別稿「規制改革会議と労働者の保護規定」で規制改革会議との関係で、労働者の権利について説明しました。本稿ではニュースで見る限り後を絶たない、ブラック企業に代表される、企業による違法な労働者の酷使をターゲットにして、関係する労働基準法上の規定について説明したいと思います。まず自分の権利を良く理解し、会社の行いの何が間違っているかを知り、次の行動につなげて頂きたいと思うものです。
本稿では労働基準法を説明します。労働基準法は刑法の性格を持ちますから、違反があれば即取り締まりの対象となり、場合により罰則が科せられます。
私も現役時代は勤め人でしたので、上司に面と向かって「それは労働基準法違反だ」とはなかなか主張できないのは分かります。ですから自分の会社が労働基準法に違反していると思われる場合は労働基準監督署に訴え出ましょう。出向いて相談するのがためらわれる場合は、匿名の電子メールによる情報提供窓口もあります。また匿名のFAXや電話等も受け付けてはくれるはずです。匿名の場合、対応してくれるかどうかは不確実で、また対応できない場合の理由は分からないことになります。しかし何もしないよりはるかにましです。自分のできる方法で戦いましょう。
一方、労働基準監督署で対応してくれるのは労働基準法違反だけです。不当解雇のような労働契約法関係、単に労働条件について会社が入社時の約束を守ってくれない、上司に嫌がらせをされたというような内容では一般的には対応してもらえません(警察の民事不介入の原則と同じです)。このような場合は別な手段(都道府県労働局の総合労働相談コーナー等)をとる必要があります。
労働基準監督署に申し出るにあたっては、労働基準法で何が決められているかを知り、どのような点で労働基準法に違反しているのかを理解して、できる限り証拠となる資料と共に訴えることが重要です。
なお労働基準法は強行法規です。当事者同士の合意があっったとしても反することは許されません。「入社のときに残業代は払わないという契約だったので払わない」というのは成り立ちません。
以下特に私が特に問題となりやすいと考える内容について説明しますが、それ以外の問題もあると思いますので労働基準法の関係部分に目を通すことをお勧めします。堅苦しい文体ですが決して難解ではありません。
不当な理由で解雇されたというのは一般的には労働基準法上の問題ではありません。労働基準法上、解雇に関する主要な規定は解雇制限(19条)と解雇予告(20条)です。解雇制限は業務上疾病による休業期間と産休の期間およびその後30日は解雇できないというものです。ここでは解雇予告について説明します。
この表現は、厳密にはある理由で正しくありませんが、細かな点の正確さより、要点を明確にする意味で用いています。本稿では全てそのようにします。
いきなり当日付けで解雇するということは原則できません。解雇の30日前には予告が必要です。予告期間が足りない場合その分の賃金を払う必要があります。もし突然「明日から来なくて良い」という場合は、30日分以上の平均賃金(過去3ヶ月分の月給の平均)を支払わなければならないのです。
これには例外があります。ひとつは天災等のやむを得ない理由で事業継続が不可能な場合、もう一つは労働者の側に理由がある場合です。どちらも会社が労基署に申請し認定を受ける必要があります。労働者の側に理由がある場合というのには、たとえば仕事に失敗して会社に損失を与えたというようなケースや、仕事が遅い等の本人の能力の問題は相当しません。認められるのは刑法犯、賭博等の重大な職場規律のかく乱、重大な経歴詐称、2週間以上無断欠勤し出勤の催促にも応じない等重大かつ悪質な場合に限られます(通達:昭和31年基発111号)。
労働時間の上限は原則一日8時間、週40時間であること、また週に一回以上休日を与えなければいけないことは良く知られていると思います。ところがこれには例外が多く、実際には例外で運用されている場合が多いため、果たして労基法に違反しているのかどうかが非常に分かりにくくなっていると思われます。
なお、使用する労働者が10人未満である以下の業種は週40時間ではなく週44時間が上限となります
