雇用の規制改革は結局どうなるのか
〜日本衰退への道、規制改革会議の答申〜

別稿「規制改革会議と労働者の保護規定」において、規制改革会議における雇用に関する議論の紹介と問題点の指摘を行いました。平成25年1月から6月までの第一期規制改革会議は6月5日に答申を出し、現在平成25年7月1日から一年間の第2期が始まっています。本稿ではその答申やその後出された政府の「規制改革実施計画」における雇用改革の部分について検討したいと思います。

  1. そもそものシステムに対する不安
  2. 答申と実施計画の内容
  3. 今後について
  4. 所感〜衰退に向かう日本

補足:ユニクロがパート、アルバイトを正社員化

1.そもそものシステムに対する不安

最初にそもそものこの規制改革会議及びその答申による今後の改革の進め方のシステム上の不安について述べておきたいと思います。

会議のメンバー15人のうち8人が企業または企業系シンクタンクの役員、5人が大学教授、あとは弁護士、新聞社1名づつという構成です。大学教授のそれぞれについて傾向は調べていませんが、うち大田弘子、鶴光太郎の二人はそれぞれかつての経済財政担当大臣、経済産業省官僚です。企業経営者側、経済成長優先側に大きくバイアスのかかった議論、答申になるのは明らかです。

経済発展を目的に規制改革を目指すのだから当然と見えるかも分かりません。しかしながら規制には規制をしている理由がある分けであり、その理由は何であり、それを変えて大丈夫なのかということについて公正な立場で議論されるべきです。規制を必要とする側、規制を撤廃したい側が両方とも企業側その他圧力団体であればそれなりの配慮がはたらく可能性があります。問題は国民一人一人を守っている規制、労働者を守っている規制です。これらについては企業側の一方的要求が結論となってしまいかねません。雇用規制改革の議論については企業側と同じくらいのパワーの労働者側委員が必要だったはずです。答申は国民やマスコミの目を意識して、”労使双方に益がある”とかもっともらしい表現をとっているかも分かりません。しかし、その背後にある本音を見抜く必要があります。

企業側の要求という形でなく答申である以上それなりの重みがあり、政府は実現を目指すでしょう。一応そのまま実現できないような関門はあります。労働政策審議会や法改正時の国会審議です。逆に言えばそれだけです。労働政策審議会については審議を予定されていない項目もあり、また「年金2.5%減額法案」で見た通りそもそも審議会というものへの不安があります。衆議院で与党が圧倒的多数を占めている国会には期待できそうもありません。つまり企業側の一方的要求で労働者保護規制が撤廃されかねないというわが国にとって非常に危ない状況にあるといえます。

2.答申と実施計画の内容

以下、答申「規制改革に関する答申〜経済再生への突破口〜」及び政府の「規制改革 実施計画」について検討します

雇用分野について次の4つが答申されました。

マスコミを騒がせた不当解雇の金銭解決制度については、”諸外国の制度状況、関係各層の意見など様々 な視点を踏まえながら、丁寧に検討を行っていく必要がある。”と書くに留まり、提案としては見送られたようです。
一点一点見ていくことにします。

ジョブ型正社員の雇用ルールの整備

ジョブ型正社員とは職務、勤務地、労働時間が限定されている社員です。一般正社員と非正規社員の間に位置すると考えて良いと思います。これは実態上現在でも同様な社員が居ると思われます。例えば本社採用ではなく現地で採用する正社員。技能職等で同じ職務をもっぱら行う人。等です。実態上あるものを何故わざわざ取り上げるのでしょうか。

これらの人は現在ではあくまで正社員ですから、解雇に当たっては正社員として規制がかかります。このため現地で採用したが支店や工場が閉鎖することになった場合、あるいは業態の変化でその職務が不要になった場合等は、他の任地への異動や他の職務への転換を計らなければなりません。実際には希望退職として付加的な手当を払って退職する選択肢を設けて本人に選ばせる場合が多いのではないでしょうか。

提案では「雇用ルールの整備」などとなっていますが、要は労働基準法の中で位置づけて活用を図ろうということでしょう。ジョブ型正社員という一般正社員より解雇が容易な枠組みを作ろうということだと思われます。ジョブ型正社員の雇用ルールが整備された場合それは明らかに無限定正社員より規制がゆるいものになり、現在そのような人たちには無限定正社員と同じルールが適用されているのですから、答申でどのようにレトリックを駆使しようと、労働者側にとっては改悪で使用者にとって都合の良い変更に間違いありません。

