マクロ経済スライドとは何か
〜しくみ、効果、見通し、問題点〜

マクロ経済スライドは国民年金、厚生年金の制度の中で決められている年金額を減額させる仕組みです。今まで、仕組みは決められていたものの実際には働いていませんでした。平成27年度に初めて発動されることになりそうです。今後の年金額に大きな影響を与え、年金制度を考えるうえで最も重要な点の一つと言っても過言ではありません。この仕組みの理解なしになされる年金についての議論は多くの場合見当外れになります。また、政府、厚労省はこのマクロ経済スライドの働きを強化する改正をもくろんでおり、そのことに対する意見をしっかり持つうえでも現制度の理解は必須です。
本稿では現在のマクロ経済スライドの仕組みを基本から解説し、政府が示している今後の見通しを紹介します。また、厚労省が何を問題とし、どう変えようとしているのかについて、意見を述べます。

  1. マクロ経済スライドとは何か
  2. 現在のマクロ経済スライドの仕組み
  3. マクロ経済スライドの根拠、開始と終了、給付額の下限
  4. 今後のマクロ経済スライドの進行の見込み
  5. 問題点は何で、どのような変更が画策されているのか
  6. どうすべきか〜私見
  7. 平成30年4月からの改正

補足1:その後の動き

補足2:マクロ経済スライドの仕組み改定

1.マクロ経済スライドとは何か

毎年の年金額は物価と賃金の動向により変動します。マクロ経済スライドとは、物価、賃金の変動以外に、公的年金の被保険者(すなわち現役で年金保険料を納める人)数の変動と平均寿命の増加に対応しても年金額を変動させる仕組みです。

少子高齢化が進んでいるのですから、「公的年金の被保険者数」は減り続けます。平均寿命も延びると仮定するのですから、マクロ経済スライドとは実効上、年金額を減らす仕組みです。これは常に働くわけではなく、年金の財政上必要と判断された期間(調整期間と言います)にだけ適用されます(国民年金法16条の2、厚生年金保険法34条)。現在は調整期間にあります。

平成16年度に年金制度が大きく改正されました。いわゆる100年安心年金です。この時に、年金額が減額され、また毎年の年金額がそれまでの物価スライドから改定率により改定されるように変更になり、同時に経過措置として物価スライド特例措置が始まります。この経過は、「年金2.5%減額法案について」に書きました。

マクロ経済スライドも平成16年改正で導入され調整期間は平成17年度から始まっています。しかし物価スライド特例が有効な平成26年度までは、改定率で計算した額(本来水準と言ったりします)が物価スライド特例で計算した額を下回る場合発動しない(平成16年附則第12条)ことになっており、今まで実際に発動されたことはありませんでした。物価スライド特例が廃止になる来年度平成27年度に初めて適用される見込みです。この結果平成27年度は本来水準で計算された年金額から、マクロ経済スライドの適用分だけ年金が減額されて支給されることになります。

厳密に言うと、厚生年金の場合、物価スライド特例下での調整率の発動要件はもう少し複雑で、平成26年度で本来水準の計算に一部調整率が使われました。このあたりは本筋に関係がありませんので説明は省きます。

2.現在のマクロ経済スライドの仕組み

毎年の年金額はどのように決まっているか

マクロ経済スライドが無い場合、毎年の年金額は次のように計算されます。(国民年金法27条、厚生年金保険法43条)

基礎年金(満額):780,900円×改定率
厚生年金(報酬比例分):平均の報酬額×加入月数×給付乗率

基礎年金の”満額”とは、40年間保険料を全額納めた場合、20歳から60歳まで40年間被用者年金(厚生年金等)に加入した場合などの額で、未納期間、免除期間、合算対象期間(カラ期間)があればそれに応じて減額となります。

報酬比例分の計算において、平均の報酬額とは、標準報酬月額や賞与を各年度ごとの価値の補正を行いながら合計し月平均をとったものです。この補正のための係数を再評価率と言います。再評価率は毎年度、基礎年金と同じ改定率で改定されます。

給付乗率は生年月日等により異なります。また正確には平成14年度までと、総報酬制が導入された平成15年度以降は違うので実際にはそれぞれ分けて計算して合計しなければなりません。

