ドヴァーフ編

騎士の背中


 手持ちの傷薬と霊薬(れいやく)でダメージや魔力を回復させ、態勢を整えたアキレウス達はベルリオスとの戦闘で破壊された城壁から王城内部へと足を踏み入れていた。

 王城は固く門扉を閉ざし正面からの魔物(モンスター)の侵入こそ未だ許していなかったが、中心にそびえ立つ主塔の上部からは依然激しい戦闘の気配が伝わってきており、それを物語る衝撃が壁を介してずっと下の階層にまで響いてきている。

 固唾を呑んでベルリオスとの死闘を見守っていた城の兵士達は、戦闘終了後、速やかに破壊された城壁の応急処置に取り掛かった。彼らにラァムを託し、アキレウス達は現在の情勢を把握しようと詳細を尋ねたが、それに対する彼らの回答は要領を得ないものだった。

「実は……いったい何がどうなっているのか、我々にもさっぱり分からないというのが現状なのです。上層部からの一切の指示が途絶えているような状況でして、現場の指揮官達も混乱しております。とりあえず一般の住民を所定の場所に避難させ、魔物の侵入を阻止してはいるのですが」

 兵士達の話によると、現在城内で戦闘が確認されているのは主塔の上部のみで、そこで国王を始めとする首脳陣と何者かが交戦中なのではないかという噂になっているとのことだった。戦時の混乱で情報が錯綜していることもあり、詳しい状況を把握している者はこの場にはいないらしい。

 上空から城内への侵入を試みていた魔物達はロードバーンの出現によりほぼ消滅したらしいが、それまでの戦闘でドヴァーフ側には多数の死傷者が出ており、建物もあちらこちらで半壊や一部損壊の被害が出ている。指示系統が寸断された状況の中では刻々と移りゆく戦局の変化に対応出来ず、兵士達はいっぱいいっぱいの様子だった。東塔へ侵入したはずの元ガゼ族の占い師についても尋ねてみたが、残念ながら彼らの間では確認されていないらしい。

「だとすると……城内に侵入しているソイツが、今回の親玉か!? あの占い師じゃなく……!」

 問題の主塔上部を目指して回廊を疾走しながらアキレウスが低く唸る。その傍らを並走するパトロクロスは、ひとつ頷いてこう返した。

「おそらくな。例の被膜に覆われて間もなく、ここの主塔から戦闘の光が上がるのが街中からも確認出来た。軍勢を率いて城壁を突破したわけでもなく、兵士達にも悟られぬままあのような場所へ侵入してみせるあたり、只者ではないだろう」
「もしかして、シャルーフを滅ぼしたっていうあの連中……?」

 二人の後ろを走るガーネットが眉をひそめて呟(つぶや)く。

「その可能性は大いにあるんじゃない? ボクが敵の元締めだったら、今回もその連中を差し向けるよ」

 緊張感があるのかないのか、しれっとしたフリードの物言いを聞いて、一同は表情を引き締めた。

「……。レイドリック王達、無事かしら……」

 階層が上がっていくにつれて、戦闘の気配が身近に迫ってくる。

「無事さ。エレーン殿とオルティス殿がついているんだ……激しい戦闘が続いているのがその証だ」
「……そうね! この国の守護神である聖竜も召喚されているわけだしね」

 ガーネットとパトロクロスの会話を耳にしながら、アキレウスは無言で連なる階段の先を見据えた。

 無事でいてくれなくては困る。聞きたいこと、聞かなければならないこと-----ようやく、彼との“約束”を思い出したのだ。

 それに-----。


『あんたは、そんなに父さんを殺したいのかよッ!?』


 幼い日の自分がそう口にしたあの時、あの一瞬だけ、確かに苦しそうな表情を見せたレイドリック。記憶の底から甦った彼のあの表情が、ずっとアキレウスの胸の底に引っかかっている。

 オレはまだ、あんたという人間の『真実』を耳にしていない……!

