「オーライ。オーライ。」

整備員の声が響く中、Kanon2号機がハンガーの中を移動していく。

「よーく洗って、温風かけておきなさい。電装品のチェックも忘れないで。」

美坂香里整備班長の指示が飛ぶ。
前回の出動で、2号機は運河には落ちるわ、暴走レイバーの冷却剤タンクを打ち抜いたために氷り漬けに
なるわ、とんでも無い扱いを受けていた。
そのため、整備班は出動後の整備でいつも以上に大わらわだった。

「レイバーを河に落っことしたおっちょこちょいはどこに行ったの?」

「シャワー室でシャワーを浴びていますが・・・。」

整備員の一人が答える。
当然、冷却剤タンクを打ち抜いた張本人である真琴も、あおりを喰らって氷り漬けになってしまっていた。

「あがったら、私のところへ連れてきなさい。」

真琴に香里の雷が落ちるのは、時間の問題だろう。
合掌・・・・。


走り回る整備員達の様子を、秋子さん、由紀子さん、それに祐一が通路の上から眺めていた。

「再起動・・。一度停止したレイバーが操縦者もなしに、また動き始めたって言うの?ちょっと信じられない話ですね。」

帰隊した第2小隊から話を聞いた由紀子さんが呟いた。

「まあ、この目で見た俺自身信じられなかったですからね。
 調べようにも機体は、あのバカが蜂の巣にしてしまったし・・・。
 乗員の証言も、今までと同じで作業中に勝手に動き出したってヤツですし。」

「それにしても不自然ですよね。ふた月前はほとんど無かったのに、今月に入って既に22件ですから。
 出動する私達が暴走したいくらいですね。」

「「秋子さ〜ん(先輩〜)。」」

笑顔で物騒なことを言う秋子さんに二人は涙目である。
そんな二人に構わず話を続ける秋子さん。

「現在のレイバーシステムにおいて、プログラムの暴走による事故はあり得ないというのが本庁と
 メーカーの一致した見解ですからね。
 被疑者である乗員さんとレイバー隊員の証言だけでは、お偉いさん方は動かないでしょうね。
 乗員の操作ミス、人為的事故って事で決着が付くでしょう。」

その秋子さんの言葉になんとなく納得の行かない様子の祐一だった。
そこへちょうど名雪がオフィスから出てくる。
何か考えついたような祐一。

「名雪。今月に入ってからの出動記録と報告書に控え。全部集めてきてくれ。」

「えっ?そんなのどうするの?」

「いいからすぐやれよ。整備班長のかおりんー。冷蔵庫空いてるか?」

名雪の質問を無視して、香里に呼びかける。
冷蔵庫とは、特車2課の電算室。いわゆるコンピュータルームの事である。
すちゃらけた祐一の呼びかけに、こめかみが痙攣しているようにも見える香里。

「電算室?」

聞き返しながら、横目で秋子さんの方を見やると、笑顔で頷いていた。

「使ってよし!!でもかおりんはやめなさい!!」

「へいへい。」

そう言い残して祐一は電算室へ行ってしまった。
名雪もその後に書類の束を抱えて後に続く。
後に残ったのは、二人の小隊長のみ。

「相変わらず人を乗せるのがお上手ですね。秋子先輩。」

「人ごとじゃないんじゃない?零式のこともあることですし・・・。」

非難とも賞賛ともとれる由紀子さんの台詞に、秋子さんは頬に手をやって微笑みながら返した。

「秋子さ〜ん。捜査課の国崎刑事から電話が入ってるよ。」

「あらあら、隊長室にまわしてください。」

あゆにそう頼むと隊長室に入っていった。
由紀子さんも何が始まったのか興味沸いたらしく、秋子さんに続いた。


その日の夜も、第2小隊は埋め立て地に待機だった。
みんな宿直室で仮眠を取っている。
名雪などあっと言う間に、夢の中である。
そんな中、電算室には明かりがつきっぱなしであった。
部屋の中では、祐一が端末に向かってなにやら作業をしていた。
傍らには、名雪に集めさせた報告書の控えや出動記録が山積みになっている。

