鎮魂(精神統一)について
                   @





                  A





                 B




                 C
  



                 D




                   E



                 





                  F




 
 様々な鎮魂行法が存在するのは承知しています。

 修行者に影響を与えているものによっても、異なる形を取る事も承知しています。

 上記に記したものは、あくまでも私流のものです。

 上記したものは、今の私の程度です。

 この道を究めた方から観れば、一笑に付されると思います。

 しかし、道を究めたと言われる方の言葉や、説明展開される場面は、旧態依然で、真実味に欠ける場合が多いです。

 言葉や文章の堪能な方はそれなりの表現で示されますが、何処かで読んだり聞いたりしたものが目立ちます。

 
 
 @は、私が目を瞑ると展開されるものです。

 荒く、落ち着きが無く、気持ちは彼方此方向いています。

 Aは、@の1〜2分後に展開します。

 中央付近に、黄色(金色)、赤色、緑色、紺色のものが混在して、丸い玉の様な形を取りますが、形は絶えず変化しています。

 Bは、Aの1〜2分後に展開して行きます。

 全体に濃い紺色(黒ではない)が大半を占め、気持ちは落ち着き(実際は、いろんな事を考えていますが、前の段階よりは落ち着いているかな、という程度です)中央付近は、Aの様な派手な色の展開が少なくなって来ます。

 黄色、赤色、緑色、紺色の混合した薄い輪が見えて来ます。(見えない時も有ります)

 全体に濃い紺色の場面のはるか彼方の一点に、一瞬の光が見えて来ます。

 それは直に消えてしまいますが、その一点を注視します。

 Cは、Bの一点を注視後、1〜2分後に展開して来ます。

 相当な迫力を持った目が見えて来ます。

 片目だけの時も有ります。

 迫力の強い、眉の辺り(人間の顔で言う眉では有りませんが)が出て、黒く、目が奥で光り、眼光の鋭い両目が見えて来ます。

 綺麗に澄んだ目の場合も有ります。

 目から鼻にかけては、少し長く、先は見えにくい場合が多いです。

 Cの場面は直に消えて、Dの場面に移って行く場合が多いですが、Dの場面に移っても、まだ残って見えている時も有ります。

 Dは、Cの後で、中心の目が消えた後、中心が膨張する様な感じで膨らんで来ます。

 色は、赤色、黄色、緑色、紺色が混雑した様な感じで、色の境目も見えます。

 同時に、赤色、黄色、緑色、紺色が混ざった様な輪が、周囲から中心部に向かって、相当な速さで進んで行きます。

 輪が中心部に達すると、輪の中心部が薄い紺色と金色の光りになり、一点に吸い込まれて行きます。


 この繰り返しを続けます。

 Eは、Dの繰り返しを続けて行くと、周囲の色が濃い紺色になって行き、中心に向かって行く光も落ち着いた色になって行き、赤色の存在は有るのですが、紺色、薄い紺色、緑色、黄色(金色)の光の輪になり、中心部に向かって行きます。(吸い込まれていく)

 輪が中心部に達すると、光って消えて行きます。

 Fは、Eの場面を何分か続けて行くと、今までの輪がごつごつとして(表現が思いつきませんが、つるっとした、綺麗な輪ではありません)いたのが、紺色、青色を多く含む輪に変わり、すごい速さで中心に吸い込まれて行きます。

 中心に吸い込まれて消える瞬間、金色に光ります。

 
 ただこれだけです。

 この繰り返しを年中続けています。

 私は本当は、同じ事を繰り返し、繰り返し続ける事の出来るタイプではありません。

 精神統一をしていても、他の事を考えています。

 余り他の方に気が行くと、上記したものは知らない内に消えています。

 退屈な時、私は目の前に展開する、中心に向かって行く輪(玉)の色を変えています。

 殆んど希望の色になりますが、ショッキングピンクだけは無理です。不可能です。

 こんな事を思っているから、最初の段階で目を閉じると、赤い色が展開するのでしょう。

 尚、Cの段階で見えてくる目は、龍神です。

 そして、D、E、Fの段階で中心に向かって進んで行く輪の先は、以前に神龍様(龍神)から示された所です。

 神龍様からは、違う角度から見せて頂きましたが、まだ私の中で発表する結論には達していません。

 
 6月6日、追記。

 瞑想する環境、時間はまちまちで決まってはいません。

 部屋を暗くして、静かに精神統一をする環境は作りません。

 むしろ、太陽を直視して黙想する事も有ります。


 6月9日、又追記します。

 何回も言いますが、私は上記したこの様な現象には全く興味が有りません。

 しかし、ある方からの問い合わせで、抜けていた事が有りました。

 初期の段階で経験した事ですので、忘れてしまっていました。

 以前は、上記Aの後、Bに近い状態で、えたいの知れない沢山の顔が、次から次へと現れていました。

 確かに気持ちの良いものではありません。
 
 気持ちの良いものではありませんが、どうって事はありません。

 次から次へと浮かび上がって来ます。

 



