ドヴァーフ編

逆臣


 ドヴァーフに来てから四日目の朝。

 この日も昨日に引き続き、朝から調べ物をしようと、あたし達四人は広大な王宮の回廊を歩いて図書館へと向かっていた。

 今朝、朝食の席でオルティスから修理中の飛空挺についての経過報告があったんだけど、それによると修理は順調に進んでいて、このままいけばあと四〜五日で完了する見通しだということだった。

 飛空挺が直れば、あたし達はそれに乗って、いよいよ伝説の大賢者シヴァの眠る孤島へと赴くことになる。

 明確な期限が切られたこともあって、あたし達のテンションは俄然(がぜん)高まった。

 いよいよだ! でも、それまでにやるべきことをやってしまわないとね!

 魂の結晶について調べないといけないというのはもちろん、アキレウスの誕生会もやりたいし、その為にはターニャに会いに行かないといけないし、あぁ、それに例の占いの館に行ってウラノスのことを占ってもらいたいし……。

 それに……。

 あたしは隣を歩くアキレウスをチラッと見た。

 あの日、グレンの小屋でアキレウスと交わした約束。ドヴァーフに行ったら、彼がその昔仲間と一緒に見つけたという秘密の場所に連れて行ってくれるっていう、あの約束。

 あれから一度も話題に上ることのないあの約束を、アキレウスは覚えているのかな。

 彼がそれを言い出してくれることをあたしはちょっぴり期待していたんだけど、ドヴァーフに来てからというもの、アキレウスの様子は何だか落ち着かなくて、例えあの約束を覚えていたのだとしても、今の彼にそんな余裕がないのだということは傍(はた)から見ていても分かった。

 子供じゃないんだもん、わがままは言えないな。

 あたしはそっと溜め息をついた。

 ただでさえ、やるべきこと、やりたいことが山積みなんだもん。それだって、あと四〜五日のうちに出来るかなぁ? って感じで……。

 ううん、絶対にやらないと! 今しか出来ないことばかりだもんね!

 弱気になりかかる自分の心を叱咤激励しつつ、頭を切り替えて、あたしは考えを巡らせた。

 今日はとりあえず図書館での調べ物に全力を捧げよう。で、明日の午後にでも何か理由を作って、ターニャのところへ行ってこようかな? その帰りにあの占いの館へ寄って……。

「たっ」

 考え事をしながら歩いていたあたしは、後ろを歩いていたガーネットに踵(かかと)を踏まれて前のめりになってしまった。

「あ、ごめんごめん」
「あぁ、うん、大丈夫」

 謝る彼女にそう返しながら、あたしはその整った顔を見つめた。

 昨日は雨がひどかったせいもあってガーネットは少し遅く帰ってきたんだけど、その時の彼女は何となく元気がなかったんだ。

 フリードと何かあったのかな? ってちょっと心配していたんだけど、今朝の彼女はいつもと何ら変わらないように見える。

「なぁに、そんなに見つめて。あたしってそんなに綺麗?」
「うん、綺麗綺麗」

 やっぱりいつものガーネットだ。

 ひとつ瞬(まばた)きをして尋ねてくる彼女に適当に頷いて、あたしは再び歩き始めた。

 気の回しすぎ、だったのかな?

 その時、回廊の反対側から歩いてくる一団に気が付いたあたしは、何気なくその先頭を歩いている人物に目を向けてぎょっとした。

 げっ、アルベルト!

 レイドリック王の異母弟(おとうと)だとはとても思えない、小太りでお世辞にも美男とは呼べない彼は、取り巻き達を引き連れ、我が物顔で回廊を練り歩き、こちらへ向かってくるところだった。

 うわ……何事もなく通り過ぎますように。

 心の中でそう祈りながら、礼節を守って道を譲り、一礼して控えるあたし達を見て、アルベルトの細い目が意地悪そうな光を帯びた。

「おぉ、これはパトロクロス王子。ご機嫌いかがかな」
「アルベルト殿下。おかげさまで身に余る厚遇をいただきまして、すこぶる快適に過ごさせていただいております」

 優雅に微笑してやり過ごそうとするパトロクロスに歩み寄り、アルベルトはその薄い唇を歪めた。

「丁度良い、貴公に伝えておきたいことがあったのだ」
「……どのようなことでしょうか?」

 心持ち表情を引き締めながらパトロクロスが尋ねる。そんな彼に含みのある笑顔を向け、アルベルトはこう言った。

「飼い犬に手をかまれぬように、せいぜい気を付けた方が良いぞ」
「は?」

 あっ、相変わらずイヤな感じ〜! どういう意味!?