「相沢さん、まだやってたんですか?」

「美汐か?そんな所に突っ立てると風邪を引くぞ。」

何かしら用があって起きてきた美汐が声を掛けた。
振り向きもせず、端末に向かったままの祐一だが、彼なりに同僚の心配はしているらしい。

「少しでも寝ておけよ。いつ出動がかかるかわからないからな。名雪を見習え。」

「わかってます。相沢さんも休養を取ってください。」

「ああ。」

生返事に苦笑しながらも、美汐は宿直室へ戻った。
途中、隊長室の前を通りかかると中から、秋子さんの声が聞こえた。

「Yes.Jyunn Kitagawa from TOKYO city police the special viacle section No2・・・・。」

内容から察するに、国際電話のようだが他人の電話を盗み聞きするような趣味のない美汐は、そのまま宿直室へ戻った。
昼間のような喧騒のないハンガーでは、Kanonが静かに月明かりに照らされていた。


翌朝、祐一は昨日調べ上げた資料を持って隊長室に来ていた。
眼の下にうっすらクマができていることからも、夕べ徹夜していたと言うことが容易にわかる。
それでも祐一は徹夜明けのそぶりなど見せずに、説明をしていた。

「暴走事故を起こしたレイバーのメーカー、機体の整備状況から、乗員の身元に至るまで可能な限りの項目でチェック
 してみましたが、どの事故にも共通するのは唯一点だけ。
 メーカーとは無関係に暴走したすべてのレイバーがKey重工のHOSを搭載していたという事実です。」

「でも、HOSの装備率は全登録レイバーの80パーセントを超えているのよ。」

由紀子さんが異論をとなえる。
現在、隊長室にいるのは祐一の他、秋子さんと由紀子さんの両小隊長、それに整備班長の香里を入れた4人である。

「それにしても100パーセントという数字はデータ的に無視できません。
 それに暴走事故が多発するようになったのが2ヶ月前、これはHOSが発表された時期とぴったり符合します。
 これだけのデータが揃えば間違いありません。HOSには致命的な欠陥があるはずです。
 このデータを然るべき筋に提出し、Key重工にプログラムの公表を迫るべきです!」

「あらあら、どうしましょうね。」

最後の言葉は、秋子さんに向けて言われたものだったが、当のその人は微笑んでいるものの乗り気ではないらしい。
いつもの「了承!」が来ると思っていた祐一は肩すかしを食らった気分だった。

「HOSって言うのは、Key重工がシェアの独占を計って発表した画期的なOSです。
 それだけに万が一にも欠陥品だ。なんて事になれば致命傷にもなりかねません。
 それにレイバー用のOSに認可を出す役人の方々も無能じゃありません。
 HOSにバグがあったのなら、当然デバックの段階で引っかかっているはずです。」

「しかし!」

思わず声を荒げる祐一を秋子さんが制する。

「まあ聞いてください。もし祐一さんの言うようにHOSと 一連の暴走事故との間に因果関係が認められたとして、
 しかも、OSとしてのHOSには欠陥がなかったとしたらどうでしょう?」

秋子さん以外の3人の表情は、良く分からないといった感じだ。
頭の上に?マークが浮かんでいそうである。
逆に、秋子さんの表情が厳しいものに変わった。。
笑ってはいるが、眼が真剣そのものである。

「つまりです。暴走事故がプログラムのバグの結果ではなく、
 意図的にプログラムされたものだとしたらと言ってるのです。」

途端に、部屋にいる全員の表情が変わる。
秋子さんは自分のデスクにのっていたファイルを由紀子さんに渡した。

「コレ読んでみてくれますか?国崎さんと観鈴ちゃんからの第一報。」

「帆場映一に関する報告書。」

「帆場?帆場映一ってあのプログラマーの?」

祐一が疑問の声を上げた。
秋子さんがそれに答えるように話す。

「帆場映一。Key重工ソフト開発部のエース。
 HOSをほとんど自力で開発した天才プログラマーだったそうです。」

秋子さんの後を受けるように、由紀子さんがファイルの内容を読み上げていく。

「推定年齢30才。97年MIT留学より帰国、直ちにKey重工に入社。本籍不明。経歴不明。係累不明。
 身長約170センチ。病歴を含むその他の身体的特徴不明。何ですかコレ?」

