覚醒編

宴の夜に


 ガゼの村を挙げて行われたあたし達の歓迎会はとても賑やかなものだった。

 フェリアの占いが見事的中した晴天の空の下、お祝いの料理や秘伝のお酒が振る舞われ、テンポのいい民族的な楽曲が鳴り響く中、伝統的なダンスや竜使い(ドラゴンマスター)の業なんかが披露され、族長達の近くに用意された宴席に座ったあたし達に村人達が入れ替わり立ち替わり物珍しそうにお酌をしに来て、村の子供達は始め恐々、慣れてくると元気にはしゃぎながら話しかけてきた。

 ガゼの人達はあたし達が珍しいんだろうけどあたし達からしたらガゼ族がこれだけ一堂に会している状況が珍しくて、最初は壮観だなーと見入ってしまった。

 ガゼ族は浅黒い肌に金色の髪、瞳の色は金色(ゴールド)か琥珀色(アンバー)。すんなりとした体形をしている人が多く、男性も女性も服装はほぼ短衣(チュニック)だった。若い女の子は短衣に生足でブーツ、男性やその他の女性は細身のパンツを合わせて穿いている人が多い。

「お酌しに来たヤツ全部飲んでたら昏倒しちゃうからァ、飲みきれない分はこの樽にそっと捨ててね。この宴、夜まで続くから。ガゼは大酒飲みが多いんだ、まともに付き合ってたらキリないからさ、適当に切り上げて。明日王都に戻るんでしょ? まさか二日酔いで王様に会いに行くワケにいかないモンね」

 あたし達のお世話係イルファがそう言って白い歯を見せた。

 あはは、確かにね。どう考えても二日酔いで行けるようなトコじゃないもんなー。そんなことやらかしたらオルティスあたりにこっぴどいお説教を受けそうだ。

「イルファもお酒は強いの?」
「あたしィ? めっちゃ強いよー! 飲み比べでその辺の男に負けたコトないモンね!」

 おお、それはスゴい!

「ねぇねぇ、イルファは村の中に誰かいい人いないの?」

 猫みたいな表情になったガーネットが、うずうずした様子で上目使いにイルファに尋ねた。

 あ、それ、あたしも興味ある!

「うーん、今はいないかな。好きだって言われて付き合ってみたコトはあるけどォ、なーんかイマイチ乗らないっていうか、違うんじゃないかなーってカンジで。多分村のオトコの中にはいないよ、あたしのタイプ。胸がキューンとかドキーンとかないモン」

 ええー、そうなんだー。恋の話が聞きたかったのにちょっぴり残念。

「イルファはどんなタイプがいいの?」
「うーん、特にコレ! ってのはないけどォ、しっかり自分を持ってて行動力あるオトコがいいね! でもって顔がイケてて、出来ればあたしより背ェ高くて、強くて、そんでェ―――」

 あたしとガーネットは顔を見合わせた。普通だったら、特にタイプはないと言いながら理想を語るイルファに「そんな男現実にはいないよー」とか言うべきところなんだろうけど、身近なところにそれが当てはまるのが、若干二名いる……。

「―――そんで、お金持ちだったら最高かなァ」

 それを聞いた瞬間のガーネットの動きはまさに電光石火だった。

「パトロクロスはダメ! ダメだからね!」
「うわっ、何だ!?」

 突然ガーネットに抱きつかれたパトロクロスは持っていたお酒で手を濡らしてしまった。

「お〜ま〜え〜は……」
「ごめーん、でもパトロクロスの貞操の危機だったのよぉっ!」
「またワケの分からんことを……」

 近くに置いてあった濡れ布巾を差し出すガーネットと仏頂面で手を拭くパトロクロスを見やりながらイルファが苦笑する。

「いやー、あたし、パトロクロスをそういう目で見たコトは……」

 えっ、じゃあ、もしやっ!?