今まで、有期契約や派遣等非正規雇用されていた人たちがこのジョブ型正社員として雇用されるのであればそれなりの意味があるのかも分かりません。しかし後で述べるように明らかに派遣社員を拡大しようという意図の項目もあり、意図は現在の正社員をこのジョブ型正社員に転換し、解雇を容易にしようということと思われます。一応答申では”労働組合との議論”や転換にあたっての”労働条件決定の合意原則”を踏まえる必要性などが書かれていますが、企業別組合が主体等日本の実態において不況下でこれらが如何に無力であったかは多くの人が経験したことでしょう。正社員として採用していたものをジョブ型正社員として採用するという場合は合意原則さえろくに働きません。

また実際にジョブ型正社員が制度化されてしまった場合、どのように悪用がされるか分かった物ではないという心配があります。例えば育児介護休業法により育児期間中は所定外労働の禁止や所定労働時間の短縮を請求あるいは申出ることができる事になっています。これを時間が限定されたジョブ型正社員に転換させる処理をするようなこと(多分違法ですが)が発生しないのでしょうか。

政府の実施計画では、25年度検討開始、26年度処置となっており、労働政策審議会での審議は予定されていません。今後政府なり厚労省なりの良識に期待するしかありません。

企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制等労働時間法制の見直し

この問題は「規制改革会議と労働者の保護規定」で取り上げましたのでそちらも参照ください。要は、残業手当を支払わずに労働者をいくらでも使用できる企画業務型裁量労働制対象を拡大しようというのです。企画業務型裁量労働制は労働者の0.3%、フレックスタイム制は7.8%に留まっており活用が進んでいないと言っているのですが、フレックスタイム制は自由な働き方という点で労働者にもメリットがあり普及を図るのは意味があります。ところが企画型裁量労働制はもともと対象が限られており、拡大適用がされないように制度上強く規制されています。その2つをセットにして並べて論ずるというのはあまりにも低劣なレトリックです。せこいと言うかこすいと言うか。

申告書のこの項あまりにも本音が見え透いているので、具体的に指摘しましょう。→の左側が答申書の文章、右側が私の考える本音です。

実施計画では平成25年上期に企業の実態を調査し、秋に労働政策審議会で検討を開始、1年を目処に結論を得て措置する事になっています。今後どのような展開になるかは予測できません。

有料職業紹介事業の規制改革

現在有料職業紹介事業は有効期限のある許可制であり、また建設等労働者の保護に悪影響を及ぼす恐れがある職業については職業紹介できない等強く規制されています(職業安定法30条、32条の11等)。また厚生労働省令で定める場合以外は求職者からは手数料を徴収してはいけない事になっています(同法32条の3)。手数料は求人者及び元の雇用主からというのが原則です。”厚生労働省令で定める”例外は芸能家、モデル、月収700万以上の経営管理者・科学技術者・熟練技能者と極めて限定されています(職業安定法施行規則20条)。職を求める労働者が悪質な業者に食い物にされないよう保護しているのです。

これに対し答申はどのような改革を求めているのでしょうか。ハローワークとの補完的・協力的な関係などと言っておりますが、「当面、求職者からの職業紹介手数料徴収が可能な職業の拡大について検討する。」のところが本音でしょう。この問題は民主党政権下の行政刷新会議でも取り上げられたとの事なのですが、議事録を読んでも、規制はおかしいだのILOとの関係などが議論されているだけです。私は今のところ、この規制改革で何を期待しているのか本音のところが読みきれていません。政府や官僚側に取り上げたい理由があり、規制改革会議はテーマとして出されたから議論しただけのようにも見えないこともないです。職業紹介業者からの突き上げでもあるのでしょうか。

この問題は実施計画では平25年度検討開始、26年度早期に結論となっています。これも労働政策審議会での審議は予定されていません。

労働者派遣制度の見直し

現在の労働者派遣に関る規制については「規制改革会議と労働者の保護規定」を参照ください。そこで述べたように正規労働者の代替にならないようにという考え方に基づいて規制されています。安易に正規労働者を派遣労働者に置き換え、その結果派遣労働者が増加してしまうことを防ごうということです。

答申は幼稚なレトリックでこの「常用代替防止」をまず槍玉に挙げています。

「常用代替防止」は正社員の保護を目的としており、派遣労働者の保護とは必ずしも相容れない。

常用代替防止は正社員が派遣労働者に置き換えられることを防止することで派遣労働者の増加により労働環境が悪化することを防いでいると考えることができます。また派遣労働者の保護はまったく別の話で「相容れない」などという表現は全く変です。