 きつく唇を結んで、アキレウスは階段を駆け上る。様々な思いを、その胸に抱きながら。



*



 本性を現した魔性の力は、凄まじかった。

「ごめんねぇ。この姿になると、軽い興奮状態になるのよ……加減が、利かなくなっちゃうの。ねぇ、そろそろ降参してくれない? じゃないとあたし、あなたをここで殺しちゃうわよ? 本当は、ベッドの中で甘い夢を見せながら殺したいのに……」

 対峙する相手にうっとりと流れるような眼差しを向け、美しいピンクの魔性は嫣然(えんぜん)と微笑んだ。

 自らの血で真紅に染まった聖騎士オルティスは、荒い呼吸を整えながら揺るぎない意志の光を黄玉色(トパーズ)の瞳に乗せ、目の前の強大な敵をにらみ据えた。彼が背後に守るのは、この国の命運を握る、聖竜ロードバーンを召喚中の賢者エレーン-----周囲の床には同胞達が無残な姿で転がり、佇む彼の足元に血の海を作っている。

「残念……意志は変わらないみたいね」

 わずかに眉根を寄せて、もったいない、とでも言いたげな表情を作り、セルジュが手にしたムチに力を込める。殺すには惜しい男だが、手加減する気はなかった。この種の瞳を持つ者が危険な存在であることを、彼女はもう知っている。

 目にも止まらぬ勢いでセルジュのムチが繰り出される。肉を打つような重い音を立てて、オルティスの剛剣がそれを弾く。弾かれたムチがうねり、意思を持つ生き物のように不規則な曲線を描いて、再びオルティスへと襲いかかる!

「オルティスッ!」

 後方で見守るレイドリックが思わず声を上げる。オルティスはその攻撃を見切り、どうにか凌いだ。だが、その反動でわずかに身体が傾(かし)いだ。

 それをセルジュは見逃さなかった。間合いに一歩踏み込み、瀕死の獲物に致命傷を負わせようと、とどめの一撃を繰り出す!

 オルティスの眼光がギラリと光った。身体が傾いだように見せたのはフェイクだった。懐にセルジュを誘い込み、起死回生のカウンターとなる攻撃を放つ為の布石だったのだ。

「聖断撃滅破(せいだんげきめつは)!」

 裂帛(れっぱく)の気合もろとも、聖なる輝きを纏ったオルティスの剛剣が唸りを上げる! 空気を裂いて眼前に迫る緑の凶器を頬の皮一枚でかわしざま、肉体から魂を引き剥がすかのような激烈な斬撃をセルジュに見舞う!

 ピンクの髪が空中に散った。

 空気のように心許ない手応え-----オルティスは驚愕に黄玉色(トパーズ)の瞳を見開いた。

 -----かわされた!

 セルジュの残像を通り抜け、轟音と共に破壊されるフロアの壁。その残響を耳にしながら、ヒヤリとした戦慄に導かれるまま視線を落とすと、死線をくぐり抜け、こちらの懐深くにしなやかな身体を滑り込ませながら、寄り添うようにして見上げてくる、濡れたようなピンクの宝玉と目が合った。

「油断も隙もないオトコ……スゴく、好きよ」
「……!」

 息を飲みながら、オルティスは反射的に後ろへ跳んでいた。直後、鈍い衝撃が彼の腹部に炸裂した。

「ッ、が……!」

 短い呻(うめ)きをもらし、床の上を滑るようにして退がりながら、オルティスはガクリと片膝をついた。

 絶妙のタイミングで放ったカウンターだった。回避不能と言っていい一撃だったはずだ。

 -----あの攻撃を、かわされるのか……!

 腹部が鈍い痛みを訴えている。手を当てるとメタリックホワイトの全身鎧(バトルスーツ)のその部分がひしゃげ、ひどく歪んでいることが分かった。この痛み方は、おそらく、肋骨の何本かにひびが入っている。だが、とっさに後ろに跳んでいなければ、あの意思を持つかのようなムチによってこの身体を拘束されていたことだろう。

「これが最後よ? 降参しなさい。あたし、これでも忙しいんだから……あなただけに構っているヒマはないの」

 にらみ上げるオルティスを傲然(ごうぜん)と見下ろし、セルジュが最後通告を突きつける。

 オルティスは肩で息をつきながら、赤紫色の被膜に毒されたままの空に視線を走らせた。ロードバーンの聖なる光はようやく半ばまでその侵食を広げかけていたが、それが全体に至るまでにはまだ時間がかかるのが見て取れた。

 瞳を閉じ、全身全霊をロードバーンの召喚に集中させているエレーンの額には、大粒の汗が滲んでいる。自らの命を燃やすようにして、彼女も必死に戦っていた。自分達の誓いを、果たす為に。

