外はあいにくの小雨模様だったけど、あたしの心はすごく晴れやかでふわふわとしていて、満たされた幸福感でいっぱいだった。
幻影ホタルを見に行った次の日の朝もこんな気持ちだったな……でも、その時以上にアキレウスが自分を想ってくれていることが実感出来て、すごく嬉しい。
一度あきらめかけたことだから、より深くそう思えた。ありのままの自分を愛してもらえるって、幸せで、とても贅沢なことなんだな。
アキレウスの腕の中でひとしきり泣いた後、あの光の翼はいつの間にか背中から消えていた。
あの時の忘れがたい感覚は残っているから、それをなぞらえてみれば再現出来るのかな。今度また、時間を見つけてチャレンジしてみよう。
自分の能力(チカラ)……最大限に活かせるように、頑張るんだ。
身支度を整え終えた頃、ノックの音がしてアキレウスが姿を見せた。彼の姿を見て、自分の顔がぱっと明るくなるのが分かる。
「おはよう、調子はどうだ?」
「おはよう。うん、大丈夫」
「目、腫れぼったいな……」
「え、ウソ!?」
確かに昨日はたくさん泣いちゃったけど、寝る前にちゃんと冷たい水に浸したタオルで目の辺りを冷やしてから寝たから、さっき顔を洗った時はそんな熱を持った感じなかったのに!?
慌てて鏡を確認すると、確かに少ーし瞼が赤い感じはしないでもなかったけど、よくよく見なければ分からない。
「え? え? そんな感じする?」
「大丈夫、冗談だから」
も、もうーっ!
膨れながら小突くと、アキレウスは笑ってあたしを促した。
「イルファがもうすぐ朝飯だってさ。昨日のコテージで食べるから、支度が終わったら来なよ」
そう言って部屋を出て行こうとする彼の服の裾を、あたしはとっさに掴んでいた。
「ん?」
「支度なら、もう終わってる……」
「じゃ、一緒に行く?」
あたしは上目使いにアキレウスを見た。
どうしよう。今まで通りのこの雰囲気が、とても幸せで―――何だかすごく、甘えたくなってきた……。
かなり恥ずかしかったし迷ったけど、その気分に逆らえなくて、あたしは頬を染めながら自分の気持ちを伝えた。
「まだ少し時間あるなら……二人きりでいたいな」
「え?」
あたしの口からそんな台詞が出てくるとは思わなかったんだろうな。アキレウスは少し驚いた様子だった。
その反応に、カッと頬が熱くなる。けれどここまで来たら言わなきゃ損だと思って、頑張って言い紡いだ。
「少しだけでも一緒にいて、アキレウスを感じていたい……です」
うう、緊張して変な言い方になっちゃった?
そろそろと彼の表情を窺うと、アキレウスは心持ち照れたような、何とも言えない顔になって、あたしに尋ねた。
「……オレは具体的にどうすればいいわけ?」
はは、確かにあれじゃ抽象的すぎるよね……うーん、ぐ、具体的に……。
どうしてほしいのか考えれば考えるほど、脳が茹(ゆだ)ってくる。
「え、と……ぎゅってしてほしい。それと……」
キスしてほしい。
うわぁ、言えない! 恥ずかしい! 思ってても無理!
心の中で悶え叫びながら、あたしは苦し紛れにこう答えた。
「か、髪をなでてほしい……かな」
きゃあ〜、何なのそれ!
