厠(トイレ)、竈の撥遣について
 3年前に良縁成就の祈祷を行い、その後直に結婚をし、今は一児の母になった方から電話が有り、実家の両親が、昔使用していた竈と、汲み取り式のトイレを壊し、トイレは業者に頼んで埋めてしまったが、何か災いの様なものは起きないか、という電話が有りました。

 この家には井戸が有り、水神様が居ます。以前この家に伺ったとき、この土地の地神様を呼ぶと、巳神(余り綺麗な色ではありません)が姿を見せました。

 一体しか姿を見せませんので、井戸に向かい、水神様を呼ぶと、少し緑がかった、大きめの巳神が姿を見せます。

 そして、巳神と、緑がかった巳神が、一体になったり、又直に離れて、二体になります。

 夫婦です。緑がかった方が男で、余り綺麗な色ではない方が、女です。。

 先ず、此方の巳神に、トイレを何もしないで埋めてしまった事について、聞いて見ました。

 
 大きな口を開け、目を真っ赤にした巳神(女の方)が、口から何かを出しています。

 その下から、何かが、もや〜と上に上がっています。

 相当な迫力です。

 最後に此方を見た目が、真っ赤できつかったです。

 その事を伝えますと、実家のお母さんから電話が有り、今の時点で祓いの祈祷が可能なら、家に来て下さいという事でした。

 

 祈祷の当日、この家に着きますと、汲み取りトイレ、竈の有った棟は壊され、更地になっています。

 車のドアを開けた途端、何とも言えない匂いがします。妻も同じ匂いがしたそうですが、その時はお互い、黙っていました。

 相当な匂いです。内心、私はこの家の人は、何も匂わないのかと疑問に思いました。

 汲み取り式の匂いに似ていますが、もう少し内にこもった、気分の悪くなる匂いです。

 私は業者が、残っているものを何も取らないで、直接土を入れて、埋めてしまったものと思っていました。

 たまりかねた妻が、この家の人に、どの様な埋め方をされたのか、聞いています。

 この家の人は、業者は残っているものを汲み上げて、その後埋めた、と言われます。

 
 先ずこのトイレがあった場所に、塩5kg、酒一升、を撒きます。

 家の中からトイレの方に向かい、鳴釜の用意をします。

 この地の地神様を呼びます。

 女の方の巳神が姿を現します。

 先日とは全く違い、大人しいです。

 此方の巳神を呼びます。

 左上に姿を見せます。

 少し前から姿を見せる様になった、小さい神様も呼びます。

 今回、小さい巳神は、大きな巳神の背中より少し下位の位置に、乗っています。

 この家の巳神に、侘びを入れます。

 詫びを入れ、許してくれる様に頼みます。

 この段階で、この地の巳神は、無表情ですが、怒ってはいません。

 龍神祝詞を上げます。

 この家の御本尊、阿弥陀如来様にも、厠撥遣に際し、一切の魔障が無い旨を嘆願します。

 釜に火を入、湯が沸騰してきます。

 洗い米を入れると、大きな音で釜が鳴り出します。

 この地の巳神の色が、白く変わって行きます。

 相当長く、釜が鳴り続けました。

 この地の巳神の姿が見えなくなりました。



 竈は火を使う所です。火は神聖なものです。それを何の断りも無しに壊してしまっています。

 竈があった場所に、塩5kg、酒一升を撒きます。

 鳴釜の準備をします。

 中央に不動明王を念じます。

 不動明王の火炎が出ます。

 竈に対し、今までの感謝と、この度の事の、侘びを入れます。

 この家の御本尊、阿弥陀如来様にも、工事が恙無く進み、家門吉祥、所願成就の旨を頼みます。

 釜に火を入れます。

 湯が沸騰してきます。

 霊視している妻が、「不動明王の炎が、緑色の葉っぱを付けた枝になり、その葉っぱには、綺麗な水玉が乗っている」、と言います。

 湯が沸騰して、洗い米をいれます。

 不動明王の真言を唱えます。

 釜が大きな、強い音で鳴り出します。

 妻が、「青い葉っぱを付けた枝が、綺麗な青い炎になって、すーと上に上がり、消えてしまった」、と言います。

 

 


 書く順序が後になりましたが、先ず最初に、私はこの家の御先祖様に挨拶をし、御仏壇にお経を上げました。

 お経が終り仏壇を見ていますと、後ろからこの家の御主人が、最近病気が続くが、何か原因が有るのか、聞いて欲しいと言われるので、仏壇に向かい、私の中に入っている巳神に聞いてみました。

 、


 霊視している妻が、「椅子が出て来たよ、背もたれに模様がついてるよ」、「花が椅子の上に乗ってる、下にもある」、と言います。

 そうこうする内に、「白い小さな馬が出て来た」、と言います。

 そして、「白い馬が消えると、花も消えてしまった」、と言います。

 私の妻は霊視をしますが、全く意味が分かりません。

 その方が良いのです。自分の頭で考え出すと、少し問題も起きてきますので。

 何もかもが消えて無くなった後に、「私の目の前のローソクが、二本になって燃えている」、と言います。

 これは私が念を送り、直に元の一本にしました。

 意味の有る事ですが、今回の本題と違いますので、書きません。


 全ての祈祷が終り外に出てみますと、あれだけ匂っていたトイレの所が、全く何の匂いもしません。

 地面に鼻をつける位にしても、全く匂いません。

 この家の方は、最初から全く匂わなかった、と言われます。

 
 
 
鳴釜神事の実際と考察