非正規雇用労働者が全体の4割近くなった現在、これまで通りの手法でこの政策目的を追求することには限界があると考えられる。
改めて政策目的を明確にしつつ、他の非正規雇用政策との一貫性も視野に入れ、「常用代替防止」のために派遣労働を「臨時的・一時的な業務」、「専門業務」、「特別の雇用管理を要する業務」に限定するという規制体系、規制手法を抜本的に見直し、できる限り簡素で分かりやすい仕組みに改めるべきである。

好ましくない非正規労働が4割近くになったのであれば、それらの労働者を正規労働者に転換し非正規労働者を減らす政策を行うべきでしょう。実態を追認し規制を見直すべきなどという論理展開にはまさにあいた口が塞がりません。この人たちにとっては非正規労働はむしろ好ましいということなのでしょう。

今後、労働者派遣制度については、(1)派遣期間の在り方(専門26 業務に該 当するかどうかによって派遣期間が異なる現行制度)、(2)派遣労働者のキャ リアアップ措置及び(3)派遣労働者の均衡待遇の在り方を含め労働政策審議会 で検討する。

(1)が目的でしょう。3年という派遣期間の制限を除けと言いたいのです。ジョブ型正社員の提案内容と合わせると、目的には”正規・非正規雇用の二極化構造を是正”などと言っておきながら、答申の本音は、正規社員の一部を解雇が容易なジョブ型正社員に転換し、派遣制度はより規制を緩め拡大を図るというところにあると言って良いように思います。正規社員を派遣社員に近づけることが二極化構造の是正ということなのでしょう。

実施計画では平成25年秋以降に労働政策審議会で議論、結論を得次第措置となっています。労働政策審議会での労働者代表、公益代表の委員の頑張り、厚労省、政府の良識に期待したいと思います。

3.今後について

繰り返しになりますが、経営側のほぼ一方的な要求が答申とされ実施に向けて検討されるというのは異常なことに思います。今後の審議会や国会、政府の決定を通じてフィードバックがかかり正常な結果に是正されることを期待しつつ見張っていく必要があります。

規制改革会議は第2期が始まっており、雇用ワーキンググループ関係では、経団連から「休憩時間一斉付与の規制の廃止」「36協定の特別条項に関する基準の柔軟な運用(時間外労働の制限限度を越えてよい基準を緩めて欲しいということ)」「労使自治を重視した労働条件の変更ルールの透明化(労使の合意があれば労働条件を不利に変更できるようにして欲しいということ)」等が規制改革ホットラインに上がってきているようで、それらがホットライン対策チームを通してワーキンググループに落ちてくる可能性があります。

医療も要注意でしょう。保険外併用療養制度の拡大が最優先課題に上がっている他、新薬や新技術の公定価格の引き上げなどが提案されています。私はips細胞関連も含めて、医療ビジネスを活発化させようという方向には素直に納得できません。医療ビジネス側がもうかる場合、そのお金はどこから来るかというと医療費を払う国民一人一人からです。また健康保険組合の財政負担になりますから保険料を上げざるを得ず、それも国民の負担になります。一方で同じ資料では後発医薬品(ジェネリック医薬品)の普及も提案されています。富裕層は新薬を使い、庶民は特許の切れた古い薬を使うという医療格差が生じます。必要な改革はあるでしょう。しかしこと医療・介護に関しては、単純にビジネスの活発化や財政の改善のみ追及してはいけないと思います。

3.所感〜衰退に向かう日本

とにかく経済成長最優先、規制改革は全て善、という雰囲気のもと、日本が必要以上に庶民にとって暮らしにくい国になっていきそうな気がしています。これに憲法改正の動きを加えると、個人より国という方向にわが国が動いているのは明らかに思えます。個人の保護よりは国の経済発展が大事、そのためには犠牲になる層が出てきてもかまわない。向かう先は一部の富裕層とそれに自由自在に操られ貧弱な一生を余儀なくされる大部分の庶民からなる国です。その一部の富裕層になるであろう人たちが勢いを得ていろんな改革を打ち出しているのが現在の姿でしょう。

しかしながら、そのように戦前の反省に立ち営々と築いてきた国の姿を破壊する犠牲を払っても、果たして国が富み、強い富裕層ができるのでしょうか。明らかに否であるように私は思います。雇用規制改革を唱える人たちは目先しか見ていません。雇用規制改革の圧力は、正規社員を非正規社員に置き換える、解雇や労働条件の切り下げを容易にするという方向にあります。

