力を空に放つようにして極限まで高めていく。

「妙な真似をするんじゃねぇぞ、フレイア」

 レイゼンは動揺しなかった。こういうところの見極めは相変わらずだな。ハッタリは通じないか。

 もう少し―――。

 レイゼンをにらむようにしながら魔剣の力を滾(たぎ)らせていると、業を煮やした奴は妹の喉元に刃を当てがっていた配下の腕を乱暴に押した。少女の首筋が浅く傷付き、それを見た姉の口から悲鳴が上がる。

「アリシャッ!」

 な、ん―――……。

 わたしは呼吸を止めてレイゼンを見やった。奴は薄く笑ってわたしを見つめている。

 ―――この野郎!

 レイゼンは昔から目的を達する為には手段を選ばないところがあった。一緒に行動していた当時、それは魔物に向けられていたから、子供だったわたしはまだそれをさほど恐ろしいことだとは認識していなかった。

 何て卑しい数々の布石。これ以上の引き延ばしは無理だ。少女達を巻き込まずに野盗共だけをやっつける方法が、腹立たしいことに今はない。

「くくっ……本来なら敵ですらない者にやり込められる気分はどうだ?」

 見透かしたようにレイゼンが嗤(わら)う。わたしは無言で魔眼を解いた。

「よーしよし、いい子だ……来いよ、フレイア。オレ達のアジトへ案内してやる」



*



 野盗団のアジトへと引き立てられたわたしは剣帯を外され、革製の拘束具で両腕を後ろ手に拘束された。同じ素材の首輪を嵌められ、両の足首にも拘束具を付けられる。首輪と両腕の拘束具は背中に走った鎖で繋がれており、足首の間も短い鎖で繋がれていた。

「いやっ、いやいやぁっ、話が違う、帰してよぉっ!」

 泣きながらアジト内のどこかへと連れられて行く姉妹を見やりながら、わたしは豪奢な椅子にふんぞり返ってこちらを眺めるレイゼンへ冷たい視線を送った。

「わたしがここへ来れば彼女達を解放してやるんじゃなかったのか?」
「そんなことはひとっ言も言ってねぇぜ。お前が来なけりゃあいつらはあそこで殺していたし、今はお前がここにいるから生かしてやっている。それだけだ」
「これじゃ捕えられ損だ」
「あいつらは生きているんだ、それはお前的に充分価値あることなんじゃねぇのか? だから大人しくついてきたんだろう? お前のその決意を無為にする気はねぇよ、安心しろ。あいつらはガキ好きの変態共に売っ払って、その売り上げの一部を寝たきりのあいつらの母親のとこへ持って行ってやるさ」

 わたしは鼻の頭にしわを寄せてレイゼンをにらみつけた。

「……下衆(ゲス)が」
「最高の誉め言葉だ」

 したり顔で受け流しながらレイゼンは手下に何か指示をした。それを受けた手下の一人がやや青ざめながらレイゼンに意見する。

「おい、レイゼン。こ、この女、魔眼なんだろ。魔眼相手にこんなことをして、本当に大丈夫なのか」
「ちっ、魔眼を初めて目にしたくらいでビビりやがって……」
「だ、だって、魔眼だぞ、魔眼! 傭兵のトップ、スゲェ化け物だって噂だ! さっきの血の色みたいな眼だって……」

 わたしの紅蓮の瞳を思い出したのか、そう言ってぶるりと背筋を震わせる。他の手下達も気味悪そうにやや遠巻きにわたしを見やった。

「それに、この女には腕の立つ連れがいたって話じゃねぇか。そいつが来るかも……」
「ビビるな。そいつはまだガキだって話だったじゃねぇか。名前も聞いたことがねぇような若造、多少腕が立とうが、元ランクAの傭兵だったオレの相手じゃねぇ」

