すべてのはじまり(10月第2週〜第4週)


Last Update: 03/02/2009

 

10月第2週

10/7(火)

 2008年のノーベル物理学賞は大きなニュースだったので、多くの人が第一報をどこでどうやって知ったのか、きっと何年たっても覚えていることだろう。私もその一人である。
 私の場合、研究所でノーベル財団からのライブ配信を聞いていた。ちなみに、パリティの編集委員は、ノーベル賞の発表日には確実に編集部と連絡がとれるようにしなければいけない。どなたかにノーベル賞のニュース記事を書いてもらうのだが、ほかのマスコミもそのつもりなので、えてして特定の人に依頼が集まることになる。このため、編集部としては、なるべく早く執筆候補者を検討し執筆依頼を出すようにしている。というわけで、編集委員は待機して編集部からの連絡を待つことになる。
 ノーベル財団によると、物理学賞発表は「早くて午前11:45」(日本時間18:45)となっており、時間が来てもすぐにははじまらない。やきもきする。実際に発表されたのは、30分ほど後だったのではないだろうか。発表ははじめスウェーデン語なので、何を言っているかわからないが、いきなり日本人ふうのファースト・ネームが飛びこんでくる。はっきり聞き取れなかったが、日本人だろうということはわかったので、パリティも忙しくなるなと覚悟する。しかし、次の瞬間、"Nambu"と聞いて仰天する。耳を疑ったが、直後に出た写真は確かに南部さんである。その後に、小林さんの名前が読みあげられて、また仰天する。益川さんまで聞くことなく、オフィスを飛び出してみんなに報告。ここまで来れば、益川さんの受賞も明らかだからである。5分もしないうちに、パリティからも電話がかかってきた。
 三先生の受賞で驚いたと書いたが、もちろん三先生とも当然取ってしかるべき人たちで、そのことに驚いたわけではない。南部さんの場合、長年の間なぜか授与されなかったので、あまり期待が持てなかったからである。また小林さん、益川さんの場合、まさか南部さんと同時受賞とは思わなかったからである。南部さんの業績と小林・益川さんは、やや質的に違う業績だからである。その後、受賞理由を聞いて、どうして三先生なのか理解できたが。

19:30

ニュース記事の執筆者として、菅原さんの名前を挙げる
妻からも携帯に電話がある。NHK7時のニュースの終わりの方で速報があったよう。

20:48

編集部から菅原さんへ依頼。ただし菅原さんは学振のワシントンセンター。ほかの執筆候補者も挙げる

21:00

NHK9時のニュースで小林さん、益川さんが生出演。小林さんは、いつも通り慎重に言葉を選びながら話す。どこかの国の総理も見習ってほしい。

21:55

編集部のサクマさんより、4月号で特集を組みたいと提案がある

アマゾンで、南部さんの本が(ブルーバックス「クォーク」)早くもベストセラーのトップに躍り出る。しかし、この本は東大の(現象論でない)院生が、口頭試問前の一夜漬けに使うような本である。

10/8(水)

一晩で、益川さんのお風呂の話が日本中に広まる
朝から一日中、理論部の電話が鳴り止まない
朝一番で、編集部がワシントンに電話し執筆の承諾をもらう

10:11

12月号も特集にすると編集部から提案される。菅原さん以外に二人の方に書いてもらいたいという。候補者をあらためて吟味し伝える。

昼過ぎ

4月号特集について、岡田(安弘)さんと相談。朝、物理学会誌の編集委員をしている久野君も相談に訪れたらしい。

16:30

素核研ノーベル賞受賞祝賀会。岡田さんの講演はさすがにうまい。もちろん似たような話を何度もしていて慣れているのだろうが、それでも昨日の今日でここまでの準備はなかなかできない。だいたい、岡田さんは今日はずっと電話などでしゃべりっぱなしだ。私がセミナーホールに向かったときも、まだしゃべっていたはずだ。

17:53

ほかの二人から検討中との返事。まだどこからも依頼を受けていないとのこと

ノーベル化学賞も日本人。こちらの担当は別の編集委員。これで文学賞が村上春樹になったら、日本はどうなってしまうんだろう。
 知りあいが次々にテレビに登場。昨日、小林さん、益川さんをテレビで見たときもそうだったが、日頃から見知った人たちを次々にテレビで見るのは不思議な感覚である。

 

10/9(木)

午前

受賞のニュース以来、はじめて小林さんがKEKに来る

17:00

ほかの二人(江口さん、三田さん)からも承諾

18:19

来週パリティ編集会議なので、急遽特集案を組んで送る

19:30

小林さんと益川さんがそろってNHK「クローズアップ現代」に出演

10/10(金)