 あたしは慌ててアキレウスの前に回り込んだ。

「アキレウスはダメ! ダメだからねっ!? お金持ちでもないし!」
「オーロラ、危機感覚えてくれるのは嬉しいけど、最後のひと言オレに対して普通に失礼だからな?」

 あっ、しまった、つい。

 まあ否定しねーけど、とやさぐれるアキレウスに謝り倒すあたしを見てイルファは吹き出した。

「あはは、安心しなよ、アキレウスのこともそういう目で見たコトないから! チューした時も別にドキドキしなかったしね!」

 えっ、それはそれで、あたし達的にちょっぴり傷付くんですけどぉ……。

 あたしの隣でアキレウスが額を押さえる。

「何でオレ、こんないらねーダメージ食らわねーといけねーんだ……そういう話は女だけのトコでやってくれよー」

 ゴメンゴメン、でもすねたアキレウスって貴重でちょっと可愛い。

 そこへまさかの人物が乱入した。

「イルファ……いったい村の誰と付き合っていたんだ? 初耳だぞ……今すぐにここでその名前を挙げてみろ……」
「ゲッ、父さんッ」

 あたし達の会話を小耳に挟んだらしいオラファがいつの間にか憤怒の形相でイルファの背後に立っていた。

「言え……いったい誰と付き合っていたんだッ」
「ああ〜、しまったァ面倒臭……」
「コラ待て、イルファ!」

 ……。二人とも足、早……もう見えなくなったぁ……。

 あたし達は顔を見合わせ―――一瞬の沈黙の後、爆笑した。



*



 夕刻、あたしとガーネットはイルファの翼竜に乗せてもらって、村の近くの天然温泉まで連れてきてもらっていた。

 翼竜に初めて乗せてもらう時はちょっと怖かったけど、実際に飛んでその背から見下ろす景色は壮観で、全身で感じる風がすごく気持ちが良かった。

「さー着いたよ、この辺りは火山性の温泉があっちこっちあるんだけど、ここが一番のおススメなんだ! 見晴らし最ッ高ーで、泉質もいいの! お肌しっとり、ツルッツルになるよ!」
「あーんもう、最高〜! 日々戦いに明け暮れてお肌のお手入れなんかしてるヒマないもの!」

 嬉しい〜とガーネットが瞳を輝かせる。

 ちなみにアキレウスとパトロクロスは男性の竜使い(ドラゴンマスター)に連れられてこことは別の天然温泉に行っている。

「はい、コレ石鹸と湯桶ね! 外で身体洗ってから湯船に入って」
「わ〜、この石鹸いい香りね……」
「ホントだ、何か品のある香り……」

 イルファから手渡された小さな赤い石鹸に鼻を近づけてはしゃいでいると、大胆に服を脱ぎ始めていた彼女がこう教えてくれた。

「それね、この辺りにしか咲いていないシュラクっていう赤い花を煮詰めて作ったヤツなんだけどね、けっこう貴重で婚礼とか特別な時にしか使わないモンなんだよ。でもってオンナ専用〜」
「そうなんだ! 確かに男の人向けの香りではないよね」
「エレガントな感じだものね」
「んふふ、オーロラ、それでよォーく洗ってねェ〜」
「? うん……ありがと」

 な、何であたしを名指しなんだ? しかもイルファ、何か含み笑いしているし。

 ガーネットはそんなイルファをちらりと見ただけで、いつもの彼女らしくなくそれにはあえて触れない感じで服を脱ぎ始めた。イルファはさっさと服を脱ぎ終わってしまっていたから、あたしも遅れないよう服を脱ぎにかかって、それについて聞くタイミングを逃してしまった。

 まぁいっか、後で。

 夕日に照らされた黄昏色の森を眺めながらゆったりと浸かる天然温泉は、最高だった。

「あー気持ちいい〜……ほわっとする」
「癒されるわねー……この景色を自分達だけのものにしているみたいで贅沢……」
「ふふ、でしょー?」

 温泉の縁に寄りかかったイルファがしたり顔で笑った。

「こんなトコ、竜にでも乗らないと来れないよね。ガゼ族の人はよく来るの?」
「うん、行きたい人がいたらみんなまとめて手の空いてる竜使い(ドラゴンマスター)が連れて行く感じかな。あたしも婆ちゃん連中やフェリアを連れてよく来るよ」

 へーそうなんだ、イルファとフェリアが一緒にいるとこってまだ見たことないけど、フェリアはオラファの相談役だし、顔を合わせる機会もきっと多いんだろうな。

「イルファには本当にお世話になったわね。明日でお別れかと思うと何だか寂しいわ……」
「あたしも。ただでさえ三日出遅れちゃってるし……」
「あはは、オーロラ目ェ覚まして元気になってホントに良かったよ。オーロラが眠ったままの間ね、他のみんなスンゴイ心配してしょぼくれちゃっててさ、見てらんなかったモン、マジで」
「コラ、そういうコト言わないのよ」