●商業、●映画・演劇業、●保健衛生業、●接客娯楽業
また、18歳未満の年少者については労働時間も一般より厳しく制限されます。本稿の内容は全て18歳以上の労働者についてです。
一日8時間、週40時間(法定労働時間と言います)を超えて何故残業(時間外労働)ができるのでしょうか。これは第36条により使用者が労働組合(無い場合は労働者の過半数を代表する者)と書面により協定を結び、労基署に届ければ法定時間外の労働や休日労働ができることになっているからです。この協定はサブロク協定と呼ばれます。逆に言うとサブロク協定を結んで労基署に届けていなければ、法定時間外労働はできません。
この労使協定には、時間外・休日労働をさせる事由、またその事由毎の対象業務、対象労働者数、残業できる時間を決めなければなりません。また法定時間を越えて残業できる時間には一応限度が設けられています。週15時間、月45時間、年360時間等です。ところが特別条項つき協定というのを結べば、この限度を超えて労働することも可能になっていて複雑です。
労使協定を結んで法定時間外労働ができる場合でも、時間外、休日の労働に対しては割増賃金を支払わなければなりません(37条)。時間外は2割5分以上、深夜労働(22時から朝5時まで)は2割5分以上(従って深夜残業は5割以上)、休日労働は3割5分以上、休日の深夜は6割以上です。また月60時間を越える部分に関しては5割以上(深夜残業は7割5分以上)となります。60時間超の場合の規定に関しては中小企業は当分の間適用猶予です。
シフト勤務のように深夜に日付をまたいで継続して作業するときは、一回の勤務として取り扱いますので8時間を超えると法定時間外となり、また22時から翌日朝5時の時間帯にかかる部分については深夜手当がつきます。
サブロク協定が無いのに時間外勤務をさせた。時間外勤務に規定以上の割増賃金を払わなかった。時間外に勤務したのに記録させなかった、あるいは実際より少ない時間を記録させた。これらの場合はすべて違法です。
労働時間、および割増賃金の規定に違反した場合は6箇月以下の懲役、または30万円以下の罰金が課せられます。 労働基準法の罰則は社長や担当役員に限らず、直接指示した上司も対象にします。
労働時間についての原則を説明しました。次に例外について説明します。労働基準法上例外となるのは次のとおりです。
(1)について。労働時間、休憩、休日に対する規定は、次の労働者については適用されません。
”機密の事務を取り扱う者”とは経営者の秘書等をイメージしていただければよろしいです。"監視または断続的労働"とは監視の業務で身体の疲労や精神的緊張が少ない、断続的で手待ち時間が多い等の場合であり、適用除外とするためには労基署の許可が必要です。
なおこれら適用除外に相当する場合も、深夜手当及び年次有給休暇の規定は適用されます。
(2)について。業務により原則の労働時間の制限がなじまない場合、一定期間を平均して法定時間内であれば良いとされています。一定期間とは一か月以内、一年以内及び一週間が認められています。フレックスタイム制も含まれます。デパート等季節により繁閑の差がある場合、小売業等で曜日により繁閑の差がある場合等に利用されます。タクシー等の隔日勤務等もこれに相当します。細かなルールがいろいろありますが、この制度が悪用されたという話はあまり聞かないので詳しい説明は省きます。いずれも就業規則や労使協定が必要で、労使協定に関してはフレックスタイム制以外は労基署に届け出が必要です。
(3)は災害等でやむを得ない必要がある場合は労基署の許可を得て労働時間の延長や休日労働を行うことができる、また公務員について公務のため臨時の必要がある場合は労働時間の延長、休日労働を行うことができるというものです。
(4)は業務の性質上、労働時間の算定が困難である、あるいは業務の遂行方法を労働者の裁量にゆだねる必要がある場合に適用されるものです。実際の労働時間にかかわらず、一定の労働時間労働したとみなす制度です。
