凄まじい爆発と振動を伴った昨夜の戦闘は眠りに落ちていた多くの市民を震撼させ、街の治安維持部隊が出動する事態となったのだが、伝わってくる戦闘のあまりの苛烈さに、彼らはウォルシュ邸の敷地内に足を踏み入れることが出来ず、この屋敷で何が起こっているのか現状を把握することも出来ぬまま、その場を封鎖して状況を監視するにとどまったのだ。
そして明け方、上空へと飛び立つセラフィスの姿が目撃され、そこで初めてこれが魔人(ディーヴァ)による襲撃だったと分かると、そこからは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
報せを受けたスレイド以下、魔法都市アヴェリアを代表するトップクラスの呪術師達が少数精鋭で最大限の警戒を持って臨んだウォルシュ邸の捜査では、当初家人の生存は絶望視されていたが、奇跡的に嫡男のレイオール・ウォルシュと他六名の生存が確認された。
レイオールや他の生存者からの証言と現地での調査を経て明らかとなった真実にスレイドは大変頭を痛めることとなったが、評議会の代表である彼を始め主要な面々はその場にそろっていたので、協議の結果、無用な混乱と動乱を避けるという名目で真実は秘匿され、この場にいる者達の胸の内に収められることとなった。
―――予想だにしていなかった魔人(ディーヴァ)の突然の襲撃により、ウォルシュ家当主は応戦するも落命。
その際、魔人(ディーヴァ)による高濃度の魔力溜まりが発生し、その影響を受けた使用人の子供三名に奇形が発現。
現在も高濃度の魔力溜まりが複数箇所に確認され危険であることから、ウォルシュ邸の全敷地は評議会の管理下に置かれることとなり、何人たりとも無断で立ち入ることは出来ない。
レイオール・ウォルシュには評議会より仮住まいが与えられ、同所にて奇形を発現した子供達の養育を将来に渡って担う責務を負う。
―――一夜にして多くのものを失ったウォルシュ家の再興は、困難を極めそうだ。
*
後日、スレイドからの要請で極秘の話し合いの席が設けられ、ガラルドとフユラ、それにレイオールの三人はスレイドの屋敷の応接間に来ていた。
「―――こちらにも君達に話しておかねばならない話というものがあってね」
前置きの後、人払いを済ませた席でゆっくりとそう切り出したスレイドは、整えた白髭が威厳を放つ白髪痩躯の風貌で、仕立ての良い紫色の長衣(ローヴ)を着用していた。
「その話というのは、他でもないそこの彼女―――フユラの母親であり、私の実の娘―――レイラについての話だ」
「! えっ!?」
告げられたまさかの内容に、当事者のフユラはおろか、ガラルドとレイオールも耳を疑った。
そんな彼らにわずかに眉を緩めて、スレイドは続ける。
「レイラが私の娘だという公的な証明はない―――いわゆる婚外子というやつだ。妻と婚姻関係を結ぶ前に恋人関係にあった女性との間に出来た子供でね……。もっとも私は長らくその存在を知らずにいて、レイラが一人の呪術師として私の派閥に加入した時に対面して―――そこで初めて、親子であることを悟ったという次第なんだ。お互いにね」
どこか寂しげに半眼を伏せて、スレイドはそう言った。
「レイラの母親は私に妊娠したことを明かしてはくれないまま、ひっそりと彼女を生んだ。そして誰とも結婚せずに女手ひとつで彼女を育て上げ、娘には父親が私であることを伝えないまま、彼女が十代の時に病死したらしい。レイラは幼い頃から相当苦労して育った様子で……私に対して反駁(はんばく)する思いも相当抱えていたようだ」
「―――何故、オレ達にその話を? フユラがそのレイラの娘だとして、あんたにとってはリスクでしかない話だと思うが」
当然と言えば当然のガラルドの質問に、スレイドは自身の胸の辺りにそっと手を当てがうと、そこをゆっくりとさするような仕草を見せた。