脳内で自分に力いっぱい突っ込みながら、もうアキレウスの顔を見れなくて、足元に視線を落としたまま、じっと彼の返答を待つ。
アキレウスは言葉には出さず、ゆっくりとあたしに歩み寄ると、優しくくるむようにして抱きしめてくれた。
温かくて硬いたくましい感触と彼の香りに包まれて、幸せな気持ちでいっぱいになる。自分からも腕を伸ばして彼に抱きつくと、改めてぎゅっとされた。
あたしの側頭部に頬を押し付けるようにしたまま、アキレウスの手があたしの頭の形を確かめるように何度も柔らかく髪をなでる。その長い無骨な指が梳くようにして髪に差し入れられると、優しく耳や頬に触れながら、うなじをたどり、また髪を梳く動きへと戻る。心地良さに瞳を閉じて身を任せていると、つむじやこめかみ、耳たぶなんかに彼の唇が舞い降りてきて、そっと口づけを落としていった。
―――ああ、幸せで、どうにかなりそう……。
昨日までのあの不安な気持ちが嘘みたいだ。
胸がきゅうっとしなり、ときめきや安心感がないまぜになって、腰から力が抜けていく。そのままアキレウスに支えられるようにして床に膝を着くと、おでこに優しくキスされた。
「……これで、いいのか?」
気持ち頬を染めたアキレウスに囁くようにして尋ねられ、あたしは真っ赤な顔で頷いた。
「ありがとう……幸せ……」
「……。何か、オレの方がオーロラが足りていない気がする……」
おでこをくっつけるようにしてそう言われ、至近距離にある翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳を見ると、ちゅっと音を立てて唇にキスされた。
あ……。
瞳を閉じたあたしに、アキレウスが覆いかぶされるようにしてキスしてくる。ゆっくりと体重をかけられて、床に横たえられると、少しずつ口づけが深くなっていって、彼の舌が入ってきた。
「……っ」
初めての深いキスに、胸が震える。
どうすればいいのか分からなくて固まっていると、彼の舌先が触れていった部分が甘い痺れを訴えていって、あたしを恍惚とさせた。強張っていた身体から力が抜け、自分のものとは思えない鼻にかかった吐息がもれる。
何これ……蕩けていきそう……。
甘い熱に煽られて、気が付けば彼のキスに自分もぎこちなく応えている。
アキレウス……。
ふわふわとした高揚感に包まれながら身をゆだねていたその時、彼が唐突にキスを止め、身体を離した。
名残惜しいような気持ちでアキレウスを見やると、彼は初めて見せる困ったような、後ろ髪を引かれるような表情であたしに手を差し伸べ、その場に立たせた。
「そんな顔されると、歯止め利かなくなる」
そう言うアキレウスの顔だって、あたしの動悸を不規則にさせるのに充分なものだった。情動に濡れた翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳が、凄絶なほど色っぽい。
この間の天然温泉の時、あたしが見たのは彼のこの瞳だ。
ドキドキしたはずだ。あの時のアキレウスはこういう気持ちであたしを見ていたんだ……。
その時、足音が近づいてきたと思ったらバーンとドアが開いて、元気なイルファの声が響き渡った。
「おっはよー! そろそろ朝ご飯だよ、あ、アキレウスここにいたんだ? パトロクロスとガーネットはもうコテージにいるよ!」
「ああ悪い、今行く」
そっか、アキレウスはイルファの気配に気付いたから……。
あたしは赤くなって、乱れた髪を手櫛で整えた。
「あっ、あたしもすぐ行くね! ごめん、支度遅れちゃって」
「いいよー、んじゃ先に行って待ってるね!」
「分かった!」
アキレウスとイルファにひらひらと手を振って、一人になった部屋の中で、あたしは鏡に映る自分の顔を見た。
うわぁ、上気して真っ赤だ……朝ご飯の前に、気分を入れ替えないと。
大きく深呼吸して、パンパンと頬を叩いてみるけど、なかなかにそれは難しいことだった。
*
「ねェ、あたし、アキレウスにもうすぐ朝ご飯だよーって伝えたの、けっこう前だったよねェ? ……もしかして、お邪魔しちゃった?」
コテージに向かう途中、窺うようにイルファに尋ねられて、アキレウスは苦笑を返した。
「遅れたオレらが悪いから」
「ああ〜、も、ゴメンん〜! 何っってタイミング悪いんだあたしィ! 例によってノックもし忘れちゃったし! ガーネットに知られたらまた怒られるゥゥ!」
頭を抱える勢いのイルファに、ガーネットに言うことはないから安心しろと伝える。そんなことが伝わってしまったらと考えると、こちらの方が頭が痛い。
「ううう、ゴメンねェ。この埋め合わせは必ず!」
「いや、別にいいって。てか、そんなに気にしないでくれ。むしろ忘れてくれ」
「ガゼ族は義理堅く情に厚いの! 命の恩人にたァーくさんお礼するって決めてんの!」
「イルファはもう充分やってくれてるよ。オレ達みんな、本当に感謝してる」
「あたしが本気出したらこんなモンじゃないんだから! まだまだァ!」
「いやいや、ホントに……って聞いてねぇな」
鼻息荒く闘志を燃やすイルファに、あまり張り切りすぎないでくれと、アキレウスは心の中で祈った。
*
朝食の後、あたし達は族長オラファの家を訪ねた。
そこにはオラファの他に前族長のホレットと、長衣(ローヴ)を着たまだ年若い女性がいた。
誰……?
みんなも初めて見る顔だったらしい。オラファとホレットに初体面となるあたしがぎこちない挨拶をした後、あたし達はオラファから彼女を紹介された。
「私の相談役を務める占術師のフェリアだ。トゥルクの姪でシェスナの従妹(いとこ)にあたる」
ええっ!
