東京の古い街並みを歩く刑事が二人。
捜査課の国崎往人部長刑事と神尾観鈴巡査である。
二人は秋子さんからの要請を受けて帆場映一の調査を行っていた。
だが、行き着く先は何処も彼処も廃墟も同然のあばら屋ばかりだった。
今回訪れた場所も、例に漏れず廃屋だ。
さび付きうまく開かない引き戸をこじ開け部屋の中へ入っていく。
あまりのホコリの凄さに思わず、ハンカチで口と鼻を覆う観鈴。
住人は構わず奥へ行くと、窓を開けて換気をする。
明かりが差し込んだ部屋の中には、古い鳥カゴだけが転がっていた。

「ここからも見えるね。あれ。」

開けはなった窓から外を眺めていた観鈴が住人に声を掛ける。
観鈴が指さしたのは窓から見える高層ビルのことだ。

「あぁ、確かにどの部屋からも見えていたな。
 でも今の東京じゃ珍しくも無し。偶然じゃないのか。」

確かに同じビルが他の部屋からも見えていたが、高層ビルなんか東京には掃いて捨てる程ある。
そう住人は考えていた。

「それにしても帆場って男の人の気が知れないな。
 レイバー関係のプログラマーと言えば高給取りだ。
 何が良くてこんなぼろアパートばかり、それも2年間に26回も。」

「あとを残さずにこの街で暮らすのには最高の手なんじゃないの?」

観鈴の言葉に住人も同意見だった。

「確かに再開発で取り壊されたか、こうして建物が残っていても廃墟も同然、聞き込もうにも住人
 も無しだからな。」

取り壊しの作業を待ってもらっているため、二人はそこで話を切り上げて建物の外に出た。
待機していた建設会社の土木レイバーが木造の家屋を解体してゆく。
ガラガラと音をたてて崩れるぼろアパートを、建設資材の鉄骨に腰かけて眺めていた住人の背後から
自動販売機で缶ジュースを買ってきた観鈴が走ったきた。

「すまんな。」

そう言って住人が受け取った缶ジュースには「ゲルルンジュース・どろり濃厚」と表示されていた。
思わず顔が引きつる住人。

「またこれか!!」

「・・・が、がお。」

ポカ

容赦なく叩かれる観鈴。
しばし沈黙した後、缶ジュースを口に運びながら観鈴が話かけた。

「ねえ、住人さん。いいのかな私達こんなことやってて。」

こんなコトとは、帆場映一に関する調査のことである。

「課長は当分何も言わないさ。そう言う仕掛けになってる。」

「それがイマイチ分かんないだよね。警備部の依頼で捜査課の人間が動くのって・・・。
 あの秋子さんって一体何者なんだろうね。」

観鈴の脳裏には、オレンジ色の物体が入った小瓶を持って微笑む秋子さんの姿があった。

「謎ジャムの秋子ってな。本庁じゃ有名な謎の人さ。」

観鈴とは対照的に住人はあっさりといってのける。

「そんな人が何で埋め立て地なんかでくすぶってるの?」

「だからさ、自分から希望したらしい。さあいくぞ。」

そう言って腰を上げるとさっさと歩き出す。

「ああ、待って〜。」

観鈴も慌てて残りのドロリ濃厚を飲み干すと住人の後を追った。
よく喉に詰まらないものだ。
二人が座っていた鉄骨の上には、さりげなく未開封の缶ジュースが一本置かれていた。



住人と観鈴が帆場の捜査を行っている頃、2課の電算室で祐一がレイバー暴走事故のデータ解析を行っていた。
今は解析したデータの報告のため、秋子さんも電算室にいた。
電子音と共にディスプレイ上の首都圏の地図に、光点が表示されていく。

「過去2ヶ月間の暴走事故の発生箇所を示したものと、都内のレイバーの分布状況です。」

「確かに偏ってますね。リバーサイド再開発地区、新宿新都心、有明ハーバーシティ。」

ディスプレイ上には3箇所だけ特に赤く円でかこまれた地域が表示されていた。

「つまり、この場所に暴走を促す何かがあるというわけですね。で、どうなんです?」

「思いつく限りのデータを外装して共通性を割り出してるんですが、条件付けが漠然とし過ぎててどうにも。
 こんな時、北川のヤツがいたら・・・。」

そういう祐一には徹夜の疲れがありありと見てと取れた。

「祐一さん、少し休んだらどうです。夕べも寝てないんでしょう。」

「そうもしてられませんよ。ウチの98式自身、いつどうなるか判らないってのに。」

「いいから、外の空気吸ってきてください。」


昨日の夢は今日の希望、そして明日の現実へともう一歩、着実に実を結びつつあります。
 豊かな明日へ向けてバビロンプロジェクトは、21世紀への挑戦です。


半ば強引に休憩させられた祐一が、整備班の詰め所を通りかかると整備班の連中が政府公報の流れるテレビを見ながら夜食を食べているところだった。
そこへ名雪が2課棟の裏畑で栽培していたトマトを抱えて入ってきた。