 -----今ここで、自分が倒れるわけにはいかない。

 満身創痍の肉体を意志の力で奮い立たせ、震える腕で剣を握り、オルティスは立ち上がった。

「オルティス……!」

 言葉に出来ない思いを込めて自分を見守る主君の、悲痛な胸の内が伝わってくる。

 乳兄弟であり、幼い頃からの友人であり、彼が即位してからは良き主君と忠臣との間柄でもあった、自分とレイドリック。王家に生まれ、この国の最高権力者として歩むことを位置づけられた彼の傍らに佇む機会を与えられた自分は、この国にまつわる様々な出来事を目の当たりにしてきた。

 歴史の闇、歴史の光。様々な色合いを織り成し、紡がれてきたドヴァーフという名のこの国、それを築いてきた先人達の、血の滲むような想い。

 その全てを受け継ぎ、今、自分達はこの地に立っている。大切な人々が、名も知らぬ大勢の民達が、日々生命を育み生活を営んでいく、愛しいこの地-----この地を守る為に、王家は、そして自分達は存在しているのだ。

 負傷した傷口から流れ出る鮮血を身に纏い、痛めた肋骨のダメージを押し隠し、オルティスは揺るぎない決意を改めて自身の中に確認すると、ひとつ深呼吸し、剣を構えた。

「……ホントに残念。じゃあね」

 囁くような声音で告げ、現実離れした美を誇る艶(あで)やかな魔性が迫りくる!

 -----この国を、守り抜く。

 自身の内にたぎる、熱き想い。その瞬間オルティスの脳裏に浮かんだのは、崇敬するある一人の騎士の後ろ姿だった。

 どんな逆境に置かれようとも決して揺らぐことのなかった不屈の意志と、それを切り拓き成し遂げる、鋼鉄の如き強さ。あまりにも壮絶にして鮮烈な彼の生き様は、少年時代のオルティスの中に忘れられない刻印を刻みつけた。それはオルティスが焦がれ、目標とし続けることになる真実の強き者の姿、理想とする騎士像となった。



「-----覇王剣!」



 張り詰めた空気を揺るがす、予想もしなかった声がフロアに響き渡った。

 剣を振るいかけていたオルティスは、脳裏に思い描いていた人物と重なったその声に、まさか、と黄玉色(トパーズ)の瞳を見開いた。

 次の刹那、竜の形を纏った闘気が今まさにオルティスに襲いかからんとしていたセルジュの結界に横合いから激突し、激しい衝突音を立てた!

「!」

 セルジュの鋭い視線がそちらに注がれる。その時には一気にその間合いまで詰め寄ったアマス色の髪の青年が大剣を振りかぶっていた。

 それを防ごうと、セルジュがムチを巡らせる。オルティスはそこへ渾身の力を込めた一撃を放った。

「聖断撃滅破!」

 聖なる波動を伴った斬撃が、散漫となったセルジュを捉え、その結界を打ち破る!

 今度はわずかな手応えがあった。

 見上げるオルティスの視線の先、空中に跳んで逃れたセルジュの二の腕から血が滴っている。

「……こちらから出向く手間が省けたわ」

 戦闘に突如乱入してきた人物を見やり、セルジュの艶(つや)やかなパールピンクの唇が笑みの形に裂けた。

 彼女を急襲したのは、アマス色の髪に野性的な翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳を持つ長身の青年-----彼女が“本命”と目していた人物だった。

「……アキレウス様!」

 目を瞠ってその名を口にするオルティスを一瞥(いちべつ)し、アキレウスは素早く瓦礫の散乱するフロア内に視線を走らせた。

 オーロラとあの占い師の姿は、目につくところには見当たらなかった。意識を失ったオーロラを抱えている彼女より、どうやらこちらの方が先に目的地へとたどり着いてしまったようだ。

 戦場と化した広大な間は無残に壁が破壊され、図らずも展望フロアへと変貌を遂げていた。真紅の海に横たわった戦士達、冷たい骸(むくろ)と化した人々、床に転がる巨大な魔物(モンスター)の屍、そこかしこに刻まれた激戦の爪跡-----彼らがこの魔性を相手にどれほどの苦戦を強いられていたのかは想像に難くなかった。