 ムッとするあたし達と、それを表にこそ出さないものの、わずかに瞳を険しくしたパトロクロス。そんなあたし達を見やり、アルベルトは得意げに喋り始めた。

「貴公は知らずにいたことだと思うがゆえ、忠告させてもらうがな。従者とする者の素性は徹底的に洗っておいた方が良いぞ。仇(あだ)なす輩(やから)が忠義面をして潜り込んでいるとも限らぬからな」

 そう言って、アルベルトは意味ありげにアキレウスを見た。

「お言葉ですが、どういう意味でしょうか? 私の従者にそのような不忠義者はいないと自負しておりますが」

 毅然とした態度で臨むパトロクロスを楽しげに迎え撃ち、アルベルトは逸る心を抑えきれない様子で、興奮した口調でまくしたてた。

「ほう、やはりご存じない? では教えて差し上げよう。そこのアキレウスとかいう男、魔物(モンスター)ハンターとしてそこそこ名が通っているようだが、その父親は更に有名な人物でしてな。前国王時代、魔力を持たない凡人でありながら、騎士団長の位にまで取り立てられた恩義を忘れ、許されぬ反逆行為によって、このドヴァーフを危機におとしめた逆臣ペーレウス! こやつはその息子なのだ!」

 頬を歪めて、アルベルトはアキレウスを糾弾した。

「汚らわしい……! 本来なら貴様など、この王宮の門をくぐる資格すら持たない輩なのだ。パトロクロス王子、今回は致し方ないとしても、次回からは気を付けていただきたいものだな。それと、こやつとは早急に縁を切られることをお勧めする。いつ寝首をかかれるか知れたものではないぞ」

 微かな驚きを内に隠したパトロクロスが反論の口を開こうとするより先に、それまで黙っていたアキレウスから、押し殺した低い声がもれた。

「オレの父親は……恩を仇で返すような人間じゃない」
「何だと? どうやら自分の父親のことをよく分かっていないらしいな」

 それを聞き咎(とが)めたアルベルトが鋭い目でアキレウスをにらみつけた。

「よく聞け! 十年前のあの日、お前の父親は謹慎を命じられていた身だったにもかかわらず、王命に背き、独断で罪人の蛮族共を脱獄させ、その結果王都に災厄をもたらした! 蛮族共の放った火によって王都は炎に包まれ、私の父上と母上はその犠牲となったのだ! 主君を弑逆(しいぎゃく)し、王都に大いなる災いをもたらした、許されざる大罪を負った者……それがお前の父親だ!」

 奥歯をかみしめて、アキレウスはその言葉を受け止めた。けれど彼の翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳は傷付いた光を放ちながらも、真っ直ぐにアルベルトを見据えていた。

 そんな彼を憎々しげに見やりながら、蔑んだ口調でアルベルトは吐き捨てる。

「少しは思い出すがいい、自分の置かれた立場というものをな! 現王の兄上の手によってお前の父親は騎士の資格を剥奪され、単身、蛮族共に奪われた宝玉の奪回を命じられた。事実上の追放だ。そして奴は、遠い地で惨めな最期を遂げることになった……裏切り者にふさわしい、犬死をだ!」
「何だと……」

 アキレウスの顔から表情が消えた。

 それは、彼の怒りが頂点に達したことを示していた。

「歴史が証明している。貴様の父親は罪人だ! 兄上は判断が甘すぎる、本来であれば一族郎党皆殺しに処して然(しか)るべき事案だったのだ!」
「きっさま……」

 憤然と一歩進み出たアキレウスを、パトロクロスとガーネットが押しとどめた。

「待て、アキレウス!」
「アキレウス、ダメッ!」
「そういう野蛮なところも父親にそっくりだな。どれほど剣技に優れていようが、所詮下賤(げせん)の者は下賤の者。卑しい血は争えんということか!」