不明のオンパレードである。由紀子さんでなくとも呆れるだろう。

「Key重工の人事課のコンピュータはもちろんのこと、学籍、戸籍簿に至るまで彼のデータは綺麗さっぱり
 メモリーから消えてしまってるそうです。くさいなんてものじゃありませんね。」

すでにいつもの秋子さんに戻っている。
何となく緊張感がないようにも見える笑顔である。

「だったら話は早いじゃないですか、この男をしょっぴいて尋問すりゃ。」

「それが出来ないんですよ。」

「出来ないって?」

また声が大きくなる祐一。

「彼・・・、方舟のKey重工のラインに派遣されていたらしいんですけど、ちょうど5日前・・・、
 海に飛び降りちゃったんです。死体は上がらなかったそうです。
 まあ、バグであれ計画的な犯行であれ、HOSの容疑はきわめて濃厚なわけです。
 あとはその実体ですけど、開発者であり、有力な容疑者でもある帆場の線は引き続き国崎さんたちに洗ってもらう
 として・・・・。?どうしたんですか祐一さん?変な顔をして。」

「結局、秋子さんは最初からHOSは黒だと踏んでたんでしょう?
 徹夜までして、俺ってまるっきりアホみたいじゃないですか・・・。」

秋子さんに敵うとは思っていないがやっぱりショックはショックらしい。
少々いじけた祐一に、秋子さんは笑いながらデスクの引く出しから何かを取り出した。

「祐一さんなら頑張ってくれると思いましたから。これは徹夜で頑張ってくれたご褒美です。」

そう言って引き出しから取りだしたモノを差し出す。
差し出されたのは、小さな小瓶だったが中に入っていたものは・・・・オレンジ色をしていた。
とたんに祐一の顔色が真っ青になる。ブルーディスティニーも真っ蒼なくらい青くなる。(←わかる人だけ・・・。)

「い、いいえそんなご褒美なんて。一晩徹夜したぐらいどうってことありませんから!!」

丁重にお断りするがどもっていて、動揺しまくっているのはバレバレであった。

「そうですか・・・。残念です。」

秋子さんは本当に残念そうだ。
心なしか他の二人の顔色も青い。

「あっそうそう。」

さすが秋子さん復活が早い。

「この件については、この場にいる人間以外口外無用です。」

「あの、そりゃまた何故?」

突然また、まじめな話にもどって間抜けな返事をする祐一。

「忘れたんですか?先月、本庁からの指示で北川君が98式のOSもHOSに書き換えたばかりでしょう。
 今、事を明かしてもあの娘たちに、無用の動揺を与えるだけです。」

再び沈黙の幕が下りた隊長室。
秋子さんの言葉に今まで黙っていた香里が声を出した。

「ちょっと八王子まで行って来ます。私なりに確かめたいことがあるだけです。
 お仕事の邪魔はしません。」

「俺も行きます。行かせてください。」

「了承。」(1秒)

香里の八王子行きに祐一もついていくことなり、二人は早速八王子へ向かった。



Key重工八王子工場。第2小隊のKanonが生まれた工場でもある。
その工場のレイバーが流れる巨大な製造ラインを眺めながら、香里と八王子工場長の実山が話をしていた。

「いやぁ〜もう夢のようですわ。進駐軍にトラックの部品を納める小さな町工場から始まって50年、
 今じゃレイバーなんて化け物がラインを流れてる。しかし、肝心の私の方はどうも・・・。
 随分勉強もしたけど、技術屋としては寂しい限りです。」

嬉々として語っていた実山の表情が、暗くなる。

「いいえ。私も同じですよ。整備班班長なんておだて上げられてますけど、ソフトに関してはうちの北川君とかに
 とても敵いません。」

「そんな香里ちゃんは・・・。」

実山を香里が制する。

「実山さんたちがいらしゃったからKanonも出来たんです。それにどんなに技術が進んでもこれだけは変わりません。
 機械を作る人、修理する人、使う人。人間の側が間違いを犯さなければ機械も決して悪さはしません。
  実山さん、今日は、2課の整備班長がメーカーの工場長に会いに来たんではないんです。
 同じ技術者として本当のことが聞きたいんです。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・HOSは大丈夫なんですか?」

香里は真剣だった。

「何を言い出すかと思えば・・・。HOSはうちが社運を賭けて送り出した切り札ですよ。
 どの現場でも好評ですし、現にHOSの登場でバビロンプロジェクトの工期が3割は短縮できたって評価も・・・。」