実際には両方とも次のようにみなせます。

報酬比例分については前年度まで働いていた等の場合差がでる可能性がありますが、おおよそはこのようになりますので、以降はこの式に従って説明していきます。また改定率の改定率については、本稿の内容には直接関係ないので説明しません。興味のある方は「インフレにより年金額はどうなるか」に少し書きましたのでそちらを参照ください。

マクロ経済スライドのしくみ

マクロ経済スライドが発動しているときは、次のようになります。

このように調整率がかかります。調整率は次で計算されます(国民年金法27条の4、27条の5、厚生年金保険法43条の4、43条の5)。

公的年金被保険者数変動率は4年前から2年前の3年間の変動率の相乗平均を使います。また0.997は平均寿命が年平均0.3%延びると仮定したものです。

物価や賃金が下がりその結果、年金が下がるときは調整率は1となります。デフレ下ではマクロ経済スライドは働かないのです。また年金が上がり調整率をかけて年金額を下げる場合も前年度の年金額以下には下がらないことになります。

原則の調整率がどのくらいの値になるかについては、平成26年度財政検証結果では、出生率が1.35以上の前提では−0.9%〜−1.9%と見積もっています。

3.マクロ経済スライドの根拠、開始と終了、給付額の下限

財政均衡期間

年金の財政は5年ごとに検証されそこからおおむね100年間の見通しをたて発表しなければなりません。この”以後おおむね100年の期間”を財政均衡期間と言います(国民年金法4条の3、厚生年金保険法2条の4)。直近の財政検証結果は平成26年6月27日に発表されています。

保険料水準固定方式

財政均衡期間においては収支は均衡しなければなりません。もし均衡が見込まれない場合、国庫負担(すなわち税金投入分)を増やすか、保険料を増やすか、年金給付を減らすかしなければなりません。少子高齢化が進む状況では、保険料に頼った場合、保険料が際限なく増えることになりかねません。平成16年改正では、国民年金の国庫負担分をそれまでの1/3から1/2まで増やすことと共に、保険料を平成29年度以降固定することを決めました(国民年金法87条、厚生年金保険法81条)。これを保険料水準固定方式と言います。

現在国民年金の保険料は毎年280円づつ上がっていますが平成29年度以降は16,900円で固定されます。厚生年金の保険料率は毎年0.354%づつ上がり、平成29年9月以降18.3%で固定されます。

国民年金の場合、このように決まる基本の保険料に、毎年の物価や賃金の変動で決まる保険料改定率をかけたものが実際の保険料の金額になります(国民年金法87条)。

マクロ経済スライドの考え方、調整期間の開始と終了

保険料は決められた額以上増やせないのですから、もし財政均衡期間に均衡が見込まれない場合は、年金の給付を減らす必要があります。その年金を減らすための仕組みがマクロ経済スライドです。もう少し丁寧に説明します。

5年ごとの財政検証時に、現在持っている積み立て金と保険料収入の見込み、年金給付額の見込み、と財政均衡期間終了時に持っていなければいけない積立金(給付額の一年分程度)、積立金の運用見込、国庫の負担分等が財政均衡期間に渡って収支均衡しないと判断されるとき、政府は調整期間の開始年度、すなわちマクロ経済スライドの開始を発動する年度を定めます。実際にマクロ経済スライドが発動され給付が減らされていき、これ以上減額の必要が無くなったと判断されたとき、政府は調整期間の終了年度を定めます(以上国民年金法16条の2、厚生年金保険法34条)。

財政の均衡、従って調整期間の開始と終了は国民年金と厚生年金はそれぞれ独立して判断されます。現状、国民年金、厚生年金共に、平成17年度より調整期間が始まっています。

所得代替率

ここで、以下の説明と議論で必要になる「所得代替率」について説明します。これは簡単に言ってしまうと現役世代の年収の平均に対する年金受給額の平均の比率ということになりますが、もっと正確な概念を理解しておいた方が良いです。