 声高にそう言って、アルベルトは嘲笑った。彼の取り巻き達も主人に合わせて悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 この言葉は、アキレウスを傷付ける為に用意された言葉だ。

 アキレウスにプライドを傷付けられたアルベルトは彼の素性を調べ、この機会を狙っていたに違いなかった。

「この私に偉そうに意見する前に、自分の父親の罪を贖(あがな)ってはどうだ? もっとも、貴様一人の命を差し出したところで償えるような軽いものではないがな! 爪の先ほどでもそれを理解出来る頭があれば、こうしておめおめと生き恥を晒してはいられまい! ましてや、この城に足を踏み入れるなど厚顔無恥極まりない-----」

 考えるより先に、身体が動いていた。

 乾いた音が、辺りに響き渡る。

 勢いよくあたしに平手で殴られてよろめいたアルベルトは、何が起きたのか分からない様子で、そのぽっちゃりした頬を押さえた。

 彼の取り巻き達も、アキレウスも、パトロクロスもガーネットも-----あまりにも突然のことに、その場にいた全員が言葉を失った。

 あたしは肩で息をつきながら、呆然とした面持ちのアルベルトを見据え、震える声を絞り出した。

「貴方はいったい、何をしているの!? これが、王弟という立場にある人のすることなの!? 歴史は確かに、それを事実として伝えているかもしれない。でも、それに至った経緯を、この件の全てを、貴方は知っていると言える!? 貴方が甘いと言った、レイドリック王の処分-----本当にそうだったのかどうか、当事者でない貴方が胸を張って言えることなの!?」

 この時、あたしの胸にあったのは、純粋な怒りと、謎かけのようなエレーンの言葉だった。

(“事実”と“真実”は、似て非なるものです。しかし、歴史は往々にして“事実”を“真実”と語ります-----)

「故人を冒涜(ぼうとく)してその家族を傷付けるなんて、人として最低の行為だよ! いい年して、言っていいことと悪いことの区別もつかないの!?」

 ぽかんとしていたアルベルトの顔が怒りの為に赤黒く変化するまで、さほど時間はかからなかった。

「で、殿下、大丈夫でございますか!?」

 遅まきながら駆け寄ってきた取り巻きの手を勢いよく払いのけ、細い目をいっぱいに見開き、彼は激怒した。

「こっ……この小娘〜、この私に手を上げたばかりか、その上愚弄(ぐろう)まで! 許さんぞ!」

 怒号と共に贅肉(ぜいにく)のたっぷりついた重そうな腕が振り上げられ、殴られることを覚悟して、あたしは歯を食いしばった。

 王弟殿下を思い切り殴っちゃったんだもん、仕方ない。

 でも言いたいことは言った、後悔はしていない!

「オーロラ!」
「アルベルト殿下、お待ち下さい!」

 アキレウスとパトロクロスが声を張り上げる中、怒りに満ちたアルベルトの手が振り下ろされ、あたしはぎゅっと目をつぶった。

 パァンッ!

 肉を打つ重い音が、辺りに響く。

 えっ……? 痛く、ない……?

 恐る恐る目を開けたあたしの視界に映ったのは、揺らめく白銀の髪だった。

「エレーン……!?」

 アルベルトが驚きの声を上げる。

 あたしの前に飛び出したエレーンが、アルベルトの平手をその頬で受け止めたのだった。

「エレーン、さん……!? だっ、大丈夫ですか!?」

 容赦のない一撃を受けて彼女の美しい頬は腫れ上がり、唇は裂けて、痛々しい紅い色をその顎にまで伝えていた。

 心配するあたしをその瞳でそっと諭し、エレーンはアルベルトに静かな声をかけた。

「殿下。この場はこれにてお収め下さい」
「なっ、何だと……!?」
「彼女は陛下の賓客です。ドヴァーフとローズダウンの友好関係の為にも、王弟殿下としての立場をご自覚下さい」
「貴様、この私に意見する気か!? だいたい、兄上の賓客はパトロクロス王子であろう! この女は王子の侍従の一人にすぎぬではないか!」
「いいえ。陛下は皆様一人一人を賓客として迎え入れていらっしゃいます」
「何を世迷言(よまいごと)を……! ええい、そこをどけ! 私はそこの女に殴られたのだぞ!」
「どくわけにはまいりません」