「私が死ねば、レイラという女性の真実を知る者は誰もいなくなってしまう。父親らしいことを何もしてやれなかった私が今更こんなことを言うのもおこがましいが、レイラという一人の人間の存在を、君達に覚えていてほしいと思った―――そんな身勝手な願いからだ」
「……」
ガラルドは口をつぐんでスレイドを見やった。
言葉にはしていないが、スレイドはおそらく胸を患っているのだろう―――自身に残された時間があまり長くないことを悟っている彼は、レイラへの罪悪感と、何らかの事情で別れざるを得なかった元恋人への想いからこの話をしているのだ。
間を置いてスレイドは再び話し始めた。
「―――レイラが私の派閥に入ってほどなく、その頃台頭してきたウォルシュが禁忌とされる研究に手を出し、非合法な実験を行っているらしいという情報がもたらされた」
「えっ……では、貴方は、そんなにも以前から父の所業を知っていたのですか!?」
驚きの表情を浮かべるレイオールにスレイドは頷きを返した。
「だったら、今回の件は起こる前に止めることが出来たのでは!?」
思わず詰問口調になるレイオールにスレイドは静かにかぶりを振った。
「あくまでそのような情報がもたらされただけで、証拠と呼べるものは何もなかった。いくら私と言えど、証拠もなしに評議会や治安部隊を動かすことは出来ん。それに抜け目のないウォルシュは私に反発する勢力をしっかりと取り込んで、抜かりなく着実に地盤を固めていた……こちらとしても下手に手出しは出来ない状態だったのだ」
「……」
「用心深いウォルシュはなかなか尻尾を掴ませず、我々は決定的な証拠を得ることが出来ないまましばらく膠着状態が続いた……そんな折、レイラが間者としてウォルシュの元へ潜り込むと名乗りを上げたのだ」
フユラがウォルシュから聞いた話と合致する。レイラはやはりスレイド側のスパイとしてウォルシュの元へと潜り込んでいたのだ。
だが、とスレイドは苦しそうな表情を見せた。
「だが、今にして思えばそれは彼女なりの信念に基づいた行動だったのではなく、どちらかというと自棄的な思いからくる行動だったように思う。もしかしたら私への当てつけの意味もあったのかもしれない……危険な任務に身を投じることを厭わないほど、彼女は自分の存在に否定的で、自らの生に対する執着が薄かった。天涯孤独で誰からも必要とされない自分には生きている意味がないと、そんなふうに考えていたように思えるのだ……そうでなければ、あの彼女の行動には説明がつかない……!」
スレイドは自身の額を抑え込むようにして呻(うめ)いた。
「そうでなければ、あのようなことっ……! まさか、自らを被験体として、危険極まりないウォルシュの研究へその身を差し出すなどっ……! そんな恐ろしいこと、普通であれば出来るはずがない……! まさかレイラがそのような手段に出るなど、当時の私はそこまで想定しえなかった……!」
肩を震わせ後悔の念を滲ませながら、自らを落ち着かせるように一度息を深く吐いたスレイドは、複雑な光を湛えた眼差しをフユラへと注いだ。
「……そしてレイラは君を身ごもり、十月十日を経て君はこの世に生を受けた。大人の思惑など知らない無邪気で幼気(いたいけ)な君の存在は、破滅的だったレイラの思考を徐々に変えていったようだ―――当初は出産後、レイラの回復を待って君共々空間転移の呪術で私の下へ引き揚げてくる予定だったのだが、急変しやすい幼子の体調を気遣ったレイラが、一ヶ月、一年と、その期間を引き延ばしていった。普通の幼子ではない君が変調をきたした場合、ウォルシュの手助けなくしては立ち行かない場合があるかもしれないと言ってね……娘の身を案じる、母親としての心遣いからだった」
「お母さん……」
揃えた膝の上で拳を握り締めるフユラの傍らで、ガラルドが暗い緋色の瞳を眇めた。
「アヴェリアのトップとしてその対応はどうなんだ? フユラを産んだ時点でウォルシュを裁く証拠は充分に揃っていたはずだろ?」