所得代替率に対応する定義は平成16年改正法附則第2条第1項にあります。現役世代の年収の平均としては、男子被保険者の平均的な標準報酬額(標準報酬月額と賞与の1/12の合計)からその額に対する税金と社会保険料等を差し引いた額を使います。また年金受給額の平均は、老齢基礎年金の満額の2倍に、前記の男子被保険者の平均的な標準報酬額が480か月(40年)続いた時の老齢厚生年金の額の合計となります。ややこしいですが、要点、注意点をまとめると次のようになります。

このようなモデル世帯についての結果ですから、単身世帯ではそのまま当てはまらない数値となります。共働き世帯の場合世帯賃金が同じであれば同じ年金額ですので、女子の賃金が計算対象に入れられていない統計的な不完全さを除けば、世帯単位で考えるとおおよそは当てはまると考えられます。単身世帯では基礎年金は一人分だけなので所得代替率は悪くなります。また国民年金の第一号被保険者の世帯については対象に入っていないので、たとえば国民年金の被保険者の世帯収入と基礎年金の比率等には全く関係ありません。

あくまでも一つの指標であると割り切ればこのような計算の仕方に目くじらを立てる必要はないとも思いますが、理解できないのは、賃金については公租公課を差し引いているのに、年金額についてはそうしていない点です。見かけ上の所得代替率を高く見せることになります。いろいろ仮定を置かないと年金の公租公課を計算できないのは分かりますが、それでも何らかのモデルをおいて計算すべきと思います。

平成26年度の所得代替率は財政検証結果によると62.7%だそうです。

具体的にどう計算されるか興味のある方は、平成26年度の財政検証結果のページから”財政検証詳細結果等”のzipファイルをダウンロードし解凍すると中にあります。

給付額の下限

財政均衡が達成されなければ、給付額はいつまでもどんどん下げられていくのでしょうか。非常に重要なことですが、給付水準については法律で下限が設けられています。上のように定義された所得代替率が50%を下回ることが見込まれる場合は、調整期間の終了等の措置をとることになっています(国民年金法平成16年附則2条2項)。すなわち所得代替率は50%を確保し、それが見込まれないときはマクロ経済スライドを中止し、均衡を達成するためには他の方法を講ずる(同条第3項)ことになっています。

なぜ非常に重要かというと平成26年の財政検証結果を伝える新聞やテレビのニュース番組において、資料に載っている数値のみを取り上げた所得代替率は30%台に低下するというセンセーショナルな伝え方が見受けられたからです。実際に起こることは、マクロ経済スライドが破綻し、政府は他の方法で財政均衡を達成しなければならなくなるということであり、所得代替率自体は50%が確保されます。このことをちゃんと理解しておかないと、いつのまにか本来持っていた権利がなし崩しに奪われることにもなりかねません。

4.今後のマクロ経済スライドの進行の見込み

平成27年度に実効的に開始されるマクロ経済スライドの結果、それはいつ終了し、その時の所得代替率は幾らになるのか。 これについては平成26年度財政検証では、経済前提、推計人口(出生率と平均寿命)等で幾つかのケースにわけそれぞれ見通しを示しています。詳細については「国民年金及び厚生年金に係る 財政の現況及び見通し ー 平成26年財政検証結果 ー」を見てください。

経済前提については実質経済成長率が1.4%の高成長ケースからマイナス0.4%の低成長ケースまでをケースA〜ケースHの8段階に分けて示しています。高成長ケースAでは次のように仮定されています。

労働力率若者・女性・高齢者等の労働市場への参加が進む
生産性(TFP)1.8%向上
物価上昇率2.0%
実質賃金上昇率2.3%
実質運用利回り3.4%

低成長ケースHでは次の通りです。

労働力率若者・女性・高齢者等の労働市場への参加が進まない
生産性(TFP)0.5%向上
物価上昇率0.6%
実質賃金上昇率0.7%
実質運用利回り1.7%

出生率については中位を1.35とし高位1.60、低位1.12の3通りを示しています。2010年実績は1.39です。

高成長ケースA、出生率中位では平成56年(2044年度)に調整が終了しその時の所得代替率は50.9%です。

低成長ケースHを見てみます。これでも0.6%の物価上昇とそれを0.7%上回る賃金上昇等が仮定されていて十分悲観的なのかどうか心配になりますが、これしかデータがないのでしょうがありません。出生率については中位をとります。