 その戦場の片隅に少数の騎士と魔導士に守られた国王レイドリックの姿を見い出し、アキレウスはわずかにその瞳を細めた。

 翠緑玉色(エメラルドグリーン)の視線と灰色(グレイ)の視線とが一瞬交じり合い、複雑な色合いを成して、何事もなかったかのように解けていく。

 突然のアキレウスの登場に息を潜めてその様子を見守っていた人々は、彼に続いて現われたパトロクロス達の姿に希望の入り混じった歓声を上げた。

「おおっ、パトロクロス王子……!」
「つわものと噂の従者達も……!」
「こっ、これで戦局が多少変わるかも知れませんぞ……!」

 それを耳にしたフリードが、整った顔をわずかにしかめた。

「ボク、パト様の従者じゃないんだけどなぁ……。っていうか、このものスゴい期待に満ちた視線、やめてほしいよね。こんなウソみたいな妖気を振りまく相手を前にさ」

 そのぼやきにパトロクロスが応えた。

「同感だが、意外だな。君は注目をされればされるほどその気になるタイプだと思っていたんだが……」
「可愛い女の子達に注目されるんならそうだけどさ、あんなオッサン達に注目されてもねー」

 注意深く美しい敵を見据えながらそう語る彼らの隣で、ガーネットは朗々と回復呪文を唱えあげた。

「“恩波の癒し手(レイティアー)”!」

 波動の杖の先端から癒しの光が迸(ほとばし)り、オルティスを始めとする傷付いた人々の肉体を優しく包み込むと、その傷を少しだけ癒していく。

「-----シェスナは死んだの?」

 長い睫毛をひとつ瞬かせて、蠱惑(こわく)的な笑みを向けながら、セルジュは“本命”であるアマス色の髪の青年に問いかけた。この世のものとは思えないほど美しい、強大な力を誇るピンクの色彩を持つ魔性を油断なく見据えながら、彼はこう問い返してきた。

「シェスナ? それはあの占い師のことか」
「ええ、そうよ」

 肯定の言葉を返すと、野性的に輝く翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳が更に鋭さを増した。

「……お前は何者だ」
「初対面の女性に名を尋ねる時は、まずは自分から名乗るモンなんじゃないの?」
「コイツは失礼。とっくにご存知かと思っていたんでね」

 唇の端を上げて皮肉混じりにそう返す相手に、セルジュは楽しそうに笑いながらピンクの瞳を細めた。

「ふふっ、小生意気な態度……キライじゃないわ。鼻っ柱の強いオトコを蹂躙(じゅうりん)して跪(ひざまず)かせるの、大好きよ」
「……やれるモンなら、やってみろよ」

 負けん気の強い回答に、セルジュは再び口元をほころばせる。

 目の前の青年は無論、王都を包む結界の影響を受けている。水晶球を通して見た黄金のオーラも今は身に纏っていない。だが、それでも心惹きつけられてやまない、圧倒的な輝きというものを彼は持っていた。セルジュにとっては麻薬にも似た、眩いまでの強烈な引力-----。

 何て、極上の精気……。

 ゾクゾクと、腰の辺りを快感にも似た興奮が駆け上っていく。こんな衝動を覚えるのは久し振りだった。

 -----欲しい。この男の精を最後の一滴まで搾り尽くして、味わいつくしたい-----。

 チロリと唇をなめながら、セルジュは込み上げてくる欲望に妖艶な肢体を震わせた。

 そうすれば自分はより強く、美しくなれる。

 そう-----ルシフェル様を、あの方を振り向かせるほどに-----。

「その女は我々が『暗黒の王子』と呼ぶ存在-----ルシフェルという者の配下であり、四翼天の一人、セルジュと名乗る者。シャルーフを滅ぼした輩の一人であり、今回の件の首謀者です」

 ガーネットの呪文で少しだけ回復したオルティスが、セルジュに視線を向けたまま簡潔にそう説明した。

「ルシフェル-----」
「四翼天……セルジュ」
「な〜んか、初めて聞く名前ばっかだねー」

 パトロクロスが、ガーネットが、フリードが、三者三様の反応を示す。アキレウスは悠然とした面持ちのセルジュを真っ直ぐに見据えたまま、低い声でこう呟いた。

「ようやく、見えてきたな……“元凶”が」

 それは押し殺していた怒りを解放するようでもあり、その矛先を見い出した喜びに震えるような声でもあった。

 対面する魔性から感じられる力の波動は、それを感じる自分の感覚を疑いたくなるほど強力なものだ。正直、こうしてにらみ合っているだけで今にも身体が震えだしそうになる。だが、それとは裏腹に血肉が沸き立つような矛盾した感覚をもアキレウスは味わっていた。

「あたしの質問にまだ答えてもらっていないわよ。シェスナは、死んだの?」
「さぁな……自分で確かめてみたらどうだ?」
「へぇ……?」

 はぐらかすようなアキレウスの回答に、セルジュは面白そうな顔になった。

「ははーん……さては、シェスナに逃げられた? あなた達、彼女を探してここへ来たんでしょ? いいえ……シェスナと言うよりは、彼女に囚われたお姫様を探して、かしら?」
「…………」
「あはっ、図星? シェスナのヤツ、なかなかやるわね。でも残念、ここには来ていないわよ」