「……返す言葉もない。アヴェリアを導く一翼を担う者としては、あるまじき行為だった。初めて父として頼ってくれた娘の頼みを、無下に出来なかった―――そんな私の弱さが、最悪の結果を招くこととなってしまったのだ」
自らの非を認め、スレイドは十三年前の悔恨を語った。
「私達はフユラが二歳を迎えるその日にウォルシュの研究施設からレイラの空間転移の呪術で抜け出す算段を整え、落ち合う場所を街の郊外に定めていたのだが―――そこへ、今回と同じ魔人(ディーヴァ)の襲撃を受けたのだ。君達の話によれば彼(か)の魔人(ディーヴァ)はフユラの魂の輝きに魅せられたのだとか……。二人の迎えには私の精鋭部隊を派遣していたのだが、生き残った者は誰もおらず、レイラとフユラもその場から消え、後に残されたのはただ魔人(ディーヴァ)がいたという、その痕跡だけだった。
状況が状況なだけに、当初はレイラがこちらの間者だと気付いたウォルシュが何らかの手段を用いて魔人(ディーヴァ)の協力を取り付け、二人を襲わせたのかとも疑ったものだ。真実が分かってみれば、見当違いも甚だしかったがね……。ウォルシュはウォルシュでレイラが私の間者だったと気が付き、ひどく慌てたことだろう。研究成果の粋を集めたフユラを連れ去られ、多大な情報を持ち去られ、気が気ではなかったはずだ。……だが、大勢の死者を出すこととなった魔人(ディーヴァ)の襲撃は皮肉なことにウォルシュにとって優位に働いた。大勢の死者を出してしまった魔人(ディーヴァ)の襲撃の後始末に私が追われる傍ら、ウォルシュには体裁を整えるだけの偽装工作をする時間があったのだ。魔人(ディーヴァ)襲撃の真相が闇に包まれる中、ウォルシュと魔人(ディーヴァ)の繋がりを危惧した私は下手に彼に手を出すことが出来なくなってしまった。私がレイラ達の行方を懸命に突き止めようとする裏で、ウォルシュもまた自身の命運を握る彼女達の行方を極秘裏に捜索させていたに違いない。だが、結局レイラとフユラの生死も行方も分からないまま、悪戯に時間だけが過ぎてしまった―――」
沈痛な面持ちで唇を結ぶスレイドに、ガラルドが容赦のない言葉を浴びせる。
「そうこうしている間に今回の件が起こった、か―――何ともお粗末なモンだな」
「その通りだ。面目次第もない」
神妙な面持ちでそれを受け入れたスレイドは、三人に向かって深く頭を下げた。
「不甲斐ない私に代わり、君達がウォルシュを止めてくれたおかげでアヴェリアに巣食う闇は払われた。探求の名の下に弄ばれる命はなくなり、十三年前の真相もようやく明らかとなった。その上くだんの魔人(ディーヴァ)まで撃退してもらい、結果として多くの者を救ってもらえた。魔法都市アヴェリアを代表する者として、君達に心からお礼を申し上げたい。アヴェリアを未曽有の危機から救っていただき、大変感謝している。ありがとう。
そしてこれは血縁者としての言葉だが―――ありがとう、ガラルド殿。娘の最後の願いを聞き届けていただき、且(か)つ、孫娘を執拗な魔人(ディーヴァ)の手から救っていただいた。どれほど感謝してもし足りない。私にこのようなことを言う資格がないのは重々承知だが、どうか、今後ともフユラのことを宜しくお願い申し上げたい」
それを聞いたレイオールが弾んだ声でガラルドに囁いた。
「やりましたね、ガラルドさん! アヴェリアのトップからお墨付きをもらいましたよ!」
「うるせぇな……」
フユラとの仲を冷やかされたガラルドはじろりとレイオールに一瞥をくれた後、スレイドに要望を出した。
「口で礼を言うより、働きで返してくれねぇか。あんたの力があるうちに、実験の犠牲になったガキ達がせめてこの街で生きていけるように、環境を整えてやってもらいたい。……出来ることなら、将来的にはオレみたいな半魔も憂いなく住めるような街になってくれたら、言うことはねぇ」