このケースでは、財政均衡が達成されないまま、平成48年(2036年)度には所得代替率が50%に達してしまい。マクロ経済スライドは停止されます。

もし50%下限を無視して続けると2055年には国民年金の積立金が無くなりその後は所得代替率は35%〜37%となるというデータも載せられています。一部マスコミはこのようなデータに飛びついたわけです。

なお50%到達時点で、年金額は現在と比べてどのようになるのか資料から計算できます。所得代替率ベースすなわち実質価値で、基礎年金、報酬比例分共に現在の8割程度となります。

5.問題点は何で、どのような変更が画策されているのか

10月15日の社会保障審議会年金部会で厚労省より新しい年金額改定のルールが提案されました。この日の会議について毎日新聞は10月16日に「年金:減額、前倒しへ マクロ経済スライド強化、社保審が了承」(読むにはユーザー登録が必要)という記事で伝えました。厚労省の主張は会議の資料「年金額の改定(スライド)の在り方」にあります。議事の様子は議事録を見れば分かります。以下では厚労省の言い分を検討したいと思います。なお、この資料ではもう一つ改定率の改定方法の変更というやはり重要な議論があるのですが、本稿ではマクロ経済スライドについてのみ検討します。

調整期間は短いほど所得代替率は高くなる。しかし・・・

途中で所得代替率が50%に達して破綻しない限り、調整期間は収支均衡が見込まれるまで続きます。調整期間の長短について考えてみます。調整期間が長引くほど年金給付額は均衡状態より多い額が長い期間支払われることになります。従って均衡した時の所得代替率はより低くなるでしょう。反対に早い期間で均衡すれば高めの所得代替率で均衡することになります。原理的には調整期間は短い方が良いのは真実です。

第2節の「マクロ経済スライドのしくみ」で説明しました通り、現在の仕組みでは賃金、物価が下がるデフレ下では働きません。また働く場合も前年の年金は下回らないように制限がかかります(名目下限と言っています。名前の由来は分かりません。)。厚労省は、経済が単調に成長するのではなく、経済変動がある場合、この現在の仕組みのため、マクロ経済スライドが効かない期間、あるいは効きが悪い期間が発生し、そのため調整期間が長くなる。その結果所得代替率が下がると説明します。原理的にはその通りというのは分かります。従って、現在のしくみをやめ、デフレ下での停止と名目下限を廃止し、デフレ化でもマクロ経済スライドがフルに働くようにしようというのが厚労省の提案です。

しかし、フルに効くようにすることで、どの程度調整期間の短縮と所得代替率の増加に効果があるのでしょうか。厚労省は財政検証で検証された8つの経済前提ケースのうち4つについて試算を示しています。経済変動があるとした場合、現在のしくみとフルで効くように変更したときとで、調整期間と調整期間終了時の所得代替率がどのように変わるかは次の通りです。
まず比較的経済成長率が良い2つのケースです。

現在のルール→変更後
ケースC:2043年(50.8%)→2043年(51.2%)
ケースE:2044年(50.2%)→2042年(51.0%)

効果はずいぶん小さいと思ってしまいます。
次に比較的低成長のケースです。

現在のルール→変更後
ケースG:2072年(39.5%)→2050年(44.5%)
ケースH:均衡せず(35〜37%)→2054年(41.9%)

これは一見ずいぶん効果が大きいように見えますが、そうでしょうか。第2節に説明したように給付水準には50%の下限がありますから、現在のルールにおいても変更後においても、所得代替率50%に達した年度で打ち切られてしまいます。これは実際には起こりえない、意味のないデータです。

試算では変更に効果があるとは思えない結果になっています。それなのに変更を主張する厚労省の態度は理解できません。また議事録を読むと、毎日新聞が伝えている通り、委員はおおむねこの変更に賛成のようです。これも理解できません。