 ガーネットが珍しくちょっと赤くなりながらイルファに釘を刺した。

「何でー、いいじゃん。ガーネットはさ、ちょっとカッコつけ過ぎなんだよ〜」
「別にそんなつもりじゃないけど……あんたってガサツなんだか鋭いんだかよく分かんないわ……」

 唇を尖らせるイルファに溜め息をつくガーネット。何だか新鮮な画だなぁ……。

 それにしても、頭では分かってたつもりだったけど、こうして改めてみんながあたしを心配してくれていたんだってことを知らされると嬉しい。あたしって幸せ者なんだなぁ……。

 じーんと改めて感動に浸る、そんなあたしを見やりながらイルファが呟いた。

「あー、オーロラから幸せオーラ出てる……」
「分かりやすくて可愛いでしょー?」
「うん、見てて癒されるね。アキレウスはこういうトコにオチたのかなァ〜」
「そうかもねー。誰かさんのサプライズでどうなるか楽しみだわー」
「ええー何のコトかなー?」
「あはは、棒読みー」

 ほんわかした気分に浸っていたあたしはその時ふと、ガーネットがイルファと他愛もない会話を交わしながら自分の左肩にやたらと温泉をかけているのに気が付いた。

「ガーネット、左肩どうかした?」
「え? ああ、ちょっとお清めっていうか……あいつにかじられたの気持ち悪くて」
「何々ー、誰にかじられたってェー!?」

 イルファが勢いよく食いついてきたけれど、ガーネットが彼女が期待していたものとはかけ離れた趣旨の説明をすると、途端に鼻白んだ面持ちになった。

「うぇー、何そのグランバードってヤツ。気持ち悪ィな、オンナの敵!」
「ホント最悪よ……痕が残っているワケじゃないんだけどさ、何か嫌で」

 あー……あたしも思い出しちゃったよ。グランバードに思いっきり背中の傷をなめ上げられた……。

 思い出すだけでぞわっと総毛立って、あたしはとぷんと鼻の辺りまでお湯に潜った。

 今まで思い返す余裕もなかったけど、そういえばみんなの前で短衣(チュニック)を引き裂かれてあられもない姿にされてしまった気が……あああ、もう、思い出したら温泉に沈みたくなってきた!

「オーロラ、オーロラ、ぶくぶくしてるってー」
「ごめーん……オーロラにも嫌なコト思い出させちゃった?」
「何、グランバードってヤツ、オーロラにも似たようなコトしたわけェ!?」
「あー、まあ……」

 言葉を濁すガーネットに、イルファは怒髪冠(どはつてん)を衝(つ)いたような形相になった。

「許せんンン! マジでオンナの敵! あたしが会うコトがあったらソイツの(ピー)を(ピー)して(ピー)してくれるゥゥ!」

 自主規制入りまくりのイルファの怒号にあたしもガーネットも一瞬嫌な気分を忘れ、吹き出してしまった。

「何、ココ笑うトコじゃないでしょ!」

 本気で怒ってくれているのが分かるから、あたし達笑えているんだよ、イルファ。

 ああもう、何ていい娘なんだろう。大好きだ。

「日も暮れてきたし、そろそろ帰ろっか」

 まだぷんぷんしているイルファを促し、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、久々の女子トークを楽しんだあたし達は温泉を後にしたのだった。



*



 村に戻る頃には日もとっぷりと落ちていたけれど、歓迎会という名の宴会はまだつづいていて、賑やかな声が広場の方から響いていた。

 アキレウス達もちょうど帰ってきたところで、あたし達は合流すると、明日に備えて休む為泊めてもらっているログハウスへ向かって歩き始めた。

「もう飲んでんの村の男共だけだから、気にしないで後はゆっくり休んでねー。お腹の方はどう? もし空いているようなら何か軽いモン用意するけど」
「いや、朝からたくさんいただき続けて、私はもうけっこうだ。みんなはどうだ?」