「ガラルド……」
「ガラルドさん……」
彼の脳裏にあったであろう半魔の女剣士のことを思い、フユラとレイオールも心からそうなることを願った。
あれからフォルセティを抜けることを決めたカーラは現在、被験体だった子供達と共にレイオールの仮住まいに身を置き、そこで彼らの面倒を見て過ごしている。
ガラルド同様、これまでろくに子供と関わることなどしてこなかったカーラは毎日大いに戸惑いながら、不器用に、真面目に、子供達と接しているらしい。
「それがまた今までとのギャップもあって可愛いっていうか、見ていて楽しいんだよね」
とレイオールは笑っていた。フユラもその姿は大いに見てみたいものだと思ったが、今はまだちょっと繊細な時期だから、とレイオールに止められてしまったので、もう少し時間が経ってからその様子を覗きに行ってみたいと思っている。
「確約しよう。この目の黒いうちに必ずや、その地盤を整えてみせる。将来的に彼らが憂いなく住んでいける街にする礎を作る、それが私の贖罪であり、成さねばならぬことだ」
スレイドは力強く頷いて、ガラルドにそう誓った。
「今回のことで深く考えさせられたよ……我々は魔法技術の探求の名の下、人間が魔人(ディーヴァ)に抗し得る手段を模索し、様々な研究を重ねてきた。その中で魔人(ディーヴァ)と人間との間に生まれた半魔の存在は、魔人(ディーヴァ)側に近しい者として脅威の対象と見なし、そういった先入観から極力関わらないようにしてきた―――。だが、それは間違っていた。
我々は半魔をむやみに恐れて排斥するのではなく、彼らを受け入れて味方にしていかなければならなかったのだ。それに気付けたのは君達のおかげだ。圧倒的な魔人(ディーヴァ)の力に抗えるのは人の心を持った半魔と、それを支える人間なのだと、君達が証明してくれた。
人間に善人と悪人がいるように、半魔にもまた良い者と悪い者がいる。だが、現在の環境では人間に良い感情など抱けない半魔が大半だろう―――人間の目から見て悪者と評される半魔は、環境によって後天的にそうなってしまった者も多いはずだ。まずは、人間側の意識が変わらねば―――この街がその先陣を切って、やがて世界にそれを発信していく。そしていずれは、人間と半魔の垣根なく、人として、皆が当たり前のように暮らしていける世界が来ることを願う」
重々しい口調でそう述べたスレイドは、改めてガラルド達に視線を向けると、どこか悪戯っぽく目を細めた。
「その為に君達のことは大いに利用させてもらおう。半魔の青年と女性が人間の少年少女と力を合わせて此度(こたび)の魔人(ディーヴァ)を撃退したと、大いに喧伝(けんでん)させてもらう。人は、そういう物語が大好きだからね」
「それでいつかはそういう世界が訪れるっていうんなら、オレ達は大いに利用してもらって構わねぇが……」
ガラルドはためらいがちにそう言ってレイオールを見やった。
元々旅人でアヴェリアに根付くつもりのないガラルドとフユラとは違って、名前も面も住居も割れているレイオールとカーラはずっと街の好奇の目に晒されていくことになる。
「あの子達がそれで生活していきやすくなるなら、オレとカーラも構いませんよ」
レイオールは何でもないことのように鷹揚に頷いた。
「元々オレ、目立つの好きな方だし? 父が犯した罪の重さに比べればなんてことないっていうか―――贖罪のうちにも入りません。頭が固すぎるくらい真面目なカーラも、きっとそう言うと思います。内々に寛大な処置にしてくれたスレイド様と評議会には感謝しかありません」
「レイオール……」
気遣う表情になったフユラにレイオールは微笑みかけた。
「大丈夫だよ、フユラ。スレイド様が地ならしを終えた後は、オレ達若い世代がそれを引き継いでいかないといけないんだから。オレ、腐らないで前だけ向いて生きていくことに決めたんだ。自分に出来ることを、精一杯やってみる」
