エレンの誕生日祝いはついでというか名目で、単に息抜きをしたいだけだから、という言葉はあながち嘘ではなかったらしく、会場に集まったものはめいめいにこの企画を楽しんでいるようだった。

「オイ、お前、肉ばっかり食うなよ、他の奴の分がなくなるだろ!」
「ふふん、こういうのは早いもの勝ちなんですよ、コニ―。世の中は弱肉強食なんですから!」
「芋女は芋だけ食っとけよ!」
「……まだ、それを! 皆、すっかり忘れているというのに、バカだと思っていたのに、実は記憶力が良かったんですね、コニ―」
「お前、あれを忘れてる奴なんていないぞ。というか、お前、オレのことバカだと思っていたのか? さすがにオレもお前ほどのバカじゃねぇよ……」

 呆れたように言うコニ―にサシャは打ちひしがれているが、その手から肉は離さないところがさすがはサシャだと思う。

「ほら、クリスタ、これが美味いぞ」
「ありがとう、ユミル。でも、ユミルの分は?」
「私の分はちゃんと確保してある。あの芋女に総て食われないうちに食べないとな」

 ちゃっかり自分の分を確保しつつ、クリスタに料理を勧めているユミル。

「ただ酒だよ! ただ酒! ここは浴びる程呑まなくちゃね!」
「分隊長、明日も業務があるんですから、余り呑まれない方が……」
「何言ってるんだい、モブリット。自分の懐を痛めないで酒が呑み放題だっていうのに、今呑まないでいつ呑むんだよ!」
「呑むなとは言ってませんよ、程々にって言ってるんです」

 不満そうに唇を尖らせるハンジは、傍らにいた男に声をかけた。

「ねえ、リヴァイだってそう思うだろう?」

 声をかけられた本人は独特の持ち方で、カップを手にしながら眉を顰めていた。

「……この紅茶、淹れたのは誰だ?」
「え? さあ? 新兵の子とかじゃないかな?」
「淹れ方がなっていない。折角のいい茶葉が台無しだ。香りが飛んでしまっているし……勿体ねぇことしやがって」
「そう? 別に普段と変わらないと思うけど?」
「お前の舌と一緒にするな。仕方ない、淹れなおしてくるか」
「あ、じゃあ、酒のお代わりもお願い」
「自分でやれ、クソメガネ」
「えーついでなんだからいいじゃん。リヴァイのケチ」
「分隊長、ですから、お酒は程々にと――」

 何だか、年長組はカオスになっているようだ。
 だが、辺りを見回して眼に映る顔はどれも楽しそうでエレンはホッとした。自分の誕生日祝いは名目だから気にするな、とは言われたが、ここまで用意したのには少なからず労力がいっただろうから、他の人間が楽しめていないのなら申し訳ないと思ったのだ。

(そうだな、オレも楽しむか)

 日々の鍛錬も大事だが、たまには息抜きするのも大事なのかもしれない――そう思い、エレンも目の前の料理に手を伸ばした。




 腹もいっぱいになり、少し外の風に当たりたくなったエレンはそっと部屋から抜け出した。もう自分そっちのけで無礼講の宴会と化していたから一応の主役の自分がいなくても問題はあるまい。
 回廊を歩いていると、夜風が頬を撫ぜて気持ちいい。酒は飲んでいなかったが会場の熱気に中てられていたのかもしれない。部屋の中にいたときは気付かなかったが、随分と時間が経っていたようで、とっくに陽が落ちた空には美しい月が浮かんでいた。

「エレン」

 不意に声をかけられて、エレンは飛び上がりそうな程、驚いた。長年聞き慣れた声の主の方へ振り返り、文句を告げる。

「お前、音もなく忍び寄ってくるなよ。普通に声をかけろ」
「声はかけた」
「イヤ、そういうことではなくてだな、足音を消すなって言ってるんだ」
「エレンを驚かせる気はなかった。次からは気をつける」