「おまたせ〜。一人一個ずつあるからね〜。」

名雪が言い終わらないうちに、トマトは消えていた。
我先にとトマトに群がる整備班、一人で二個も三個もほおばっている人もいる。

「祐一、祐一も一つ食べない?」

そういって名雪は手元に残っていたトマトを祐一に差し出す。

「何だトマトか。」

「一番ビタミン不足な顔してるよ、祐一。」

(名雪のヤツ、98式が暴走するなんて聞いたらどうなるだろうな。また、私笑えないよ、
 なんて言われたらたまんないぜ。)
名雪の差し出したトマトを受け取りながらそんなことを考えていると、突然名雪が祐一の腕を掴むと走り出そうとする。

「祐一っ。ちょっと付き合って!」

「何だよ。急に?」

「いいから早く!デートしてあげるって言ってるんだよ!!。」

走っていく名雪と引きずられていく祐一、後に残ったのは当然の展開に唖然となっている整備班だけだった。



「なあ名雪。外出許可取ったのか?」

「外の空気吸ってきなさいって、お母さんが直々に祐一に言ったのなら許可したって事だよ。」

「だが二人とも制服のままで、これってやっぱりちょっとまずいんじゃないか?」

「抜かりはないんだよ。ちゃんとパトカーの巡回時間確認してあるんだから。」

「そう言う問題じゃ・・・。」



そんなこんなでしばらく後、二人は一軒の喫茶店にいた。

「イチゴサンデーとコーヒーでございます。」

店員が注文の品を運んでくる。
大好物を前に嬉しそうな名雪とは裏腹に、祐一の方は落ち着かなかった。

「なあ、やっぱり目立ってる感じだぞ。」

「気にしないんだよ。当然って顔をしてれば問題はないんだよ。」

根拠のない自信にため息をつく祐一だった。
取りあえずコーヒーを口に運ぶ。

「祐一・・・。」

イチゴサンデーをパクついていた名雪がおもむろに話し始める。
だがその口調はさっきまでとは、全然違っていた。

「けろぴーは最高だよ。香里や整備のみんなが一生懸命整備してくれて、
 私の言うこと良く聞いてちゃんと動くよ。
 暴走何かしないよ!!」

最後の方は涙目だった。

「聞いていたのか?」

自分のナフキンを差し出しながら聞く祐一に、名雪は首を横に振った。

「さっき祐一がけろぴーが暴走するかもって言った。」

名雪の言葉に考えを巡らせる祐一だったが、秋子さんに他言無用と言われていた以上、誰にも話していかったはずだが、
っとそこまで考えてあることに行き着いた。

「・・・・・・ひょっとして口に出てた?」

「うん。」

思っていることが無意識のうちに口に出てしまうという、自分の悪い癖に嫌悪する祐一。
何となく影が落ちているようで、そこだけ空気が重い感じだった。

「ねえ、祐一。けろぴーは暴走したりしないよね。」

名雪の問いかけに何とか立ち直って答える祐一。

「判らない。何が暴走のトリガーになるのか、俺たちはその答えを見つけていないんだ。
 OSを書き換えようにも、正式な書類が必要だし上の連中が早々許可するわけがない。」

「でもこのままにしといて、けろぴーが暴走したら、けろぴーはバラバラにされちゃうんでしょう。
 真琴が壊したレイバーみたいに。」

名雪も職務上相当数のレイバーを破壊してきたハズなのだが、本人にその自覚はあまりないようである。
まあ、自機を壊したという点においては名雪の言うとおりなのだが・・・。

「なあ 名雪。俺にもう少し時間をくれ。必ず答えを見つける。」

「うん、フォワードとバックアップは一心同体だもんね。」

そういって残りのイチゴサンデーを食べる名雪。
祐一が、ふと窓の外を見ると犬の散歩をしている人がいた。
しばらく眺めていると、突然、まわりに他の犬などはいないのに犬が吠えだした。