「ガゼの占術師フェリアと申します。族長からシェスナとの経緯(いきさつ)は聞いております、彼女をこの地に連れ帰っていただき、ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げた彼女は背の中程まである金色の髪をそのまま垂らし、切れ長のすっきりとした琥珀色(アンバー)の瞳をしていた。年齢は二十歳くらいかな。
雰囲気や声色がシェスナに似ていて、血の繋がりを感じさせた。
「稀代の占術師と呼ばれたトゥルクには及ばないが、彼女もまた優れた占術能力を持っている。何か占ってほしいことがあれば尋ねてみるといい」
「ありがとうございます。後程(のちほど)、ぜひ」
パトロクロスがそう応じ、そこからはあたし達を歓迎する宴の話になった。
ガゼ族的に明日は縁起の良い日にちらしく、フェリアの占いによると天候も良いそうで、あたし達的にも異論はなかったから、宴は明日催されることに決まった。
そこから準備に向けて村中が慌ただしくなり、何となく所在のないあたし達にフェリアが声をかけてきた。
「宜しければ場所を変えて、何か占いましょうか?」
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」
ありがたい申し出に、あたし達は一も二もなく頷いた。
*
占ってもらいたいことはたくさんあった。
ウラノスの在りか。
アキレウスのお父さんの行方。
シェイド・ランカートの所在。
等々。
これといった手掛かりもなく八方塞がりの状態の今、優れた占術能力を持つというフェリアの占いに一縷の望みを託す。
族長の家の一角にある客室へ案内されたあたし達は、部屋のほぼ中央に配置されたテーブルを取り囲むようにして座り、そこに置かれたフェリアの水晶球を見つめていた。水晶球は柔らかな紫色の光沢を放つ敷布の上で静かな輝きを放っている。
「では、順番に占っていきましょう……」
まずはウラノスの在りかから。フェリアの正面の席にはアキレウスが座っている。
「瞳を閉じて、頭の中に占ってほしいものの映像を思い浮かべて下さい。なるべく鮮明に、明確にお願いします。身体の力を抜いて、意識を集中させて下さい―――」
アキレウスが瞳を閉じ意識を集中させ始めたのに合わせて、フェリアも水晶球に手をかざし、それに同調するように精神を集中させる。すると水晶球が神秘的な淡い輝きを放ち始めた。
あたしが以前シェスナにウラノスの在りかを占ってもらった時は、相性が合わなくて水晶球が沈黙してしまったんだよね。今度はそういうことにならないといいな。
こくんと息を飲みあたし達が見守るその前で、水晶球の放つ光はだんだんと強くなっていき、やがてそれが渦を巻くようにして、何かをぼんやりとその中に映し出した。
あ……。
注目するあたし達の視線の先で、光の氾濫の中に浮かび上がったその映像に時折砂嵐のようなものがかかり、ザザッ、と現れては消え、消えては現れることを繰り返す。
「……く」
フェリアの額に汗が滲んできた。
これは多分、普通の状態じゃないんだよね。難しいのかな……大丈夫なのかな。
ハラハラしながら見守ることしばらく。やがて砂嵐のようなものが収まり、水晶球の中に浮かび上がったその映像はあたし達には不明瞭に見え、何が映し出されているのかいまいち見取ることが出来なかったけど、フェリアはそれを読み解くと、静かな声で告げ始めた。
「闇―――深い深い、闇が見えます……絡みつくような深い闇……それに囚われ―――本来の姿を、失い……ああッ」
フェリアが悲鳴を上げるのと、水晶球の映像が砂嵐に変わるのとが同時だった。次の瞬間、それが一瞬途切れ、水晶球の中からこちらを覗き込む不穏な視線をあたし達は感じ、慄然とした。
「!!!」
全員が後退(あとずさ)り、戦闘態勢を取る。
刹那、ビシッと硬質な音を立てて水晶球の内側からヒビが入り、次の瞬間、無残に砕けた! それと共にゾッとするような気配も消え、辺りに日常の空気が戻ってくる。
「―――な、何なの今の……」
ざわつく胸の辺りを押さえてそう言うと、額に冷や汗を滲ませたフェリアが肩で大きく息をつきながら応えた。
「分かりません……こんなことは、初めてです。ただ……禍々しい眼でした……畏怖を覚えるほどに……」
「あれは……眼だったの? 確かに覗き込まれているような気配は感じたけど……」
心なしか青ざめた面持ちのガーネット。
「物理的な『眼』とは言えないかもしれませんが……『眼』、そう呼んで然(しか)るべきものです」
眼……。
そのキーワードがあたし達に連想させたのは、紅焔の動乱以後行方不明になっているドヴァーフ王家の秘宝『真実の眼』だった。
シェイド・ランカートが持ち出した、触れた者を狂わせる諸刃の凶宝―――。
「ウラノスは……その『眼』に囚われているのか。深い闇の底で……。そして、本来の姿を失っている……?」
「私にはそのように見え、感じられました……深い闇に侵食され、今はただ沈黙する大剣の姿が……」
ウラノスは、真実の眼と共に今も在る……? だとしたら、シェイド・ランカートもそこにいる……!? そこに、アキレウスのお父さん―――ぺーレウスの手掛かりもある……!?