営業職等事業場外での業務が多く時間算定が困難な場合に適用される「事業場外労働」、研究開発業務等厚生労働省令で定められた一定の業務に適用される「専門業務型裁量労働」、事業の運営に対する企画、立案、調査、分析の業務に対し適用される「企画業務型裁量労働」の3種類があります。
「専門業務型裁量労働」は労使協定を結び労基署に届けが必要です。「企画業務型裁量労働」はさらに厳しく労使委員会で5分の4以上で決議し、労基署に届けが必要で、さらに半年ごとに一回労基署に状況を報告しなければなりません。なおこの「企画業務型裁量労働」について規制改革会議が対象業務の拡大、手続きの簡単化を打ち出していることは「規制改革会議と労働者の保護規定」、「雇用の規制改革は結局どうなるのか〜日本衰退への道、規制改革会議の答申」で説明しました。
以下、制度の悪用が多い管理監督者の適用除外、及び事業場外労働について説明します。
労働基準法では労働時間等の規定の適用除外になる管理監督者については定義していません。しかしながら、多くの判例が積み重ねられており、通達もいろいろ出されていて、管理監督者と認められる場合、認められない場合についてある程度明確になっています。
原則は、"労務管理について経営者と一体的な立場にある者”であり、「課長」「店長」との名称は関係なく、職務内容、責任と権限、勤務態様の実態、地位にふさわしい優遇措置などを総合判断して決めるものとされています(通達:昭和63基発150号)。
具体的には次のどれかに当てはまるような場合は管理監督者と言えない可能性が高いと言えます。
遅刻や早退で給料が減額されたり、人事考課に反映されたりする場合は勿論です。
社会問題になった飲食チェーン店の店長や都市銀行の職員については、通達でかなり具体的に判断基準が決められています。厚労省のパンフレット 「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」等に概要が掲載されています。
自分は管理職として残業手当を支払われていないが、管理監督者とはとても思えないという場合は労基署に相談してみてはいかがかと思います。
いくら残業しても”「みなし労働時間制」をとっているから”と言われて一定の残業代しか払ってくれないという昨今問題になっているのが「事業場外労働におけるみなし労働時間制」です。法38条の2に定められていて、労働組合あるいは労働者の過半数代表者と労使協定を結ぶ場合と結ばない場合があります。結ぶ場合は労基署へ届けることが必要です。
労使協定を結んでいない場合、法38条の2によるとこの制度を適用とするためには次の条件が必要です。
一旦会社に出てから事業場外で業務を行いまた会社に戻るという場合、あるいは事業場外で業務はするが携帯等で随時指示を受けているという場合、グループで外出しその中に時間を管理する者がいる場合等は「労働時間を算定し難い」とは言えないので適用できません(通達:昭和63年基発1号)。また労働時間については”通常の状態で業務を遂行するために客観的に必要とされる時間”(同通達)とされていて、実際の仕事に明らかに12時間必要なのに10時間として計算するようなことは認められません。労働時間の実態とみなし時間が乖離している場合は、修正されなければなりません。修正しない場合は違法です。
労使協定を結ぶ場合は、「労働時間を算定し難い」場合に適用される点については同じですが、労働時間については「協定で定める時間」となります。この場合は労使間で決めるのだから妥当な時間になるはずという考え方が前提となっているので、実態と乖離したみなし時間を設定することはやはり認められないと思われます。また、"通常必要とされる時間は、一般的に、時とともに変化する"ので、一定の期間ごとに協定内容を見直すのが適当でそのために労使協定には有効期間を定めることとされています(同通達)。
最低賃金の制度を定めるのは最低賃金法(以降最賃法)で、労働基準法ではありませんが、これも労基署が取り扱うことになっています(最賃法31条〜34条)。
最低賃金は地域別に決定されていて、厚労省のホームページで見ることができます。たとえば東京都は平成25年10月19日以降869円です。