「……なんだか大人になったね、レイオール。ちょっと格好いいよ」
フユラにそう褒められたレイオールは調子よく身を乗り出した。
「ホント? やっぱりオレに乗り換えてみる?」
「そ、それはないけどー」
そんな二人のやり取りを穏やかに見つめるスレイドは、フユラの中に娘レイラの面影を見出していた。
特殊な生まれの孫娘は色彩こそレイラとは違ったが、目鼻立ちは彼女によく似ていた。
レイラが生きていた証、そして彼女の生には確かに意味があったのだと改めて噛みしめて、スレイドの胸に熱いものが込み上げる。
そんな孫娘から帰り際、ためらいがちに声をかけられたスレイドは、再び涙を堪(こら)えることとなった。
「―――あの……あたしは貴方をおじいちゃん、って呼んでもいいんですか?」
「……! 君が嫌でなければ、構わない」
小さく息を飲んでそう答えたスレイドに、フユラはふわりと花がほころぶような笑顔を見せた。
「じゃあおじいちゃん。……また、会いに来てもいいですか?」
「……っ。ああ……もちろんだ。それと私に敬語はいらないよ、フユラ」
「ありがとう。あの……もし知っていたら、教えてほしいんだけど―――お母さんがあたしのこと、何て呼んでいたのか……知ってる? 前にね、ガラルドが教えてくれたの。お母さんからあたしを託された時……お母さん、あたしの名前を言っていたみたいだったけど、上手く聞き取れなかったって。だからね……もしそれを知っていたら、教えてほしいなって、そう思って」
澄んだすみれ色の瞳を彷徨わせながらためらいがちにそう尋ねてくる孫娘に、スレイドは震える声で答えた。
「……ハル」
「ハル?」
「古代語で原初の、という意味だ。レイラの報告では実験の過程で幾人もの妊婦が胎児と共に命を落とし、君はウォルシュの研究施設で初めて無事に誕生した赤子だったそうだ。ウォルシュは希望と野望を込めて赤子の君にハルという識別名を付けたらしい。太陽の女神ハルヒの名の起源であるともされるハル、それにあやかって、レイラは二人きりの時だけ、君をハルヒと呼んでいたようだ」
「ハルヒ……」
呟くフユラの傍らでガラルドが呼吸を止めた。
―――そうか。だからあいつ、ハルヒと名乗って―――……。
今にして思えばハルヒもフユラも、どちらも彼女の名前だったのだ。
唐突にそう理解したガラルドの隣で、フユラもハルヒというその名前に古い記憶を刺激されていた。
時折思い出す、誰のものか分からない優しい声。うすぼんやりと霞みがかった記憶の中に、ふと、今の自分と同じくらいの年頃の少女の姿が思い浮かんだ。
顔はおぼろげだが、昔、少しの間だけ共に旅をした少女だったと思い出す―――そうだ、あの声は確かに彼女のものだった。
「へー、何かスゴい偶然だね! お母さんがつけてくれた名前とガラルドさんがつけてくれた名前が、太陽と月の女神の姉妹の名前って! 何ていうか運命的なモノ感じちゃうな〜」
何も知らないレイオールがのんきな感想を言って、フユラは思わず顔をほころばせた。
「ふふっ、本当だね! そっか、ハルヒ……お母さんはあたしにそんな素敵な名前をくれていたんだ。教えてくれてありがとう、おじいちゃん。あたしのもうひとつの名前、大切にするね」
自分の胸に両手を押し当てるようにしてそう言ったフユラに、感無量になったスレイドが控えめに申し出た。
「……。フユラ……君が嫌でなければ、抱きしめさせてもらっても?」
そんな祖父に孫娘は笑顔で承諾の意を返し、スレイドは微かに震える腕を伸ばして、フユラと別れの抱擁を交わした。
一度も抱きしめてやることが叶わなかった実の娘、レイラ。フユラ越しにようやくレイラをも抱きしめてやれた気がして、スレイドは骨ばった肩を震わせた。
それが自己満足にすぎないことは充分に分かっていたが、それでも、込み上げてくるものを覚えずにはいられなかった。