解雇が簡単に為されるようになれば、生活が安定しません。生活が安定しないと、家庭も子供も作りにくくなります。家庭が無ければ個人の生活態度や職務態度も不安定になる傾向が増すでしょう(勿論全てがそうと言っているのではありません)。雇用の安定は国の基本なのです。であるからこそ多くの法律で雇用・職業の安定や生活の安定が目的条文に謳われているのです(雇用保険法、雇用対策法、職業安定法。派遣法等々)。

非正規労働が増えると賃金水準が下がります。これは労働組合が無いためということもありますが、もっと重要な理由があります。労働経済白書(厚労省)は次のように分析しています。

このように、我が国企業における技能形成と賃金構造の関係は、職務経験を通じて技能が 形成され、それに応じて能力主義的な賃金決定が行われるという一般的な原則に基づいてい るとみられる。正規雇用者と非正規雇用者の賃金構造の違いは、基本的には、正規雇用者に おける長期勤続と技能形成という関係と、非正規雇用における短期雇用と低技能という関係 によって生み出されているものと考えられる。(平成23年版労働経済白書p.245)

すなわち同一業務、同一職場に長期間勤めることで得られる能力が獲得できず、その結果賃金も上がらないというのです。

低賃金な労働者が増えれば消費は低迷し、社会保障の負担にもなります。そればかりではありません。かつての日本の高度経済成長をささえたのは優秀で勤勉な労働者だったはずです。

企業経営者が、海外企業と比べ日本企業の強みであると考え ているものをみると、「長期雇用を前提に、従業員に企業固有のノウハウや技術を蓄積する インセンティブを与え、競争力強化を図っている」、「従業員同士がチームワークを発揮し、 質の高い業務を遂行している」、「企業の成長と従業員の生活向上を協力して実現する、良好 な企業内労使関係が構築できている」などの回答が多くなっている。(平成23年版労働経済白書p.213)

先に紹介した答申には申し訳程度に”派遣労働者のキャリアアップ措置”というのが入っています。今でもジョブカード制のような試みがありますが、それにより劇的に非正規労働者のキャリアアップができたというような話は聴いていません。簡単ではないのです。それに産業に必要な能力は短期の教育や訓練で得られるようなものではありません。

技術やノウハウの蓄積の機会が無い非正規労働者が増えることで、日本企業は永久に強さを失います。改革を唱えている人たちは、産業の現場での開発経験が無いため、そのことが全く分かっていないのだと思います。一部に裁量労働でこき使える優秀な人材が居れば、あとは業務の繁閑に応じて取捨可能な低賃金の非正規労働者で良いと考えているのでしょう。

正規労働者の非正規への置き換え、解雇の容易化はあるいは一時的に経営を好転させるかも分かりません。しかしながら中長期的な視点からみると日本の衰退への道でしかないように私には思えます。

補足:ユニクロがパート、アルバイトを正社員化

ユニクロが国内の店舗で働くパート、アルバイトのうち1万6000人を地域限定正社員とすることを発表しました。柳井正社長兼会長の店長、幹部を集めた会議における演説の内容が、日経ビジネスオンラインの記事「【続報】ユニクロ・柳井正氏が語るパート、アルバイト正社員化の真意」(2014年3月20日、既に読めなくなっているようです)で紹介されています。店長を主役にした会社にしようとしたことが大きな失敗だったこと。販売員は取り換えの効く部品ではないこと。販売員の成長が必要なこと。販売員の安定した生活を守る代わりにそれぞれの店の水準を上げてもらうこと。販売員スキルの向上や教育が必要なこと。等を述べています。かつての優れた経営者は当然の如く知っていたことでしょう。今頃気づいたのかという感も無きにしも非ずですが、自分の誤りを検証し素早く思い切った改革を行うというのはやはり柳井氏は立派な人なのだと思います。また、社員を大事にしなければ日本の発展は無いという私の考えが現在において現実に合わなくなっているのではないかという一抹の不安が解消されました。社員の労働条件の切り下げや解雇容易化に血眼になっているぼんくら実業家と、日本などどうでもよい投資家・金融業界、および社会や産業の現場を知らない薄っぺらな経済学者たちこそ日本を衰退させるものだと思います。

初稿2013/8/29
所感追加2013/8/30
補足追加2014/3/22