 素直にそう謝罪する幼馴染みの少女に、エレンは深い溜息を吐いた。ミカサは気配を隠して動くのが上手い。素早く音も立てずに動けるのは彼女の長所であるし、もう抜けない癖になっているのかもしれない。

「それより、お前、抜け出してきて良かったのか? 滅多に食えない豪勢なメシなんだから、もっと楽しんでくれば良かったのに」
「エレンが戻りたいならそうするけど……どの道抜けるつもりだったから」
「は?」
「アルミンが準備している。もう来ると思う」

 説明不足な幼馴染みの少女の言葉にエレンが首を傾げていると、少女の言葉を証明するようにパタパタと足音が近付いていた。

「ミカサ、お待たせ。エレンも丁度出てくれて良かった。抜け出させる手間がはぶけたから」
「は? どういうことなんだよ?」

 アルミンは笑って、エレンとミカサに外套を手渡してきた。他にもランプを持っているようだった。

「何だよ、これ?」
「夜はまだ冷えるから、着ていないと寒いと思って」
「イヤ、だから、これを着る意味が判らねぇんだが?」
「これから出かけるからだよ、僕達三人で」

 驚くエレンにアルミンは更に続けた。

「エレンに見せたいものがあるんだ。ここからそう遠く離れた場所じゃないし、一緒に来て欲しい」




「オイ、本当に近くなんだろうな?」
「大丈夫。すぐに戻ってこられるよ。さすがに脱走兵と勘違いされるのは僕だって避けたいからね」
「ならいいんだが……オレに見せたいものって何なんだ?」
「それは着いてからのお楽しみだよ」

 前を歩く二人の後を追うようにして進むエレンには、本部からこっそりと抜け出してまで見せたいものが何なのかの見当がつかない。アルミンとミカサに真剣な顔で頼まれたので、仕方なく頷いたが――抜け出したことがばれないうちに戻ってこなければならない。公に心臓を捧げた兵士の脱走は罪が重いのだ。それこそ、問答無用で上官に射殺されても文句は言えない。
 アルミンが進んでいるのは本部からそう遠くない森だったが、こんな森の中に何があるというのだろうか。

「……何か、昔を思い出すね」
「え?」
「シガンシナにいたときも森に探検しに行ったじゃないか? 覚えてる?」
「ああ。あんときは昼間だったけどな」
「内門は門限があるからね。さすがに野宿は出来なかったし」

 シガンシナ区と内地を結ぶ門は昼間は開かれたままだが夜には閉じられてしまう。薪拾いや、父親に連れられて出かけたりと出入りは簡単であったが、門限はしっかりと決められていた。無論、不測の事態に備えて駐屯兵が夜間も歩哨の任に当たってはいたが、夜間に門が開くことは滅多になかった。
 なので、探検といっても子供の足で日帰り出来るような場所にしか行けなかったのだが、それでも近くにあった森は子供達の好奇心を煽るには十分な場所だったのだ。
 ミカサが加わってからは森の探検もしやすくなった。ミカサが住んでいたところは森が多く、森で迷った時の対処の仕方や歩き易い歩き方などを教えてもらったものだ。

「あ、ほら、着いたよ」

 ようやっと幼馴染みが足を止めたので、エレンも立ち止り、そこにあったものを見て――目を見開いた。

「これ、花か……?」

 目の前にあったのは大きな花の蕾だった。白く幾重にも花弁を重ねた花は大きく、人の顔程の大きさがありそうだった。

「月光花っていうんだよ。この花は夜に花開いて、朝には閉じてしまう――珍しい花なんだ」

 ミカサが見つけたんだよ、と続けるアルミンに彼女は頷いた。

「でも、花の状態を見て、開花予想をしたのはアルミン。間に合って良かった」
「うん。丁度時期が合って良かった。――ほら、咲くよ」

 アルミンの言葉に促されるように、白い花が一つ、また一つ、と開いていく。射し込んだ月明かりが白い花を闇夜に浮かび上がらせ、その光景は幻想的で息を呑む程に美しいものであった。
 花が開き切るのを見届けたエレンは貴重なものを見せてもらった礼を二人に言った後、首を傾げた。