「何だ?」

「何か聞こえるんだよ。犬の耳には人間に聞こえない音も聞こえるんだって。
 何処かで風が鳴ってるんじゃないかな。」

「風鳴りか・・・。」

難しい顔をして考え出す祐一。
(風・・・。音・・・。人間には聞こえない音。)
祐一の頭の中で何かが閃いた。


翌日、祐一は2課に朝帰りしたのだった。
昨日、名雪に電話を待つように秋子さんにいっといてくれと伝言すると、
昔から親交のある実山の自宅に、実山の口からHOSの一件を公表して欲しいと説得に行ったのだ。
新宿新都心の住友ビル、リバーサイドパークタウン21のツインビル、どちらも風が渡ると大きな笛のように
低周波をならす吹き抜け構造の超高層建築であること、有明には台場と芝浦を繋ぐハープ橋があり、
橋を吊るワイヤーが風にうなりを上げているはずだと言うこと。
人間には聞こえない音、レイバーの鋭敏なセンサーにだけ届く音、
それが今回の一連の暴走事故の原因だったこと。
自力でデータ解析し、導き出した結果を告げて説得を試みたのだった。
結果はさておき、2課に帰ってきた祐一を待っていたのは課長室への呼び出しであった。

「相沢祐一巡査に2週間の自宅謹慎を命じる。」

それが、呼び出しの結果だった。
理由は待機任務中の無断外出、一般市民宅へ押し掛けて恐喝まがいの自白強要、課内のコンピュータの無断使用、
などなど服務規定からの甚だしい逸脱というものだった。
懲罰に掛けるところを時期が時期でもあるし、隊長である秋子さんの嘆願も入れて穏便な処置に留めたのだそうだ。
そして、祐一が質問したKey重工の件の課長の答えは、

「それは君には関係ない。が、このままでは君も寝覚めが悪かろう。
 本来なら一巡査の了解すべき事柄ではないのだが。
 昨夜遅く、Key重工社長本人より、HOSに重大な欠陥ありとの報告が通産省に提出された。
 事態を重視した政府は、今早朝 臨時閣議を招集。
 Key重工側の申し入れを受け、速やかに旧来のOSへの書き換えを実行するという線で決着がついた。
  なお、無用の混乱を未然に防止すべきとの観点から、これはHOS新バージョンへの無料書き換えとして公表 される」

と言うものだった。
収まらないのは祐一の方である。

「そんなバカな!それじゃKey重工の責任はどうなるんですか?俺だけ処分されて向こうはお咎め無しなんて、
 ケンカ両成敗が筋ってモンでしょうがー!!!」

課長相手にタンカを切ったのだった。

「貴様!警察を一体なんだと心得ておる。だいたい捜査権も持たぬ警備部の人間が、上司の許可も得ず勝手に
 捜査活動を行うなど言語道断!!!」

課長も切れて怒鳴り返す。

「偉そうな事言いやがって自分たちだって真相を知りながら、そっちの勝手な都合で裏取引しやがったくせにーー!!」

特車2課のある埋め立て地に祐一の絶叫が、響き渡った。



「外部からすっぱ抜かれて追求を受けるより、非を認めて届け出た方が分が良いと踏んだんでしょう。
 政府にとってはKey重工がどうこうより、
 世間の目がレイバーシステムそのものへの不信に傾く方が問題でしょう。
 バビロンプロジェクトが絡んでますからね。
 これにケチが付いた日には、自分のお尻に火がついちゃいますからね。
 それならいっそKey重工を不問に付して、全てをもみ消してしまおうと、まあそんな所でしょう。 」

課長室での一件の後、祐一は秋子さんと共に屋上にいた。
シーツやつなぎなど洗濯物が風に揺られ、青く晴れ渡った大空を航空機が飛んでいた。

「そんなに落ち込まないでください。祐一さんは良くやってくれましたよ。
 データが揃っていたとはいえ、自力でここまでHOSの危険性を暴露したんですから。
 それに、祐一さん疲れていたでしょう。これで現場を離れて捜査に専念できるじゃないですか。」

こともなげに言ってのける秋子さん。

「捜査に専念って、秋子さんまだやるつもりなんですか?」

「若いのに淡泊ですね、祐一さん。当のKey重工でさえ事態の全容を把握してはいないんですよ。
 書き換えなんてお手軽な方法で解決するなら、帆場が自ら命を絶つ必要はなかった。違いますか?」