 怖じ気づく仲間を苛立たし気に叱咤し、レイゼンが席を立った。配下の手から何かを取り上げ、わたしに向かって大股で歩み寄る。

「魔具を取り上げりゃ、ただの腕が立つ女傭兵だ。それも今は拘束されていてまともに身動き出来ねぇ。見てろ」

 言いながら、わたしの首筋に注射器のようなものを突き立てようとする。冗談じゃない! 中身に何が入っているか分からない。

 わたしはそれを上体逸らし(スウェー)でかわしたが、膝の辺りをレイゼンに足蹴にされ床に叩きつけられるようにして倒れこんだ。その上にレイゼンが馬乗りになってくる。もがいたが、拘束された上、屈強な男にのしかかられては為す術がない。容赦なく床に顔を押しつけられ、身動き出来なくなる。首の付け根辺りに鋭い痛みが走り、わたしは眉根を寄せた。

 何だ!? 何を注射した!?

 思わず青ざめる。そんなわたしを見下ろし、レイゼンは満足げに笑った。

「いい表情をするじゃねぇか……なぁに心配するな、ただ身体の力が入らなくなるだけだ。意識はあるし、時間さえ立ちゃ元に戻る」
「拘束された女を相手にそこまでするか……そんなにわたしが怖いのか」
「ああ、怖いね。何しろオレは、まだほんのガキだったお前に手痛い目に合わされているからな……お前ら魔眼は人間じゃねぇ。人智を超えた化け物だ」
「中身は……レイゼン、お前の方がよっぽど化け物じみている」

 床に押さえつけられながら目だけを動かしてにらみ上げると、レイゼンは口角を上げて歪んだ笑みを浮かべた。

「見上げた気丈さだ……その鼻っ柱を叩き折って、ぐちゃぐちゃに泣かせてやるよ……どこまで持つか、楽しみだなぁ?」

 身体はすぐに異変を訴え始めた。仄かに熱を持ったような気怠さと、手足の先に広がっていく痺れにも似た感覚に歯噛みする。

 くそ……力が、抜けていく……!

「そろそろ薬が効いてきたか?」

 レイゼンがわたしの髪を乱暴に掴んで顔を上げさせた。頭皮に引きつれるような痛みを感じ、顔をしかめる。力が入らなくなるだけで、感覚が麻痺する類のものではないらしい。

 引きずられるようにして無理やり立たされるが、足元がもうおぼつかない。よろめくわたしの頬にレイゼンの拳が入った。目の前に火花が散るような感覚。首と腕を背中に走った鎖できつく繋がれているから首を後ろに回して威力を削ぐことも出来ず、まともに食らった。木偶人形のように吹っ飛ばされ、床にもんどり打つ。

 口の中にじわりと広がる血の味を感じる間もなく、腹部を蹴り上げられ、強烈な嘔吐感に襲われた。悲鳴だけは押し殺して無様に転がったわたしを見下ろし、レイゼンが手下に向かって声高に宣言する。

「見ろ、魔眼といえど決して無敵じゃねぇんだ。お前ら、弱き者を助ける為に自己犠牲も厭(いと)わない、強く気高き女を思いのままに嬲ることが出来るこの快楽を味わわなくてどうする!? こんな機会は二度とねぇぞ!」

 周囲の空気が一変した。背徳的な文言に劣情を焚きつけられた男達の獣じみた息遣いが部屋に渦巻くようだ。

 レイゼンめ、何て煽り文句を謳うんだ。

 舌打ちしながら、このプレッシャーに負けるまい、冷静であろうと頭を働かせる。

「布石」は打っておいた。後は、わたしがどれだけ耐えられるか。どれだけ時間を稼げるか―――。

 最悪、乱暴されることになったとしても、男を受け入れるのは初めてではないし、生理中だから妊娠することもない。失うものは最低限で済む。

 ―――だけど。

 思うように身動きの出来ないわたしに向かって、男達の手が伸びてくる。それをにらみつけ、わたしは独り気を吐いた。

 だけど、お前らみたいなクズにいいようにされてたまるか! 
Copyright© 2007- Aki Fujiwara All rights reserved.  designed by flower&clover