だとしたら、俄然残りの案件についても占ってもらいたい。
「フェリア、水晶球はそのような状態になってしまったが、まだ占ってもらうことは可能だろうか? 例えば他の水晶球で……」
そう尋ねるパトロクロスにフェリアは首肯し、先程のものよりも小振りな水晶球を取り出した。
「これは私が幼少の頃より肌身離さず持ち歩いている水晶球です。見た目は小振りですが、見通す力は他のものよりも強い……他ならぬ貴方がたの為です、やりましょう」
やった!
「ありがとう。けれど、これから頼もうと思ってる案件は多分、さっき占ってもらった件に関係している。またあの『眼』が出てきて、再び水晶球が壊れないとも限らない……君達占術師にとって、その……幼い頃から肌身離さず持ち歩いている水晶球は特別なものなんだろう? シェスナもそれと似たようなヤツを最後の最後に使っていたし……」
アキレウスはためらいがちにフェリアへそう問いかけた。自分にとってのヴァースのようなものかもしれないと彼は考えたんだろうな。
「お気遣いありがとうごさいます。仰るようにこれは私にとってとても大切なものですが……だからこそ、今使うべきなのだと思うのです。貴方達に恩義を感じているということもありますが、何より私の占術師としての直感がそう告げています」
フェリアは幾分瞳を和らげてアキレウスを見た。
「これは私の占術師としての性(さが)。どうぞお気になさらずに」
「……ありがとう」
何だか不思議だな。シェスナとは敵として出会ったのに、今、彼女の従妹のフェリアにこうして助けられているなんて……。
人と人との出会いって、単純には推し量れないものなんだなぁ。
水晶球を変え、フェリアは再び占い始めた。
次は、アキレウスのお父さんの行方について。
レイドリック王は十年という歳月の経過から彼の生存を絶望視していた。状況から考えればそう結論つけざるを得ないんだろうけど、シェイド・ランカートとの激戦の跡だけを残して忽然と消えてしまった鋼の騎士―――彼の遺体も遺品すらも見つからない状況というのはやっぱり不自然だと思うし、見えない何か大きなチカラが働いたんじゃないかと憶測してしまう。
……怖いな。
占いの結果によっては、アキレウスはこれまでの漠然としたものとは違う、リアルなお父さんの死を目の前に突きつけられることになるのかもしれない。真実が分からないままよりはきっといいんだろうけど、その時彼が負うことになる心の痛みを思うと胸が引き絞られるようだった。
緊張しながら見守るあたし達の前で、フェリアの水晶球が何かをその中に映し出した。
浮かび上がった映像はさっきの水晶球より鮮明に見え、今のところあの砂嵐のようなものが出てくる気配もない。そこからこぼれてくる光に、あたしは不思議と温かなものを感じた。
何だろう……さっきとは全然違う。すごく優しい感じの光……。
「これは……空虚? いや……空(うつ)ろな空間の中に、微かな光のようなものが見えます……ひどく希薄ですが、その中に魂魄(こんぱく)のようなものを感じる……」
「魂魄? 父はやはり亡くなっている?」
「……そうとは言い切れないかもしれません。亡くなった者の魂魄とは少し毛色が違う……それから……異質な空間にいる、と感じます」
「異質な空間?」
「どこか外界から閉ざされた……がらんどうの中、というようなイメージです。がらんどうの中、その中に存在する微かな光の中にくるまれているような……」
フェリアの額を大粒の汗が流れ落ちる。
「すみません……私の力では、これ以上は……」
彼女の口からその言葉が滑り落ちると共に水晶球は沈黙した。
「いや、ありがとうフェリア、少し休もう」
消耗が激しい様子の彼女を気遣って、あたし達は休憩を取ることにした。
アキレウスのお父さんは……生きているのかもしれない……? 生きて、どこかに閉じ込められている……?