「そんなことが聞きたいんじゃありません!!」

まわりからの評価の話ばかりの実山に香里の語勢が強まる。
それに答えるように実山も断言する。

「絶対に大丈夫です!この私が保証します!!」

お互いの目を見合っての断言だった。
そこには技術者としての誇りが映っていたようだった。


実山と香里が話している頃、祐一は八王子工場のデータルームにいた。
関係者以外立ち入り禁止の部屋であるが、実山と親交がある祐一は工場長しか知らないはずの
部屋のロックナンバーも知っていた。
そこで祐一は方舟のデータをコピーしていた。むろん無断でである。
(ハッキリ言って警察官のやることか?)
ピッという電子音と共に記録ディスクが吐き脱されてくる。

「よし。コピー終了っと。」

コピーしたディスクを懐へしまうとオリジナルのディスクをケースに戻す。
そのケースの中に、「HOSマスター」とラベルの貼られたディスクを見つける。

「HOSのマスターコピーか・・・。」

スロットに差し込み起動させる。
部屋の中には、ただ電子音とキーボードにタッチする音だけが響く
画面にHOSのロゴが表示され、続いてパスワード入力画面が表示される。
パスワードなど知っているはずもないが、しばし考えた後、帆場のイニシャルを入力してみた。
E.HOBA

「エホバ?」

入力するや一連の英文が表示される。
読み上げると・・・・。


《いざ我ら降り、彼処にて彼等の言葉を乱し、互いに言葉を通ずることを得ざらしめん。》


旧約聖書の一文であるが、そんなことは知ったこっちゃない祐一はただワケがわからないだけだった。
その時、勝手にプリンターが起動し印刷を開始した。
プリントアウトされた紙には、BABEL<oベル。ただその5文字だけが延々、赤で印刷されていた。
その紙に見入る祐一の背後では、部屋に設置されたモニターのすべてにBABEL≠フ文字が表示されて
スクロールしていた。
その光で、部屋の中が赤一色に染まる。

いや、今や八王子工場のモニターというモニター、コンピュータというコンピュータに同じものがスクロールしていた。
工場全体がパニックに陥る。
それは全ての製造ラインを制御する管制室も同様だった。
 
『どんどん広がっています。正確なところはこちらでも。いやしかし、そんなことをしたら・・・。』

「いいから、やれぃ!今すぐメインコンピュータの電源を切るんだ。ラインはすべて他の工場にも繋がっているのを
 忘れたのか!!」

怒鳴りながら指示を出す実山の傍らで、何気なく上を見た香里が見たものは、
天井近くのキャットウォークをあたふたと走っていく祐一の姿だった。

(あのバカ・・・。)

警報が鳴り響く八王子工場から一台の車が、逃げるような猛スピードで走ってくる。
香里の愛車コブラである。
乗っているのは文字通り、逃げ出してきた祐一と香里だった。

「いやー驚いたの何のって。」

あれだけの騒ぎを起こした張本人が全然責任を感じていないような口調である。

「証拠残してきていないでしょうね?」

「そりゃあもう。でもいずれはバレるな。」

「当分、あそこの敷居はまたげないわね。」
 
コイツらホントに警察官かと疑いたくもなる台詞である。

「でも、収穫あったよ。マスターコピーにあんなやばいプログラムが入っているようじゃ、
 Key重工内部でもHOSのプロテクトは破れてないな。
 首都圏にひしめく八千台のレイバーは、中に何が入っているのかわからない怪しげなOSで今も稼働中ってワケだ。」

「ひどい話だけど、相沢君、勘のいい人はそろそろ騒ぎ始めるわよ。遅かれ早かれ名雪達にも気付かれる。
 早いとこ解決しなくちゃね。」

「あぁ。」

車を運転しながら短くそう答えるのだった。
だがその胸の内には決意が秘められていた。

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二束三文より
いや〜、早いです。昨日に引き続いてもう2話目です。
今回は香里と秋子さんが良い味出していますね。
TVアニメ主体の私の方はどうも香里の活躍する出番が少ないのがどうもね…。
というわけでかおりんの活躍を期待してますってこの先それほど出番あったけ?



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