巳神様との喧嘩の過程において、妻の末期の胆のう癌を瞬時に消滅させたその狙い
 この神様(私の中に入っている巳神様)とは、かねてより一回白黒をつけたいと思っていました。

 一回、やってこましたろ(やっつけてやろう)と思っていました。

 決してこの神様が憎いとか、信用出来ないというものではなく、この神様の考えを見定めたいと思っていました。

 長い間この神様と付き合ってきて、そんなものも解らないで一緒にこの領域を歩んでいたのかと言われると、何とも返事のしようもありません。

 書くのは初めてですが、この神様との縁が成立しお姿を見せた状態は、綺麗な水の中を、縦(瀧の中を立った状態)に泳ぐお姿でした。

 何年か経って、「どう呼んだら良いのですか」、と聞くと、「清流の巳神」、と呼んでくれと言われます。

 「そんな格好ええ(良い)名前、人に言えるかい、恥ずかしいわ」、と思いながら、今まで人には言った事がありませんでした。

 相談事においても、裏のある話、汚い場面がでると、極端に嫌います。

 裏のある人、私達を利用しようと思う人には、無関心を決めます。

 私達が人を見抜けず、情に流されて、同情から祈祷を引き受けようとする場合、拒否の態度を取ります。

 現実に私達が祈祷を引き受ける場合、当然金銭的なものが出て来ます。

 この金銭的なものの順序が、祈祷の話がまとまる前に私の頭の中に出ると、極端に嫌がります。

 場合によっては、私達が祈祷を行う事も嫌います。

 「そうやけど、地神さん、あんた綺麗な事ばかり言うけど、パーマの売り上げ、なんぼか分かっとんのか、あんたは小食で良いけど、人間はそんなわけにはいかんのやで。家のローンもある、店の家賃もある、人との付き合いもある、この前車を買い換えたけど、あの車、10年落ちの車やで、普通10年乗った車は廃車に出す車やで、ええ歳して、10年落ちの中古しか買えんのやで、分かっとるんか」。

 「この前、○○県からの祈祷の依頼、私達なら難なく出来る事やのに、全く無関心で、何も教えてくれんかったな」。

 「○○さんからの相談も、直に解決出来るし、○○さんも悪い人とは思えんのに、何で行くなと言うんや、助ける事が出来るのに、何で助けたらあかんのや」。

 「今から思ったら、私達が祈祷を始めた頃、あんたは何処にでも祈祷に行けと言ったな。九州が洪水で道路が遮断された状態でも、何故行かんのかと、私の体を痛めたな」。

 「人間には情というものがあるんや、あんた分かるか、確かに、その部分に関しては、あんたには他の神霊よりも暖かいものがあるのは良く分かる、優しい面もあるのも良く分かる、しかしその先のもう一つが無い」。

 「昔、○○での祈祷、祈祷自体は完璧で、成果も上がった、あんたはこの祈祷で、その世界では鼻が高いか知らんが、そのしわ寄せが妻の体に残ったままやないか、これを説明せい」。