 淡々としたエレーンの口調に、アルベルトは怒りを爆発させた。

「エレーン! 貴様、王弟たるこの私の命令が聞けぬと申すのか!!」
「私の主上は陛下です。どうしても納得がいかれぬ、ということであれば、事の詳細を陛下に報告の上、ご判断いただきましょう」

 一歩も退かないエレーンを前に、アルベルトは低く唸り、苦々しげに唇をかみしめた。

「いかがいたしましょうか?」

 沈黙したアルベルトにエレーンが問いかける。

「エ、エレーン殿、貴女の態度はあまりにも殿下を軽んじてはおられませんか……!」

 取り巻きの一人が我慢出来ないといった風情でエレーンに意見しようと進み出たけれど、彼女の紫水晶色(アメジスト)の瞳に気圧されて、もごもごと口ごもってしまった。

 そんな様子を見ていたアルベルトは忌々(いまいま)しげに舌打ちし、不快さも露わに呟(つぶや)いた。

「このようなことで……兄上の手を煩わせることは出来ぬ……」

 抑えきれない怒りで全身を震わせながら、彼は微動だにしない美しい魔導士団長をにらみつけた。

「相変わらず生意気な女だ……! 貴様の鉄面皮は筋金入りのようだな! 今日のことは忘れぬぞ……ゆめゆめ覚悟しておくがいい! -----パトロクロス王子、貴公も王位継承者ならば、侍従共の躾(しつけ)くらい出来ないようでは先が思いやられるぞ!」

 憎々しげにそう吐き捨てて大股で歩き去るアルベルトの後を、取り巻き達が腫れ物に触るような様子で追った。

「エレーンさん、血が……」

 ハンカチを差し出すあたしの手をやんわりと断りながら、彼女はその手の甲で唇の血を拭った。

「あの……ごめんなさい。あたしのせいで……」
「こちらこそ、不快な思いをさせ申し訳ありません」

 そう言って、彼女は深々とあたし達に頭を下げた。

「頭を上げてくれないか、エレーン殿。貴女の機転がなければ、事態は思わしくない方向へ向かうところだった。感謝する」

 パトロクロスがそう申し出ると、張り詰めていたエレーンの空気が幾分柔らかくなった。

「そう言っていただけると、救われます」
「それにしてもさー、あのアルベルトってヤツ、最悪ね。会う度に嫌味がレベルアップしている気がするわ」

 腰に手を当て憤然とそうもらすガーネットを、パトロクロスが横からたしなめた。

「コ、コラ、ガーネット。敬称をつけろ、敬称を。無礼だぞ」
「礼儀を知らないヤツに礼儀を守ったって仕方ないじゃない。まぁあたしも大人だし、本人の前では言わないわよ、安心して」
「本人の前でなくとも、だ。エレーン殿が困るだろう。頭の中で思ったとしても、口に出して言うんじゃない」
「それもどうかと思うけど……あんなのを毎日相手にするなんて、エレーンさん達も大変よね」

 けろっとしたガーネットの物言いに、パトロクロスが額を押さえる。

 二人のやり取りを黙って聞いていたエレーンは、ふと回廊の向こうの庭園を見やり、誰に言うとでもなく呟いた。

「以前は、あのような方ではなかったのですが-----」

 その声が少し寂しそうに感じられて、あたしは彼女の整った横顔を見、その視線の先を追った。そこには淡い黄色の可愛らしい花達が咲き誇り、可憐な花びらを風にそよがせていた。