時給について最低賃金との比較はすぐ分かるのですが、注意しなければいけないのは月給の場合でしょう。月給の場合も勿論対象になります。時間当たりの給料を計算して比較すればよいのです。この場合残業代や通勤手当を除いた額を所定労働時間で割ります。詳細な計算方法が厚生労働省のページの"最低賃金額以上かどうかを確認する方法"にあります。たとえば一日の所定労働時間が8時間、月平均所定労働日数が20日という場合は東京では残業手当、通勤手当を除いた月給が13万9千円以下は最賃法違反となります。
労基法24条で、賃金は”通貨で”、”直接労働者に”、”全額”を”毎月一回以上”、”一定の期日を定めて”支払わなければならないとされています。賃金支払いの5原則と言います。
全額支払いには例外があり、法令に定めがある場合は控除して支払って良いことになっています。具体的には所得税や住民税、社会保険料です。その他を控除するためには労使協定で定めることが必要です。この場合も労使協定で決めればなんでも可能というわけではなく、”購買代金、社宅、寮その他の福利厚生施設の費用、労務用物資の代金、組合費等、事理明白なものについてのみ”とされています(昭27基発675号)。すなわち会社に損害を与えたのでその分給料から引くというようなことは法律違反となります。現実にものを壊すなどの損害を与えて賠償すべき場合でも、給料については全額払うことが必要です。
良くテレビドラマで、「給料から引いておく」というようなセリフがありますが、これは法令上許されないのです。
賃金のことではありませんが前項とも関連するのでここで書いておきます。法16条で、あらかじめ違約金や損害賠償額を定めてはならないとされています。これは例えばノルマを達成しなかった月は5万円を支払う等の契約は無効であるということです。実際に労働者の責任で損害が生じた場合は、別途現実に生じた損害額に基づいて賠償を請求することが必要です。
採用時に支度金を支払って一年以内に退職する場合は返還するというような契約も16条違反で無効になる可能性が高いです。
労働基準法では制裁(懲戒)を定める場合は就業規則に種類や程度を記述し周知させなければならないこと(89条)と、制裁として減給を行う場合の制限(91条)が定められています。
制限は次のようになっています。一回の額が平均賃金1日分の半額を超え、総額が一賃金支払い時期における賃金総額の10分の一を超えてはならない。ここで「平均賃金」とは過去3か月の給与の平均日額です。一回の懲戒事由に該当した場合の減給額は平均賃金の半日分以下で、また一月に複数回懲戒事由に該当する場合も減給額の合計額が月給の10%を超えてはならないということです。これはボーナスにも適用されます。
労働基準法をお読みになった方は幾つか疑問をお持ちになったのではないでしょうか。ひとつは、特に懲戒のルールを定めずケースバイケースで懲戒を行うような場合は法律で制限されないのではないか。この点は判例により、懲戒を課すときは予め就業規則に種別、事由等を定めておかなければならないということが確定されています(「フジ興産事件、最高裁2003年10月10日」、その他)。次に就業規則の作成義務が無い10人未満の職場はどうなるのか。この場合も、就業規則に相当する予め定めた規則の周知が必要と考えるのが一般的になっています。
なお、労働契約法には、第15条に、懲戒の内容が、労働者の行ったことに照らして、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない場合は、懲戒は無効。という規定があります。
実際に労働基準法違反が適用されるかは条件により異なる場合があります。本稿ではそのような留意事項に係る注意や例を省き、できるだけ簡単に書きました。また厳密な用語の使用にもこだわっていません。本稿の内容をきっかけに自分の労働条件は違法の疑いがあると気づいて頂いて、労働基準監督署に相談する等次のアクションにつなげて頂ければ良いと考えています。
また、労基法違反との疑いを持った場合は、普段から、会社からの指示の文書やメール、自分の勤務実態や給与の実態を示す資料等の関係する資料を保存しておくことが重要です。
初稿 | 2013/9/28 |