 人の顔、目、鼻、口だけの顔、動物の顔、架空の動物の様な顔、いろいろ出て来ます。

 目を瞑ってしばらくすれば、この類のものは顔を出します。

 ヨガの瞑想でも然りですが、冷静な自分を何処かに置いておれば、何ら問題は有りません。

 この様なものの程度と、瞑想するものの程度が一致すれば、待ってましたとばかりに入って来ます。

 又この様なものは、目先の事を良く言い当て、金儲けに長け、事前に人を病気にさせて、後に自分の所に来させ、病気を治します。

 この様なものに入られた人間も勘違いをしてしまいます。

 巷には沢山います。

 Cの後は、赤、黄、紺の光りが出現し、進んで行きます。

 進んで行きますが、決まった方向は有りません。

 私の場合、殆んど左方向が多かったですが、行き着くところはまちまちです。

 ばらばらの方角です。




 その後Dに進みますが、真直ぐな光の進み方ではなく、ゆがみ、揺らぎを伴って、右回りに進んで行きます。



 
 その後、Eになり、Fに進んで行きます。

 ゆがみ、揺らぎで思い出しましたが、私は以前、私達が生活しているのと全く同じ世界に足を踏み入れた事があります。

 鮮やかな色の世界で、全てのものの角が鋭角ではなく、丸みをおび、全体が少しゆがんで揺らいでいました。

 この事を書いて行くと長くなるのと、只でも「分からん、変わった人」と思われていますので、書きません。

 この題名が「鎮魂(精神統一)について」となっていますが、「只目を瞑れば出てくるもの」と変えた方が良いかも知れません。

 又指摘を受け、忘れていた事を書き足して行くかも知れません。



            平成23年1月21日、追記。


 ふと気がついてみると、この頃目を瞑ると、直にこの様なものが展開します。

 雑念は以前に増して有るのですが、目を瞑る黒色の場面の中心付近に、ぼんやりと紺色が占める部分があります。      
                         @
                         
                 ↓





 この紺色の部分を注視すると、やがてその部分が、黄色(金色)、赤色、緑色、青色(明るい紺色)が混ざっているだろうと思われる色に変わって行きます。
               
                             A

                             

 
 
 上記した部分は、やがて一瞬の内に黄色(金色)、赤色、緑色、青色(明るい紺色)の部分に分かれ、真直ぐ一直線に、少し右回転をともないながら突き進んで行きます。

 
尚この時、中心部の色は青色(明るい紺色)です。

                         
B
                         

                 ↓




 上記した内容を、極端に表してみました(極端といえば極端ですが、殆んどこれに似たものです)

       



 
 右回転をともない、すごいスピードで一直線に突き進んで行きます。
                        
                         C
                    
                 ↓






 右回転をともないながら(決して一回転までしなく、四分の一回転位で)、一瞬の内にはるか彼方に突き進み、光って消えて行きます。

 消えた途端に、直にBの場面に戻り、C⇒Dと繰り返します。
 
 この繰り返しを続けます。

                            
D

                    

]


 勿論、他の事を考え出すと、この繰り返しの場面は消えてしまいます。

 この右回転を伴いながら進む光の到達点が何を意味するものなのかは、以前神龍様に見せてもらってはいるのですが、具体的には聞いていませんので、時機を見て正式な場を設けて聞いてみようと思っているのですが、何か恥ずかしくてそのままになっています。

 尚、以前、今回の@の段階の後で見えていた龍の目や顔は、殆んど見えなくなりました。見えても短時間で見えなくなってしまいます。





 

 

鳴釜神事の実際と考察
(語尾に追記(20011年1月)有り)
ひ・ふ
(*注 下記は2009年5月に登載しました。
そしてそれは、
その当時の私の程度という事になります)