「何で、これをオレに見せようと思ったんだ?」

 確かに夜に白い花が咲き誇る光景は幻想的で美しいものであったが、元々、エレンは花を飾って愛でるようなタイプではない。人並みに綺麗だな、とは思うが、綺麗な花が咲いているからといってわざわざ足を運んでまで見ようとは思わない。そんな時間があるなら巨人を倒す技術を磨くことに費やすだろうし、そんなエレンを二人は知っているはずなのだ。

「この花には伝説というか、言い伝えが二つあるんだ。この花は恋人の花と呼ばれていてね、この花の前で愛を誓い合った恋人同士は永遠に結ばれるって言われてる」
「…………」
「…………」
「……えーと、この状況で誰が愛を誓うんだ?」

 げんなりとした表情で言うエレンにアルミンはくすくすと笑った。

「言い伝えは二つだって言っただろ? 多分、この花が非常に珍しくて滅多に見られないことから、見た人にはきっと幸運をもたらすに違いないってとこから発祥したんだと思うけどね……この花の前で誓い合った者達は何があっても、その絆は壊れない。遠く離れることがあっても必ず再会出来る、絆の花とも呼ばれてるんだ」

 アルミンの言葉にエレンは眼を瞬かせて、それから幼馴染みがここに自分を連れてきた理由を悟った。

「……別に花に誓わなくたって、気持ちがあれば大丈夫だろ?」
「うん。エレンならそう言うかなと思ったよ。――でも、折角こんな貴重な経験が出来たんだしね、やっておくのもいいだろう? 誕生日だし記念に」
「私はエレンの傍を離れない。でも、エレンは無茶をするから」

 二人の言葉にエレンは苦笑して、判ったよ、と了承の言葉を並べた。




「我が名はエレン・イェーガー」
「我が名はアルミン・アルレルト」
「我が名はミカサ・アッカーマン」
「この先どんな運命が待っていても」
「どんな道を進もうとも」
「どんな困難が待ち受けていても」

 ここまでは順番に言っていた台詞――何やら形式に則った言葉らしい――を次からは三人で揃えて口にする。

「我らの絆が壊れることはない。例え、どんなに遠く離れようとも、運命に翻弄されようとも、必ず再会を果たすことをここに誓う!」

 ――三人の誓いをひっそりと咲いた白い花と月だけ聞いていた。



「……抜け出したのバレてねぇかな。罰則食らったりとか……」
「大丈夫、エレンは私が守るから。あのチビが何かしたら、私が然るべき報いを……」
「……前から思ってたんだが、お前、リヴァイ兵長のこと何か誤解してねぇか?」
「大丈夫だよ、エレン、ミカサ。バレてないよ。みんな食事に夢中だったし、酔いつぶれている人や部屋に戻った人もいたから、自室で寝てたとかでも言えば誤魔化せるよ」
「なら、いいんだが……」

 三人はそんな言葉を交わしながら帰り道を急いだ。ときには笑いながら、他愛もない話をしながら。

『我らの絆が壊れることはない』

 それは本心だ。三人で過ごした日々は、今日、あの場所で誓った言葉は決して嘘ではない。
 ――しかし、きっと、いつまでも三人一緒にいられるということはないだろう、と心の片隅で思っている。明日の命の保証もされていない世界で、誰かが先に命を落とす可能性は高いし、そうでなくても歩む道が違ってくることも考えられる。
 だが、それでも―――。
 あの花の許、三人で誓い合った言葉に偽りはない。この先何が起ころうとも、今日誓い合ったことは忘れずにいようと、三人は想った。





≪完≫



2014.4.9up




 幼馴染み三人組の絆が好きなので書いてみたおまけです。門がどうなってるのか記述はなかったと思うので勝手に書いてしまいましたが……違ってましたらそこはスルーでお願いします。三人組にはいつまでも仲良しでいてもらいたいです。



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