 アキレウスは一人沈黙したまま、苦い光で揺れる瞳を地面に落としていた。



*



「あんたらしくない行動だったな、エレーン」

 自室の前で待っていたオルティスにそう声を掛けられて、エレーンは足を止めた。

「……見ていたのか、オルティス」
「見えたんだよ。美人が台無しだな……オレの方が早く行ける位置にいたら代わってやれたんだが」
「男を殴るよりも女を殴った方が、周りの目もあり殿下的にも後味が悪いだろう。これでしばらく自重してくだされば、それで良い」
「相変わらず男前だな……オレはあんたのそういうところが気に入っているが」

 微苦笑を浮かべて、オルティスは美しい同僚を見やった。

「……彼女の言葉は、胸に来たな」

 幾重もの感情を滲ませたその声に、エレーンは短く頷いた。

「……あぁ」

 それだけの短いやり取りだったが、彼らにはそれで充分だった。

 お互いの胸の内にある、言葉にならない、言葉に出来ない数々の感情の共有を確認して、オルティスはエレーンに問うた。

「陛下には報告するのか」
「パトロクロス王子が係わっているのだ、報告しないわけにはいかないだろうな。黙っていて後でお叱りを受けるのも怖い」

 そう言ってほんの少し口元を緩めるエレーンに、オルティスも溜め息混じりに同調した。

「そうだな。よし、では陛下の元へ行く前にオレが傷を治してやろう。お前は回復系が苦手だからな」
「親切心で言っているのか、それとも人を小馬鹿にしているのか、どっちだ?」
「もちろん親切心だとも」

 真面目くさった顔で言うオルティスの頬がひくついているのを確認して、エレーンはがっちりした同僚の腹部に軽く拳を当てた。

「苦手とはいえ、この程度の傷が治せなくて魔導士団長の名を名乗れるか」

 エレーンは三系統の魔法の中でも攻撃系-----黒魔法や召喚魔法を得意としていて、回復系を主とする白魔法はあまり得意ではなかった。ただ、得意ではないといっても、そのレベルはやはり一般の白魔導士の及ぶところではない。

『聖騎士』の名を冠するオルティスは扱える魔法が白魔法のみだったが、そのレベルは最高位と言える水準にまで達していた。もっとも、彼の本職は騎士なのであり、その実力を披露する機会はあまりなかったのだが。

 通常、魔法使いと呼ばれる人々は、三系統の魔法のいずれかひとつしか扱うことが出来ないものなのだが、稀にエレーンのように全ての系統を使いこなせる者がいる。

 そういう者達を総称して『賢者』と呼ぶのだが、その彼らにしても、全ての系統を均衡に使いこなせる者はいない。やはり得手不得手があり、どうしても偏ってしまうものなのだ。

 唯一それが出来たとされるのが彼(か)の有名な大賢者シヴァ。

 召喚魔法は召喚獣の数だけ存在するので究めることが出来ないが、彼は白魔法と黒魔法において、秘呪と呼ばれるものも含め、その全てを究めたと言われている。

 その彼が眠る地へ、飛び立つ使命を負った四人の若者達-----。

 オルティスの手を借りず、自らの魔法で傷を治しながら、エレーンはそっと瞼を閉じた。

「……オルティス」
「うん?」
「私達の手は小さい……掴めるものも、守れるものも、自(おの)ずと限られてしまう。自分の限界が分かってしまうのは、嫌なものだな」

 黄玉色(トパーズ)の瞳をした聖騎士は、同僚の心情を正確に汲み取った。

「あぁ……。だが、己の限界を知ってこそ、大切なものを掴むことも、守ることも出来る。オレ達は、オレ達に出来ることをしよう」
「……あぁ、そうだな」

 頷いて、エレーンは淡い緑色の長衣(ローヴ)の胸元を握りしめた。

「この長衣に誓って-----」

 同じように、オルティスが濃い緑色の外套(がいとう)を胸元にたぐり寄せた。

「この外套に誓って-----」

 お互いの瞳を見つめ合い、二人は十年前と同じ誓いを交わし合った。

「先人達の想いの眠るこの国を、必ずや守り抜こう」
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