ひどく不安定で不確定な情報だったけど、アキレウスのお父さんの生存が完全に否定されなかったことにあたしはほっとしていた。アキレウスはもちろん、多分みんながそうだったんじゃないかな。
フェリアの回復を待って、あたし達は最後の案件―――シェイド・ランカートの所在についても占ってもらった。
「……? この方も……先程の方と同じ、ですね……隔絶された異質な空間の中に……」
「―――え!?」
フェリアの口から語られた内容にあたし達は耳を疑った。シェイドは身を潜めながら普通にどこかで生存しているものと思っていたからだ。
ああ、でもそういえば前にレイドリック王が言っていたっけ……『テティスを氷漬けにしたのはシェイドの仕業だろうが、どちらかが生き残ったのであれば彼女をこの状態で放っておくとは考えられない』って……。
アキレウスのお父さん同様、シェイド・ランカートの身にも時同じくして何か重大な異変が起こっていたんだろうか……?
「父とシェイドは同じ場所にいるってことか!?」
「はい、おそらく……ただ、この方は先程の方よりも更に……非常に魂魄が薄い……擦り切れて、消える寸前……といった印象を受けます」
それは、真実の眼による影響の為なんだろうか?
真実の眼をフェリアに占ってもらえれば何か分かるのかもしれないけれど、ドヴァーフ王家の秘宝である真実の眼を見たことがある者はこの場にはいなかった。フェリアの占いには占ってほしいものの明確なイメージ化が重要だから、今それを占ってもらうことは無理だ。
過去の話を聞いた限りでは現ドヴァーフ王のレイドリック王も真実の眼を見たことはないみたいだし、前王オレインの時代に特務神官を務めていたアキレウスのお母さんは亡くなってしまっている。彼女の同僚だった特務神官が分かれば、その人にフェリアを引き合わせて占ってもらうことは可能……?
「いずれにせよ、私達の独断で決められる話ではない。レイドリック王に判断を仰がねばならないな」
うん、そうだね。
「フェリア、彼らがいる場所の手掛かりになるようなものは他に何か見えないだろうか?」
パトロクロスにそう求められたフェリアは全ての感覚を研ぎ澄ますかのように瞳を閉じ、再び水晶球に深く同調していった。
息を詰めて見守るあたし達の前で、水晶球の輝きが増す。フェリアは瞳を見開き、映し出された情報を唇に乗せた。
「がらんどうの空間の外に、深い闇の影とあの『眼』の気配が感じられます……全ては、繋がっている……空間の外に……青空……あれは……鳥? 不死、鳥……不死鳥の旗が見える……はぁッ、はぁ……」
フェリアが喘ぐような呼吸を吐くのと、水晶球から光が失われるのとが同時だった。大きく肩を上下させる彼女の顔色は白く、隠し切れない疲労の色が滲んでいる。
「フェリア、大丈夫!?」
「はい……あまりお役に立てなくて申し訳ありません……どこかこう、ぼんやりとした印象でしかお伝え出来ず……。今回の案件は全て、いくつもの結界に阻まれているような感じで―――それに、深入りしすぎるとあの『眼』に気付かれてしまう危険性がありました。トゥルク様ならば見届けられたのかもしれませんが……私の力が至らず、お詫び申し上げます」
「フェリア、そんなことはない。君は充分やってくれた。おかげで色々と手掛かりが得られたよ。ありがとう」
アキレウスがそうフェリアをねぎらい、あたし達も改めて彼女にお礼を言った。
フェリアにはだいぶ無理をさせちゃったなぁ。こちらこそ申し訳なかった。
でもおかげで、何も分からなかったところにわずかな光明が差してきた。あたし達が知る不死鳥の旗といえば、アストレア王家のものだ。アストレアに手掛かりはある……!?
そして―――ウラノスも、アキレウスのお父さんも、シェイド・ランカートも―――全ては繋がって同じところに……!?
「それと―――これは今回の占いを通じて得た私の占術師としての直感であり、この水晶球が現した予兆でもあるのですが、参考程度にお聞き下さい。“まもなく再会の時は来たれり―――同じくして喪失の時も訪れり”」
希望と絶望の入り混じったようなその予言はあたし達の胸に一抹の不安の影を落とした。
「同じくして喪失の時も訪れり、かぁ……安穏としていられる内容じゃないわね」
神妙な面持ちでガーネットが呟く。フェリアは切れ長の琥珀色(アンバー)の瞳をあたし達に向けて言った。
「あくまでも予兆です。皆様が選択し進んでいく道によって、変わっていく場合もあるでしょう。より良い方向へと導いていかれるよう、影ながら皆様の幸運を祈っています」