 心底楽しそうな声を上げるセルジュを無言でにらみつけ、アキレウスは唇を引き結んだ。

 確かに今、彼女達の姿はここにはない。だが、あの占い師-----シェスナは必ず、ここへやって来るはずだ。

 これまでの会話の流れからも、セルジュとシェスナの間に信頼関係は見られない。何よりもロードバーンが出現した後のシェスナの行動が、雄弁にそれを物語っている。

 それぞれの思惑を達する為だけに手を組んだ間柄-----それ以上でも以下でもないセルジュを、シェスナは信頼していない。セルジュもまた、シェスナを使い捨ての道具程度にしか思っていない。そしてそれをシェスナは知っている。

 だからこそ、彼女はここへやって来る。

 自らの手で、確実にレイドリックの命を絶つ為に-----。

「オーロラ様は、まさか-----そのシェスナという敵の手の者に……?」

 セルジュとの会話を聞いていたオルティスが顔色を変えた。

「ええ、残念ながら……この忌々しい結界も、どうやらそのシェスナという女の仕業であるらしい。彼女は何でも元ガゼ族の占い師だった者だとか……」

 パトロクロスからそれを聞いた、オルティスを始めとするドヴァーフの一部の重臣達の間に激震が走った。

「……! ガゼ族……!」

 その意外な反応にアキレウス達は驚いた。“ガゼ族”というキーワードに、これほど彼らが反応を示すとは思わなかったからだ。

「ふふ……“ガゼ族”と“占い師”……この二つのキーワードにピンと来る人は来るみたいね……ねぇ、国王サマ……?」

 訝(いぶか)しむアキレウス達をよそに、多分に含みを持たせた口調で、セルジュが意味深な視線をレイドリックへと投げかける。

「彼女、人であることを捨てて魔道へ身を落としたのよ。どうあってもあなた達に復讐したいらしいわ……」

 魔性の煽りにも、レイドリックは知的な表情を崩すことはなかった。いっさいの感情を消し去った涼しげな灰色(グレイ)の瞳をただ静かにセルジュへと向け、彼は無言を貫いた。

 その表情は、アキレウスに遠い記憶の中の彼を思い起こさせた。

「ふふ……まぁいいわ。シェスナには感謝しないとね……いい男をたぁーくさん、あたしの元へと導いてくれたんだから」

 初めて見る顔も混じっているみたいだけれど、と呟きながら、アキレウス、パトロクロス、フリード……と順に視線を送り、セルジュはうっすらとほくそ笑んだ。

「……素敵な女の子もここにいるんですけどね」

 存在をまるっきり無視されてしまったガーネットが苦々しげに独りそうごちる。

「さぁ、そろそろ時間もなくなってきたことだし……カタをつけましょうか?」

 聖竜の支配が徐々に強まっていく赤紫色の被膜を振り仰いでそう告げた、セルジュのピンク色の瞳が仄暗い光を帯びた。妖艶な魔性から振りまかれる凶悪な力の波動がより一層の強さを増し、フロアに佇む者達を圧倒する。

「……! こんな……」

 ビリビリと大気を震わせる、未だかつて経験したことのない脅威を前に息を飲むガーネットの隣で、珍しくフリードが引きつった声を出した。

「うわ……こりゃ、反則だね。この場にいたらさすがのゼン様も真っ青、かな」

 口調はふざけているが、その顔はまるで笑っていない。

「これが……シャルーフをひと晩にして壊滅へと追いやった、四翼天、とやらの力か……!」

 後ろでひとつに結んだ褐色の髪を吹きつける波動に煽られながら、パトロクロスが奥歯をかみしめる。

 その前方でセルジュと対峙するアキレウスは、頬骨に力を込め、きつく剣を握りしめた。

「どんだけ不利な条件だろうが、やるしかねー……てめぇをブッ倒して、あの占い師からオーロラを取り戻す!」
「やれるモンなら、やってみなさいよ」

 先程のアキレウスの言葉をそっくりそのまま彼に返しながら、セルジュは冷然と嗤(わら)った。手にした緑のムチをひゅん、と唸らせ、身構える脆弱な人間達を高圧的な態度で見下ろす。

「もっとも、ムダなあがきで終わるけどね」

 艶やかなその笑みには、多分な毒が含まれていた。
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