どのように考えるべきか

平成26年の財政検証結果を見ると、8つの経済前提のうちでもっとも所得代替率が高くなるケースCにおいても調整期間終了時において51%です。給付下限の50%とたいした変わりません。ということは将来受給者となる現役も含めた年金受給者、すなわち国民の立場から言うと、できるだけ調整期間が長い方がありがたいことになります。調整期間が短いということは急激に年金額が減らされることであり痛みも大きいです。

制度の変更に当たっては、それに伴う痛みの大きさと、将来への効果を天秤にかけて判断すべきでしょう。マクロ経済スライドの現在の仕組みでは、本来年金が2%あがるところが1%しか上がらない、0.5%あがるべきところが据え置きになるというようになります。年金が上がらないとき、下がるときは働きません。ところが厚労省の提案通り変更された場合、経済状態が変わらず物価、賃金が維持されている状態でも年金だけは50%に達するまで毎年1%〜2%引き下げられていくことになります。これに受給者が耐えられるでしょうか。現実的な政策として実行できるかさえも怪しいものだと思います。

一方効果がどのくらいあるかというと、所得代替率で最大のケースでも0.8%の改善にしかすぎません。金額価値でみてみると、現在の厚生年金モデル世帯の年金月額21.8万円(所得代替率62.7%)が、現在価値換算で17.5万円になるところが17.7万円になるというだけです。痛みに比べてあまりに小さくありませんか。このような変更はすべきではないと思います。

また、マクロ経済スライドは言うまでもなく現在の年金受給者にも等しく襲い掛かります。年金が幾らに減らされるかを示されれば貯蓄や個人年金加入等の対策が取りえる現役世代に対し、すでにリタイアしている年金受給世代は何の対策もできない人が多いでしょう。そのことからも年金減額は長期にわたりゆっくり行われることが望ましいと言えます。

真の問題はマクロ経済スライドの破綻

財政均衡が達成されても50%近くになってしまうのですから、マクロ経済スライドが直面している真の問題は、長引くと所得代替率が低くなり将来世代がもらう年金が低くなるということではありません。

では何かというと平成26年財政検証で示された8つの経済前提のうち低成長の3つのケース(出生率中位)において、財政の均衡が達成できず給付下限の50%でうち切られるているということでしょう。つまりある程度高成長が維持されない限り、マクロ経済スライドは破綻するということです。この結果政府は年金財政の均衡を維持するために他の方法を考えなければならなくなります。

厚労省の提案意図も、表向きの所得代替率を改善するという理由ではなく、実はマクロ経済スライドの破たんの可能性を少しでも小さくし、制度を導入したメンツをできるだけ保ちたいというところにあるのかも分かりません。

マクロ経済スライドのもう一つの問題〜基礎年金が下がりすぎる

資料「年金額の改定(スライド)の在り方」には厚生年金と国民年金に分けた見通しも出ています。財政均衡が達成されるケースEでみると、厚生年金の調整期間は2020年に終わるのに対し、基礎年金は2044年です。この結果所得代替率は、厚生年金報酬比例分が現在の25.9%から24.5%になるだけなのに対し、基礎年金は現在の36.8%から25.7%になります。基礎年金の実質価値は3割下落するということです。厚生年金の受給世帯では年金の実質価値は62.7%→50.5%で8割となるのに対し、基礎年金のみの世帯では7割になるということです。基礎年金だけの世帯はもともと年金が低いのにこれはとんでもないことに思えます。

年金部会でも議事録にある通り、仕組みの変更にはおおむね賛成していても、基礎年金に対する配慮の必要を指摘している委員も多いです。

6.どうすべきか〜私見

マクロ経済スライドに頼るのはやめて、さっさと他の方策をさぐれ

かりに厚労省の提案通り制度が改善されたとしても、マクロ経済スライドの破たんの可能性は微減するだけでしょう。破綻せず続いたとしても将来の所得代替率は50%そこそこです。基礎年金だけの世帯を先頭に受給者の悲鳴は大変なものになるかも分かりません。

平成26年度財政再検証では、いろいろな仮定をおいて試算したオプション試算も公表されています。これと財政検証の本論を見ると以下が年金財政に大きな効果があるようです。