 パトロクロスがそう言って確認してくれたけど、あたし達もパトロクロスと同じ。朝からずっと食べ続けの飲み続けだったからお腹いっぱいだ。

 その様子を見たイルファは軽く頷いて、ひらひらと手を振った。

「そっか。じゃあ明日、朝食の時間にまた呼びに来るね。村で過ごす最後の夜、どうぞごゆっくりー」
「ああ。明日改めてオラファ殿に御礼の挨拶をさせてもらうが、我々の為にこのような歓迎の席を設けてもらい、心より感謝している。イルファ、君にも大変世話になった。言葉では言い表せないほど感謝している」
「そんな、改まっていいよ。みんなが楽しんで過ごせたんならあたしも嬉しい。こちらとしても、みんなには言い表せないほど感謝しているんだ」

 イルファ……。

「じゃね、おやすみ! ―――あ、アキレウスとオーロラはこっちだよ!」
「え?」

 イルファにぐいっと手を引っ張られ、驚くあたし達にイルファが指し示したのは―――ご飯を食べる時に利用している隣のコテージ。

「今夜はここの二階使って! 二人の荷物は昼間のうちに運んでおいたからさ!」

 な、は、え……えええッ!?

「ちょ、ま、待ってイルファ……急に、何で!?」
「え? だって二人は付き合ってるんでしょ?」
「いや、まあ、それは、その……そうだけど。そうだけどさ!?」
「なら別に問題ないじゃん? 村で過ごす最後の夜をいい思い出にしてもらいたいっていうサプライズだよー」

 えっ、えええぇーっ……。

 あ、コレ!? イルファの含み笑いの理由……特別な時だけ使う女性用の石鹸……ガーネットが温泉で言ってたサプライズって!

 全ての意味が繋がって分かった瞬間、どうしようもなく顔が火照って熱くなった。

 むっ、無理だよー! 急にそんな……心の準備も何も出来てないしさ!

 困って隣のアキレウスを見上げると、彼はどこか達観したような表情になっていて、あたしの予想に反し、いともあっさりと頷いた。

「ま……せっかくだし、オレはイルファの厚意に甘えてもいいけど」

 ええッ!?

 予想外のその回答にあたしはビックリした。

 先日のアキレウスとイルファとのやり取りを全く知らなかったあたしは、この時彼が半ば諦めの境地に至っていて、これ以上面倒くさいことにならないよう妥協しようとしているなんて、思いもよらなかったから。

「まほろばの森の時もグレンのとこで同じ部屋に寝泊まりしたし……あれと一緒だろ?」

 そ、そうだけどさぁ……あの時は状況が状況だったし、アキレウスとはまだそういう関係じゃなかったし、今とは色々条件が違うというか……。

 戸惑って二の足を踏むあたしの背中をガーネットがとんと押した。

「割り切って楽しんじゃえばいいんじゃない? 二人きりで過ごせることなんて滅多にないんだし。いいなー、あたしもパトロクロスと同じ部屋に泊まりたーい」
「な゛っ……コラ、滅多なことを言うな!」
「あたし最近夢見が悪いのよねー……あー、パトロクロスが一緒に寝てくれたらきっと怖い夢見なくて済むのになー……」

 しなを作るガーネットの小芝居にイルファが乗っかった。

「えー、ちょっと時間かかってもいいなら、ガーネット達の部屋を用意してもいいけどォ」
「いや、待ってくれイルファ!? 冗談だ! 断固別にしてくれ!!」

 悲鳴のようなパトロクロスの声を聞いてガーネットが口を尖らせる。

「こんなに素敵な女の子からの誘いを断るなんて、もったいないと思わないー?」
「うんうん、思う! オトコなら行くべきだー!」
「そうよねー! こんな素敵な据え膳、行くしかないわよねー!」
「そうだそうだー! パトロクロス、行け行けー!」

 悪ノリするガーネットとイルファを無視すると決め込んだパトロクロスは二人に背を向けてひとつ咳払いし、アキレウスに声をかけた。

「あー……まあその、なんだ。我々のこの地での役割を鑑みて、くれぐれも節度はわきまえてくれよ」
「……。良識は持ってるから」

 あれ!? 何かいつの間にかあたしとアキレウスが同じ部屋に泊まる方向で決着してる!?

 えええ、ちょっとちょっとぉ……!

「んじゃ、おやすみィー!」
「ああ、おやすみ」
「また明日ねー」

 あたしがあたふたしている間にみんな解散してしまい、その場にはあたしとアキレウスだけが取り残された。

 ええー、ウソ、ホントに!? ど、ど、ど、どうしよう〜!!
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