「秋子さんは、まだ帆場映一確信犯説を信じているんですね。」

そんな話をしていると、香里が階段を登ってきて告げた。

「相沢君。あの人帰ってきたわよ。」




「北川。帰ってきたのか。」

「オォ ヘロ〜〜!相沢〜!!」

スッテーンと思わず転けてしまう祐一。
第2小隊のオフィスに戻ってみると、他のメンバーとNYから帰った北川がいた。

「どうしたんだその格好?」

何とも悪趣味なド派手なアロハを着ているのだ。
ご丁寧にサングラスまで掛けている。

「相沢こそどうしたんだ、その格好は?」

「いや、それが色々あって2週間の謹慎くらっちまってな。」

そこに不機嫌そうに腕組みして座っていた真琴が口を挟む。

「チームワークも考えないで独走するからよ!私達に一言相談してればこんなコトにはならなかったのに!!」

真琴の言うことも正論なのだが、祐一は真琴に指摘されたのが気に入らなかった。

「お前の何処を押せばチームワークなんて言葉が出てくるんだよ?」

「何ですって!!」

額がくっつかんばかりににらみ合う二人。
それに北川が仲介に入った。

「まあまあ、ご両人。ここはめでたく帰国した俺の顔を立ててね。ようござんすね。」

キャラが違うと言わんばかりの冷たい視線が、北川に集まる。
名雪が話を戻す。

「そんなことより北川君、書き換えの申請急いで出して欲しいんだけど。」

「そうだった。帰ってきたばかりで悪いが頼む。」

祐一も忘れていたようだが、思い出し頼み込む。
だが当の北川は何のこっちゃっと言った表情である。

「98式の?」

「OSの!!」

終いに腕組みして考え込んでしまった。

「HOSを詰んだままじゃヤバイじゃないか。だから俺は謹慎まで食らって。」

「俺、HOSへの書き換えやってないぞ。」

北川の爆弾発言に一同唖然となる。

「だって、先月本庁の指示で・・・。」

「だから、起動画面のダミー放り込んで、ディスケットそのまんま送り返しちゃったわけ。
 中身は昔のままの標準装備だけど全然不都合なかっただろう?
 いくら便利なモンでも、素性のしれないOS載せる気にならなくてさ。
 ホントに誰も聞いてないの?おかしいな?秋子さんから国際電話来た時に話といたんだけどな?」

「お母さんに?」

北川の台詞に名雪が素っ頓狂な声を上げる。

「それはあれですね。その事を黙ってれば祐一さんが死ぬ気になって頑張ると。祐一さんの行動パターン、
 秋子さんに読まれてますね。」

栞が頬杖をついた呆れ顔で、分析する。
一方、祐一は、
(俺はそんなに行動が読みやすいのか?睡眠魔神の名雪やたい焼き食い逃げ犯のあや、あぅ〜狐の真琴、
 バニラアイス中毒の栞やおばさんくさい天野よりも、俺の行動は読みやすいのか?)
と自問自答していた。

「うー。祐一ひどい。」

「うぐぅ。お金払ったよ。」

「あぅ〜狐・・・。」

「そんなこと言う人は嫌いです。」

「そんな酷な事はないでしょう。」

それぞれからそれぞれの反応が返ってくる。

「相沢。お前、口に出ていたぞ。」

北川の指摘に、また自己嫌悪する祐一だった。





「まだ考えすぎだと思ってます?」

秋子さんと由紀子さんの二人は隊長室にいた。

「どうでしょうか。私としては零式導入前に問題が発覚したことを感謝してますけど・・・。」

秋子さんは、手の中に聖書を広げ考え事をしている。

「私は、帆場って男の人の物の考え方が判ってきたような気がします。
 きっと自分の組んだプログラムに、絶大な自信を持ってたんですよ。
 じゃなければ、結果も見定めずに死んだりはしないでしょう。
 恐らくあの人は、私達、いやこの街の人間全てを嘲笑しながら飛び降りたに違いないです。」

