幸せな一日



 その日、朝起きると、ベッド脇に置かれたサイドテーブルに一枚の紙が置いてあった。夜、寝る前には何もなかったはずだが、いったい誰がいつこんなものを置いたのだろうか、と内心で訝りながらも、エレンはその用紙を手に取って眺めてみた。よくよく見てみれば兵団内部で報告書や指令書などに使われている正式な用紙のようだ。何か自分に正式な要請でもあったのだろうかと緊張しながら書かれていた文面に視線を走らせると、そこに書かれていたのはたった一言。

『ミカサ・アッカーマンを探し出して次の指示書をもらうこと』

「……………」

 これは一体何なのだろうか。もしや、誰かの悪戯――同期の男子兵士連中などが悪ふざけでもしているのだろうか。
 だが、この用紙は本物のようであるし、入団したばかりの新兵が勝手に私用で持ち出せるものではないだろう。紙はそれ程高価なものではないが、無駄に使えば上官から叱責を食らうだろうし、そこまでしてこんな悪戯をするとは考えにくかった。
 そうなると、これはちゃんとした上からの指示なのだろうか。自分の直属の上官であるリヴァイの顔を思い浮かべてみたが、彼がこんな訳の判らない指示を出すとは思えなかった。
 エレンはしばし悩んだが、これが本物かもしれない可能性を考えて、ミカサを探しに行くことにした。彼女に会って話を聞けばこれがただの悪戯なのか、本物なのかが判明するだろう。
 そう結論付けたエレンは素早く着替えると、幼馴染みの少女を探すために地下室を後にした。


 ミカサは同じ調査兵団の一員ではあるが、配属先が違うため、普段は訓練等は別で毎日顔を合わせるということはない。だが、同じ兵団本部にいるのだから探せば見つかりそうなものなのに、彼女は中々見つからなかった。同期や彼女を知るものに声をかけても誰も知らないという。彼女の行方を誰も知らないことをエレンは疑問に思ったが、取りあえずそれは置いておくことにして、指示書の真偽を確かめるべく自力で彼女を探し出すことに努めた。

(疑問っていえば、今日はオレは訓練や任務免除って言われたな……何でだろう?)

 ミカサを探すのには都合が良かったが、朝、言い渡された突然の話がどうにも腑に落ちない。今朝の指示書のことといい――これは何か重要な任務か何かなのだろうか。
 そうして、歩き回っていたエレンはようやっと幼馴染みの少女を見つけ出すことに成功した。

「ミカサ、やっと、見つけたぜ!」
「エレン!」

 エレンの姿を見るなり、幼馴染みの少女は駆け寄って来た。


「エレン、元気そうで良かった。あのチビから苛められていない? 肉体的、精神的苦痛を受けたりしていない? いつか、私が然るべき報いを与えるから、安心して」
「…………」

 いつまであのときの話を引っ張るんだ、とエレンは頭を抱えたくなったが、今はそれよりも確認することが先だ。

「ミカサ、これが朝、起きたら置いてあったんだが、判るか?」

 そう言ってエレンが今朝発見した指示書を渡すと、ミカサは頷いて、足元に置いてあったらしいものをエレンに渡した。

「……お前、これをオレにどうしろと?」
「エレン、良く似合っている。はい、これも」

 ミカサが渡してきたのは両手で何とか抱えられるくらいの大きな花束だった。それをエレンが手にしたのを満足そうに眺めると、何故か頭に綺麗に花が編み込まれた花冠を被せてきた。
 いったい、この仕打ちは何なのだろうか、とエレンが眉間に皺を寄せていると、幼馴染みの少女は懐から用紙を取り出してエレンに見せた。――そこに書いてあったのはたった一言。

『アルミン・アルレルトを探し出して次の指示書をもらうこと』

 エレンは頭を押さえたくなったが、花束を抱えた両手は塞がっていたので、それは叶わなかった。この状況はいったい何だと言うのだろうか。ミカサに訊ねてみたが、まだ私の口からは言えない、との回答しか返ってこなかった。

(今度はアルミンか……何なんだよ、これ)

 ミカサに見送られながら、花冠に花束を抱えたままエレンはアルミンの姿を探さなければならないという赤面ものの行動をしなければならなくなったのだった。


「ああ、もう見つけちゃったんだ、エレン。早かったね」

 幼馴染みの少女と比べると、アルミンの姿は早くに見つけることが出来た。
 お疲れ様、と笑いながらエレンから花束を受け取り、自分の横に置いたアルミンは花冠はそのままだからね、という無情な台詞を吐いた。

「お前、これ、どうなってるんだよ……」
「うーん、それはまだ言えないんだよね」

 そう言いながら、アルミンが手渡してきたのはお菓子の入った小さな包みだった。お菓子というものは高価で中々手に入るものではない。裕福な特権階級のものならまた別だろうが、兵団に入ったばかりの新兵に手が出せるものではないだろう――エレンが戸惑っていると、アルミンはそれはエレンのものだからもらっていいんだよ、と笑った。
 わけが判らないながらもエレンは菓子を受け取って懐にしまった。何でこんなものを渡されたのかは判らないが、これはエレン個人のものとしていいらしい。上層部からの配給品だという可能性を考えてみたが、そんな気前のいいことがあるとは思えなかった。