すでにあるデータだけでもこれだけの可能性が見られます。マクロ経済スライドの小手先の変更で受給者の苦痛を増やすのではなく、メンツを捨て根本対策にさっさと取り掛かるべきです。 

 

7.平成30年4月からの改正

補足2に書きました通り、平成28年12月に成立した法律の改正により、以下のように制度変更が行われました。平成30年4月から施行されています。第5節で説明した厚労省の目論みはそのまま通らず、”デフレ下での停止と名目下限”は辛うじて守られましたが、強化はされました。第6節で述べた受給者を苦しめて、マクロ経済スライド破綻の危険をほんのわずかだけ軽減する小手先改革です。


調整率にさらに特別調整率(既裁定者については基準年度以後特別調整率)を掛けたもので改定する。すなわち、


 改定率の改定率=本来の改定率の改定率×調整率×特別調整率


この値が1を下回るときは1とする。また本来の改定率の改定率が1を下回るときは調整率、特別調整率は適用しない。という特例は今までどおりです。一方特別調整率は特例なしに適用された場合と特例により実際に適用された値の比(あるいは差)で毎年改定されていきます。

これはどういうことかというと、例えば本来の改定率の改定率が−2%、調整率が−1%の場合その年度については調整率、特別調整率が適用されない。しかし適用されなかった−1%が特別調整率に加わる。そして次の年、本来の改定率の改定率が2%、調整率が−1%の場合、2%に調整率−1%と特別調整率から−1%が適用され改定率の改定率は0%つまり据え置きになるということです。つまりデフレが続いて何年か調整率が適用されなかった状態が続き、その後、物価、賃金上昇に経済が転じても負の遺産が解消されるまでしばらくは年金給付額が上がらないということです。

補足:その後の動き

平成27年1月21日、22日の一部マスコミ(朝日朝刊、NHK等)が21日の年金部会で報告書をまとめ、その報告書の中ではマクロ経済スライドをデフレ経済の下でも実施できるようにすべきだとしていること、厚労省は26日から始まる通常国会に法律の改正案を提出予定であることを伝えています。しかしながら、1月21日の年金部会の資料をみても報告書なるものはなく、それらしいものとしては「社会保障審議会年金部会における議論の整理(案)」があるのみであり、マクロ経済スライドについても上記のように断定して結論を出しているわけではありません。議事録の公開がまだなので事情は分かりませんが、なぜこのようなマスコミ報道になっているのか不思議です。最悪の状況として考えられるのは、厚労省が年金部会の議論の結果を都合の良いように選択加工してマスコミに流し、一部マスコミが実際に年金部会の議論を確認せずにそのまま流しているということです。マスコミの中では、年金について見識があると私が思っている毎日新聞では「年金制度改革の論点整理案を社会保障審議会年金部会(厚労相の諮問機関)に示し、一部の反対を除いて大筋了承された。」となっていて、年金部会の状況をそのまま伝えています。"社会保障審議会が議論の結果そのように報告書を出した"と"論点整理案を厚労省が提案して大筋了承された"というのとでは、読者、視聴者に与える印象が随分が違います。朝日新聞はまだ反省していないのでしょうか。この件分かり次第報告します。

なお、上記の厚労省(事務局)がまとめたと思われる議論の整理(案)ですが、非常に気になるのは所得代替率50%の下限が無いかのような書き方になっていることです。最初は”50%下限が無いとした場合”として示し、いつの間にか無いように扱い、いつのまにか廃止するという策略を行いつつあるのではないかということです。通常国会に出す改正案に、こっそり「国民年金法等の一部を改正する法律(平成16年法律第104号)」附則2条の変更がまぎれこまないか注視していく必要があります。

補足2:マクロ経済スライドの仕組み改定

平成28年12月24日に成立した「公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律」によりマクロ経済スライドの仕組みが改定されることになりました。詳しくは第7節を参照ください。

初稿2014/12/13
訂正2014/12/19
●@所得代替率の定義 老齢基礎年金の平均額→満額
注追加2014/12/27
●物価スライド特例下の厚生年金について
補足追加2015/1/22
記述追加2015/4/1
●所得代替率について(68歳を上回るとき)
補足2追加2017/3/14
第7節追加2018/10/20