時間が止まったような、夕日が差し込む隊長室で秋子さんはなおも考えに没頭するのだった。

「挑戦なのですか?」

「彼はそんなロマンチックな男の人じゃありませんよ。
 警察なんか最初っから相手に何かしてなかったんです。」

謎ジャムの秋子が帆場の犯罪心理を探る。
レイバー暴走事件について饒舌になっている秋子さん。

「でも、それほどの計画として、あの二人に任せておいて大丈夫なんですか?」

「大丈夫なんじゃないですか。」

由紀子さんの問いに、頬に手をやって微笑みながら答える秋子さんだった。
そして日が暮れていった。


由紀子さんいわくのあの二人は、現在北川の下宿先にいた。

「眠い、ひもじい・・・疲れた。」

ボヤく祐一。
謹慎を食らった祐一は、北川と共にHOSの解析を続けていたのだ。
しかし、思うように結果が出ていなかった。

「よし。入力終わり。」

北川がマウスをクリックすると、入力されたデータに基づいたシミュレーションの結果が表示される。
だがそれは、決して甚大と呼べる規模ではなかった。

「シミュレーションプログラムのパラメータは?」

「10.21ヘルツって数値に間違いがなければコレであってるはずだ。」

「じゃあ、様相被害はこんなモンか・・・。これなら目つぶって裏取引しようってなるかもな。」

ばたんと仰向けに寝っ転がる祐一。
北川も同じにように寝っ転がる。
二人ともお手上げと言った感じである。

「HOSの中に入ってた、例の不可視属性ファイルってのをバラせれば、秋子さんの言う帆場の犯罪を
 証明できて、もっと人や設備を動員できるんだろうけどな・・・。」

晴れ渡った空をバックに、風鈴がチリーンと音をたてる。
ダウンしている二人の元に、名雪がやって来た。

「差し入れだよ。何か判った?」

「俺たちが無力だって事。」

「なぁんだ〜。」

祐一の返事にあからさまに残念そうな顔をする名雪。
ちょうどガスにかけておいたお湯が湧いて、ヤカンがピーッっと音をたてる。
カタカタ
寝っ転がった祐一の頭のすぐ近くにおいてあった、人形のガラスケースが音をたてる。
それをぼんやりと見ていた祐一は、突然閃いた。
バネのように跳ね起きるとコンピュータのディスプレイに向かう。

「どうしたんだよ?」

いきなり動き出した祐一に北川が問いかける。名雪も後ろからのぞき込んでいる。

「共鳴だよ。共鳴。ここのデータをシミュレートしても無意味だったんだ。
 固有振動が一致する物同士、共鳴現象を起こせば相互に干渉しあって増幅されて。」

新たなデータでシミュレートされた結果が表示される。

「あまり変わらないな。やっぱり引き金になる低周波の発生が微弱過ぎるんだ。
 もっと、こうリキのあるヤツでひっぱたかないと。」

北川がジェスチャーを交えて意見を言う。

「吹き抜けのビル、ハープ橋、工事現場の鉄骨、地下施設の通風口、他にも何かあるだろう?」

低周波を発生させる可能性がある物を列挙する祐一。

「そうだな、障害物の無いひらけた所にあって、空洞の多い。そうだな多層構造物でもあれば。」

「そんなモン、この過密の東京にあるはず・・・・。」

さも論外と言わんばかりに言っていた祐一が何かに思い当たる。
自分の荷物をひっくり返し、一枚のデータディスクを拾い出すとスロットに挿入する。。
ディスプレイ上に表示されたそのディスクの中身は、方舟の構造データだった。

「方舟か、コイツは盲点だ!」

「このデータを風洞シミュレートプログラムにぶち込んだ上で、風速の変動値を無制限に設定してやれば。」

直ちにデータを入力していく。

「これじゃあ、ここの容量じゃ追いつかねえや。」

北川は通信回線に接続して、特車2課の大型コンピュータに接続を開始する。

「なかなか帰ってこないね。」

「来たーー!!」

名雪が呟いたのほぼ同時に、結果が送り返されてきた。
表示された被害範囲は、東京湾の真ん中、方舟を中心に、東は茨城県、西は静岡県にまで達しようとする
関東一帯を覆い隠すとてつもない物だった。

「この時の瞬間風速は?」

「40メートル?やれやれ、こんな風、台風でも来ないと吹くわけない・・・。」

非常識な予想にそう言うと、北川は呆れ顔でまた倒れ込んでしまった。



「オワァァァーーーーーーーーーーーーーーー!!」

倒れ込んだと思った北川が、いきなり絶叫して起きあがったと思うと、今度はTVのチャンネルを
変え始めたので、何考えてるんだとお互いに見合うの祐一と名雪。
北川が切り替えたチャンネルでは、天気予報が報じられていた。
音量が大きくされ、予報官の声が聞こえてくる。

・・・・大型の台風19号は、紀伊半島の沖を毎時25Kmのスピードで北北東に向かっており
 明後日未明には、東京湾に上陸する模様です。
 中心の気圧は950ミリバール。中心から20km圏内は風速40m以上の暴風域となっており・・・・・。

今度は、祐一と名雪が絶叫する番だった。

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二束三文より
いよいよ帆場の犯罪が明らかになってきましたね。
テンポよく進んで展開がとっても早いです。
うぐぅ、私も見習わなくては……。


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