「はい、じゃあ、これ次の指示書」

 そう言って見せられた用紙にエレンは眉を顰めた。今までの二枚と探す人物だけが違う、同じ内容の指示のそれには見知った同期の名前があって。

『ジャン・キルシュタインを探し出して次の指示書をもらうこと』

 何かと突っかかって来る同期の顔を思い出して溜息を吐くエレンにアルミンは喧嘩しちゃダメだよ?と注意を促した。

「……判ってるよ」


 一体この訳の判らない指示はいつまで続くのか、とエレンは溜息を吐きながら、同期の中では馬が合わないと言われている相手に会いに足を運んだ。


 幼馴染みの少年と同じく、同期の男も比較的早く見つけ出すことが出来た。というより、幼馴染みの少女が上手く姿を隠していたというのが正しいのかもしれない。さすがは同期の中で一番優秀な成績上位者、逸材だと周りから呼ばれるだけのことはある。
 同期の男はエレンの姿を見ると、驚いたように目を見開いた――その視線がエレンの頭にいっているのは明らかだった。

「……お前、そういう趣味があったのか」
「違うに決まってるんだろうが! いいから、早く指示書くれよ」

 誰が好きで花冠を被ったまま本部内をうろつかなければならないのだ――こうなればさっさとこの訳の判らない任務を終わらせて頭から取り去りたいと願うのみだ。

「ほら、これだ」

 そう言って渡されたのは。真新しい衣服一式と例によって用紙が一枚。
 受け取ったエレンが視線を走らせればそこにはやはり、知っている名前が書いてあった。

『その服に着替えてハンジ・ゾエに案内してもらうこと』

 変人の巣窟と名高い調査兵団の中でも一、二を争う変人の呼び声高い分隊長の名にエレンは遠い目になった。

「これも、何かの実験の一環なのか……?」
「いいから、とっとと行け。これで最後だからな」

 ジャンに促され、エレンは受け取った衣服を胸に着替えるために足を動かした。さすがに解剖とかまではしないだろう、と自分に言い聞かせながら――。



「やっほー、エレーン、その服よく似合ってるよ!」
「……そうですか?」

 ハンジのことは探す必要がなかった。何故ならばエレンが着替え終わった頃合いを見計らったように部屋まで現れたからだ。

「準備もばっちり出来たし、これから会場まで案内するよ」
「会場ですか? 今日は何か行われるんですか?」
「それは着いてからのお楽しみー! さあ、行こうか、エレン」

 首を傾げるエレンはハンジに促されるまま歩き出した。頭上の花冠は外したかったが、ハンジににっこりと笑顔でダメだと言われてしまったので渋々従ったエレンである。
 歩き進めること数分、一つの部屋の前で立ち止まったハンジはここが会場だよ、とエレンに告げた。

「ここですか? でも……」

 ここはエレンの記憶が確かなら、何の変哲もないただの部屋だ。皆で食事を摂ったりする場で、個人の部屋よりは大きいが、何かの催し物をするような場所ではないはずだが。

「いいから、いいから」

 怪訝そうなエレンの背中をそうハンジは押し、仕方なしにエレンが扉を開けると――。

「お誕生日、おめでとう! エレン!」

 一斉にそんな声が耳に飛び込んできてエレンは目を瞬かせた。部屋の中には見知った顔がいくつもあって、口々にお祝いの言葉をエレンに告げる。

(誕生日って……オレの誕生日か?)

 確かに今日は自分の誕生日ではあるが、それとこの騒ぎに何の関係があるのだろうか。見ると、部屋には花が飾られ――ミカサに渡され、アルミンが引き取ったあの大きな花束なのだと推察される――、テーブルの上には普段は口に出来ないような料理が並んでいた。

「エレン、まだ判っていないみたいだけど……これはエレンの誕生日祝いなんだよ?」
「オレの?」

 そう声をかけてきた幼馴染みは、この準備をするためにエレンにわざわざあんな指示書を出し、気付かせないようにしていたのだという。自分が動き回っていた間に皆で準備を進め、整ったところでハンジを寄越したらしい。自分を驚かせるために内緒で進めていたから苦労したんだよ、とアルミンは悪戯っぽく笑った。

「事情は判った。判ったが……」

 自分ではすっかり忘れていた誕生日だったが、周りはそれを覚えていたらしい。祝ってくれようとする心遣いは素直に嬉しいが、この調査兵団には多くの兵士がいるのだ。その兵士の誕生日を一人一人、祝っていたらキリがないだろう。団長ならともかく、ただの一兵士にしか過ぎない自分がこんな風に祝ってもらってもいいのだろうか。
 エレンが悩んでいると、その頭に軽く拳が落とされた。

「グズが。ごちゃごちゃ考えてるんじゃねぇよ」
「兵長」
「祝ってもらえるんなら、祝ってもらっておけ。――調査兵団の兵士なんてもんは、次の誕生日を迎えられるか判らないんだからな」

 そう言ってリヴァイはそれにこれは口実みたいなものだからな、と続けた。

「口実?」
「単にたまには息抜きしておかないとストレスでおかしくなる奴が出るからな。こういう企画が必要なんだよ。今回はたまたまお前の誕生日だっただけだ」
「そうそう。ただ酒飲めて美味しいもの食べて騒いで日頃の憂さを晴らしたいだけだから、それに乗っちゃえばいいよ」

 ハンジが男に続け、エレンは戸惑いと躊躇いを見せていた顔を和らげ、軽く息を吐いた。
 それから、辺りを見回し、笑顔でありがとう、と告げたのだった。



 ――ハッピーバースデイ!





≪完≫




2014.4.5up




 エレンの誕生日を過ぎてしまいましたが、何もしないのもどうなのよ?ということで書いてみました。ありきたりな話になってしまいましたが、お誕生日おめでとう、エレン! 原作設定だと時期的に合わない&誕生日祝いをするような余裕はないと思いますが、そこはスルーしてくださいませ〜。




 何となく考えたおまけ話。この後エレンは……。
→やっぱり兵長と過ごすでしょ! →アルミン&ミカサと絆を深める →ハンジさんの話を聞く




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