 他にも沢山の質問やら、愚痴を並べている途中に、妻の体調が悪くなって来ました。

 祈祷で出かけたある地方での8日間の緊急入院。

 病名は慢性疼痛、肝性脳症。

 途端に巳神様のお姿が見えません。

 いくら呼んでも、巳神様と小さい巳神の姿が出て来ません。

 一応家に帰って来てから3日後に、何時も世話になっている病院に入院。

 病名は、慢性肝炎。

 この病院は、過去何回か入院していますので、妻の病気は良く分かってもらえます。

 妻は6年程前に、肝硬変と告げられていました。

 妻は目が落ち込み、痩せ細り、皮膚は黒く、目の黒め部分が白くなっていました。

 誰が見ても、尋常ではないのが分かります。

 妻は私に、「夜になると、丸く光る玉が飛びまわる」、と言います。

 妻の正念が出てしまったと観ます。

 検査の結果、病名は胆のう癌です。

 直に大きな病院に転送され、再度検査のやり直しです。

 医師の表情で、病の深さが分かります。

 巳神様と喧嘩をしている所ではありません。

 現実として、この先最悪の段取りを進めて行きました。

 次の病院の段取り、費用など。

 そして、お寺さん、葬儀の方法など。

 検査も後一つを残す段階になりました。

 医師が言います、「3日後、胃にカメラを入れ、胆のう、肝臓を調べます。これで全てが解るでしょう」、と言われます。

 私は巳神様に言いました。

 「こら蛇、お前、他人(ひと)の所の病気を治せても、家(うち)の病気は治せんのかい、お前、神さん面しとるけど、只の蛇やろ」、「お前、わし(私)があんたを殺した事をずっと怨んでるんやろ」、「お前、お前らの世界ではお前がどんな地位に居るのかは知らんが、大した事もないんやろ、わしら(私達)の前だけで偉そうにしてるんやろ」、「あんた間違ってるで、人を使うだけ使って、後は知らんふりかい、あんた、あんたの世界で落ちるとこまで落ちるで、あんたらの地獄に落ちるで」、「アホ、ボケ」。

 腹が立って来て、つい感情的になってしまいます。

 妻が病気になる前から、巳神様に伝える事は伝えていましたが、全く反応が有りませんでした。

 何を言っても反応が有りませんし、妻の病気の事も、巳神様に頼んで治してもらう気はさらさら有りませんでした。

 もう駄目かなと思った時、ふと思いつきました。

 小さい巳神の存在です。

 この神様は過去、何人もの癌を治しています。

 癌が無くならなくても、現状維持で普通の生活をしている人が沢山居られる事を経験しています。

 この小さい神さんに頼んでみようと思いました。

 「小さい神さん、あんた、お母さんが胆のう癌と肝硬変で入院しているのは知ってるな。今から病院に行って、お母さんの体の中に入って、胆のうの癌を口にくわえて外に引きずり出してくれへんか。肝臓にも悪い所があるから、それも口にくわえて外に出して、綺麗にしてくれへんか、頼むわ、今から行って」。

 これを最終検査が行われる日の朝まで3日間、続けて頼みました。

 勿論、「あんた、ジュースも欲しいと言ってたな、プリンもゼリーも欲しいと言ってたな、そやから買って来てあげたで、これを食べてから病院に行き」、とサービスも怠りませんでした。

 最終検査が終わったその日、仕事中に医師から電話が有り、「胆のうにも肝臓にも、何も無いんです、何も悪いものは無いんです」、と言われます。

 やりおったなー、と思いました。

 その後、肝生検(肝臓に針を刺して、組織を取り出し、検査します)をしますが、肝硬変ではない事も判明しました。

 直退院して欲しいと言われます。

 途端に巳神様のお姿が出て来ました。

 この神様は、妻の病気を通して、絶対的な力を見せしめ、絶対的な服従を私に再認識させたものと観ます。

 「つべこべ理屈や文句を言っても、何の意味も無い、言われた様に動け、それがお前のお役」、と認識させる為に、この様な事を起こしたのかも知れません。

 巳神様は以前と同じ様に、冷静にすました表情や態度で出て来ます。

 小さい巳神様も、以前と同じ様に、はしゃぎまわったりしています。

 妻が言います。

 「大きな病院に変わる前、急にこんなのが見えてたよ」、と言います。

 

 「白い半透明の透き通った寒天の様な上を私が歩いて行くと、其処だけが沈み込み、それを妻が後ろから見ているのか、付いて行っている様な場面が出て来た」、と言います。

 巳神様の、「あれこれ理屈を言っても、結局はこの道を行かなければならない」、というお知らせなのでしょう。

 それにしても、末期の胆のう癌が3日間で消えるとは・・・・・・?

 一箇所目の病院の理事長の納得できない顔、癌が消滅した二箇所目の医者の説明の仕様の無い顔・・・・・。

 当然両者とも、私達がこの領域に生きている事は知りませんし、仮に言っても、私達が馬鹿にされるだけです。

 この神さんは、相当な力が有るな、と再認識させられました。

 喧嘩しても負けるはずです。

 (透き通った寒天の様な上を私が歩いて行く⇒瀧を登って行っている⇒この領域を歩めと取ります))




鳴釜神事の実際と考察
清流の巳神
新 ひとりごと・たまに・ふたりごと・・7
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