 4月号特集を臨時増刊号に切り替えるとの連絡が入る。8月号で特集やったばかりで、1月号特集「物理科学、この一年」もまだ終わっていないのにと思うが(ただし「この一年」は特集の一部だけを担当)、あれよあれよという間に話がでかくなっていく。
 業者変更にともない、KEKの食堂・レストランが営業終了。

 

10月第3週

10/13(月)

 自分で翻訳した原稿について、妻の意見を聞く。これは、Physics Todayに載ったセシル・デウィットのインタビューである。セシルは、レズーシュ (Les Houches) 夏期学校の創始者として有名で、夫のブライスは量子重力の研究等で有名である。
 私はテキサス大を卒業したので、夫妻の授業を取ったり、学生になるかという話があったり、彼女が私のPh.D.論文審査員の一人だったり、当時の親友が彼女の学生だったりと、なにかと縁があった。長年連絡を怠ってきたが、拙著「超ひも理論への招待」で夫妻も取りあげた関係で、たまに連絡を取りあっている。
 セシルはすごいおばあちゃんである。もう85を過ぎているのに、とても活発に多方面で活躍している。この「多方面」はハンパではない。物理以外でもびっくりするほど活躍している。また、大戦中をはじめとする彼女の「冒険」はおもしろく(原題自体 "... other adventures of Cecile DeWitt-Morette" となっている)、即座に翻訳を決意した。

10/15(水)

パリティ編集会議。臨時増刊号の企画が通る。とりあえず1〜2月に出版予定。原稿〆切りは11月末に設定。編集委員長が「(特集で)一号分の記事がうまると思っていたんですけどね」とつぶやく。同感である。受賞者本人にも原稿依頼を出すが、無理な場合はインタビューに切り替えるとのこと。インタビューの場合、誰がやるかそれとなく因果を含めさせられる。なるべくなら、ご本人の記事になるといいなと思う。12月特集号表紙について、ひとしきり悩む。理論の話なので、3人の写真で決まりだが、レイアウトが難しい。議論の末、上半分を南部さん、下半分を二つにわけて、小林さん・益川さんとする。
 ところで、益川さんはしばらく前に丸善から本を出している(「いま、もう一つの素粒子論入門」)。こんなことを書くとマズいかもしれないが、この段階でこれまでに売れた分の倍の注文が入っているとのこと。


10/16(木)

 パリティ過去記事のチェックをはじめる。昨日、パリティからこれまでの関連記事を教えられるが、リストとして明らかに十分ではなかったので、これまでの10年間分の総目次にあたる。小林さんが「この一年」2001年版に書いているので、これはぜひ含めることにする。
 過去記事の再録はサクマさんの提案である。たしかに、小林-益川の実験的検証については、再録がふさわしいと思う。当時実験に携わった人々の興奮が伝わってくるし、徐々に実験結果が精密になっていく過程も興味深い。理論部分についても「穴があく」可能性を見すえて、その場合に使えそうなものをいくつかピックアップ。

10/17(金)

菅原さん、江口さん、三田さんからの原稿があがる。読んで気になった点についてコメントをつけて編集部に送る。12月号は来週が校了日である。

 

10月第4週

10/22(水)

編集部の上司がドイツのブックフェアへ出張中で許可がなかなか取れなかったようで、ようやく依頼開始。

10/23(木)坂東さんがSG-Lにノーベル賞についてメール。

10/24(金)

 すでに2人から許諾の返事を頂く。
 編集部から12月号に追加記事の提案がある。編集部は百も承知なのだろうが、校了は来週である。大丈夫なのか? 編集委員で検討の結果、臨時増刊号にまわすことになる。
 サクマさんが階段で骨折して入院との知らせを受ける。今回、サクマさんが増刊号編集をほぼ一手に引き受けているので、増刊号どうなる? 


小林-益川論文の参考文献

 小林-益川は、とても参考文献の少ない論文である。今ならクレームの嵐だっただろう(そういえば9月に書いた論文では、論文が公開されて5分後にクレームが来た。こちらには、まだその日のアーカイブからのメールが届く前だった。)
 たとえば、strangeness changing neutral current の問題が書かれているのに、GIMが引用されていない。それどころか、トホーフトのくり込み証明の論文さえ引用されていない。
 数少ない引用文献のひとつが、ジョージャイ-グラショウで、これはSO(3)をもとにした中性カレントなしの電弱理論。この時点では中性カレントは発見されていなかったわけで、このようなモデルが提案されても不思議ではない。このコンビは、いろんな群を試すのが好きなようだ。
 すっかり有名になったように、6クォークのことは小林-益川論文の最後の1ページ、それも半ページだけである。しかも、6クォーク部分の唯一の式にタイポがあり、後で訂正が出ている。